第7話
目的地に向け約三十分ほどバイクを走らせ、目的地まで丁度半分ほどの位置にやってきていた。
「もうちょっと行くとコンビニあるけど、休憩してく?」
『大丈夫ですよ。まだまだ元気です!』
「そっか、なにかあったら我慢しないで言ってよ」
『もー、元康さん心配し過ぎですって。そんな隠す程子供じゃないですよ』
「ならいいんだけど」
信用していない訳ではないが、このぐらいなら大丈夫という楽観視が原因で事故を起こしてしまうことも多い。
『もう……。あ、そうだお兄さん。この前のこと覚えてますか?』
「この前って……本屋で会った時の事?」
『そうですそうです』
数日前大学の帰りに本屋に寄ったのだがそこで偶然真理亜と出会った。
ただ偶然とはいえその本屋は□△高校の真横にあるため、もしかしたらそういうことになるかもしれないとは思っていたのだが。
『あの時お兄さんとお話ちょっとだけして、私友達のとこに戻ったじゃないですか。そうしたらなんて言われたと思いますか?』
「普通に友達とか知り合い? って聞かれたんじゃないの」
『ぶぶー、違いまーす。正解は彼氏さん? でした』
「あー……」
友達が見知らぬ年上の異性と親し気に接していれば、そう思っても不思議ではないだろう。
『お兄さんって雰囲気が私の幼馴染とちょっと似てるので、そう見えたんだと思います』
「そっか」
『じゃあ続きまして第二問です。その質問に私はなんて答えたでしょうか』
「え。そんなの……ただの知り合いとか、バイク仲間とかじゃないの」
『違いまーす。といいますか、お兄さんは私のことそんな風に思ってたんですか……?』
インカムを通して聞こえてくる悲し気な寂しそうな声。それが意味する事とは――。
「いやだって、僕たち付き合ってたりとかそういう関係じゃ……ない、よね」
真理亜と会ったのはこれまでバイクに乗って行った先であり、つまるところ酒を飲んで酔っ払った拍子に何かを言って覚えていない。という事はまずありえない。
『酷い……私あの時お兄さんに言われて凄く嬉しかったのに…………お兄さんは忘れちゃったんですね。あの言葉、嘘だったんですか?』
「え、いや…………えっと。嘘じゃない、と思うけど……」
真理亜に嘘を言った覚えはない。ただ何を指して言っているのかが分からないため自信は持てない。そしてそれ以上に元康の方から告白しておいてそのことを忘れている、とでも言いたそうな雰囲気に押され気味だった。
真意を探ろうとミラーで後方を走る真理亜の様子を伺うが、フルフェイスヘルメットのせいで顔色をうかがうことは出来ない。
『…………ぷっ、クスクスクス』
どういえば良いのか分からず戸惑っていると、楽しげな真理亜の笑い声が聞こえてきた。
『すみません冗談です冗談。お兄さんの反応が面白いのでつい意地悪言っちゃいました』
「なんだ……そうだったんだ」
『でもお兄さんが悪いんですよ。私のこと子ども扱いするし、前に言ったこと忘れちゃってますし』
「べつに子ども扱いした訳じゃ……というか、その前に言ったことってどのこと?」
『私が振られて落ち込んでた時言ってくれたじゃないですか、私たちは友達だって。それなのに今は知り合いとかバイク仲間って……』
「ああ、そのことか……。ごめんごめん、忘れてた訳じゃなくて焦って出てこなかっただけだよ」
『……分かりました、そういう事にしておきます』
少し声が弾んでる真理亜。先ほどの悲しそうな声よりは全然良いが、してやられたという気持ちが強い。
『ほんとは少しのおふざけのつもりだったんですけど、お兄さん揶揄い甲斐があってつい調子に乗っちゃいました。すみません』
「いいよ別に。真理ちゃんの可愛い笑顔が見れたから、それで十分だよ」
『っ!? お兄さん!?』
実際には当然見えてなどいないのだがそんなことは些細な違いだ。
真理亜の声には嬉しさと恥かしさ、そして元康がそんなことを言うとは思ってなかったという意外性がこもっていた。
「はははっ、お返しだよ。真理ちゃんが揶揄ってきたことの」
ただこんな歯の浮くような台詞を言ったのは初めてで、真理亜には気付かれなかったが元康は相当恥ずかしい気持ちを押し殺していた。
『もうっ…………実はお兄さんってそういうことよく言う人だったんですか?』
「いやいやまさか……。初めてだよ」
『本当ですか? お兄さん最初に会った時から気使ってくれたりしてて、慣れてる感あったんですけど』
「あー……妹がいるからじゃないかな」
『え、お兄さんって妹さんいたんですか?』
ちょうど信号で止まったこともあり、横にバイクを止めた真理亜が意外そうに視線を向けてきた。
「いるよ、一つ下の」
『妹さんもバイク乗るんですか?』
「いや、車だけだよ。たまに運転するのめんどくさいって言って、後ろ乗せろってせがんでくるけど」
『ふふっ、仲良いんですね』
「そう? いつも元康くんは気遣いができないから彼女出来ないんだよ、ってうるさいぐらいに言われるけど」
仲悪いとまでは思わないが、だからといって良いと思ったこともない。だからこそ真理亜に仲が良いと言われたのは意外だった。
『私の友達にお兄ちゃんがいる子いますけど、兄妹でほとんど話さないらしいですよ。たまに呼ぶときもおい、とかでお兄ちゃんとか名前呼びとかなんて絶対しないって』
「ああ……俺の友達にもいるな、そういうの。そう考えれば確かに仲いい方か」
『そうですよ。でも、いいですねお兄ちゃんって。私ひとりっ子なので兄妹って憧れるんです、兄でも弟でも、姉でも妹でも』
「そんなに良いものでもないよ」
信号が青になり、バイクを走らせる。
「親にはお兄ちゃんなんだから、って言われるけど俺たち一歳差だからほとんど歳の差なんてないのに、って言われるたび思うんだよ」
『でもそれ妹さんも同じだと思いますよ。お兄ちゃんはこうなのに、って』
「……確かに」
そんな光景は恐らく他の兄弟でも見られるだろう。兄妹仲が悪くなる理由にそういったことも影響しているだろう。
『でもやっぱり兄妹欲しいです。そうですね……お兄さんみたいなお兄ちゃんが欲しいです』
「え、俺?」
思いもしていなかった言葉についドキッとする。
『はい。お兄さんみたいにバイク好きなお兄ちゃんが欲しいです』
(ああ、そういうことか……)
『私今までモトブログとか見てなかったんですけど、お兄さんの動画見てたらちょっと興味で始めてきて色んな人の最近見てるんですけど兄妹ツーリングとか憧れます』
「へえ、どういう人の動画見てるの?」
単純な興味と市場調査の意味合いも込めて問いかける。
そして真理亜から返ってきた名前は元康も知っている有名なチャンネルだった。
「なるほど……」
『もうお兄さんっ。今どうすれば動画伸びるか考えてましたね? 駄目ですよ、今日は楽しいツーリングなんですから。そういうこと難しい事考えちゃ』
「……それもそうだね。折角バイク乗ってるのに、楽しまないと損だ」
丁度前を法定速度以下で走っていた車が左に曲がっていったこともあり、真理亜の様子を確かめながらうゆっくりハンドルを回しエンジンをふかしていった。
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