[12] 逃走

「――止まりなさい!」


 裏口で待ち構えていたアビーが、姿を現したエックスへ静止を促す声を上げた。いつでも魔法を行使できる態勢で迎え撃つ。二人の間には二十メートルから三十メートルほどの距離がある。

 エックスが逃走する為には、裏口を塞いでいるアビーを排除しなくてはならない。


「止まれと言われて素直に立ち止まる者がいるとでも?」


 そう言うと、エックスはアビーへ向けて右手をかざす。


闇の裁きダークネス・ジャッジメント


 エックスの右手首にある腕輪型をMACが一瞬光ると、魔法が発動された。


「くっ」


 すると、対面にいるアビーが突然苦悶に耐えるような表情に変わった。


 ――『闇の裁きダークネス・ジャッジメント』は闇属性の第三位階魔法であり、対象に闇を纏わり付かせている間、身体能力を低下させつつ、精神にダメージを与え続ける妨害魔法だ。

 ダメージは傷などの目に見える形で現れないので、傍目にはダメージのほどは窺えない。


 手をかざしているとはいえ、目に見えるように飛んでくるタイプの魔法ではなく、突然自分に闇が纏わり付くので塞ぐのが難しい。


 聖属性の第四位階魔法である常態異常解除リカバーを行使すれば、闇の裁きダークネス・ジャッジメントを打ち消すことはできる。

 だが、残念ながらアビーは聖属性の適正を有していない。自力で解除するのは不可能だ。

 エックスが魔法を解除するか、行使し続ける魔力が枯渇しない限りは身体能力を低下させられ、ダメージを与え続けられることになる。


風の息吹ウインド・ブレス!」


 アビーもただやられているだけではない。

 裏口に近づけさせない為に魔法を放つ。右手の中指に嵌めている指輪型のMACが一瞬光輝いた。


 指輪型MACを起点に風が発生すると、エックス目掛けて勢いよく向かっていく。


鉄壁アイアン・ウォール


 エックスは魔法を行使して自身の眼前に鉄の壁を出現させた。


 鉄壁アイアン・ウォール風の息吹ウインド・ブレスが直撃すると、鉄の壁を幾重にも切り裂く。


 ――『風の息吹ウインド・ブレス』は風属性の第三位階魔法であり、裂傷能力を持った風を飛ばして対象を吹き飛ばす攻撃魔法だ。


 対して――『鉄壁アイアン・ウォール』は鉄属性の第二位階魔法で、任意の場所に鉄の壁を生成する防御魔法である。


 風の息吹ウインド・ブレスが鉄の壁を切り裂き風圧で倒壊させるが、壁の陰には既にエックスの姿はなかった。


雷道エレクトロ・ロード


 鉄の壁から横に逸れて射線を確保したエックスが魔法を放つ。

 エックスの右手を起点に稲光が発生し、アビー目掛けて一直線に雷光が飛んでいく。


氷壁アイス・ウォール!」


 雷撃から身を守るように自身の眼前に氷の壁を生成したアビーの判断は迅速だった。


 ――『雷道エレクトロ・ロード』は雷属性の第四位階魔法であり、対象を自動追尾する雷撃を放つ攻撃魔法だ。


 避けても追尾してくるので回避は意味を為さない。

 実体に衝突するか、迎え撃つかしない限りは防ぐことが不可能な魔法だ。


 そして雷道エレクトロ・ロードは氷の壁に直撃したが、雷撃の威力が勝り壁を貫通してしまう。

 アビーは油断していたわけではないが、魔法に込めた魔力量が甘かったようだ。雷道エレクトロ・ロードの威力に耐えられずに貫通を許してしまった。


「――くっ」


 貫通した雷撃をアビーは瞬時に右側にステップを踏んで回避し直撃は免れたが、左腕を焼かれてしまう。

 アビーは焼かれた左腕に一瞬視線を向ける。


(……駄目ね。もう左腕は使い物にならないわ)


 彼女の左腕は既に感覚がなかった。全く力が入らず動かすことすらできない。

 その事実を瞬時に受け入れたアビーはエックスに視線を戻す。


 すると眼前には煙が発生しており、辺りを埋め尽くすように広がっていく。


(煙……? まずい!)


 エックスがいた場所を起点に周囲へ広がっていく煙を見たアビーは焦りを浮かべる。


煙幕スモーク・スクリーンっ!)


 アビーはエックスが行使した魔法を一瞬で判断し内心で舌打ちする。

 彼女の判断は正しかった。


 エックスは雷道エレクトロ・ロードを放った後に間髪入れず別の魔法を行使していた。


 その魔法が無属性の第三位階魔法――『煙幕スモーク・スクリーン』であり、煙幕を発生させる妨害魔法だ。


 アビーは煙が辺りを包み視覚を確保できない状況の中で、エックスを逃がすまいと裏口を背にして陣取り、神経を研ぎ澄まして周囲を窺う。


(どこから来る? 次は何をしてくる?)


 思考を止めずにエックスの行動を予測する。


(――!?)


 すると、突如アビーの身体が重力を無視したかの如く側面の壁に吸い寄せられていく。


(これは……)


 そのまま吸い寄せられると、壁にはりつけにされてしまった。


(……しまった!!)


 自分の置かれている現状を理解したアビーは一層焦りを深める。

 エックスが行使した魔法が何かを把握した彼女は、懸命に身動ぎするがビクともしない。


 そして煙が辺りを包む中、アビーの目には予測していた通りの光景が広がっていた。


(……ここまでね)


 その光景を目の当たりにしたアビーは諦念ていねんに至り抵抗を諦めてしまう。


(レイチェル様、申し訳ありません)


 アビーは脳内にレイチェルの姿を思い浮かべると、力になれなかったことを謝罪する。


(隊長もすみません。みんなもごめんね)


 次にアウグスティンソン隊の隊長であるマイルズと、隊員たちの姿を思い浮かべた。

 アウグスティンソン隊の代表として上級魔法師であるレイチェルの力になれなかったことと、先に逝くことを詫びる。


(ビルもごめんなさい。先にで待っているわ)


 最後に相棒のビルの姿を思い浮かべて謝罪すると、瞳を閉じた。


 そして、壁にはりつけにされている背面を除いた全方位からアビーに向かって雷撃が降り注ぐ。


 その時――


風裂断ウインド・デス・ティアリング


 呟くように発せられた言葉と共に、アビーの眼前で衝撃が起こった。


 アビーは自分が雷撃で焼き殺される未来を想像していた。

 しかしその未来は未だに訪れず、何故か眼前で衝撃が起こっている。

 そして壁にはりつけにされていた自分の身体が、突如重力に誘われるかのように落下している感覚に襲われた。その次には誰かに支えられているかのような感覚を覚える。

 一連の感覚に疑問を抱いたアビーはゆっくりと瞳を開く。


「良かった。間に合いましたね」

「レイチェル様……」


 すると眼前にはレイチェルがおり、自分の身体を支えていたのだ。

 その事実に一瞬理解が追い付かなかったが、徐々に状況を把握したのか慌ててレイチェルから離れる。


「も、申し訳ございません!!」


 助けてもらったことと、支えてもらったことを理解して手を煩わせてしまった事実に罪悪感と情けなさが自身の胸中を覆い、大袈裟とも言える態度と勢いでレイチェルに向かって頭を下げる。


「構いませんよ。頭を上げてください」

「い、いえ、状況から察するにレイチェル様に窮地を救って頂いたようですので、謝罪させてください! 足を引っ張ってしまい申し訳ありません!」

「本当に構いませんよ。それに謝罪よりも感謝の方が私は嬉しいです。その方がお互い気持ちがいいですしね」


 レイチェルは笑みを浮かべてアビーを諭す。


「わ、わかりました。すみません。いえ、助けて頂きありがとうございました」

「ええ。どういたしまして」


 諭されたアビーは落ち着きを取り戻すと、今度は謝罪ではなく、感謝を伝えた。


「――あっ! 敵は!?」


 アビーはたった今まで敵と対峙していた事実を失念していた。

 慌てて周囲を見回しエックスの姿を探す。


「既に逃走したようです」


 レイチェルが伝える。


 エックスはアビーをはりつけにする魔法を放ったと同時に、裏口を駆け抜けて逃走していた。


「申し訳ありません。私がもっとしっかりしていれば……」


 アビーは自分の役目を全うできなかった事実に肩を落とす。


「逃走を許してしまったのは仕方ありません。切り替えましょう」


 レイチェルはそう言うと、アビーの右肩に手を置いて続きの言葉を告げる。


「何よりあなたが無事で良かったです。命がなければ雪辱も果たせませんから」

「……そうですね。ありがとうございます」


 アビーはレイチェルの言葉に救われ、うっすらと瞳に涙を浮かべる。


「――それにしても雷電磁気ヴォルテックスですか……」

「ええ。正直侮っていました……」

「そうですね。私も少し認識を改めないといけないようです」


 エックスがアビーをはりつけにした魔法は雷属性の第六位階魔法――『雷電磁気ヴォルテックス』だ。この魔法は磁気によって対象を地面や壁にはりつけにし、全方位から雷撃を浴びせる攻撃魔法である。


 レイチェルはアビーがはりつけにされていたことで、なんの魔法だったのかを見破っていた。


「第六位階の魔法を扱える魔法師が反魔法主義者とは予想外でした」


 想定外の相手にレイチェルは嘆息する。


「私には第六位階の魔法を扱えるのに反魔法思想になる意味がわかりません」


 同調するアビー。


「悔しいですが、私でも第六位階の魔法を行使するのは厳しいです。そんな魔法を扱えるのなら魔法師として大成しているはずです」

「反魔法思想になる見当がつきませんね」


 中級三等魔法師であるアビーでさえ、第六位階の魔法を行使するのは厳しいのが現実だ。

 それだけ第六位階の魔法は行使するのが難しく、相応の魔力を消費する。


 本来第六位階の魔法を扱える者ならば、魔法師として順風満帆の生活を送れるはず。

 魔法師としての自分の地位を手放すことになりかねないのだ。反魔法思想になる理由などないだろう。

 だからこそエックスは不気味な存在に思える。


「実力は最低でも中級魔法師以上――もしかしたら上級魔法師相当の実力を有しているかもしれませんね」


 レイチェルはエックスの実力を上方修正する。

 そもそもエックスの存在は把握していたが、魔法師なのか非魔法師なのかは判明していなかった。

 魔法師である可能性も加味して行動していたが、エックスは想像以上の実力を有していた。


「あの状況を打破できるレイチェル様もさすがですね」

「ああ。少し無茶をしました」

「無茶ですか?」


 アビーは雷電磁気ヴォルテックスはりつけにされた後は為す術がなく、ただ死を待つのみの状況だった。

 そのような状況を打破したレイチェルの実力もさすがだと思ったアビーは、尊敬の念を向ける。


 対してレイチェルの表情は苦笑交じりであった。

 その表情と言葉にアビーは疑問を浮かべる。


「ええ。あと少し遅れていれば間に合わない状況でしたので、風裂断ウインド・デス・ティアリングで少々強引に雷電磁気ヴォルテックスを粉々にしました」

「――風裂断ウインド・デス・ティアリングですか!?」

如何いかせん高威力の魔法なのでアビーさんを巻き込む可能性がありましたが、どうせ間に合わなければ待つのは死でしたから構わずやってしまいました」

「……」

「まあ、雷電磁気ヴォルテックスが直撃しても死なずに済んでいたかもしれませんが」

「…………」


 アビーは巻き込まれていた未来を想像して身震いした。


 ――『風裂断ウインド・デス・ティアリング』は風属性の第八位階魔法で、あらゆる物を裂断する攻撃魔法である。風属性の魔法の中で最も殺傷力のある強力な魔法だ。


 もしあと一歩遅れていたら、アビーは雷電磁気ヴォルテックスで全方位から雷撃を食らっていた。直撃しても生存する可能性はあったが、命尽きる可能性の方が圧倒的に高い。

 どうせ間に合わずに終わるのならば、巻き込む可能性はあっても風裂断ウインド・デス・ティアリング雷電磁気ヴォルテックスを裂断する選択をくだしたのだ。


 風裂断ウインド・デス・ティアリング煙幕スモーク・スクリーンすらも空気を割るかのように裂断してしまい、辺りには煙がなくなっていた。


 アビーは雷電磁気ヴォルテックスで焼き殺されるのがマシか、それとも風裂断ウインド・デス・ティアリングで裂断される方がマシかと思考を巡られていたが、考えるのを止めて現実逃避した。命があるのだからそれで良いではないかと。


「――それよりも左腕が焼けただれていますね」


 レイチェルはアビーの焼けただれた左腕に視線を向ける。


雷道エレクトロ・ロードにやられました。もう感覚すらありません」

雷道エレクトロ・ロードでここまでなりますか……。相当魔力を込められていたのかもしれませんね。やはり私たちが思っていた以上に実力のある魔法師だったようです」


 雷道エレクトロ・ロードで腕を焼けただれさせるには、相応の魔力を込める必要がある。

 その為には出し惜しみしなくてもいい魔力量と技量を有していなければならない。

 故にエックスの実力が窺える要素だ。


「少し失礼しますね」


 レイチェルはアビーの左腕に自分の左手をかざして魔法を行使する。中指に嵌めている汎用型のMACが光ると、そこを起点に水が出現してアビーの左腕を覆っていく。

 すると、焼けただれた腕が見る見るうちに元の状態に戻っていき、最終的には完全に元通りの綺麗な腕が姿を現した。

 役目を終えたのか左腕を覆っていた水が消えると、アビーは自分の左腕の状態を確かめるかのように数回拳を握る動作をする。


「一応治癒しましたが、一度しっかりと診てもらってください」

「はい。わかりました。ありがとうございます」


 一連の流れからわかるように、レイチェルはアビーの左腕を治癒した。


 レイチェルが行使した魔法は水属性の第四位階魔法――『水治療法ハイドロ・セラピー」』だ。治癒能力を有する水が患部を覆い傷を癒す治癒魔法である。効力は術者が込めた魔力量と技量に依存する。


 レイチェルが治癒魔法を行使してアビーの傷を癒したが、彼女は治癒魔法のスペシャリストではない。支援を主に担う魔法師でもない。

 彼女の言う通り、専門医に左腕の状態を診てもらうのが賢明だろう。


「今日はこの辺にして、一度アウグスティンソン隊のみなさんと合流しましょう」

「了解です」


 レイチェルが引け上げを提案すると、アビーは頷いて同意する。

 そして二人は裏口から外へ出た。


「もう結構遅い時間ですね」


 夜空を見上げながら呟くレイチェル。


「満月ですか。綺麗ですね」


 彼女が見つめる先には、満月が存在感を主張するかのように光り輝いていた。


「そうですね。まるで自分の失態を励ましてくれているかのような気がします」

「ロマンチックですね」

「……」


 アビーは満月を見つめて感慨に耽っていると自然と口から言葉が出た。

 その言葉に対してレイチェルが微笑みと揶揄からかいを混ぜ合わせたような表情で相槌を打つと、アビーは自分が呟いた言葉を思い出し、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。


「ですが、とても素敵です」

「……ありがとうございます」


 今度は心からの笑みを浮かべるレイチェル。


「――さ、さあ、戻りましょう!」


 居た堪れなくなったアビーは、誤魔化すかのようにアウグスティンソン隊との合流を促す。


「そうしましょうか」


 レイチェルよりアビーの方が年上なのだが、年齢差が逆に感じるのはレイチェルの貫禄故なのであろうか。


 そうして二人は周囲に漂ったなんとも言えない雰囲気を放置して、その場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 レイチェルとアビーの二人から逃れたエックスは無事逃走に成功していた。

 そのエックスは現在ある女性の前でひざまずいている。


、只今戻りました」


 エックスはひざまずいたまま深々と頭を下げる。


「ええ。良く戻ったわね、フランコ。怪我はないかしら?」

「はい。ご覧の通り五体満足です」

「ふふ。相変わらず大袈裟な言い回しね」


 女は微笑みを浮かべて労いの言葉を掛ける。


「詳しい話を聞きたいのだけれど、まずは約束を果たしましょうか」


 女が足を組み替えると、スリットの入ったスカートから素肌があらわになり太股が顔を出す。


「ありがとうございます。ですが、のご期待に沿える結果とは行きませんでした。申し訳ありません」


 神妙な顔つきで頭を下げるエックスの姿は忠誠心の厚さが窺える。


「あら、そうなの?」


 コテンと首を傾げる女。


「始めから奴らは捨て駒だったのだから気にしなくていいのよ。所詮暇潰しの道具にすぎないわ」

「それは承知しております。ですが、せっかく姫が玩具をふいにしてしまい、ただただ申し訳なく思います」


 自分のことが許せないのか、エックスはより一層神妙な顔を深めてしまう。


「本当に気にしなくていいのよ? それでもあなたの気が済まないと言うのなら、これからもわたくしの為に誠心誠意尽くしなさい」


 女は本当に気にしていないと伝えるが、エックスは納得しない。


「それにわたくしにとっては、あなたが無事に帰ってきてくれたことが何よりも嬉しい結果よ」

「もったいなき御言葉」


 女は自分の為に身も心も尽くしてくれるエックスのことが愛おしくて堪らない。そばに侍る数多くの男の中でも、エックスのことは特別な存在に思っていた。


 エックスは恍惚こうこつした表情を隠すことなく、感動冷めやらずといった具合である。


「――さあ、約束通り今晩はあなた一人だけを愛してあげるわ」


 そう言って女は立ち上がる。


「まずは一緒に汗を流しましょう」


 女は側仕えの男性に湯の準備をするように指示を出すと、エックスを伴って奥の私室へと歩を進めた。


 その後二人は共に浴室で汗を流すと、離れていた期間の埋め合わせをするかのように激しく愛し合うのであった。


 ◇ ◇ ◇


 一月二十六日――反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンによる襲撃があった翌日、ランチェスター学園はいつも通りの日常を取り戻していた。

 生徒たちは各々いつも通りの生活を送っている。


 そんな中、ジルヴェスターの姿は学園長室にあった。

 学園長室にある応接用のソファに腰掛けている。


「二人共、昨日はご苦労様。任せっきりで悪かったわね」


 ジルヴェスターの対面のソファに腰掛けているレティが労いの言葉を紡ぐ。


「いえ、私は何もしていませんので」


 ジルヴェスターと同じソファに腰掛けているクラウディアが苦笑する。

 ジルヴェスターが右側で、クラウディアが左側の並びだ。


「気にするな。お前の立場なら人付き合いも大事だろう」

「そうです。学園長は替えの利かない御身なのですから」


 ジルヴェスターの言葉にクラウディアが同調する。


 昨日、レティは対抗戦についての会議の為、セントラル区にある魔法協会本部に赴いていた。

 会議だけではなく、魔法師界のお歴々との晩餐などもあり、泊まり掛けの用事になっていたのだ。


「本当にタイミングが悪かったわね」


 レティが溜息を吐く。


「仕方ないだろう。生徒の中にヴァルタンの一員がいたんだ」

「学園長のスケジュールが筒抜けになっていましたから」


 ジルヴェスターの言う通り、ランチェスター学園の生徒の中にはヴァルタンに加わっている者がいた。

 その為、レティのスケジュールはヴァルタンに筒抜けになっていた。


「全く頭が痛いわ」


 一層深く溜息を吐くレティ。


昨日さくじつ、その生徒たちをキサラギ風紀委員長が拘束しました。現在は謹慎処分になっております」


 昨日、風紀委員と統轄連の一部の者が共闘して襲撃者を撃退し拘束した後、カオルは一人で内通者の存在を探っていた。

 その後、見事に内通者の一人を発見して拘束し、尋問の後に関与した生徒を全て捕らえることに成功していた。

 生徒会、風紀委員会、統轄連が事実関係を査問し、謹慎処分を言い渡して現在に至る。


「学園長には改めて処罰を検討して頂きたく存じます」

「そうね。一度その子たちには私も直接会って話すことにするわ。処分はその後に改めて通達します。今はそのまま謹慎処分にしておいてちょうだい」

「畏まりました」


 昨日は不在だったレティに改めて内通者の処分を検討してもらうことにする。

 ランチェスター学園が如何いかに生徒の自主性を重んじる校風とはいえ、今回の件に関しては学園内だけの問題で収まる話ではない。ヴァルタンなどの反魔法思想者はもちろん、魔法師界や国政にも関わる問題だ。生徒間で安易に済ませていい問題の域を超えている。


「――それでジル君、ヴァルタンの首魁は捕らえたのよね?」


 レティは紅茶を一口啜った後、ジルヴェスターに視線を向けて問い掛ける。


「ああ。面倒だから事後処理はじじいに丸投げしたが」

「……」


 ジルヴェスターの返答にレティはジト目を向ける。

 隣でクラウディアが苦笑している。


「そう。フェルディナンド殿も大変ね……」


 ジルヴェスターがじじいと呼んだ人物は、七賢人のフェルディナンド・グランクヴィストのことであった。


「でも、フェルディナンド殿に任せておけば上手いことやってくれるのも確かね」

「だろ?」

「ええ」


 レティも苦笑してはいるが、ジルヴェスターの処置には納得する。


「ついでに襲撃してきた連中の件も丸投げしておいた。レイにアウグスティンソン隊との間を取り持つように言っておいたからな」


 昨日ランチェスター学園を襲撃した者たちのことも、フェルディナンドに丸投げしたと軽い口調で言う。


 昨晩遅くにフェルディナンドに念話テレパシーを飛ばして魔法協会本部に呼び出し、事後処理を全て丸投げしていた。細かい事情はレイチェルに尋ねるようにと、ろくに説明もせずにだ。


 丸投げされたフェルディナンドは深々と溜息を吐いて苦言を呈したが、全てを請け負ってくれた。

 海千山千のフェルディナンドもなんだかんだ言ってジルヴェスターには甘いところがある好々爺こうこうやであった。


 現在、捕らえた者たちは全員魔法協会本部の地下牢に入れられている。

 魔法協会本部の職員は忙しなくしていると思われる。魔法協会だけではなく、七賢人を始め政治家たちも汗を流していることだろう。


「レイチェルのことをこき使ってばかりいないで少しは労ってあげなさい。そして休ませてあげなさいな」


 レイチェルはジルヴェスターに酷使されているのではないか、と心配になったレティが苦言を呈す。深く溜息を吐いて額に手を当てる仕草は、心底頭が痛いと言っているように見受けられる。


「ああ」


 ジルヴェスターは素直に頷くが、本当にわかっているのかと疑いたくなる軽さだった。


「今回は風紀委員会と統轄連の尽力により何事もなく済みましたが、今後は体制を見直す必要があるかと存じます」

「そうね。それは私の方でも取り掛かっておくわ」


 話が止まったタイミングを見計らってクラウディアが意見を提示した。


 今回は何事もなく済んだが、今後同じ轍を踏まないとも限らない。

 襲撃を許したということは、セキュリティ面など何かしらに見直すべきところがある証拠でもある。


「すぐにできることと言えばカウンセラーを増員することね。伝手を当たってみるわ」


 ヴァルタンの一員に加わる生徒がいた。

 魔法師でありながらヴァルタンに組するということは、何かしらの事情があったのは明らかだ。十代の若者は精神的に不安定なところがある。悩みや葛藤などを抱え込むこともあるだろう。


 その為、生徒の精神面のケアを怠れないのがわかった。既に学園にはカウンセラーは常勤しているが、人員を増員する必要があるだろう。


「生徒会でも改善点を洗い出してみます」

「ええ。お願いね」


 より良い学園にするのはそれこそ生徒会の役目だ。

 生徒がより快適に勉学に励める環境を構築する必要がある。寮暮らししている生徒にとっては生活の場でもある。安心して暮らせる環境は必須だ。生活に不安を抱えたままでは勉学にも悪影響が出る。


 その後も三人で報告や意見交換をし、最後には世間話で談笑してその場はお開きとなった。


 ◇ ◇ ◇


 連日国内を騒がせていた一連の事件は、反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンによるのもであったと政府から公的に発表された。


 一月二十五日にヴァルタンがランチェスター学園を襲撃したことなども説明され、新聞にも内容を記載されて市井にも認知されることとなった。


 無事にヴァルタンが壊滅し、代表のヴォイチェフを始め、団員たちが拘束されたと知った国民は様々な感想を抱いた。


 ただただ安心した者。

 魔法師の活躍に心躍った者。

 ランチェスター学園の生徒の身を案じる者。

 拘束された者たちの処遇を気にする者。

 反魔法思想を一層強めた者。

 この他にも人それぞれ様々な感想を抱いた。


 地下牢に捕らえられている者たちの処遇はまだ決まっていない。

 全ての団員を一律に刑に処すわけにはいかないからだ。まずは各人が犯してきた罪や思想を洗いざらい精査しなくてはならない。その後、各々に適した刑を処すことになる。――最も重い刑になるのはヴォイチェフで間違いないだろうが。


 全ての刑が確定するまで紙面を賑やかす日々は終わらないだろう。


 壁外には魔物が闊歩かっぽしている。

 魔法師、非魔法師問わず、せめて壁内でくらいは平穏でみんな安心して暮らせる日常になることを願う者が大半だ。


 この事件を皮切りに、ウェスペルシュタイン国は大きな変革の時を迎え、激動の時代が幕を開けることになるのであった。

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