第5話
「寒くなってきたな」
真理亜と二人乗りをした時は緑色をしていた葉も既に赤く染まっていて、バイクを走らせるとそれが後ろへどんどん流れていく。寒いことを除けばいい天気であり、いい景色でもある。
紅葉した道のりをそれよりもさらに真っ赤なスーパーレッジェーラで風を切って走っていく。
すると突然背後からブゥウウウン!! と唸るようなエンジン音が響いてくる。
エンジン音で分かる自分よりも圧倒的にスピードを出しているバイクの襲来。大人しく左にバイクを寄せて速度を下げる。
すると後ろからやってきた大型バイク、CBR1000RR-Rがあっという間に元康を抜いていく。その際に軽く手を上げて礼を告げると、先にカーブがあるにもかかわらずあまり速度を落とすことなく走っていく。
そして膝をするほどにバイクを傾け曲がろうとする。バンクさせ過ぎたせいでタイヤのグリップ力が失われスリップしかけるが、ブレーキを軽くかけながら上手い事体重を移動させてタイヤを無理やり地面に押し付けるとハンドルをひねってアクセルを開く。
少しでも間違えばハイサイドを起こして派手な転倒をしてしまう強引な曲がり方。しかしそれでも転倒や事故を起こすことなく、綺麗に曲がり切ってそのまま道を進んでいくCBR1000RR-R。しかも既製品にはない彼女オリジナルのカラーリング。
「相変わらず飛ばすなあ」
出会った時のインパクトは強いが遭遇するのはこれで初めてというわけではないし、知らぬ仲という訳でもない。それに撮影時であれば間違いなく使えない映像と化すが、今は撮影しているわけでもなく実害も何もない。
バイク乗りとしてここまでの操縦技術は憧れる部分はあるが、自分にできないことは百も承知だ。つられることなく自分のペースでワインディングロードを進んだ。
そしていつもの休憩所までやってくると先程のCBRが駐車場に止まっていて、その隣に運転手と思わしき美女が二つの缶コーヒーを持ってこちらを呼ぶように視線を向けてきていた。
ゆっくりスーパーレッジェーラを誘導し、CBRの隣で止める。
エンジンを止めバイクから降りると二つ持っていた内のブラックコーヒーを元康に手渡し、自分はカフェオレの方の封を切ってあおぐ。
「すみません、
同じようにして元康もコーヒーを飲む。
「…………」
美月と呼ばれた彼女はカフェオレを飲み終えると言った。
「久しぶり、どう調子は?」
「元気ですよ美月先輩ほどじゃないですけど」
「そっちが遅いのよ、そんなにいいバイク乗ってるのに」
公道を走れるレーシングマシンとも言われるスーパーレッジェーラ。対してCBR1000RR-Rもレースで勝利することを大前提に作られており、二つのバイクに性能差はそこまでない。
ただマシンスペックがそれだけあっても運転者に技術が無ければそれを活かしきることはできない。
「もう何年もサーキット走ったりジムカーナしてる美月先輩と比べられても無理ですって」
「……そう」
少し寂しそうにする美月。美人にそんな顔をさせてしまうのは辛いものがあるが、スポーツ走行に興味のない元康には美月のような走り方を取得する気はない。
「じゃあ、私はもう行くから」
飲み終えた缶を近くのごみ箱へ捨てると、レプリカヘルメットを被りCBRのエンジンに火をともす。
そしてチラリと元康を一瞥すると迫力あるエンジン音を響かせながらあっという間に去っていった。
美月を見送った後残っていたコーヒーをすべて飲み干すために、ほとんど真上を見上げそして再び視線を戻すと目の前に真理亜の姿があった。
「わっ……って、真理ちゃんか」
「あ、すみません驚かせちゃいましたよね」
「いや大丈夫だけど……どうしたの?」
しっかりと真理亜と視線を合わせれば、その瞳がキラキラと輝いていることに気が付いた。明らかにいつもよりテンションが数段高くなっている。
「お兄さんって、ファイヤーブレードさんとお知り合いだったんですか!?」
「ファイヤーブレードさんって……俺がさっき話してた美月先輩のこと?」
同じツーリングコースに何度も足を運ぶと、同じように何度もそのコースを走るバイクやライダーを見聞きするようになる。そうはいっても本名を聞いたりするわけでもないため、自然と自分の中であだ名をつけたりすることがある。
そしてそれは誰かと示し合わせた呼び方ではないため、見かける頻度や存在感の大きさによってあだ名の数も比例する。
元康が知っている美月のあだ名は今真理亜が言ったファイヤーブレードの他に速度狂、音速姫、暴走娘など。あとはもっと単純にアホや馬鹿というのもあり、多少口は悪いと思うものの、あんな走り方をしていれば安全重視の走りをしているライダーにそう言われるのも仕方のないことだと思っていた。
「ですっ!」
興奮気味の真理亜だが、その気持ちも分からなくはない。美月は基本的に休憩なしで走るだけ走って去っていくため、素顔を知らないという者が大半だ。まして誰かと話をしているところなど見たことが無い人がほとんどだろう。
そのため正体不明のライダーとして、気になっている人はかなり多い。
「同じ大学の先輩なんだよ」
「いいな……凄い羨ましいです」
美月はその運転の仕方から、安全重視のライダーにはライディングテクニックの高さをを認められながらも煙たがられている。ただ反対に峠を攻めるような走り方をするライダーの中にはまるで神様のような扱いをする者もいる。
「別に普通の人だよ。……いやちょっと……………ちょっとではないな、だいぶかな。だいぶ人見知りする人だけど」
「えっ、本当ですか? そんな人には全然見えないですけど……さっきお兄さんとは普通にお話ししてましたし」
走りの凄まじさから誤解されやすいが、美月本人はかなりの人見知りだ。元康も出会ったばかりのときは一苦労した。
「もう知りあってそれなりにたつからね。それに国民的アニメの警察のやつあるでしょ。あれのバイク乗ると性格変わるキャラみたいに、自分のバイクの近くにいるときとかは人見知りしないで普通に話せるよ」
「そう、なんですか…………」
何かを言いたそうにしながらも、口ごもる真理亜。その飲み込んだ言葉は何となくであるが、察することができる。
「別に気を使わないで変わってるって言っていいんだよ」
「いえっ、そんなことは」
否定しつつも図星であることは表情から明らかだ。
「美月先輩は五歳の頃からバイク乗ってるから。人と話すよりバイク弄ってる方が慣れてるんだよ」
「五歳から! 凄いんですね……」
公道であれば十六歳から習得できる免許が必要となるが、私有地やサーキットであれば免許は必要ない。美月はそういったところでミニバイクに乗っていたのだ。
「ライディングテクニックの高さはほんとに尊敬するよ。白バイから逃げきったこともあるぐらいだしね」
「えっ!? それって…………」
驚いたように反応する真理亜を見て、今の言い方では誤解されてしまうことに気が付き慌てて訂正する。
「イベントだよ、イベント。白バイ隊員と追いかけっこするってイベントに美月先輩が出て、それで制限時間いっぱい逃げ切ったんだ」
「あ、そうなんですか。もう、お兄さん。そうならそうって先に言ってくださいよ。いきなり白バイから逃げきったことあるなんて言うので私てっきり……」
「ははは、流石にそれは無い…………と思うよ」
言っていて段々と断言できない気がしてきた元康は自信なく答えた。
「そこは断言して欲しかったです」
「まあバイク乗ると悪人になる、とかって訳じゃないから多分大丈夫だよ」
ただ元康が過去に聞いたことのある速度狂という美月のあだ名は、だいぶ的を射ているとも思っていた。
「もしタイミング合えば紹介してあげようか?」
「いいんですか!?」
「べつに減るもんじゃないし、美月先輩だって同性のバイク乗り仲間欲しいと思うしさ。まあただ、最初のうちはバイクのそば離れるとほんとポンコツになるから根気よく話しかけてあげて」
「ポンコツって……」
「大学面接のとき、自分のバイクスマホで撮ったの隠れて眺めてたらしいよ。高校の時は普通に面接受けてまともに受け答えできずに落ちたからって」
「ほんとにバイク大好きなんですね」
「間違いない。……まあ色々言ったけど、全くその気持ちが分からない訳じゃないんだけどね」
「ですね」
はははっ、と二人そろっておかしそうに笑う。
元康、真理亜、美月。この三人はバイクを通じて知り合った仲であり、それだけに誰もがバイク好きでもあり、なんだかんだと言いながら心の底では似たような思いを抱いている。
一千万円を超す高額なバイクを所有する元康、いくら女性ライダーが増えてきたといえ高校生という若さでNinja400を真理亜、バイクがないと人見知りでまともに話せないがひとたびバイクに乗れば圧倒的な走りを見せつける美月。
三人とも等しくバイク馬鹿だ。
だがそれを誇りこそすれ、後悔したことは一度もない。
「そう言えば、ですけど。私お兄さんの連絡先知らないです」
「えっ。知りたかったの?」
何も勿体ぶっている訳ではなく、単純に女子高生から連絡先を求められるとは思ってなかった。
「ひどいです、お兄さん! 私たちお友達じゃなかったんですか!?」
「いや友達であってるけど……」
「ならお友達の連絡先聞いてもいいですよね」
「別に驚いただけで嫌がってはないよ」
言いながらスマホを取り出す。
「今度ツーリングしましょうよ。この前お兄さんがあげた動画で行ってた場所、私行ってみたいんです」
「ああ、あそこ……まあいいけど」
どうやらあげた動画を見てくれているらしい。その事実に恥ずかしくなりつつ、許諾する。
ちなみに元康が前回あげたのは、巨大な唐揚げが出てくる定食屋にソロツーリングで食べに行く動画だ。唐揚げと聞いて誰もが想像する物の数倍以上の大きさがあり、インパクトがあると思ったのだが想像していたよりも再生数が伸びなかった。だがその再生数のうち一つは真理亜のものだったらしい。
「…………よし、お兄さんの連絡先げっとですっ」
連絡先を得た真理亜は嬉しそうにスマホの画面を見つめながら言った。
「それじゃあツーリングのお話しはまた後でしましょう。私これからちょっと用事があるので、そろそろ行かないとならないんです」
聞けば帰ろうとしているところで美月が丁度駐車場に入ってきたため、こっそりとその様子を眺めていたらしい。
「そうなんだ、気を付けてね」
「はい、お兄さんもお気をつけて」
ヘルメットを被った真理亜はバイクにまたがり、エンジンに火をともす。
いつもは元康が見送られる方で、真理亜が去っていくのを見るのはこれが初めてだ。
新鮮な気持ちになりつつNinja400で走り去っていく真理亜を見送った。
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