第9話
「もー、だめです……お腹いっぱい…………」
「よく食べたね」
正直なところ半分でも食べきれないのではと思っていたのだが、途中で休憩を挟みつつもしっかりと残さずに食べ終えた。
「中学の頃は運動部だったのでよく食べるようにしてたので。でも流石に動けません」
「はははっ、俺もちょっとバイク運転するのは辛いかな。ちょっと休んでこうか」
「賛成です」
よく前に一人で来た時全部食べきれたなと思いつつ、身体を休めることにした。
「それにしても、さっきからいろんなバイクの人来ますね」
元康たちが座っている席は窓際であり駐車場がよく見える。
数台のバイクでやってくる中高年の姿や、一台のバイクでタンデムしている夫婦かカップルらしき男女、ソロツーリングらしき男性などが先ほどからやってきている。
「この辺の道は綺麗で走りやすいし、冬が本格的になる前に乗っておかないとって感じじゃないかな」
「…………良い眺めですね」
新車らしき390
「自分のバイクじゃなくても、見てるだけで楽しいよね」
「はい、人のバイクって持ち主さんの感性が出てて面白いです」
一口にバイクと言ってもネイキッドやスーパースポーツ、クラシックにツアラーなどなど他にもたくさんの種類が存在し仮にネイキッドと一口に言っても、最新のものから旧車と呼ばれるようなものまで。さらに日本のメーカー製海外のメーカー製などなど車と同じように多岐にわたる。
つまりどの車種を選ぶかという時点で個人の趣味が現れている。さらに車と違って自分専用のカスタムをするのが一般的になっていて、同じ車種でもシルエットが全く違うということすらあり得るのだ。
そのためこんな風にカスタムするのか、と人のバイクを見るだけでだいぶ刺激が貰える。
「あー、分かる」
元康の場合は一千万を超す高額なバイクを変にカスタムするより純正のままの方が良いと思ったのと、単純に払うお金がないためノーマルのまま使用している。そして真理亜も金銭的な理由から全くカスタムしていなかった。
「私もマフラーとか変えたいんですけど……」
「ちゃんとしたの買おうとすると高いよね」
「はい……バイク乗る時間とか友達と遊ぶ時間もあるのでこれ以上バイトも入れられないですし……しばらくは我慢です」
しっかりしたメーカーのマフラーを買おうとすれば数万円、物によっては十万を超える額になる。
返済先は父親とはいえスーパーレッジェーラの支払いがある元康にカスタムするためだけにその額は出せない。バイクの修理やメンテナンス、ガソリン代などを払っている真理亜も同じくそんな余裕は存在しない。
「まあでも、私のNinjaちゃんは今のままでも最っ高にカッコいいですけどね!」
むきになっているわけではなく、本気でそう思っている口ぶり。
他の人がどれだけカッコいいバイクを所有し手間暇かけてカスタムしていて驚かされたとしても最後に思うのは、でも自分のバイクが一番カッコいい。親馬鹿ならぬバイク馬鹿。
「やっぱり自分のバイクが一番だよね」
「他の方のバイクも勿論カッコいいんですけど、自分のバイクが不動の一位です」
そう言って自分のバイクに視線を向ける。その瞳はまるで恋する乙女のようにキラキラと輝いていた。
「あ、お兄さん。SRの人行くみたいですよ」
カフェレーサー仕様のSR400に持ち主らしき人物が近づく。
バイクに刺した鍵を回し、サイドスタンドを出したままステップの上に立つ。そしてキックペダルを出して軽く踏み、前準備を終わらせると一気にキックペダルを一番下まで踏み下ろす。
すると
「やっぱりキックスタートはカッコいいですね……」
近年では見ることの少なくなってきたキックスタート。確かに利便性で言えばセルの方が楽ではあるが、カッコよさで言えばやはりキックスタートに軍配が上がる。
「その気持ち分かるよ」
今の手慣れたライダーのキックスタートを見て心を揺さぶられない訳がない。
ただキックスタートは公道を走らせているときにエンストすると、再度この動作をしなければならないため相当に手間だ。
元康と真理亜が視線を送り続けることにSR400のライダーは気が付くこともなく、ヘルメットを被ると去っていった。
そしてそれから数分間様々なバイクが出入りするのを眺め続けた。
「そろそろ俺たちも行く?」
「そうですね……だいぶお腹も楽になってきましたし、行きましょうか」
割り勘で支払いをすますと、二人は外へ出てバイクのエンジンに火をともした。
バイクと男子大学生と女子高生。 橋場はじめ @deirdre
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