第8話

「ごめんね、ちょっと道に迷っちゃって」


 一度行ったことはあるといえど目的の定食屋は少し道が入り組んだところにあり、スマホに地図を表示させていても道を間違えてしまった。


「いいですよ、予約してる訳じゃないんですし道に迷ったりするのもそれはそれで楽しかったので」


 目的地に着いた二人は駐車場にバイクを並べて止め、ヘルメットを脱いでいた。


「ありがと。じゃあ行こうか」

「はい」


 二人で店内へ入り案内された席へと座る。


「真理ちゃんは何食べるの?」

「それは勿論唐揚げです!」

「大丈夫? 動画見てくれたなら分かってると思うけど、かなり大きいよ」


 巨大だと前評判を聞いていた元康がなるべくお腹を空かせて行ったのだが、食べ終わるまでいつもより倍以上の時間がかかってしまった。


「はい、分かってます。だからお兄さん、半分こしませんか?」

「いいよ」

「やった、ありがとうございますお兄さん。動画見て食べてみたいと思ったんですけど、流石にあれを私一人で食べきれないので」

「覚悟してた方が良いよ。動画ではカットしたけど、俺食べ終えてからしばらく身動きできなかったから」

「が、頑張ります!」


 真理亜が唐揚げ定食を頼み、元康はライスとみそ汁だけを頼む。あの巨大な唐揚げを半分貰えるのであればそれだけで十分だ。

 少し世間話をしているとすぐに頼んだものはやってきた。


「わっ、おっきぃ…………」


 一つの唐揚げが元康の拳よりも二回り程大きくそれが全部で六個あり、ご飯もそれに合わせて大盛りになっている。一緒についてくるキャベツの千切りやみそ汁は普通の量ではあるのがまだ救いだ。

 これで他の定食屋で食べる唐揚げ定食とほぼ同じ料金なのだから、値段はだいぶ良心的だ。


「動画で見るより迫力あるでしょ」

「はい」

「じゃあ唐揚げ三個貰うね」


 口を付ける前の箸で茶碗の上に二個置き、置ききれなかった一個を直接頬張る。

 カリッと揚げられた衣が口の中で音をたて、肉汁のたっぷりと詰まった鶏肉が元康を出迎える。


「美味しそうですね」


 もぐもぐと咀嚼する元康を見た真理亜はそう言い、元康は口を動かしながら頷いてみせた。


「よし、私も食べます! いただきます」


 大きく口を開いた真理亜も唐揚げを一口。


「…………んぅ! 美味しいですねこれ」


 ゴクリとのみ込み満足そうに言い、それからも箸を進めながら会話を続ける。


「口に合ったようで良かったよ」

「お兄さんいいお店知ってますね、こんなに美味しくてお値段もお手頃ですし」

「俺の友達が結構色んなとこ行くやつで、そいつから聞いたんだ。動画とかで行ってる場所も大体はそいつから聞いた場所だし」

「ってことは、バイクに乗る人なんですか?」

「そうだよヤマハのMT-10」


 元康はやったことが無いため知らないが、とある旅をするゲームの主人公が乗っているバイクらしい。そのゲームが好きな友人はそれを真似たのだ。


「大型、いいですね」

「まあ純粋に乗れるバイクの種類増えるしね」

「ですです。このデザイン良いな、って思ったバイクが大型だった時やっぱり欲しくなっちゃいます」

「とる予定はあるの?」

「一応は考えてるんですけど、多分それより先に車の免許取れって言われると思うんでそのあとですね」


 この辺りは田舎というわけではないが都会という訳でもない。高校を卒業すれば遅かれ早かれ移動手段が必要になってくる。

 真理亜はバイクに乗れるが、雨風が強い時や雪の日などを考えるとやはり車の免許は欲しい。


「そっか。じゃあ真理ちゃんの大型バイクに乗る姿はまだ当分先か」

「ふふふっ、楽しみにしててくださいね」

「乗りたいのもう決まってる?」

「いえ、まだです。でもとりあえずNinja以外にはしようと思ってます」

「折角だから色んな種類のバイク乗りたいもんね」


 Ninjaが良い悪いという話ではなく、単純にどうせもう一台買うのだから別のバイクが欲しいというだけだ。


「はい」


 会話をしながらその合間合間に小さな口を開けて唐揚げを頬張る真理亜。

 この巨大な唐揚げを動画で見て食べてみたいと言い出しただけあって、元々よく食べる性質たちのようだ。


「…………えっと、お兄さん。そんなに見つめられると、食べにくいです」

「あ、そうだよねごめん」


 無意識に見つめていたことに気が付き、すぐに謝罪し視線を外す。


「どうしたんですか、そんなにじっと見つめて。…………あ、もしかしてこの女食べ過ぎだろって引きました……?」

「いやそれぐらいで引いたりしないよ。まあよく食べるなとは思ってたけどね。真理ちゃんスタイル良いから、あんまり食べないのかなって思ってた」

「よく食べて、よく動いて、よく寝て、よくバイクに乗る。それが私の日常です」

「勉強もしようね」

「あはは……それを言われると頭が痛いです」


 恥ずかしそうに苦笑いする。


「まあでも何か目標がある訳じゃないなら、授業ちゃんと受けて赤点取らないレベルで良いと思うよ。高校生の時にしかできないことってあるからね」


 まだ大学生ではあるが、それでも高校の時にしかできないことというのはあると思っている。そしてそれに気が付くのは大抵の場合が手遅れになってから、つまり高校を卒業してからだ。

 やりたいことをすべてやるのが良いとも思わないが、その時にしかできないことというのはどうしても存在する。それまで我慢してしまうのはあまりよろしくない。


「大人っぽいこと言うんですね」

「そう? 体験談だよただの、俺も後悔してること結構あるから。だから何事も両立するのが大切、かな」

「じゃあとりあえず今はお兄さんと楽しくお喋りして美味しい唐揚げ定食を食べる、ってことで♪」


 そういうと再び美味しそうに唐揚げを頬張り始めた。

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