第2話

 ハンドルをひねると小気味よい音をエンジンが奏でる。クラッチを切りギアを上げて再加速。

 この風を切って進んでいく感じて耳に届くエンジン音を聞きながら、後ろに流れていく景色を楽しむこの時間は最高と言うほかない。


(そろそろ良いか)


 バーハンドルとヘルメットにつけたGoProの電源が付いている事を確認し、声を張り上げた。


「はい、どーもモトです!」



――――――



「こんなもんかな」


 撮影を一度切り上げ、後半を撮る前に休憩しようと思いいつもの休憩所へと立ち寄る。

 開いている駐車スペースにバイクを止め、乾いた喉と空腹感を満たすために店に向かって歩き出した途中でとある人影を見つける。

 その影は緑色をしたバイクのすぐ傍でうなだれるようにしてしゃがみ込んでいた。

 全く知らない相手と言う訳でもないし同じバイク乗りとして、困っているのであれば手を貸そうと思い立ち声をかける。


「大丈夫?」

「わっ! …………って、なんだ。お兄さんじゃないですか、お久しぶりです」


 前にあってから約三週間ほどたっていて覚えてもらえているか少し不安だったが、それは杞憂だったようだ。


「久しぶり。どうしたのこんなとこでしゃがみ込んで。どこか身体の調子悪い?」

「いえ、そういう訳じゃ……すみません、ご心配をおかけしたみたいで。そのお恥ずかしいお話しなんですけど、さっき立ちごけしちゃいまして。それで私のNinjaちゃんが傷ついちゃいまして…………うぅ」


 見れば先ほど少女がしゃがみ込んでいたあたりに傷跡が付いていた。


「君は?」

「え。あ、怪我ですか? 私は全然問題ないです」

「そっか、なら良かった。俺の友達に立ちごけした時に足のつき方が悪くて骨折したヤツいたからさ」

「お気の毒ですね」

「まあ今じゃ元気にバイク走りまわしてるけどね。外装慣らしは大抵みんなやることだから、あんまり気にし過ぎないようにね」

「ぅう…………」


 少女の落ち込みようを見ていると自分が初めて外装慣らしをした時のことを思い出す。高校生の時バイクの免許を取って、父親が昔乗っていたバイクを初めて貸してもらった時にエンストさせこけてしまった。

 車と違いバイクに乗る者はすべてと言っていいほどバイク好きであり、中には転倒した時に自身よりバイクの心配をする者もいるほどだ。

 だからこそ少女の辛さは自分のことのように分かる。


「…………よーし、こうなったらやけ食いだ! お兄さんもこれからお食事ですよね? 一緒に行きませんか!?」


 悔やんでいても過ぎてしまったことはどうしようもできない、と切り替えた少女は声をかける。

 その切り替えの早さは好ましいが、まだ出会って二回目であり話た時間にすれば十分にも満たないであろう女子高生から食事を誘われたのは予想外で少し面食らう。


「知らない男をそう簡単に誘うもんじゃないよ」


 容姿が整っていて性格も明るい女子高生ライダーと仲良くなりたいかと聞かれれば、それは持ちろんイエスだ。男としてそこに惹かれないと言えば嘘になる。

 だがまだ大学生とはいえ、二十歳を迎えた常識ある大人として無警戒そうな女子高生の誘いに二つ返事をするわけにもいかない。


「前も少しお話ししたじゃないですか。それに人気ひとけのないとこに行こうって誘ってる訳じゃないんですし」


 確かにここの軽食屋は何度も利用しているが、満員ということはなくともいつもそれなりの客で賑わっていて全く人がいないときを見たことは無い。今だって駐車場にある車やバイクの数から考えるにそこそこの利用客がいるだろう。

 それに怪しげな雰囲気のある深夜のバーと言う訳でもない。至極普通のお軽食屋だ。


「一人で食べるよりも何人かで食べた方が楽しいですよ、お話しましょ」

「……食べるだけね」


 そう答えると「やったぁ」と楽しそうに反応する少女の姿を見ると、学校でモテるんだろうなという妄想が脳裏をちらりと横切った。

 二人で並んで軽食やへ行き、案内された席へと座る。


「お兄さんっていつもなに頼んでるんですか?」

「俺? 俺は目つぶって適当に指さしたところにあったの選んでるよ」

「今日は、○○の気分ーとかこれ食べよーとかって考えてきたりとかはないんですか?」

「あー……撮影してるときとかは動画のためにそういう時もあるけど、大体はどれが美味しいとか分からないから適当に選んじゃうね」

「撮影……動画、ですか」


 今の会話で出てきた二つの単語に小首をかしげる。


「僕動画撮って投稿してるんだよ、モトブロガーってやつ」


 バイクでのツーリングしているとこを録画し記録に残すのをモトブログと言い、それをしているバイク乗りをモトブロガーと言う。この休憩所まで来るまで実際にその撮影をしていたところだ。


「あー、見たことあるんで知ってますよ。そんなことしてるんですか、お兄さん。凄いですね」

「たいしたことはしてないよ。ただの趣味だし、登録者も多くないし」

「そうなんですか……あ、チャンネル名教えてくださいよ。今日はスマホ持ってきてるんで登録しますよ私」

「モトちゃねる、で調べれば出てくるよ」


 少女はそれを聞いてスマホの操作を始める。


「モトブログのモトですか??」

「いや本名が元康もとやすなんだよ。それでモトって名乗ってるんだ」

「そうなんですか。……ってよくよく考えたら、私たちお互いに名乗ってすらいませんでしたね」


 バイク乗り同士がツーリング先で仲良くなって、互いの名前を知らずに会話を続けることはそこまで珍しいことではない。が、何度も話すような間柄になると互いの呼び方が分からないのは不便でしかない。


「そうなんですか。じゃあ私から名乗りますね。私は榊原さかきばら真理亜まりあです。呼ぶときは真理ちゃんでいいですよ」

「俺は坂田さかた元康。呼び方は……まあ、何でもいいよ」

「じゃあこれからはお金持ちのお兄さんって呼びます」

「それだけはやめてくれ」


 冗談だとすぐに分かる抑揚での発言だったため、不愉快になることもなく元康はすぐに断りをいれた。


「ですよね、すみません。普通にお兄さんって呼ばせてもらいます」

「それにしても、お金持ちのお兄さんなんて言い出したってことは僕のバイクの事調べてくれたんだ」

「バイク好きとしては、他の人のバイクでも素敵だなって思うバイクは気になりますからね」

「嬉しいこと言ってくれるね」

「でも流石に驚きましたよ。世界で五百台限定、お値段約一千二百万円。よく買えましたね」

「まあ一括じゃなくてローンでだけどね。それに父さんのお金だし」


 一介いっかいの大学生にとって百万円ですらかなり難しいのに、一千万万円以上のお金を出すことなど到底無理だ。

 それでも欲しいとなれば両親に頼むしかない。そうして頼み込んだ結果父親に出してもらえることになった。しかも返済のためにバイトをすると言った元康に、せっかく買ったバイクを置物にしておくきかと就職してからでいいと言い返したのだ。

 だがそれも申し訳なさ過ぎたため、バイクに乗りながら僅かにでも稼げるようにと趣味を兼ねてyoutubeでモトブログを始めたのだ。


「今絶賛返済中。おかげで親には頭が上がらないよ」

「あ、それ私も同じです。教習所とバイクのお金高校に受かったお祝いってことで出してもらったんで」

「そっか。お互い良い親を持ったね」


 中学高校の時と喧嘩することもそれなりにあったが、今ではこの両親の子で良かったと心から思っている。


「お兄さん、私頼みたいの決まったんですけど頼んでも良いですか?」

「いいよ、僕も決めたし」


 店員に注文した後再び会話を再開する。


「はぁ……でもさっき立ちごけしちゃったし、来月はバイト多く入れないと……はぁ…………」

「へえ、バイトしてるんだ。偉いね」

「そうでもないですよ。自分が運転するバイクのガソリン代は自分で出す、普通のことです」

「君の歳でそれができれば十分立派だよ。というより僕が高校生の時は出来なかったし」


 当時は普通二輪の免許をとっていて、父親が乗るバイクを貸してもらっていた。その時のガソリン代は父親もちだった。


「そういえば、お兄さんいくつなんですか?」

「俺? 今は二十歳だよ」

「もしかして大学生ですか?」

「うん、〇×大学」

「えっ、めっちゃ頭良いとこじゃないですか!?」

「そうでもないよ。一部の学部が目立ってるだけで、俺のとこはそうでもないし」


 嘘でも誇張でもないのだが真理亜は凄い凄いと褒めたたえる


「だとしても〇×大学生ってやっぱりすごいですよ。お兄さん凄い!」


 自分ではたいしたことないと思っている事でも、尊敬の眼差しで見つめられるというのは悪くない気分だ。


「いくら褒めても、奢らないからね」

「あ、ばれちゃいましたか? あはは」


 お互いに本気ではない冗談の応酬。まだ出会って間もない間柄だが、そりが合うからか不思議とそんな気はしない。


「お兄さん、言い忘れてましたけど今日は本当にありがとうございました」

「え?」

「お兄さんと会ってなかったら、多分まだ私Ninjaちゃんの前で落ち込んでたと思うので」

「あぁ……。いい気分転換になったなら良かったよ」

「私、あの時勇気出してお兄さんに話しかけてよかったです」


 そういって貰えるとこちらとしても嬉しい。


「あ、お兄さん。きましたよ」


 談笑しているのが楽しかったからか注文した料理が来るのがとても速く感じた。


「それじゃあ、食べましょー。いただきまーす」


 元気に挨拶した真理亜は美味しそうに食べ始めた。

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