四季のたおりびと

KaoLi

春の訪れを呼ぶもの

 桜の刃文はもんは春の訪れを呼ぶ。


 月明かりに照らされた刀身から刃文が池へと映し出される。

 それは、庭にある池の水面みなもの上を静かに揺蕩たゆたった。


 * * *


 四季しき宵一郎よいいちろう宗治むねはるという刀工がいた。

 彼が作る刀は、季節や持ち主によって、その刀身の文様を変えるのだという。

 例えば、春なら桜。夏は露。秋は紅葉。冬は雪花、といった具合に。

 しかし、彼の本職は刀工ではない。

 確かに彼の作った刀は不思議な文様で有名だが、それ以上に、であるとも云われていた。まるで未練を断ち切るように自分で作った可愛い我が子かたなを、いとも簡単に手折たおるのだと云う。


 * * *


「四季殿、失礼致す」


 今回の依頼主である、沖鳥おきどりという男が現れる。四季は視線を土間へと向けると、ゆっくりと腰を上げた。


「これは沖鳥殿。如何どうされましたか?」


「先日頂いたふみの件で参った次第だ」


「ああ、その件でしたか」


 四季は頷いた。

 どうぞ、と沖鳥に入室を促す。四季は先ほどまで整えていた『依頼品』を部屋から持ち出し、沖鳥のいる居間へと向かった。

 居間では沖鳥が正座をして待っていた。「お茶でもどうですか?」と聞けば「いや、すぐにおいとまするゆえ、結構」と断られてしまった。


「文の件、これがその『依頼品』になります」


 四季は『依頼品』を沖鳥の目の前に差し出す。

 沖鳥は差し出された『依頼品』を手に取ると、鞘から刃を抜いた。

 刀身の出来を見て、沖鳥は「ほう」と唸った。


「素晴らしい」


「お気に召されたようで何よりです」


 刀身に映るのは桜の文様もんよう

 今の時期、春に合った刃文だ。


「美しい刃を持った刀をご所望でしたので、桜の花を焼き入れてみました」


「うむ。素晴らしい出来だ。実に見事」


「有難き幸せに存じます」


 沖鳥は満足そうに桜の刃文を眺めていた。


 * * *


 沖鳥が彼、四季宵一郎宗治と出会ったのは今から二年と少し前のことである。江戸の町で、ある噂を耳にしたのがきっかけであった。

 

 ――この辺りに殿というそれはそれは珍しい刀工がいるらしい。

 ――なんでも季節や持ち主によって刃の文様を変えるそうだ。

 ――刀工の職だけでなく、持ち主を失った刀や、いわく付きの刀を折る【手折人たおりびと】という職も持つらしい。


 沖鳥はそんな噂を耳にして、その四季という男に会ってみたいと思った。

 丁度いいと思ったのだ。

 沖鳥は現在、新しい刀を欲していた。季節によって文様を変えるというその繊細な技術を間近に見てみたいと沖鳥は思った。

 噂を話していた町人に、四季という者の住む場所を尋ねると、少し行った先の橋を渡りすぐ右を曲がればいいとのことだった。沖鳥は町人に礼を言い、四季の家を目指した。

 四季の家は大層立派であった。塀から庭の桜の木が顔を覗かせている。ひらひらと風に触れた花弁たちが沖鳥の目の前を舞った。


「……あの。如何いかがされましたか?」


 桜の花に見惚みとれていると、門前から声を掛けられた。

 これが、沖鳥と四季宵一郎宗治の初めての邂逅かいこうであった。


 * * *


「依頼から随分とお時間を頂きまして申し訳ございませんでした、沖鳥殿」


 四季が言う。沖鳥は首を横に振り、そんなことはないと彼に伝えた。


「何を申すか。一から百まで注文をしたのだ。これくらいの年月が掛かって当然であろう。よく完成させてくれた。恩に着る」


 沖鳥は刃を鞘へと納めた。そして懐から風呂敷を取り出すと、それを四季の前に置いた。四季は「これは?」と首を傾げた。


「今回の依頼料だ。ここに十両ある。受け取ってくれ」


 四季はぎょっとした。


「いやっ、受け取れませぬ!」


「何を申すか。これは気持ちだ」


「……、受け取れませぬ……」


 このような素晴らしい繊細な作品に十両、これでも安い方だと沖鳥は思っていた。けれど四季という男はこの値を『こんなには』と言った。


「私は、金儲けの為に刀を打っているわけではありませんから」


「……そうか。何か礼をしたいのだが……困ったな」


 沖鳥は困り果てていた。金銭は必要ない。そう言われてしまえばこちらとしてもす術がない。礼をするにも手段がないことに沖鳥は肩を落とした。


 少しして四季がその口を開く。


「……刀とは、美しくも残酷な物でございます。故に、人の心体を狂わせることなど容易なのです。使い方ひとつ、使い手ひとりで、刀は殺人道具となり得る。……、人を斬るためのものにらず。鑑賞する為の物でございます」


 なるほど。沖鳥は頷く。


「その刀は、血に染まらぬことに重きを置いた作。名を、白桜はくおうと申します」


「使用するのではなく、あくまで鑑賞用ということか」


「沖鳥殿も私の噂を耳にしたことがありましょう。我がかたなたちはだと。刀を用いて人を斬りつければ、刀に呪われる。これがと云われる所以ゆえんです。このこと、努々ゆめゆめ忘れないでいただきたい」


 四季の眼光は、それはすさまじいものであった。


「……心得た。肝にめいじる」


「有難うございます。沖鳥殿」


 結局、四季が受け取ったのはたったの一両のみであったが、それでも彼が満足そうに笑ったので沖鳥は素直に引き下がった。


 * * *


 四季に作らせた刀『白桜』を受け取ってから一年が経った頃、沖鳥は病にせっていた。

 彼の息子せがれが、沖鳥の病は『白桜』に起因していると家の者に言い張っていた。

 息子は、ふと『白桜』の作刀者である四季の噂を思い出す。


 手折人――。


 この『白桜』の手折りを依頼しよう。そうすればおのずと父の病は治るだろう。息子はそう思い、すぐに四季を屋敷に呼ぶよう手配した。


 四季は一刻ほどして沖鳥家の屋敷に着いた。

 息子に案内され、共に沖鳥の臥せる座敷へ這入はいる。


「沖鳥殿」


 四季は沖鳥に声を掛ける。沖鳥はゆっくりとその目を開いた。


「四季殿……息子が申し訳ない」


「……『白桜』を、手折りに参りました」


「手折るだなんてとんでもない。あれは家宝だ」


「ですが父上!」


「手折ることは断じて許さぬ!」


 揺るがない頑固な父の姿を見て沖鳥の息子は黙った。

 『白桜』を手折ることは沖鳥の言いつけ通りすることはしなかった。

 これが沖鳥の最期の言葉となったのは、残念としか言えなかった。


 数日して、沖鳥は死んだ。

 この時、桜は散ったのだと四季は知らせを聞いた時思った。

 春の訪れを呼ぶものは、儚くも美しく、散っていったのだ。

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