バイクと男子大学生と女子高生。

橋場はじめ

第1話

「ごちそうさまでした」


 ソロツーリングの休憩で立ち寄った軽食屋で料金を払い駐車場へ向かう。

 外は軽食屋に入った時と変わらずのいい天気。


「いいツーリング日和だ」


 暑すぎず風も強くなく雲も少ない晴天の今日は、目的地を決めず自由気ままにバイクを走らせるには絶好の日。

 トレードマークである真っ赤なボディは太陽の光を反射して、綺麗に光っている。

 とり出した鍵を挿し込み電源を付け、スイッチを押してエンジンを始動。

 キュルルン! というセルが回る音のあとにブウウンッ! という愛車が目を覚ました合図とばかりに咆哮をあげた。

 この惚れ惚れするような音色が好きで、よく聞こえるようにヘルメットを被るのは一番最後にしているぐらいだ。


「わ、良い音ですねお兄さん」


 これからヘルメットを被りバイクにまたがってすぐにでも発進、というところで声をかけられた。

 可愛らしく元気のある溌溂はつらつとした声。

 初めて聞くその声が聞こえた方を向くと、髪をポニーテールにまとめた少女がいた。


「えっと……?」

「あ、すみません。素敵なバイクからカッコいい音が聞こえてきたので、ついフラフラと近寄ってきちゃいました」

「それはありがとう」


 愛車を褒められて悪い気はしないが、見知らぬ相手に唐突に声をかけられれば多少なりとも警戒してしまうものだ。

 それに話しかけてきた少女がまたその辺に居る普通の少女ではなく、美のつく少女でついドギマギしてしまう。


「お兄さん、まだ私のこと怪しんでますね? そんなストーカーとかじゃないですって、私もお兄さんと同じでぶらっと走らせてただけですよ」

「走らせてたって……君もバイク乗るの?」


 その言葉によくよく少女を見てみれば下はジーパン、上は少しゴツゴツしたジャケットを着ている。恐らくライダースジャケットと呼ばれる中にプロテクターが入っているものだろう。


「勿論ですよ。すぐそこにあるあのバイクです」


 この辺りはツーリングスポットとなっており視線の先にはNinjaやGSX、レブルなど様々なバイクが止められている。


「えっと、Ninja?」

「正解でーす、よく分かりましたね他にもバイク沢山あるのに」

「そりゃあ君のジャケットにカワサキKawasakiって書いてあるし」

「え? あっ、ほんとだ。えへへ、すっかり忘れてました。これじゃあクイズになりませんね」


 恥ずかしそうにほほ笑む。


「いくつ?」

「え? 十七です」

「? ……あ。ごめん、聞き方が悪かったね、歳じゃなくて排気量のことだよ。250? 400?」

「あ、なんだ。いきなり歳聞いてきたのかと思ってビックリしちゃいました。400ccです」


 Ninjaの250と400はフレームや外装などが共通のためパッと見ただけでは分かり辛い。排気量がデザインとして外装にペイントされてるのだが、それは丁度他のバイクが重なっていて見えなかった。


「へぇ、良いバイクだね」


 CBRやGSXなどのスポーツバイクを各社が開発し始めた火付け役とも割れているだけあって、Ninjaのデザインは秀逸だ。同じフルカウルバイクに乗っている者として、いやバイク好きとしてその良さはよく分かる。


「お兄さんのはずばり、ドゥカティDucatiパニガーレPanigale V4です か?」


 少し芝居がかったミステリーモノの探偵のように言う少女に、つい笑ってしまいながら答える。


「残念、違うよ」

「えっ。この特徴的なお髭が生えてるのってV4じゃありませんでしたっけ? V2?」

「髭、ってああウイングのことか。ウイングがあるのはV4であってるけど、そもそもこのバイクパニガーレじゃないよ」


 少女が髭と称したウイングはスポーツカーにもついているウイングと同じもので、加速性能やブレーキ時の安定性を上げるためにつけられている。


「えー……。あ、でもちゃんと見てみると確かにお顔が違いますね」

「スーパーレッジェーラv4で調べてみれば分かるよ」

「じゃあ帰ったら調べてみます。今日スマホ家に置いてきちゃったので」

「そっか。……えっと、じゃあそろそろ行っても良いかな」


 特に急ぐ理由がある訳でもないが、反対にここで会話に興じる理由もない。


「すみません、お時間とらせてしまって。ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる少女に軽く手を上げて、バイクを発進させる。ミラーには手を振って見送る少女の姿が映っていた。

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