第6話
そして一週間後。
「お兄さん、おはよーございまーす」
「おはよう、朝から元気だね」
初めて真理亜と待ち合わせしたのはいつもの場所ではなく、コンビニだった。
待ち合わせ時間よりも十分ほど早く来たのだが、駐車場には既にNinja400が止まっていてその隣に元康がバイクを止めると真理亜が元気よく話しかけてきたのだ。
「この一週間ずっと楽しみにしてたんです、お兄さんと一緒にツーリング行くの」
「別に普通のツーリングだよ。そんなに楽しみだったの?」
「はい! 私今まで誰かと走ったことってないので……」
「え、ほんとに?」
「だって高校の友達は誰もバイク興味ないですし、バイト先も高校生とか大学生の人ばっかでバイク好きな人全然いないんです。車好きな人はいるんですけど……」
高校生や大学生の場合、まず教習所やバイクを買うお金を出すのはほとんどが両親になるだろう。そして金銭面的な理由以外にも、身を晒して何十キロという速度で走るバイクを危険だと判断されてしまえばまず許可を出すことはない。
自分自身がまず興味を持つこと。そのうえで両親の理解と教習所に通うお金やバイクなどを買うのに必要な百万円以上の額を出してもらうこと。そういった前提条件をクリアしなければバイク乗りになることは出来ないのだ。
「そうなんだ、それは残念だね」
「はい。でもお兄さんと知り合えましたし、こうしてツーリングも出来るので凄い幸せで……あの時勇気出して話しかけて良かったです」
身近にバイク好きがいないと、当然バイクの話をする相手がいないし誰かとツーリングも行くことができない。
凄く単純なことではあるが元康は美月以外にももう一人バイクに乗る友達がいるし、父親も乗るためそういった相手に今まで困ったことが無かった。ただそれでも、そんな状況が辛いということは簡単に想像できることだ。
「そっか。そう言って貰えると俺も嬉しいよ」
「安全運転でお願いしますね、置いてっちゃいやですよ」
「任せて」
誰かと一緒に走る際気を付けなければならないのは、ライダーとして技術が拙い者や排気量の少ない者に速度を合わせることだ。もし先頭を行くライダーが自分勝手に走ってしまえば、必死について行こうとした後ろのライダーが事故を起こす可能性が上がってしまう。
真理亜とインカムを繋いでからヘルメットを被り、バイクにまたがる。
「準備いい?」
「はい、おっけーです」
一応振り返って確認すると、真理亜がサムズアップして大丈夫だと示してきた。
「じゃあ行くよ。もし途中で何かあったら気軽に言ってね」
『はーい。お兄さんも私に気を使わないで、なにかあったら言ってくださいね』
真理亜の声を聞きつつ、ハンドルを回してエンジンをふかすしブレーキとクラッチを緩めて発進させる。
少し遅れて真理亜のNinjaが走り出した音も鳴り、ミラーで付いてきていることを確認してから道路へとバイクを出す。
一度行ったことのある場所とはいえ完全に道のりを覚えている訳ではないため、ハンドルバーに取り付けたスマホにグーグルマップを表示させている。
「今日は温かくなって良かったね」
特に渋滞もないため適度な速度でバイクを走らせつつ、話題を振る。
『ですね。最近は寒い日ばっかで……秋はどこに行っちゃったんですかね』
「ははっ、確かにね。ここ何年かは夏が終わったらすぐに冬って感じで、バイク乗りには辛いね」
雨風をまともに防ぐものがなく、野外に身を晒して走るバイク。
それは大自然を直接肌で感じられるというメリットを持つ。が、同時に夏の照りつく日差しや冬の凍えるような寒さも直接身体に襲いかかってくるというデメリットもはらんでいる。
そのため車でドライブするには良い日であっても、バイクでツーリングするには適さない日であることも多い。
『ほんとですよね。しかも夏なんて走ってたら虫が突撃してくるんですよ!?』
「なんだか結構ため込んでるみたいだね」
『お兄さんだって私の気持ち分かりますよね?』
「まあそりゃあバイク乗ってれば誰だってあるよ嫌なこと」
季節柄なことだけではない。車体が小さい分車の死角に入りやすく確認不足な車にぶつけられそうになったり、煽り運転をされたりすることなどもある。それ以外にも大型バイクは排熱も凄く、夏場などは乗っていると両脚が火傷するんじゃないかと思うほどの熱を排出することもある。
「でもだからってバイク降りるなんてできないんだけど」
『それ分かります。嫌なことはあってもどうしても乗りたくなるんですよね、不思議と』
細かいことを言えばキリがない。バイクにはいくつもの欠点や危険なところがある。
だが結局そのこまごましたものは、バイクに乗る楽しさが凌駕してしまう。ひとたびバイクを駆らせれば欠点はその場に置き去りにされて、楽しいという想いだけが残るのだ。
「こんなこと言うと怒られるかもだけど、真理ちゃんも結構バイク馬鹿だよね」
『怒りませんよ、別に。だって間違ってないですもん、それ』
本当に気にしていないようで、むしろ嬉しそうに声が弾んでいる。
『友達にはいくら言っても理解してもらえないですけど、最高ですバイク』
それには元康も同意だった。
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