第4話
真理亜と共に自販機で飲み物を買い、ベンチに少し距離を開けて座る。
「えっと、まず最初に謝っておきますけどもし思い出し泣きとかしちゃったらすみません。それとありがとうございます、私なんかの話聞いてくれて」
「気にしないでいいよ。同じバイク乗りなんだし、もう友達でしょ俺ら」
勝手に友達面するのもどうかと思ったが、そう言っておけばあまり気負わずに話せるだろうという気遣いだった。
「じゃあ、話しますね」
その意図を察したのか、軽く笑って目礼した真理亜はゆっくり話始めた。
「まあその、言っちゃえば失恋です」
「えっ」
真理亜から出てきた言葉につい意外だ、という反応をする元康。
「すみません、なんかつまらない話で」
「あ、いやそういうつもりじゃなくて。意外だったから」
「意外、ですか?」
「切り替えが早いタイプだと思ってたって事じゃなくてね……その、真理ちゃん可愛いから。だから振られるのとかって無縁だと思ってた」
「ふふっ、お世辞だとしてもお兄さんにそう言って貰えて嬉しいです。……それで、えっと、私幼稚園の時からの幼馴染がいるんですけど、初めて会った時からずっと好きだったんです」
ゆっくりと真理亜から語られる失恋の話。
高校の時からバイクが恋人だった元康には門外漢な話ではあるが、話を聞くぐらいのことは出来る。
「でも向こうからはただの幼馴染だとしか思って貰えてなくて……それは分かってたんですけど、中学の終わりに告白したんです」
まさか中学時代に振られたことを今になって悲しんでいるという訳でもないだろう。
「それで、向こうに好きな人がいなかったので無理を言って付き合って貰ってたんです。つまり最初から私だけの一方的な恋だったんです」
「そっか」
「でも最初はそれでもよかったんです。仮の恋人だったとしても、むこうは優しいしそれまで幼馴染みとしてうまくやってたのでそれの延長線上で楽しくやれてましたし。そうこうしてるうちに、私のことも好きになってもらえるんじゃないかって思ってましたから」
でも……と真理亜は続ける。
「昨日一緒に下校してるときに、言われたんです。好きな人ができたって……勿論、私じゃない他の子で。だから別れてくれって」
その時のことを思い出したのか真理亜の目元には薄っすらと涙が見える。
「昨日家に帰ってから滅茶苦茶泣いて…………目が腫れてるのはそれが理由です。一応それで落ち着いたと思ったんですけど、私の家って両親共に仕事普通の人より早く始まって早く終わるので、私が起きた頃ってもう家に居ないんです」
普段はもう慣れちゃったんで平気なんですけどね、と恥ずかし気に笑う真理亜。
「今日の朝起きたら独りなのがすっごく寂しくなっちゃって……でも別れた幼馴染とクラス同じなので学校行く気にもならなくて、サボりに友達付き合わせるのもあれだったので……そんな時に思い浮かんだのがお兄さんでした」
「僕?」
「はい。お兄さんなら大学生ですし、平日でももしかしたらここに来れば会えるかもって思いまして。気分転換にバイク走らせながらここに来てみたら、って感じです」
「そうなんだ。……でもだったら最初から昨日辛い事あったんで聞いてもらっても良いですか、って来ればよかったのに」
「それは流石に厚かましいかなって思いまして。だからさっきお兄さんが私のこと友達って言ってくれて、お話しするのだいぶ楽になりました」
「それはよかった」
きっと昨日から今日まで誰にも話していなかったのだろう。元康を見つめるその表情は明るくなっていた。
「人に聞いてもらうだけでも、だいぶ楽になりますね。この前の立ちごけの時もでしたけどお兄さんが優しくて助かりました、まだ出会って数回しか会ってないのに」
「人に親切にするのに会った回数とかは関係ないよ。道端で困ってる人がいたら助けてあげたりするでしょ、それと一緒。……それに強くなければ生きていけない、優しくなれなければ生きている資格がない。らしいから」
「フィリップ・マーロウですね。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、の」
まさか伝わると思っていなかった引用に反応され、元康は驚く。
「へえ、よく知ってたね」
「お父さんが本好きで、たまに私も借りて読んでるんです」
「偉いね真理ちゃんは」
「そうでもないですよ。……お兄さん、今日は弱ったとこお見せしたついでに少しだけ甘えてもいいですか?」
「まあ、俺にできる事であれば」
「じゃあスーパーレッジェーラに乗せてもらえませんか?」
「え? …………あ、二人乗りってこと?」
一瞬運転させて欲しいという意味かと思ったが、普通に考えて大型免許を取得できない年齢の真理亜がそんなことを言う訳がない。
「はい。あ、もし嫌でしたら気なんて使わないで断ってください」
「別に乗せるぐらいならいいよ」
「やった。ありがとうございますお兄さんっ」
インカムを繋ぎヘルメットを被っていても会話ができるようにしてバイクへ跨り、真理亜の体重分サスペンションがぎしりと沈み込む。
『ドキドキします……色んな意味で』
「色んな意味?」
『だって一千万円ですよ、このバイク。もし私のせいで転んだりなんてしたら……』
「そんなに気にしないでよ。むしろ俺の方が転んで君に怪我させちゃわないか心配してるんだから」
最悪バイクは廃車にしても構わないが、少女に消えない傷痕を残してしまったら責任などとりきれない。
『信じてますよお兄さん。ちなみにですけど、私がドキドキしてる何割かはお兄さんのせいですから』
「え?」
「彼氏がいたって言っても、さっき言った通りでしたので恋人同士らしいことは何も。せいぜい一緒に買い物行ったりとかぐらいで。……だから男の人とこんなに近くにいるのって初めてなんです」
「そ、そうなんだ。気になるなら、やめとく?」
『いえ、大丈夫です。お兄さんのこと信用してますし、好きですから別に嫌ではないです』
バイク乗りとして、友人として。
そういう意味合いなのは分かっていたが、それでも不意に放たれた言葉にドキッとする。
「それじゃあ、行くからしっかり捕まってて」
『はい』
返事をした真理亜は背後から腕を回してきて、ぎゅっと元康に抱き着くようにして身体を安定させた。
「っ……」
真理亜は最初に会った時も着ていたライダースジャケットを今回も着ているため、後ろからしっかり抱きつかれても背中にあたる感触は残念ながら硬いプロテクターのものだ。
ただそれでも女子高生に抱き着かれるという状況は、ドキドキさせられる。
『もしかしてお兄さん、ちょっと残念がってませんか?』
「エっ、ナニが?」
『ふふっ、声裏返ってますよ。すみませんね、プロテクターの感触で』
「いや別に、何も思ってないって」
『そうですか? じゃあそういうことにしておきます』
元々揶揄い目的の問いかけだったらしく、真理亜は微塵も不愉快そうではなくむしろ楽しそうだった。
『それじゃあ、お兄さんそろそろ行きましょう。れっつゴーですっ!』
心臓を落ち着ける間も無いまま、インカム越しに聞こえてくる真理亜の声にスーパーレッジェーラを発進させた。
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