[9] 襲撃

 一月二十五日――ランチェスター学園は放課後になり、生徒は各自自由に過ごしている。

 そんな中、生徒会室にはクラウディアを始め生徒会のメンバーが集結していた。


「――会長、奴らは本当に来るのでしょうか?」


 自分のデスクの椅子腰掛けている赤みをおびた黄色の髪が特徴の少女が、クラウディアに尋ねる。


「情報源は確かよ。もちろん何事もないのが一番だけれど」

「うぅ。本当に何も起きなければいいのですけど……」


 生徒会長用のデスクに陣取るクラウディアが答えると、茶髪の少女が縮こまって怯えるように呟く。


「まあ、なるようになるでしょ~」

「先輩は気にしなさすぎですぅ」


 脱力感満載のビアンカにツッコミを入れる茶髪の少女。


「クラーラはかわいいなぁ~」


 椅子に座っているクラーラと呼ばれた茶髪の少女のことを、ビアンカは背後から抱き締める。


 クラーラと呼ばれた少女――クラーラ・チョルルカは、生徒会庶務を務めている二年生だ。


 白い肌をしており、茶色の髪は空気感を含んでいて軽やかさのあるナチュラルミディにしている。瞳の色は髪と同じだ。


 白で統一された制服を着こなす姿は清潔感と清楚な印象を周囲に与えており、カーディガンだけ茶色の物を身に付けている。きっと髪の色と合わせているのだろう。


「いずれにしても警戒を怠ることはできないわ」

「そうですね。各自、気を抜かないように注意しましょう」


 クラウディアの言葉に副会長のサラが相槌を打つ。


「カオル先輩には伝えておられるのですか?」

「ええ。昨日の内に伝えてあるわ。ヴェスターゴーア君にもね」

「そうですか」


 赤みをおびた黄色の髪が特徴の少女は納得して頷く。


 風紀委員長であるカオルと、統轄連総長であるオスヴァルドには事前に報告を済ませていた。

 学園の治安維持に関わる問題は、風紀委員と統轄連の職分だ。


「それにしても反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンですか……」


 綺麗な姿勢のサラが顎に手を当てて考え込むように呟く。


「わたしはあまり詳しくないのですが、ヴァルタンとはどのような組織なのでしょうか?」


 ビアンカに抱き締められているクラーラが首を傾げて尋ねる。


「私にも教えてください」


 赤みをおびた黄色の髪の少女も教えを乞い、デスクに身を乗り出して耳を傾ける。


「そうですね――」


 後輩二人に向けてサラが説明をする。


「――なるほど。とにかく関わらないに越したことはない連中ということですね」

「ええ。フェアチャイルドさんはもちろん、私たち魔法師には縁のない存在です」

「私の方から遠慮しますよ」


 サラの言葉に、フェアチャイルドと呼ばれた赤みをおびた黄色の髪の少女は肩を竦める。


「情報によれば魔法師も組しているみたいね。全く困ったものだわ」

「魔法師の風上にも置けない愚劣な連中ですね」


 嘆息するクラウディアにフェアチャイルドも同意する。――フェアチャイルドは少々辛辣だが。


「アンジェは手厳しいなぁ~」


 そんなフェアチャイルドのことをビアンカが茶化す。


「仕方ないですよ。会長もフェアチャイルドさんも魔法師としては無視できないことですから」

「まあ、確かにそうだよねぇ~。大変だよね。お嬢様は」


 クラウディアは言うに及ばず、フェアチャイルドも魔法師の名門の家系である。


 アンジェの愛称で呼ばれている少女――アンジェリーナ・フェアチャイルドは、生徒会書記を務めている二年生である。


 白い肌、緑色の瞳、くびれミディにしている赤みをおびた黄色の髪が特徴だ。


 桃色のブラウスの上に紺色のカーディガンと赤色のジャケットを羽織り、灰色のスカートを膝より上の短めにし、黒のオーバーニーソックスを穿いている。スカートとオーバーニーソックスの間に広がる素肌が魅力的で眩しく、異性の視線を釘付けにすること間違いなしである。


 フェアチャイルド家は魔法師界の名門に当たる一族だ。

 ジェニングス家ほどではないが、リリアナの家系であるディンウィディー家や、アレックスの家系であるフィッツジェラルド家などと同等に位置する名門だ。――いや、フェアチャイルド家の方が少し上位かもしれない。


 クラウディア然り、アンジェリーナ然り、魔法師の名門たる家門にとって、反魔法主義者も反魔法主義団体に加担する魔法師も邪魔な存在以外の何者でもない。


 魔法師界の名門として確固たる意志とプライドを持ち、責任を負っている身としては、魔法師ながら反魔法主義団体に組する者など路頭の虫以下の存在だ。


「私たちの苦労を知らずに、未熟な己を受け入れられず、境遇を言い訳にして反魔法主義に成り下がるなど厚顔無恥もはなはだしい限りです」


 アンジェリーナは棘を隠そうともしない口調で辛辣な言葉を吐く。


「アンジェの気持ちは痛いほどわかるけれど、大半の人は私たちが普段どのような生活をしていて、どういった活動をしているのかわからないだろうから多少は仕方ないと思うわ」


 クラウディアはフォローするように言葉を紡ぐが、内心に溜まった吐きどころのない複雑な感情が滲み出ている。


「――とはいえ、反魔法主義団体に加担するような者は、決して許すことも見逃すこともできないわ」


 非魔法師の反魔法主義者も無視できないが、クラウディアは一魔法師として、魔法師界の名門の一門として、魔法師でありながら反魔法主義に成り下がる者の方が白い目を向けざるを得なかった。感情的にも立場的にもだ。


「まあ、今は反魔法主義者について議論しても仕方ないわね。私たち学生にどうこうできることではないもの」

「そうだねぇ~。クラウディアやアンジェはともかく、私たち一般人にはどうしようもないことだし」


 クラウディアの言葉にビアンカが乗っかる。


 クラウディアやアンジェリーナは魔法師界の名門として他人事ではないし、影響力や発言力もある。関わりたくなくても関わらざるを得ないだろう。


 しかし、ビアンカ、サラ、クラーラなどは魔法師なので全く関係ないとまでは言わないが、彼女たちは一般的な魔法師の家庭の出なので別世界の話に等しい。影響力も発言力もなければ、直接関わりようのない立場なのだ。


「そうですね。今大事なのは目先に迫ったヴァルタンの対応です」


 サラが話題を軌道修正する。


「ヴェスターゴーア君に伝えて、各クラブはなるべく早く切り上げるようにお願いしてあるわ」


 既にクラウディアが対応済であった。


「学園内に散らばるより、寮で固まっていた方が守りやすいもんねぇ~」


 ビアンカの言う通り、生徒があっちこっちに散らばっているよりも、寮に集まってくれた方が守りやすい。寮には寮監もいるので尚更だ。


「――先輩、いい加減離してくださいぃ~」

「ダメ」

「うぅ」


 ビアンカに抱き締められているクラーラが懇願するが、ビアンカは断固として拒否する。ビアンカの表情は脱力感満載だったとは思えないほど真剣だ。


「ふふ。風紀委員には学園を見回りしてもらっているわ」


 ビアンカとクラーラのやり取りになごんだクラウディアは笑みを零すが、しっかりと伝えるべきことを説明する。


「町の方はどうしていますか?」


 アンジェリーナが尋ねる。


「統轄連と協力して町の方も見回りしてもらっているわ。ただ、学園の防衛が最優先なので町の方の人員は少ないわね」

「それは仕方ないですね」


 クラウディアがそう答えると、アンジェリーナは肩を竦めた。


「残念ながら今は学園長がおられません。なので、学園長に頼ることなく対応せざるを得ないわ」

「本日学園長は対抗戦についての会議で魔法協会本部へ赴いています」


 クラウディアの説明をサラが間髪入れずに補足する。阿吽の呼吸だ。


 ランチェスター学園から、魔法協会本部があるセントラル区までは鉄道での移動になる。そう簡単に戻って来られる距離ではない。

 学園長であるレティの手を当てにしない方が賢明だろう。


(正直、がおられる限り何も心配はいらないと思いますが、わざわざ手を煩わせるわけにはいきませんからね。私たちで可能な限り対処しましょう)


 クラウディアは内心で思っていることを決して口にはしない。

 油断されても困るからだ。しっかりと気を引き締めて、自分たちの手で局面を乗り越えなければ成長に繋がらない。


「会長、生徒には伝えなくてよろしいのでしょうか?」


 クラーラがビアンカの腕の中から質問する。


「ええ。余計な混乱を招くわけにはいかないもの」

「そうですね」


 反魔法主義団体ヴァルタンがランチェスター学園への襲撃を企てていると生徒たちに伝えても、余計な混乱を招くだけだ。何事も知らない方がいいことはある。


「先生方には学園長から伝えられているはずよ」


 生徒を守るのは教師の務めだ。

 教師陣には朝の段階でレティから伝えられていた。


「各自MACを常備の上、万全の状態で備えておくようにね」


 クラウディアの言葉に全員が頷いて各自MACの確認をする。


「さて、警戒するあまり仕事を怠るわけにはいかないわ。警戒は風紀委員と統轄連に任せて、私たちはいつも通りの仕事をしましょう」


 クラウディアの言う通り普段の仕事を怠っていいわけではない。仕事は待ってくれないのだ。


 その後は彼女の号令の下、各自各々の仕事に取り掛かるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 風紀委員会委員長であるカオルは、風紀委員室で全体の指揮を執っていた。


『――委員長、不審な人物を発見しました』


 委員の一人に指示を出していたカオルに念話テレパシーが飛んできた。男の声だ。。


 風紀委員への選出には、念話テレパシー』を行使できる者に限るという暗黙のルールがある。


 迅速な対応を行う為に念話テレパシーは必須だ。風紀委員に求められる技能であるのは道理であろう。


『数は?』

『四人です』

『少ないな……』

『おそらくリスク分散の為に散らばっているのかと……』

『ふむ』


 カオルはもたらされた情報を頭の中で精査する。


 全員行動を共にしていては万が一のことがあった場合に全滅に直結する。なので、リスク分散の為に一ヶ所に固まらないのは妥当な判断だ。


『――引き続き尾行しろ。但し、決して深追いはするな。危険だと思ったらすぐさま退くんだ』

『了解です』


 ランチェスター学園を襲撃する人員がたった四人なわけがないので、尾行して情報を得なければならない。

 だが引き際は大事だ。学生である以上、まずは自身の身の安全を最優先にしなくてはならない。その点は風紀委員に選ばれる実力者であれば心配無用だろう。


 デスクに両肘をついていたカオルは、念話テレパシーを切ると椅子の背凭れに体重を預けた。そして一つ息を吐いて気持ちを切り替えると、室内に残っている委員に声を掛ける。


「――生徒の動きはどうだ?」

「現在各クラブ徐々に活動を終了している模様です」

「そうか。まだ活動中のクラブは解散を急がせろ」

「了解です」


 指示を受けた委員は風紀委員室を出て行った。


(ヴァルタンが本当に来るのか、と疑わしい部分があるのが本音だが、クラウディアと学園長が確実に来ると断言しているからには間違いないのだろう……。それに警戒した結果無駄足になるのであればそれに越したことはない)


 カオルは背凭れに体重を預けて身体は脱力しているが、頭はしっかりと働かせている。


 ヴァルタンが本当に襲撃を企てているのか疑問に思うのは当然のことだろう。

 しかし、カオルにとっては親友であるクラウディアと、尊敬しているレティが確信を持って言っている以上は疑う理由などなくなる。


 それに警戒した結果何も起こらず全て無駄足になるのならばむしろ良い結果だろう。備えあれば患いなしだ。

 警戒を怠った結果、本当に襲撃を受けて甚大な被害を被ったら目も当てられない。無駄足になるくらいがちょうどいい。


『――キサラギ』


 思考を巡らせていたカオルのもとへ再び念話テレパシーが飛んできた。


『ヴェスターゴーアか?』

『ああ』


 念話テレパシーを飛ばしてきたのは、統轄連総長のオスヴァルドであった。

 重低音の渋い声がカオルの脳内に響く。


『何かあったのか?』


 カオルが尋ねる。


『各クラブの活動が終了した』

『そうか』


 どうやら活動していたクラブは全て終了して解散したようだ。


『それと配置の最終確認をしたい』

『わかった』

『事前に決めた通り、寮を始め生徒の守護は我々統轄連が主体となって行うので問題ないな?』

『ああ。構わん』


 カオルとオスヴァルドは事前に話し合い、風紀委員と統轄連で協力体制を敷いていた。


『私たち風紀委員はヴァルタンの捜索と監視がメインで、防衛面は状況に応じて臨機応変に動かさせてもらう』

『わかっている』


 現在風紀委員はヴァルタンの捜索と監視をメインに行っている。

 無論、学園を守る為の人員も配置しているが、カオルの性格上守るより攻めろの精神で遊撃的な役割になっていた。

 オスヴァルドとしても守戦の方が得意なので異論はなかった。


『――ああ、そうだ』

『なんだ?』


 カオルが危うく伝え忘れそうになっていたことを思い出す。

 直前まで思考の海に深く潜っていたので、完全に切り替えができていなかったようだ。

 だが、念話テレパシーで話している間にしっかりと切り替えられていた。

 いずれれにしろ伝え忘れずに済んでなによりだ。


『街中でくだんの連中を発見した』

『何?』

『四人だけだがな』

『それで今はどうなっている?』

『現在も追跡中だ』

『そうか』


 もたらされた情報にオスヴァルドは思考を巡らす。

 その後、数秒経ったところでオスヴァルドが言葉を伝える。


『――また何かわかったら報告してくれ』

『ああ。もちろんだ』


 協力関係を敷いている以上、断る理由などはない。――そもそも学園と生徒を守る為だし、二人の仲が険悪というわけでもないので、断る選択肢など始めから存在しないのだが。


『……なあ、ヴェスターゴーア』

『なんだ?』


 カオルは歯切れの悪い口調で言葉を絞り出す。


『本当にヴァルタンは来ると思うか?』

『……』


 カオルの質問にオスヴァルドは数秒沈黙する。


『正直なところわからん。だが、ジェニングスが来ると言っているからには間違いないのだろう。彼女は我々のトップだ。俺たちの役目は彼女について行き支えてやることだ。違うか?』


 クラウディアは三年生世代のトップである。

 ただ生徒会長であるということを抜きにしても、クラウディアは中心にいる。彼女の想いや人柄に賛同してついて行っている者も多い。

 オスヴァルドとカオルはその代表格だ。クラウディアの最も近くで支えている両翼と言っても過言ではない。


『……そうだな。すまん。少し後ろ向きになっていたようだ』

『気にするな』


 オスヴァルドに諭されたカオルは、胸のつかえと折り合いがついたような表情になった。


『それに大方彼女のことだ。例の人物絡みなのだろう』

『ふっ。ヴェステンヴィルキスか』


 カオルは呆れを含んだ笑みに変わる。


『彼女があれほど心酔しているんだ。余程の人物なのだろう。二日前にクラブ見学に来ていたので軽く観察してみたが、彼女の言うことが納得できる身の熟しと雰囲気を醸し出していた』

『そうか。ヴェスターゴーアが言うのならば相当できるのだろうな』


 オスヴァルドは実戦経験豊富だ。壁外での活動も豊富である。

 その点に限ればクラウディアよりも豊富であり、ランチェスター学園の生徒の中では、ジルヴェスターを除けば最も実践経験を積んでいるだろう。実力を疑う余地などないほど申し分ない。


 そんな彼が言うと確かな説得力がある。

 彼の実力を知っており、信頼もしているカオルにとっては充分納得できる言葉だった。


『――まあ、今こんな話をしていても仕方がないだろう』

『そうだな。今はまずやるべきことがある』


 オスヴァルドの言葉にカオルは同意を示す。


『では、また何かあれば連絡する』

『ああ』


 そう締め括ったオスヴァルドは念話テレパシーを切った。


「ふぅ~」


 カオルは一度大きく息を吐いて気持ちを切り替えると、素早く席を立つ。

 そして風紀委員室を出て為すべきことに取り掛かるのであった。


 ◇ ◇ ◇


(ここも外れね……)


 レイチェルは反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの重要拠点と思われる場所を数ヶ所回っていたが、未だにヴァルタンの首魁であるヴォイチェフの姿と、ナンバーツーであるエックスの存在を確認できていなかった。


「時間切れね……」


 ヴァルタンの拠点を潰し終わって外に出たところでレイチェルが呟く。

 空は日が沈み始めていた。


「――ランチェスター学園に向かいましょう」

「はい!」


 レイチェルがそばにいた女性――アビーに声を掛けると、覇気が籠った綺麗な敬礼が返ってきた。


「――レイチェル殿」


 レイチェルが拠点を後にしようとしたところで、彼女に声を掛ける者がいた。


「マイルズ殿」


 声の主はアウグスティンソン隊の隊長であるマイルズであった。

 レイチェルは人手不足をアウグスティンソン隊の協力により補っていた。なので、現在も行動を共にしている。


「ランチェスター学園には我々が向かいましょう。レイチェル殿は引き続き捜索を行ってください」


 マイルズの提案はアウグスティンソン隊がランチェスター学園の防衛に駆け付け、レイチェルはヴァルタンの拠点の捜索を継続することだった。


 アウグスティンソン隊にはヴァルタンの目的を伝えてある。

 マイルズを始め、隊員たちはヴァルタンの計画に憤りを感じていた。魔法師として魔法師の卵が狙われるのは到底看過できることではないので当然の感情だろう。


(確かにアウグスティンソン隊が向かうのならば戦力的には申し分ないわね)


 アウグスティンソン隊には上級以上の魔法師はいないが、実力と実績は確かなものがある。

 今回は反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンが相手なので、アウグスティンソン隊でも過剰と言える戦力だ。

 ヴァルタンには非魔法師と反魔法思想に堕落する程度の実力しか持たない魔法師しかいない。レイチェルでは過剰すぎるくらいだ。


 もちろんレイチェルが向かえば戦力としては申し分ないどころか、最高の援軍になる。

 だが、ランチェスター学園が襲われる前に首魁を捕らえることが最も理想な結果だ。

 その為には、一番の実力者で、一人故に身軽なレイチェルが捜索を継続した方がいいだろう。


 逆に大勢の生徒たちを守る為には、アウグスティンソン隊の方が人数を分散できるので効率がいい。


 二方面に分かれるのは理に適っていた。


「わかりました。では、そうしましょうか」

「アビーを付けるので好きに使ってください」

「ありがとうございます」


 レイチェルがマイルズに了承の意を伝えると、厚意でアビーをサポートに付けてくれた。


 当のアビーはその申し出に驚いてビクッと身体を震わせたが、レイチェルに「頼りにさせてもらいますね」と声を掛けられ、すぐに気を引き締めた。


 アビーからは隠し切れない喜びが見て取れる。レイチェルと共に行動できるのが嬉しくて堪らないのだろう。


(万が一があってもジルがいる限り心配無用ね)

 

 ランチェスター学園にはジルヴェスターがいるので、万が一のことがあっても対応できると絶大な信頼を寄せるレイチェルに不安は一切なかった。


「――では、我々はランチェスター学園に向かいます」


 そう言葉を残してマイルズは隊員を引き連れて駆けて行く。

 その姿を見送ったレイチェルはアビーに声を掛ける。


「私たちも行きましょうか」

「はい!」


 緊張を内包しながら返事をするアビーを伴い、レイチェルもその場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 完全に日が沈んだ頃合いに、フィルランツェには蠢く複数の人影があった。

 場所はランチェスター学園の西門前だ。西門前にある建物の陰に隠れるように待機している。


「――合図を送れ」


 一団を率いていると思われる男が小声で指示を出す。

 指示を受けた魔法師の男は、西門の上空目掛けて魔法を行使した。


 すると、一定の感覚で小さな明かりが三度輝く。


 男が使った魔法は――無属性の第一位階魔法『照明ライト』であり、辺りを明かりで照らすことができる生活魔法だ。


 合図を送った数秒後、ランチェスター学園の西門が開かれていく。


「準備は良いな?」


 リーダーの男の言葉に一同は頷く。


 そして完全に門が開かれると、リーダーが号令を掛ける。


「よし。行くぞ! ついて来い!」


 リーダーを先頭に、一団はランチェスター学園の西門から続々と侵入していく。


「――待てっ!」


 その時、侵入者に向かって静止を促す言葉を投げ掛けながら、横合いから全力で駆けてくる二つの人影があった。


「先輩! 当たりです!!」

「そのようだな!」


 近づいてきた二人は、ランチェスター学園の制服を身に纏っている。


「――なっ! 先輩、西門が開いています!」

「何!?」


 日が沈んで視界が悪くなっており、目視可能な距離に近づくまで生徒二人は気がつかなかったが、西門が開かれているのを確認して驚愕する。


「――足止めしろ!!」


 侵入者を率いるリーダーの指示を受けて、生徒二人を足止めする為に複数の人影が立ち塞がった。目視可能な範囲で十五人程度だ。


「お前は委員長に連絡しろ! 俺が前に出る!!」

「了解です!」


 三年生の生徒がバディを組む二年生に指示を出す。


 目を凝らすと、生徒二人は風紀委員の証である腕章を身に付けていた。

 風紀委員として町に出て見回りをしていたら、たまたま明滅する明かりを見掛けたので様子を見に来きたのである。


 そしたらランチェスター学園に向かう怪しい一団を発見した、というわけだ。


砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイント!」


 先輩が魔法を行使する。


 日が沈み暗くなったことで判別しにくいが、足止めに出た侵入者たちの足元が砂場に代わった。意思を持ったように動く砂の触手が連中の足を絡め取っていく。


 ――『砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイント』は地属性の第二位階魔法で、指定した地面に砂場を出現させ、足元から伸びる砂の触手で絡め取って動きを拘束する拘束魔法だ。

 術者が魔法を解かない限り、その場に残り続ける持続性を備えている。――持続させる分魔力を消費し続けるが。


 足止め要員の侵入者は『砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイント』で足元の動きを封じられている。


「くそっ!」


 砂地獄から逃れようと必死に藻掻く。


『――委員長!!』


 その隙に後輩は委員長に念話テレパシーを飛ばす。


 ◇ ◇ ◇


『――委員長!!』


 風紀委員会の執務室で待機していたカオルのもとに、突如念話テレパシーが飛んできた。


『何があった?』


 カオルは慌てることなくすぐさま返事をする。

 念話テレパシーを飛ばしきた相手の声音で、何かが起こったのだと瞬時に判断していた。


『連中を発見しました! 現在西門前で交戦中です!』

『良く見つけた!』

『それと何故か西門が開かれており、続々と侵入されています!』

『何!? それは確かか?』

『はい!』

『……』


 後輩は矢継ぎ早に目の前で起こっていることを伝えていく。


(西門が開かれただと!?)


 カオルは後輩の委員からもたらされた情報に少なくない動揺を受けた。


(学内に連中の協力者が紛れていたというのか!?)


 カオルは思考を巡らすが――


(いや、考えるのは後だ。今は優先すべきことがある)


 一旦思考を放棄し、侵入者に対する対応を優先する為に思考を切り替える。


『――わかった。お前達は引き続き連中を引き付けろ! すぐに応援を向かわせる』

『了解です!』

『無理はするなよ。引き際を見誤るな』

『もちろんです!』


 カオルは念話テレパシーを飛ばしてきた後輩に指示を出した。

 そして念話テレパシーを切ると、風紀委員室にいる委員に指示を飛ばす。


「――西門が破られた!! 現在西門前で交戦中だそうだ! 総員西門に向かえ!!」


 指示を受けた委員は一瞬動揺するが、すぐに気持ちを切り替えて各自速やかに行動に移る。


 西門へ駆け出す者、見回りに出ている委員へ念話テレパシーを飛ばしてカオルの指示を伝える者など複数いる。

 

 当のカオルは風紀委員室を出ると、足早に移動しながら目的の人物へ念話テレパシーを飛ばす。


『――キサラギか?』

『ああ』


 確認するように誰何すいかする声は重低音の渋い声だった。

 カオルが念話テレパシーを飛ばした相手はオスヴァルドであった。


『――単刀直入に言う。西門が破られた』

『何?』

『うちの連中を向かわせたが、他の場所からも来ないとは限らん。そっちから数人出して確認に向かってくれ』


 侵入者が西門から来たのは確認できたが、他の場所からも来ないとは限らない。

 戦力を分散することになるが、侵入ルートを複数用意している可能性はある。決して安易に決めつけることはできない。


『わかった。こちらから人を出そう。余った人員はそちらに回す。好きに使ってくれ』

『ああ。助かる』


 短いやり取りだったが、要件を済ませたので早々に念話テレパシーを切る。

 二人の間に余計な言葉は不要だった。


 オスヴァルドとのやり取りを終えたタイミングで目的の場所へと辿り着く。

 場所は生徒会室だ。


「――クラウディア、入るぞ」


 無作法だがノックをせずに扉を開けて入室する。


「カオル?」


 当然の来訪者にデスクの椅子に腰掛けていたクラウディアは、少し驚いた表情を浮かべる。


「……何かあったのね?」


 だが、カオルの表情と雰囲気を見てすぐに事態を察した。

 緊急事態だと判断した生徒会の面々はカオルの無作法を咎めない。


「ああ――」


 カオルは侵入者の件を伝える。


「西門が!?」

「あわわ」


 生徒会室にいたアンジェリーナとクラーラが驚きをあらわにした。

 アンジェリーナは驚きのあまり席を立ち、クラーラは顔面蒼白になり身を震わせている。


「あらら」


 ビアンカは相変わらず脱力感満載で動揺は見て取れない。


「私も現場に向かう。クラウディアは全体の指揮を頼む」

「そう。あなたも行くのね」


 カオルが生徒会室に赴いたのは事態を伝えることもあるが、クラウディアに全体の指揮を頼む為であった。


 荒事は生徒会ではなく風紀委員の仕事なので、カオルが指揮を執るケースが多い。

 だが、場合によっては別の人間が指揮を執ることもある。今回がその別のケースだ。

 指揮系統を明確にする為に、クラウディアに直接伝えに来たのである。


「わかったわ。気をつけてね」

「ああ」


 クラウディアとカオルが視線を交わす姿は、互いに信頼し合っているのが傍目にも見て取れる一幕だ。


 そして頷いたカオルは生徒会室を後にして駆け出した。


「――アンジェ」

「はい」


 カオルを見送ったクラウディアはアンジェリーナに声を掛ける。


「先生方に事態を報告しに行ってもらえるかしら」

「わかりました」

「職員室にお願いね。今日はまだおられるはずだから」

「はい」


 外に出るのは危険なので、同じ建物内にある職員室に向かうように伝える。


 普段なら既に帰宅している教師は多いが、今日は反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンがランチェスター学園の襲撃を企てているので、学内に残るようにと学園長であるレティが言い残してあった。

 教師陣も学園内に散らばって警邏けいらしているが、職員室に詰めている教師もいる。


 頷いたアンジェリーナは生徒会室を出て行った。


「――では、私は負傷者の受け入れ準備に取り掛かります」


 サラが席を立つ。

 指示を受ける前に自ら行動に移るサラは極めて冷静だった。さすが頼れる副会長だ。


「ええ。お願い」


 クラウディアが頷く。


「チョルルカさん、一緒に来てください」

「は、はい!」


 サラに指名されたクラーラはビクッと身体を震わせると、慌てて返事をしてサラの後について行った。どうやらクラーラに手伝いを頼むようだ。


「行ってらっしゃ~い」


 デスクに上半身をうつ伏せているビアンカが、肘をデスクにつけたまま手を振って見送る。


「本当に来たねぇ~」

「そうね。最善を尽くしましょう」


 ビアンカの呟きに言葉を返すクラウディアは一層気を引き締めた。

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