囚われの親子編
[1] 会遇
一月二十五日に反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンがランチェスター学園を襲撃した事件から
処された刑罰は禁錮刑だった。団員によって禁錮期間は異なるが、ヴァルタンの団員には禁錮刑が処されている。無論、最も禁錮期間が長いのはヴァルタンの代表であるヴォイチェフだ。
団員によっては死罪を適用するべきとの声もあったが、団員に関してはヴォイチェフら幹部に思考誘導されていた者もいたと診断され、情状酌量の余地ありと見なされて禁錮刑を処すこととなった。
ヴォイチェフら幹部も禁錮刑となったのは、反魔法師思想の者を刺激しない為だ。死罪を適用することで反魔法思想の者が結託する可能性を危惧した経緯がある。
ヴァルタンの全団員の刑が滞りなく済み、それから二カ月ほど経った頃にはランチェスター学園の学生が勉学に励む通常の日常が戻っていた。
常勤のカウンセラーの人員を増やし、警備員も増員した。
以前よりも生徒は安心して勉学に励み、寝食できる環境を整えている。
ヴァルタンに加担していた生徒は停学処分となっていたが、一部を除いて既に復学している。
中には自主退学した者や、禁錮刑の対象になった者もいるが、ランチェスター学園襲撃事件に関しては完全に解決したと言っても差し支えないだろう。
それから時は流れ、少しずつ過ごしやすい気温になり、ぽかぽかと暖かい春陽に照らされる季節が到来する。
◇ ◇ ◇
三月二十日――ランチェスター学園の並木道に沿うように植えられた桜並木の花弁が色鮮やかに周囲を彩り、春の到来を告げるように揺らめいていた。
この桜の木は東方から逃れてきた一族の末裔が、ランチェスター学園が創立された際に寄贈した物である。学園の創立以来、巣立って行った生徒たちを見守ってきた桜並木だ。
時刻は昼時、学園内のレストランでジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、アレックス、イザベラ、リリアナ、レベッカ、シズカの八人は二つのテーブル席を囲んで昼食を共にしていた。
「そろそろ春季休暇ね」
食事の手を止めたオリヴィアが話題を振る。
「みんなは何か予定があるのかしら?」
「わたしたちは帰省する」
オリヴィアの質問を補足するようにステラが呟く。
国立魔法教育高等学校の全十二校は、三月二十五日から十五日間の休暇期間になる。
春季休暇の期間にはステラたちのように実家に帰省する生徒は数多い。
「私たちも帰省するよ」
イザベラがそう言うと、リリアナが同調するように頷く。
「もっとも、わたしは数日実家に滞在したら、その後はイザベラの実家にお邪魔しますが……」
「あら、そうなの?」
リリアナは休暇期間のほとんどをイザベラの実家で過ごすつもりだった。
せっかくの休暇なのに実家でのんびり過ごさないのかしら? と思ったオリヴィアが首を傾げた。
「ええ。母に会いに帰省はしますが、実家は居心地があまり良くありませんので……」
「そう。人それぞれ事情があるわよね」
リリアナが困ったような表情と歯切れの悪い口調で答えたので、オリヴィアは空気を読んで深く踏み込まないことにした。
人それぞれ事情がある。特に魔法師界の名門と謳われる家には様々な事情があるだろう。他人が気安く踏み込んでいい領域ではない。
それにリリアナにはイザベラがいる。何かあれば彼女を頼るだろう。イザベラは事情を把握しているようなので尚更だ。
もちろんオリヴィアは必要ならばいくらでも力になるつもりだが、軽挙は慎むべきだ。引き際は弁えている。
「俺も数日帰省するぞ」
会話が一間空いたところを見計らってアレックスが口を開いた。
「すぐ
「実家でゆっくり過ごさないのか?」
「実家は
「なるほど。確かに賑やかそうだ」
アレックスは
確かに実家にいるよりも寮にいた方がゆっくり過ごせるかもしれない、と思ったジルヴェスターは納得した。
「わたしもビアンカと一緒に帰省するよ」
レベッカは幼馴染のビアンカと共に帰省するようだ。
二人の実家は近所なので一緒に帰省する予定でいた。
「実家で数日過ごしたらビアンカと二人でシズカの家に遊びに行く予定」
「へえ、シズカの実家か。俺も興味あるな。機会があれば是非一度稽古をお願いしたい」
ジルヴェスターがシズカの実家に興味を示す。
「ええ。我が道場はいつでも歓迎しますよ」
「その時はよろしく頼む」
シズカは歓迎の意を示す。
彼女個人としても、シノノメ道場としても、剣術を学びたい者を拒む理由はない。
「ということはシズカも実家に帰省するんだね」
レベッカがシズカの実家に遊びに行くということは、当然シズカも実家に帰省しているはずだ。まさかシズカが不在なのに遊びに行くということはないだろう。
その事実に気が付いたイザベラが口を挟んだ。
「ええ。やはり修行には実家が一番都合いいもの」
単純に修行場として実家の道場を使えるというのは利点だが、それだけではなく総師範の父や、師範代の兄や姉から指導を受けることもできる。シズカにとっては実家が最も修行場として適している環境だ。
「ジルはどうするんだ?」
「俺か?」
春季休暇の予定をまだ述べていないジルヴェスターにアレックスが問う。
話を向けられたジルヴェスターは確認の意味を込めた反問をすると、アレックスが無言で頷いた。
「俺はいつも通りだな」
「というと?」
「俺はみんなと違って寮暮しではないから帰省する必要がない」
「そういえばそうだったな」
ジルヴェスターは自宅から通学している。学園の寮と契約しているので、忙しい時は寮に宿泊することもあるが、それもたまにだ。自宅から通学しているのに帰省というのもおかしな話だろう。
「そもそも普段は何をしているんだ? 魔法の研究やMACの開発とかをやっているのは知っているが」
ジルヴェスターは口数が多い方ではなく、プライベートのことを自分から積極的に話すタイプでもない。訊かれれば答えるが、自分から発信する気質ではないのだ。故にミステリアスなところがある。
「魔法の研究やMAC関連以外だと……壁外にいることが多いな」
「そんな頻繁に壁外に行っているのか?」
「頻繁にというほどではないが……」
普段のジルヴェスターは魔法の研究やMACの開発と調整を行っていることが多い。それ以外はほとんど壁外にいる。特級魔法師としての仕事で壁外に赴いていることもあるが、それをここで告げることはない。
「遺物を発掘したり、魔物や自然の中から素材を採取したりしている。まだ踏み入っていない場所に赴くのも好きなんだ。気分転換にもなるからな」
「そんな散歩に行くような感覚で向かう場所ではないと思うけど……」
ジルヴェスターが壁外へ赴く理由を述べると、イザベラが呆れながらツッコミを入れる。
「ジルに常識を当てはめるのは無駄」
「そうよ。細かいことは気にしないのが一番よ」
「……」
ステラとオリヴィアが畳み掛けるように述べる。
当のジルヴェスターは何も言い返せず肩を竦めることしかできなかった。
「さすが付き合いが長いだけあってジルの扱いはお手の物だな」
「ジルくん、ステラっちとオリヴィアには弱いね」
個人的に完璧超人だと思っているジルヴェスターのことを
「お前らはいったい俺をなんだと思っているんだ……」
四人の言い様にジルヴェスターは深々と溜息を吐く。
ジルヴェスターとて普通の人間だ。特級魔法魔法師第一席という肩書はあるが、普段はただの学生である。彼は内心で心外だと少なからず思った。
「ふふ。こういうのもいいですね」
みんなのやり取りを黙って見守っていたリリアナが微笑むと、場が
「そうだね」
イザベラが同意を示す。
友人と他愛もない会話をするのは得難い時間だ。仲間と馬鹿をやるのも、
学生時代の仲間が将来魔法師として活動する上で助けになることもあるだろう。
「――あれ? レアルくんじゃん」
みんなと笑っていたレベッカは、ふと視線を向けた先に見知った人物を発見した。
その言葉に釣られるように一同はレベッカの視線を辿って顔を向ける。
固まって食事をしているレベッカたちからは少し離れた場所に
「――レアルくん! 何してるの?」
レアルと呼ばれた人物は昼食を載せたトレイを持ったまま立ち尽くし、困った表情を浮かべていた。その表情に疑問を抱いたレベッカが呼び掛ける。
名前を呼ばれた少年が振り向く。
そして自分の名を呼んだレベッカを発見し、歩み寄る。
「やあ、ヴァンブリートさん。シノノメさんもこんにちは」
少年はトレイを持ったままレベッカとシズカに挨拶をする。
「やっほー」
「こんにちは」
レベッカは手をひらひらと振って挨拶をし、シズカは綺麗な姿勢を崩さずに会釈する。
「それでレアルくんはどうしたの? トレイを持ったまま立ち尽くしていたけど」
レベッカが再度尋ねる。
「いや、あまり席が空いていないくて、どうしたものかと思っていたんだ」
その言葉にレベッカは改めて周囲を見渡す。
「少しは空いてるよ?」
「いや、まあ、そうなんだけどね……」
周囲を見渡したレベッカは所々に空席を見つけた。
しかし、レアルは歯切れ悪そうに言葉を濁す。
「……空席の周りは上級生ばかりだし、顔見知りもいないから座りづらくてね」
「確かに」
レアルの指摘を受けてレベッカは空席の周囲に目を向ける。
すると、確かに空席の周囲は上級生ばかりだった。
「なら私たちと一緒にどう?」
「え、いいのかい? 迷惑じゃないかな?」
「うん。いいよ。みんなもいいよね?」
見かねたレベッカが相席を提案するが、レアルは部外者の自分が邪魔していいものかと逡巡する。
彼の遠慮など知ったものかというようにレベッカは話を進めて一同に確認を取る。
もちろん断る理由はないので、一同は了承した。
「ありがとう。助かるよ」
「ほら、席詰めて!」
「お、おう」
歓迎されたレアルが礼を述べると、レベッカはアレックスに席を詰めるように促す。
そのアレックスは気圧されながらも素直に席を詰める。
「失礼するよ」
一人分のスペースを確保したのでレアルが着席する。アレックスの隣だ。
「――改めて、僕はレアル・イングルス。ヴァンブリートさんとシノノメさんと同じB組なんだ。よろしくね」
席に着いたレアルが自己紹介をする。
レベッカはクラスメイトだからレアルのことを知っていたのである。
レアル・イングルスは金髪碧眼の美男子だ。
綺麗な白い肌に輝くような金髪と、前髪の下から覗く碧眼は彼の端正な顔立ちを
どこかの国の王子様と言われても疑う者がいないほどの眉目秀麗ぶりで、貴公子然とした立ち振る舞いと雰囲気をしている。間違いなく女性から人気があることだろう。
レベッカとシズカ以外の面々も順に自己紹介をする。
「ああ。ヴェステンヴィルキス君のことは知っているよ。入学式の答辞でね」
「ジルくんのことは一年のみんなが知ってるでしょ」
最後に自己紹介したジルヴェスターのことを知っていると言うレアルが理由を述べると、レベッカが口を挟んだ。
その言葉にレアルは「確かに」と微笑みながら頷いた。
「俺もイングルスのことは知っていた」
「え、僕を?」
「ああ。入学式で見掛けたからな」
「そうだったんだ」
ジルヴェスターもレアルのことを知っていたと言うと、彼は驚いて目を
レアルは名家の出ではないし、顔が広いわけでもない。そのことを自覚しているので自分のことを知っていることが不思議だったのだ。
だが理由は単純だった。入学式には全ての新入生が出席している。中には見覚えのある者もいるだろう。
「ああ。あの時の」
「ジルが気にしていた人」
オリヴィアが思い出したように呟くと、ステアも気付いたようだ。
「? 気にしていた?」
その言葉に疑問を抱いたレアルは首を傾げる。
「ジルくんが通り掛かったイングルスくんを見て、「中々できる奴だ」って言っていたのよ」
「そんなこと通り掛かっただけでわかるのかい?」
説明を聞いてレアルは一層疑問を深めた。
「ジルだから」
「ジルくんだから」
ステラとオリヴィアは決まり文句のように同時に言う。
全く説明になっていないが、レアル以外の面々も「うんうん」と頷いている。
どうやら三か月ほどの付き合いでジルヴェスターのことをだいぶ理解してきているようだ。
「そ、そっか」
一同の反応を見てレアルは無理やり自分を納得させた。何故か気にしたら負けだと思ったのだ。
「――そうだ。せっかくだし僕のことはレアルでいいよ」
少しだけ居心地が悪くなったレアルは、苗字ではなく、個人名で呼んでくれと提案することで話を逸らした。
「そうか。なら俺のことももっと気軽に呼んでくれ」
「うん。わかった」
ジルヴェスターとレアルが頷き合う。
「――それより、レアルくん最近顔色悪いけど大丈夫?」
「私も気になっていたわ」
話が一段落したところでレベッカがレアルに尋ねると、シズカも同調した。
「そんなに顔色悪かったかな?」
尋ねられたレアルは苦笑しながら逆に質問する。
「うん。悪かったよ。今日は比較的マシそうだけど」
「ええ……そんなに悪かったのか。なんか恥ずかしいな」
レアルは頬を掻くような仕草をして気恥ずかしそうにする。
「ここ最近少し忙しくて寝不足気味なんだ」
疲れを吐き出すかのように小さく溜息を吐く。
「そうなんだ。ちゃんと休んだ方がいいよ」
「うん。気をつけるよ」
レベッカが休養を促す。
「レアルくんは春季休暇の予定は決まってる?」
先程まで話題にしていた内容をレベッカがレアルにも尋ねる。
レアルはレベッカとシズカ以外とは初対面だ。
なので、レアルがみんなと打ち解けられるように取り計らっているのかもしれない。
彼女のコミュニケーション能力の高さと器量の良さが窺える。
「僕は色々とやることがあるから、それを消化していたら休暇期間が終わってしまいそうだよ」
「休暇期間くらいしっかり休みなよ」
「うん。そうしたいのは山々なんだけどね。状況が許してくれないんだ」
どうやらレアルは春季休暇も忙しないようだ。
既に忙しい毎日を送っているようだが、それは春季休暇にまで影響しているのだろうか。
「もし時間ができたら、私と一緒にレアルくんもシズカの実家に遊びにくるといいよ」
「お前がそれを決めるのかよ」
多忙なレアルを見かね、レベッカが息抜きを兼ねてシズカの実家に遊びに行くことを勧める。しかもシズカに確認を取らずにだ。そのことをアレックスが指摘する。
「私は大丈夫よ」
勝手に話を進められたシズカは苦笑しながら了承した。
「どうだろ。多分、厳しいと思う」
「そっか~」
「でも、もし都合がついたら検討するよ。ありがとうね」
レアルは少し悩んだが、やはり忙しくて都合が合わないようだ。
誘ってくれたことは素直に嬉しかったみたいで笑みを浮かべている。
その後も昼食の合間に会話を挟みつつ過ごす一同であった。
◇ ◇ ◇
放課後――ジルヴェスターの姿は壁外にあった。
ウェスペルシュタイン国から南東の方向へ深層に踏み入った先にある、とある城の跡地へと赴いていた。
壁外には、ウェスペルシュタイン国の政府が魔法協会の意見をもとに定めた階層が存在する。
壁外から約十キロほどの距離は浅層に定められている。
浅層にいる魔物は脅威度の低い魔物だ。壁外に近い場所ほど魔法師が頻繁に間引きを行っている。故に壁外でも比較的安全地帯だ。
浅層の先には下層に定められている階層がある。浅層よりも圧倒的に広い。
下層も比較的安全地帯ではあるが、安易に踏み入っていい場所ではない。当然浅層とは比べ物にならない危険を伴う地帯だ。
そして下層の先には中層、上層と続いていく。
上層まではウェスペルシュタイン国にとって既知の世界だ。だが、上層より先にも世界は広がっている。
それは――深層と呼称されている領域だ。
深層は限られた者しか足を踏み入れることができない世界である。
未踏の地とまでは言わないが、未踏の地と言っても差し障りがないほど未知の世界だ。人類が到達できる限界地として『人類の限界領域』とも言われている。
深層から先には途方もなく世界が広がっている。なので、当然深層が最も広い領域だ。
奥の階層ほど強力な魔物が
そんな中、ジルヴェスターは散歩でもするかのような気軽さで深層へと足を踏み入れていた。
彼は深層へ足を踏み入ることのできる限られた者であった。
「これは……」
城の跡地を探索していたジルヴェスターは気になる物を発見した。
この城は
城自体が貴重な遺構であり、考古学的な価値が高い。
「……肖像画か?」
ジルヴェスターが手にしたのは、高貴な女性だと思われる人物の肖像画であった。埃を被ってはいるが、人の輪郭と思われる部分が透けて見えていた。
彼は肖像画を覆っている埃を優しく払う。
肖像画は貴重な遺物だ。丁重に扱わなくてはならない。
埃を払い落とすと、はっきりと肖像画を見ることができた。
「金髪碧眼の女性……明らかに高額な物と推測できる宝飾品とドレス。ここはこの一帯を治める貴族が居を構えていた城か?」
改めて城の周囲の風景を思い出す。
城の周囲には住居と思われる残骸が残っていた。
城に近いほど富裕層が住んでいたと思われる屋敷の残骸があり、逆に城から離れている建物ほど庶民的な建造物に思えた。
富裕層が住んでいたと思われる屋敷の方が頑丈に建てられていたのか、比較的原型を留めている。――それでも建物によって差があるが。
庶民的な建物はほとんど原型を留めておらず、見る影もない状態だった。
ジルヴェスターの考察が正しければ、今現在探索している場所は当時この一帯を治めていた領主が居を構えていた領都ということになる。そして城はその貴族の居城だろう。
「……」
ジルヴェスターは肖像画に思い至る点があり目を凝らす。
「気の所為か……? 見覚えがある気がするが……」
肖像画に
(……まあ、今はいいか。持ち帰ってから考えよう)
彼が今現在いる場所は深層だ。
落ち落ち考えている余裕などない。いつ危険が迫るかわからないのだ。
今は偶然にも周辺に魔物の気配は感じられないが、油断していい理由にはならない。――もっとも、魔物がいたところでジルヴェスターにとって危険なのかは別問題だが。
ジルヴェスターは肖像画を『
◇ ◇ ◇
「――そろそろ帰るか」
翌日、まだ日も登りきらない薄暗い時間にジルヴェスターは動き出す。
満足するまで探索したので帰路に着くことにしたのだ。
なんともないことのように翌日を迎えているが、他の人が耳にしたら正気を疑うことだろう。
壁外で野宿すること自体計り知れない危険を伴う。しかも彼が今いる場所は『人類の限界領域』と言われている深層の真っ只中だ。
そんな場所で夜を越すなど正気の沙汰ではない。良い子は真似するな、の次元を超えている。
ちなみに今日は休日ではないので、いつも通り学園に登校しなくてはならない。
ジルヴェスターは朝日が顔を覗かせ始めた空を一度見上げると、足を踏み出した。
その後、自然の中を数時間疾走していた。
ただ帰宅する為だけに疾走していたのではなく、他にも用事があったのでいくつも寄り道を挟んでいる。道中には目に付いた魔物を片手間に狩ってもいた。
ジルヴェスターはわざわざ自らの足で長い距離を走らなくても、もっと簡単に壁内と壁外を移動する手段がある。だが、帰りは道中にも用事があったので自分の足で移動していた。
そして用事を全て終えたので、後は『
――『
しかしその時、ジルヴェスターは魔法の気配を感じ取った。
「約五百メートル西か……」
魔法の気配を感じ取った場所を読み取る。
彼にかかれば魔法を使わなくても魔法の気配を辿るのはそこまで難しいことではない。
誰にでもできることではないが、一定以上の実力者であれば、信憑性はともかく魔法の気配の先を辿ることは可能だ。
「段々魔法の気配が弱まっている?」
魔法の気配が感じるということは、魔法師が魔法を放っているということだ。
その魔法師が何度も魔法を放っているが、段々感じ取れる魔法が弱まっていた。
それは
さすがに放置できないと判断したジルヴェスターは、把握した場所へ向けて駆ける。
弱ってきている魔法師がいるとわかっていて無視するほど彼は薄情ではない。
わかっていて見過ごすのは多少なりとも目覚めが悪いし、特級魔法魔法師第一席としての責任を一応持ち合わせている。
目視可能な距離まで近付いたので駆けながら様子を窺うと、一人の魔法師が魔物の集団に囲まれていた。
「ブラッディウルフか」
魔法師を囲んでいる魔物はブラッディウルフの群れであった。
魔物には魔法協会が定めた脅威度を示すレートが存在する。
レートは高い順にSSS>SS>S>AAA>AA>A>B>C>D>E>F>Gとなっている。
傾向として、浅層にはG、F、Eレートの魔物が多いが、Eレートの魔物は比較的少ない。
下層はE、D、Cレートが多く、Cレートの魔物は珍しい。
中層はC、B、Aレートが多いが、Aレートの魔物は滅多に見掛けない。
上層にはAレート以上の魔物が多く
深層に至っては未知の部類だ。
無論これらは絶対ではない。
浅層の魔物は頻繁に間引いているので低レートの奴らばかりだが、稀に高レートの魔物が浅層まで降りて来ることがある。
反対に上層や深層に低レートの魔物が紛れ込んでいることもある。
また、魔法協会が定めたレートは絶対ではない。
情報が百パーセント正しいわけではなく、魔物自体が進化している可能性もある。
なので、レートは基準にはなるが、鵜呑みにするのは命取りだ。
そして一人の魔法師を取り囲んでいるブラッディウルフは、Bレートに定められている狼型の魔物だ。
鋭い牙に強靭な顎、俊敏な脚力を持っている。獰猛な性格で血を好み、血の匂いがする場所に良く姿を現す。一度噛みついたら放さない根性もある。
弱い個体だとCレート相当だが、中にはAレート相当の個体が存在することもある。
だがBレート相当の個体が大半を占めるので、公的にはBレートに定められていた。
また、個体としはBレートに定められているが、群れとしてのレートはAAレートに引き上げられている。個体としても厄介だが、群れになると各段に凶悪な存在に変貌する。
群れで連携を組んで獲物を仕留める賢さがあり、群れを率いるボスの強さや賢さ次第で更に高いレートに引き上げられることがある。群れでこそ真価を発揮する魔物だ。
非常に厄介で面倒な魔物故に魔法師からかなり嫌われている。
ジルヴェスターは更に現場に近付くと、魔法師の顔を確認できた。
「あれは……レアルか?」
襲われている魔法師の顔を確認したジルヴェスターは、見知った人物だったので少しだけ驚いた。
「こんな所で遭遇するとはな」
ジルヴェスターはレアルが実戦を経験していると踏んでいた。なので、壁外を既に経験している可能性もあると考えていた。だが壁外は広大だ。こんなところで遭遇するとは中々の確率である。
壁外で魔法師と出会うことはあるが、自分の友人とピンポイントで遭遇するのは中々あることではない。故にジルヴェスターは驚いた。
「加勢するか……?」
他人の獲物を横取りするのはタブーだという暗黙の了解が魔法師界には存在する。とはいえ、対峙している魔法師が危機的状況に陥っていた場合は救援することを推奨されている。
その二つの境界線が曖昧で判断が難しいところではあるが、ジルヴェスターとレアルは友人同士だ。結果がどちらであろうと両者で争うことにはならないだろう。
「一旦待つか」
だが、ジルヴェスターは一応様子見することにした。
レアルが本当に危険そうなら助太刀することにし、いつでも加勢できるように準備は怠らない。
レアルを取り囲むブラッディウルフの群れは、彼に休む暇を与える隙も無く次々と飛び掛かっていく。
一匹が牙を剝き出しにして飛び掛かると、レアルは手に持つ剣で袈裟斬りにする。
そして今度は間髪いれずに二匹のブラッディウルフが左右から飛び掛かっていく。
(――! まずい!)
挟み撃ちされる格好になったレアルが、剣を頭上に
そしてレアルは瞬時に魔法を行使した。どうやら彼は剣の武装一体型MACを使用しているようだ。
すると、レアルを中心に辺り一面を
ジルヴェスターは危うく視力を奪われるところだった。
瞼越しに光が収まったのを認識したジルヴェスターは瞼を開く。
(魔法の発動速度が速い。さすがの腕だな)
感心するジルヴェスターは口元を緩める。
戦況を把握してから対応方法を選択し、魔法を行使する場合は魔力をMACに流し込む。その後にMACが術式を展開して魔法が発動される。
戦闘中にこれらの段階を踏まなければならないのだが、レアルはそれまでのプロセスが流動的で素早かった。
(既に最低でも中級以上の実力はあるな)
そんなレアルの実力をジルヴェスターは冷静に推し量る。
レアルが行使した魔法は
何故ジルヴェスターが発動する前の魔法を判断し、瞼を閉じることが可能だったのか――それは彼の瞳に理由があった。
彼の瞳はただの瞳ではない。彼は所謂『魔眼』と呼ばれる希少な瞳を有している。
一口に魔眼と言っても、魔眼には様々な種類がある。
そもそも魔眼を持って生まれてくること自体非常に珍しい。魔法師でも魔眼持ちに一生出会えないのが当たり前の世の中だ。
魔眼によって様々な能力を持つ。
一つの能力しか持たない魔眼もあれば、複数の能力を有する魔眼も存在する。
強力な魔眼もあれば、あまり実用的ではない魔眼もある。
仮に同じ能力を有していても効力に差があったりする。
同じ物が存在しない唯一無二の代物なのが魔眼の特徴だ。
そしてジルヴェスターの魔眼が持つ能力の一つには、魔法師が発動する術式を読み取ることができるという物がある。
故に魔法師が魔力をMACに流し込み、MACが術式を展開する一瞬の間に読み取ることが可能なのだ。
この能力は本来不遇と呼ばれても仕方のない能力である。
術式を読み取れても、そもそも発動される術式を理解する知識を有していなければ意味がない代物だからだ。
それにMACが術式を展開するまでの一瞬の間に読み取り、どの魔法が発動されるのかを瞬時に理解するなど誰にでもできることではない。
知識、理解力、思考速度、これらを有するジルヴェスターだからこそ上手く活用できているにすぎなかった。
対して視力を奪われたブラッディウルフは混乱している個体がいる。
しかし、ボスと思われる冷静な個体が一鳴きすると、一斉にレアルを追い掛けるように駆け出した。
ブラッディウルフは狼型の魔物なだけあり鋭い嗅覚を持っているので、視力を奪われていても匂いを頼りに獲物を追うことができる。
逃走を試みるレアルと、追跡するブラッディウルフの群れ。
両者の追い掛けっこの様相を呈すると思われたその時――突然レアルが頭を押さえて
(――!)
突然の事態にさすがのジルヴェスターも瞠目する。
そんなレアル目掛けて容赦なく猛追するブラッディウルフの集団。
(これは……さすがにまずいか……)
ジルヴェスターにも予想外のことはある。
獲物を横取りするのはタブーなどと言っていられる状況ではない。現在の状況は救援を推奨する場面だ。
既に様子見する段階は過ぎ去った。
救援が必要だと瞬時に判断したジルヴェスターは、魔法を行使する為に左手首に嵌めている汎用型のMACに魔力を送り込む。そして一秒も経たない速度で目当ての魔法を行使した。
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