[10] 迎撃

「――先輩! 委員長に伝えました!」


 侵入者と対峙している風紀委員の先輩に向かって後輩が叫ぶ。


「了解!」


 前に出て念話テレパシーでやり取りをしていた後輩を守りながら戦っていた先輩は、背を向けたまま返事をする。


「まずはこいつらを片付けるぞ!」

「はい!」


 返事をした後輩は前進して先輩の隣に並ぶ。


 二人は足止めに残っている者たちを一刻も早く片付けて、学園内に侵入した連中を追い掛けたかった。


石飛礫ストーン・ブラスト!」

泡瀑バブル・ボム!」


 後輩が先輩の隣に並んだタイミングで、砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントに囚われている者の中から二種類の魔法が飛んできた。魔法に紛れて猟銃を発砲しており、銃弾が交ざっている。


 足元の自由は奪われているが、上半身は身動き可能だ。

 魔法師なら問題なく魔法を行使できるし、非魔法師は猟銃を扱える。


 ――『石飛礫ストーン・ブラスト』は地属性の第一位階魔法であり、石礫を放つ攻撃魔法だ。

 ――『泡瀑バブル・ボム』は水属性の第一位階魔法で、泡を爆発させる攻撃魔法である。


 風紀委員の二人目掛けて精確に飛んできた魔法に対し――


土壁アース・ウォール!」


 先輩が魔法を行使して眼前に土の壁を出現させると、二人は土壁アース・ウォールに身を隠す。


 石飛礫ストーン・ブラスト土壁アース・ウォールに直撃するがびくともしない。相手と先輩では練度が違う。


 石飛礫ストーン・ブラストよりも速度の遅い泡瀑バブル・ボムが、遅れて土壁アース・ウォールに直撃して爆発する。意図して時間差を狙い魔法を選択したのかもしれない。

 結果、土壁アース・ウォールひびが入った。それでも崩壊はしない。


 攻撃が止んだ一瞬の隙に、後輩は土壁アース・ウォールから飛び出して射線を確保する。

 そして――


烈風斬エア・スラスト!」


 魔法を放った!


 ――『烈風斬エア・スラスト』は風属性の第二位階魔法であり、大きな風の刃を放って対象を切り裂く攻撃魔法だ。


 烈風斬エア・スラストは侵入者目掛けて飛んでいき、砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントに拘束されている前方の三人を切り裂く。


「ぐはっ」


 切り裂かれた三人は血を流しながら地に伏す。

 その結果、全身を砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントに絡め取られてしまう。完全に身動きを封じた。

 どうやら倒れた三人は非魔法師だったようで、魔法から身を守る手段を持っていなかった。


石の大砲ストーン・カノン!」


 先輩は土壁アース・ウォールを解除すると別の魔法を行使する。


 ――『石の大砲ストーン・カノン』は地属性の第三位階魔法であり、大砲の如く岩石を放つ攻撃魔法だ。


氷壁アイス・ウォール!」


 敵の魔法師の一人が魔法を行使し、石の大砲ストーン・カノンの射線上に氷の壁を出現させる。


 そして石の大砲ストーン・カノン氷壁アイス・ウォールに直撃し、衝撃が辺りにとどろいて粉塵ふんじんが舞う。


 石の大砲ストーン・カノンの威力に氷壁アイス・ウォールは耐え切れず崩れていく。

 氷の壁を破った石の大砲ストーン・カノンは敵中に直撃したが、氷壁アイス・ウォールにより威力を減衰させられていた。


 粉塵が収まると、そこには更に四人の敵が地に倒れ伏していた。そうなるともう完全に砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントの餌食だ。


 しかし、まだ八人の敵が残っている。倒れているのは全て非魔法師だ。

 もし石の大砲ストーン・カノンが本来の威力を発揮していれば、敵の魔法師にもダメージを与えられていたかもしれない。


「チッ」


 敵中から舌打ちの音が聞こえてきた。

 苦戦を強いられているからか、苛立ちを隠しきれていない。


落雷ライトニング!」


 間髪入れず後輩が魔法を放つ。


 ――『落雷ライトニング』は雷属性の第三位階魔法であり、対象に雷を落とす攻撃魔法だ。


「――っ! 氷弾アイス・ショット!」


 敵の魔法師の一人が反射的に魔法を行使した。


 日の沈んだ暗い状況の中、上空から垂直に落ちる落雷ライトニングの明かりで周囲が一瞬照らされる。


「ぐわぁあああ」


 落雷ライトニングが直撃した魔法師は焼け焦げになり地に伏す。

 だが、彼が最後に放った魔法――氷弾アイス・ショットが後輩目掛けて向かっていく。


「――っ!? あぶねっ」


 後輩は左側へジャンプして間一髪のところで躱したが、氷弾アイス・ショットが頬をかすった。


 僅かながらも後輩にかすり傷を負わせた魔法――『氷弾アイス・ショット』は、氷属性の第一位階魔法であり、氷の弾を放つ攻撃魔法だ。


「気を抜くな!」


 先輩から後輩に対して激が飛ぶ。

 魔法は簡単に人の命を奪う。一歩回避が遅れていたら顔を潰されていた可能性がある。術者の実力次第ではあるが、それでも戦闘中は一瞬たりとも気を抜いてはならない。


「――睡眠スリープ!」


 その時、風紀委員の二人の前方――敵の背後――から魔法名を叫ぶ声が辺り一帯に響く。


 その魔法は目に見える物ではなく、派手さはないが確実に標的に届いていた。

 何故なら、標的にされた意識のある残りの侵入者が全員眠りについていくからだ。


「よう。無事か?」


 敵が眠りについたのを確認した乱入者が、風紀委員の二人に声を掛ける。


「ああ」

「なんとか無事っす」


 二人は無事を伝えると、乱入者のもとへ駆け寄った。


「運良く全員眠ってくれたな」

「本当にな。非魔法師は魔法に対する抵抗力が低いから勝算はあったが、魔法師まで一発で眠りに落ちるとはツイてるわ」


 先輩が敵に視線を向けながら茶化すように声を掛ける。

 その言葉に乱入者が肩を竦めて苦笑すると、先輩と後輩は小さく笑みを浮かべた。


 乱入者が行使した魔法――『睡眠スリープ』は、呪属性の第三位階魔法であり、対象を低確率で眠らせる妨害魔法だ。込める魔力量や術者の技量次第で眠らせる確率が多少は変化するが、運任せの要素が強い。また、理性のない者、知能が低い者、魔法抵抗力が低い非魔法師など相手だと格段に確率が上昇する。


 敵の中にいた二人の魔法師の内、一人は後輩が倒しており、残りの一人さえ沈めてしまえば後に残るのは非魔法師だけであった。


 睡眠スリープは非魔法師には効きやすいので勝算はあったが、魔法師に対しては賭けに近かった。だが、その賭けに勝って一発で眠りに落ちてくれたのは本当に運が良かったと言える。


「助かりました」

「おう」


 後輩が感謝を告げると、乱入者は右手を上げて応える。


 その腕には風紀委員の証である腕章があった。彼は風紀委員として援軍に駆け付けていたのだ。


「学園内に入っていった連中はどうなった?」


 一難去り空気が緩んだところをすぐに気持ちを切り替えて先輩が尋ねる。


「相棒が交戦中だ。俺たちはたまたま近くにいたから先行して駆けつけられた」


 風紀委員は今回の件では二人一組で行動していた。

 彼がここに一人で来たということは、相方が別行動しているのは明白だ。


「えっ! 一人でですか!? すぐに合流しましょう!」


 一人で侵入者の相手をしている姿を想像した後輩が慌てて合流を促す。


「いや、あっちは問題ない。俺たちの次に近場にいた奴らが既に合流しているからな」

「だそうだ」


 先輩が後輩の肩に手を置いて落ち着かせる。


「それにそろそろ他の連中も合流する頃合いだ。姐御あねごも動いたことだしな」

「委員長がですか……。それは少し侵入者に同情します……」


 後輩は安堵して溜息を吐くが、複雑そうな表情を浮かべる。


「委員長のことだから活き活きとして締め上げていそうです」

「ははっ。そうだな」


 後輩は活き活きと戦闘している委員長――カオルの姿を想像して身震いした。


「――それより、こいつらを拘束しちまおう」

「そうだな」


 いつまでもこの場で呑気に会話をしているわけにはいかない。

 目の前の拘束している連中の対処が必要だ。


「魔法を解除する」


 今のままでは砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントの影響で近づくことすらできない。

 なので、先輩は魔法を解除しようとしたが――


「――それは我々が引き受けよう」

「――!?」


 突如声を掛けられた。


 三人は突然のことに驚いたが、瞬時に臨戦態勢に移行する。


「驚かせてすまない。我々はアウグスティンソン隊だ。敵ではない」


 驚かせたことを詫びながら三人の前に姿を現したのは、隊員を引き連れたアウグスティンソン隊の隊長であるマイルズであった。


「アウグスティンソン隊?」


 アウグスティンソン隊は有名なので、風紀委員の三人はその存在を知っていた。


 だが、この場にアウグスティンソン隊がいることに疑問を抱いた後輩が首を傾げる。そして、その言葉と共に三人は臨戦態勢を解いた。


 後輩は今回の件が魔法師、ひいては魔法協会にまで伝わっていたのかと思ったが、それは違うだろうと内心で否定する。


 ヴァルタンは反社会的組織ながら今まで存続し続けてきた。外部に計画を漏らしてしまうような甘い情報統制を敷いてはいないだろう。そのようなお粗末な内情ならここまで幅を利かせる組織になどなってはいない。


「アウグスティンソン隊のみなさんが何故こちらに?」


 同じ疑問を抱いていた先輩が代表して尋ねる。


「我々も連日の事件についてちょうど調査をしていてな」


 マイルズが説明を始める。

 アウグスティンソン隊の隊員は周囲の警戒を行っている。


「その際にたまたま同じ件で動いていた同業者に遭遇して協力体制を敷くことになり、今回の件もその協力者からもたらされた情報で、我々が駆けつけた次第だ」

「そうでしたか」


 マイルズの説明に納得する三人。


「その協力者とは?」

「上級魔法師だ」

「「「――!!」」」


 アウグスティンソン隊に情報提供した協力者の存在が気になった先輩が尋ねると、予想だにしない単語が返ってきた。三人は驚愕して目を見開いている。


「あの御方も上司の命で動いていたようだ。我々もその上司が誰なのかは知らぬがな」

「そうですか……」


 上級魔法師が上司の命で行動しているということは、その上司は相当な人物だと容易に推測できる。

 もちろん同じ上級魔法師が隊長を務める隊の隊員という線もあるが、もっと上の地位にいる人物という可能性も大いにある。その場合、学生の身である彼らが安易に踏み込んでいい領域の話ではなくなる。無暗に踏み込むべきではないだろう。中級一等魔法師であるマイルズですら知らないのだから尚更だ。


「――さて、話を戻すが、この者らは我々が連行しても構わないか?」

「ええ、大丈夫です。むしろ助かります」

「それは良かった。では魔法を解除してくれると助かる」

「わかりました」


 マイルズの提案を断る理由などない。

 三人が連行するのには負担が掛かる。十五人もの人間を三人だけで連行するのは一苦労だし、そもそも反社会的組織の人間を学園内に連れて行くのはリスクが伴う。なので、マイルズの提案は渡りに船であった。


 先輩が砂地獄の拘束サンド・ヘル・リストレイントを解除すると、マイルズは隊員に指示を出して拘束させる。


「連中の仲間がまだ中にいるのだろう?」


 マイルズは学園の方に視線を向けて尋ねる。


「はい。今から戻って加勢するつもりです」

「そうか。では我々も加勢しよう」

「助かります」


 風紀委員の三人は誠意を込めて感謝を伝える。

 アウグスティンソン隊の協力を得られるのならば百人力だ。一線で活躍する魔法師隊の加勢があれば憂いは無くなる。


「では案内します」


 援軍として後から駆け付けた方の先輩が案内を買って出る。


「ありがとう。グレッグ、ここは任せる」

「おうよ」


 マイルズはこの場の指揮をグレッグに一任すると、三人の案内のもと数人の隊員を伴って学園内へと入って行った。


 ◇ ◇ ◇


 西門の外で風紀委員の二人が戦闘していた頃、西門内では別の面々による戦闘が行われていた。


 リーダーと思われる人物を中心に纏まって行動している侵入者は、学園の治安を守る風紀委員と統轄連の生徒と相対している。


「――これ以上侵入させるな!」


 風紀委員の一人が叫ぶ。


 これ以上深く学園の敷地を踏ませるわけにはいかない。

 生徒を守るという意味でも、風紀委員としての矜持としても認められないことだ。


水瀑ハイドロ・ボム!」


 風紀委員の一人が魔法を放つ。

 放たれた魔法が敵の集団へ向かっていく。


 ――『水瀑ハイドロ・ボム』は水属性の第三位階魔法だ。この魔法は射出した水の塊を爆発させる攻撃魔法である。


「ちっ! 植物の壁プラント・ウォール!」


 敵の中にいる数少ない魔法師が、水瀑ハイドロ・ボムから集団を守るように魔法を行使する。

 水瀑ハイドロ・ボムの眼前に出現したのは植物の壁であった。


 ――『植物の壁プラント・ウォール』は木属性の第二位階魔法であり、任意の場所に植物の壁を生成する防御魔法だ。


 水瀑ハイドロ・ボム植物の壁プラント・ウォールに衝突する。

 その瞬間――水瀑ハイドロ・ボムが爆発した!

 周囲に衝撃が舞う。


 衝撃が収まると植物の壁プラント・ウォールには大した傷がなく、集団を守りきることに成功していた。


 植物の壁プラント・ウォールは第二位階魔法だが、水瀑ハイドロ・ボムは第三位階魔法だ。

 あまり魔法に詳しくない者なら第三位階魔法の方が強力だと思い、目の前の状況に驚愕するだろうが、必ずしも上位の位階の魔法が優位になるとは限らない。


 位階による序列は威力の強弱だけで決められているわけではない。

 もちろん位階が上の魔法の方が強力な傾向にあるが、位階は行使難度と魔力消費量、そして魔法としての強力さの三点によって定められている。

 故に、純粋な威力だけだと下位の位階の魔法が優位に立つこともある。術者の力量次第では打ち勝つことも可能だ。


 そして属性には相性が存在する。

 今回に限れば、水属性は木属性と相性が悪かった。植物に水を与えるとどうなるか、それは容易に想像できるだろう。植物に食料を与えているに等しい行為なのだから。

 なので、位階の差や術者の力量に隔絶した差がない限りは、相性により優位に立つことが可能なのだ。


 第二位階魔法の植物の壁プラント・ウォールで、第三位階魔法の水瀑ハイドロ・ボムを受けきれた理由はこれに起因する。


雷撃サンダー・ヴォルト!」


 水瀑ハイドロ・ボムによる衝撃が収まった瞬間に、敵の中にいる別の魔法師が魔法を行使した。


 ――『雷撃サンダー・ヴォルト』は雷属性の第一位階魔法だ。効力はその名の通り雷撃を放つ攻撃魔法である。


 雷撃サンダー・ヴォルト水瀑ハイドロ・ボムを放った風紀委員へ一直線に向かっていくと――


「ぐあぁっ」


 狙いたがわず直撃する!


 直撃した風紀委員は痛みに膝をつく。


 そんな仲間の姿に見向きもせずに、他の風紀委員は各自敵と対峙していた。


小治癒エイド


 女性の風紀委員が膝をついた仲間へ駆け寄り、魔法を行使する。

 すると、焼けた肌がみるみると治っていく。


 ――『小治癒エイド』は聖属性の第一位階魔法であり、対象者一人の傷を癒す治癒魔法だ。


 本来対象に近づいて行使する必要はない。

 利点があるとすれば、近づいたことにより魔力の消費量を抑えられ、遠くから対象を指定する手間を省くことができることだ。


「すまん」


 傷が癒えると、立ち上がりながら礼を告げる。


「さあ、戦闘続行よ」

「ああ!」


 そして二人とも戦線に復帰する。


 見回りに出ていた風紀委員たちと、寮の警備をしていた統轄連の数人が駆けつけて続々戦線に合流し、乱戦を繰り広げていく。


 風紀委員は実力者揃いだが、その中でも特に精鋭に分類される者が存在する。

 魔法や剣戟などが舞う戦場において、特に大立ち回りをしている数人の姿がある。その姿を確認すると、風紀委員の中でも精鋭に分類される者たちであった。


「――煉獄の雨ヴォルケーノ


 風紀委員の集団の中心に陣取り、全体の指揮を執りながら魔法を放つ男子生徒がいた。


 放たれた魔法――『煉獄の雨ヴォルケーノ』は、火属性の第五位階魔法であり、炎弾を雨の如く放つ攻撃魔法だ。


 その煉獄の雨ヴォルケーノは味方を巻き込まないように敵の後方目掛けて放たれている。


「ぐぁあああ!」


 これには敵の中にいる数少ない魔法師も対応し切れず、煉獄の雨ヴォルケーノもろに食らってしまう。

 炎の雨は多くの敵を巻き込んで戦況を一変させた。


 学生でありながら第五位階魔法である煉獄の雨ヴォルケーノを苦も無く行使した生徒は非常に優秀だ。


「副委員長! 相手の被害は甚大です!」


 そばにいた風紀委員が煉獄の雨ヴォルケーノを行使した生徒――風紀委員会の副委員長に戦況を報告する。


「このまま一気に押し潰せ!」

「アリスター、俺も行くぜ」

「待たせてすまないね」

「構わんさ」


 副委員長の隣で待機していた褐色肌の男子生徒が前に進み出た。


 アリスターと呼ばれた副委員長――アリスター・バスカヴィルは、白い肌に茶色の髪と瞳を備え、平均的な体格をしている三年生だ。

 白のワイシャツの上に黒いジャケットを羽織り、黒のスラックスをきっちりと着こなしている姿からは真面目な印象が滲み出ている。

 風紀委員会の副委員長なだけあり、魔法師として優れた実力を有している精鋭の一人だ。


「バーナード、好きに暴れていいよ」

はなからそのつもりだ」


 前に進み出た褐色肌の男子生徒――バーナード・ブラッドフォードは、常緑樹じょうりょくじゅの葉のような茶みを含んだ濃い緑色の髪をポンパドールにしており、髪と同じ色の瞳が存在感を強調している。

 白のワイシャツの上に緑色のジャケットを羽織り、紺色のスラックスを履き、制服の着こなしは全体的に少し気崩している。

 彼も風紀委員の精鋭の一人に数えられる三年生だ。


「既に前線ではローゼンタールが蹂躙しているからな。俺もいっちょ暴れてくる」


 バーナードはそう言葉を残すと、前線へ駆け出す。


「やれやれ、血の気の多い奴らだよ」


 アリスターは呆れを含んだ溜息を吐いて肩を竦めた。


 ◇ ◇ ◇


 時同じくして、最前線では一人の女性がヴァルタンを蹴散らしていた。


鉄塊散弾アイアン・ブレット


 その女性が魔法を放つ。


 ――『鉄塊散弾アイアン・ブレット』は鉄属性の第三位階魔法であり、鉄の散弾を放つ攻撃魔法だ。


 放たれた鉄塊散弾アイアン・ブレットは敵中目掛けて飛んでいく。


身体強化フィジカル・ブースト


 そして、鉄塊散弾アイアン・ブレットを放った女性はすぐさま身体強化フィジカル・ブーストを行使すると、槍型の武装一体型MACを手に敵中に突撃する。


 無属性の第五位階魔法である身体強化フィジカル・ブーストは、近接戦を得意とする者には必須の魔法だ。


 鉄塊散弾アイアン・ブレットが数人の敵に直撃する。

 直撃した者は激痛に耐え切れず地に伏す。中には軽傷の者や無傷の者もいるが、女性は構わず敵中に突っ込む。


 女性ははなから鉄塊散弾アイアン・ブレットで敵の数を減らせれば儲けもの程度に考え、敵に一瞬でも動揺や混乱を誘発させ、敵中に飛び込む隙を作るのが目的だった。


 身体強化フィジカル・ブーストにより強化された身体能力で、計算通りに敵中に侵入したメイヴィスは槍型のMACを使い、見事な槍捌きで敵を切り伏せていく。


 惚れ惚れする槍捌きを披露する女性――メイヴィス・ローゼンタールは、男性に交ざっても遜色のない長身に、白い肌、青みを含んだ白い髪のベリーショート、碧眼を備えている。

 白のブラウスの上に黒のジャケットを羽織り、足首近くまで届く長さの灰色のスカートを穿いている。

 容姿や立ち振る舞いは非常に凛々しく、かっこいい女性という言葉がピッタリと当てはまる女性だ。

 彼女も精鋭の一人に数えられる二年生の風紀委員である。


「ふっ!」


 メイヴィスは槍で敵の一人の腹部を突くと、すぐに引き抜く。

 続け様に槍を構えながら一回転し、敵を近づかせないように牽制する。

 使用しているのは槍なので、敵と近づきすぎると思うように振るえなくなる。一定の距離を保つのが肝心だ。


「キサラギ流槍術戦技――牙崩一穿がほういっせん!」


 メイヴィスは手元で槍を一回転させると、回転の勢いそのままに槍を斜めに振るう。

 すると、穂先から巨大な斬撃が飛び出す!

 飛び出した斬撃が敵を何人も巻き込み吹き飛ばした!


 彼女はキサラギ流の門下生だ。なので、当然キサラギ流槍術を扱える。

 キサラギ流槍術の使い手として優秀であり、風紀委員長でキサラギ家当主の長女であるカオルからは可愛がられており、信頼もされている。


 牙崩一穿がほういっせんの斬撃は地面をえぐりながら飛んでいき、その衝撃は周囲にまで及ぶ。

 吹き飛ばされなかった敵は態勢を崩された。


「キサラギ流槍術戦技――刺突連塵しとつれんじん


 その隙を逃すことなく連続突きを見舞う。


 ――『刺突連塵しとつれんじん』は槍先から伸びるように出現した鋭利な穂先を用いて、目にも留まらぬ速度で連続突きを見舞う槍術だ。


 牙崩一穿がほういっせん然り、刺突連塵しとつれんじん然り、斬撃が飛び出したり、鋭利な穂先が出現したりと、普通なら有り得ない現象が起こる。

 だが、それはその道を極めた者にしか成し得ない御業みわざだ。先人が築き上げた技術を生かすも殺すも使い手次第である。


 ある人は言う――人が築き上げた技術の結晶だと。

 ある人は言う――空気中に漂う魔力を利用しているのだと。

 ある人は言う――奇跡だと。


 実際のところ要因は明らかになっていない。

 最も有力なのは、空気中に漂う魔力を利用しているという説だ。


 刺突連塵しとつれんじんで前方にいた敵を一蹴したメイヴィスは一息つく。

 激しい動きによりなびいていた長いスカートがひらりと揺らめいて落ち着きを取り戻す様は、美しさと凛々しさを周囲に与えていた。


 そこへ――


「――おうらっ!!」


 物凄い勢いでバーナードが突っ込んできて敵を殴り飛ばした!

 彼が直接殴ったのは一人だけだが、何故か後方にいた者たちまで殴られたかのような衝撃を受けて一緒に吹き飛ばされている。

 身体強化フィジカル・ブーストで身体能力を強化しているのは傍目にも理解できるが、それだけで納得できる現象ではない。


「よう、ローゼンタール」

「先輩……」


 殴るだけで複数の敵を吹き飛ばしたバーナードは、何事もなかったかのようにメイヴィスに声を掛けた。


「俺が右、お前が左」

「……了解です」


 バーナードが視線を右側に向けて指示を出す。

 だが、その指示はなんとも言葉足らずで簡素な物であった。

 幸いメイヴィスにはしっかりと意味が伝わったようでなによりだ。


「んじゃ」


 バーナードは軽く右手を挙げてそう言葉を残すと、楽しさでウキウキとした内心を隠し切れていない表情を晒しながら敵中に飛び込んで行った。――表面上は真剣な表情を取り繕ってはいたが。


「楽しそうですね……」


 そんな先輩の様子を見たメイヴィスは溜息交じりに呟く。

 冷気の影響で吐く息が白い。


(私はこっちを担当か)


 メイヴィスの視線は前方の左側を捉えている。


 バーナードの言葉足らずの指示は要約すると――右側の敵は自分が担当し、左側の敵はメイヴィスに任せるということであった。


(では、やろうか)


 メイヴィスは気を引き締め直すと、愛槍をしっかりと握って敵中目掛けて駆け出した。


 ◇ ◇ ◇


「――これ、私が来る必要あったか?」


 西門に到着したカオルが呟く。

 彼女が現場に到着した頃には既にほとんど片が付いていた。


「何事もなくてなりよりでしょ?」

「まあ、そうだが……」


 アリスターの言葉に不完全燃焼のカオルは複雑そうな表情を浮かべる。

 カオルの出番がなかったのはいいことだ。余力を残して解決できるのならばそれに越したことは無い。


 離れた場所でバーナードが最後の一人を殴り飛ばしていた。

 その様子を見届けたカオルが新たな指示を出す。


「全員拘束しろ!」


 侵入者をこのまま野放しにはしておけない。

 拘束して、然るべき処置を取るまでは油断禁物だ。


 風紀委員と統轄連が協力して侵入者の拘束に取り掛かる。


「――既に片が付いていたか」


 各々が侵入者の拘束に取り掛かっていると、声が聞こえてきた。


「ん? 戻ったか」


 声のした方に顔を向けたカオルとアリスターは、学園外で戦闘していた風紀委員が魔法師の一団を引き連れて戻ってきたのを確認する。


「そちらの方々は?」


 カオルは魔法師の一団に視線を向けて尋ねる。


「こちらの方々は――」

「――失礼。私はアウグスティンソン隊の隊長を務めているマイルズ・アウグスティンソンだ」


 案内を務めた風紀委員が紹介しようとしたが、マイルズが前に出て機先を制する。


「アウグスティンソン隊長でしたか」


 カオルはマイルズのことを知っていた。

 魔法師界ではマイルズの名は知られているし、カオルの実家であるキサラギ家は多くの門下生を抱えているので人脈も広い。故に情報が集まる。

 他の生徒が知らないこともカオルは知っている。


「私は当学園の風紀委員長を務めているカオル・キサラギです」

「風紀委員長はキサラギ家の御令嬢だったか」


 カオルが醸し出す堂に入った雰囲気の理由に納得したマイルズが呟く。

 彼女は一般の生徒よりも肝が据わっているように見受けられたので、普通の生徒ではないとマイルズは一目で判断していた。


「アウグスティンソン隊のみなさんが何故こちらに?」

「話すと長くなるが――」


 アウグスティンソン隊がランチェスター学園に訪れた理由を尋ねると、マイルズが経緯を説明する。


「――そうでしたか」


 説明を聞いたカオルは納得して頷く。


「拘束した者たちは我々が引き取っても構わないだろうか?」


 マイルズが一度拘束された者たちに視線を向けてから尋ねた。

 カオルは一瞬考え込んだ後、口を開く。


「……私としては構いませんが、一応生徒会長に確認を取ります」

「それがいいな」


 カオルの判断にマイルズはいい判断だと鷹揚おうように頷く。


 学園の治安維持は風紀委員会に一任されているが、あくまでも学園のトップは生徒会長だ。

 学園によって異なるが、自主性を重んじるランチェスター学園は生徒会長の権限が大きい。なので、生徒会長のクラウディアに確認を取るのは然るべき対応であった。

 生徒会長としては状況の把握を欠かせないので尚更だ。クラウディアを通じて学園長や教職員にも伝わることだろう。


 カオルはすぐさまクラウディアに念話テレパシーを飛ばす。

 待つこと一分弱。


「――生徒会長も構わないとのことです」


 確認を終えたカオルがクラウディアの了承を得たと伝える。


「そうか。それは助かる」

「いえ、こちらこそ助かります」


 カオルとしてもクラウディアとしてもマイルズの要請を断る理由はなかった。

 学園内に不穏分子を抱え込むリスクを背負うのは可能な限り遠慮したいところだ。むしろマイルズの要請は願ったり叶ったりである。


 生徒会も風紀委員会も学園の安全を守れればいい。

 その他のことは魔法師や政治家に任せるに限る。学生の出る幕ではない。


「まだ敵がいないとも限らない。うちの隊員を数人町に残す」


 西門から襲撃を仕掛けてきた者たちで全員とは限らない。

 今回の件はこれで解決とはまだ言えなかった。


「ありがとうございます」


 カオルは頭を下げて礼を告げる。

 魔法師が警戒にあたってくれるのは心強い。


 その後、風紀委員と統轄連の一部の者たちは、拘束した侵入者を連行するアウグスティンソン隊の後ろ姿を見送った。


「まだ、終わりじゃないぞ。各自配置に戻り周辺の警戒にあたれ!」


 一同は襲撃前に各自担当していた場所の警戒に戻る。

 まだ安心はできない。そのことを各々しっかりと理解しているので、カオルの指示を受けた後の行動はみな迅速だった。


「――バスカヴィル」


 カオルは行動に移ろうとしていたアリスターを呼び止める。


「なんだい?」


 呼び止められたアリスターが足を止めて振り向く。


「私は少し調べることがある。すまないが後は任せる」

「……構わないけど、その調べごとはなんなのかな?」


 カオルは調べごとに注力する為に、風紀委員の指揮を副委員長であるアリスターに委ねる判断を下した。


「……おかしいと思わないか?」


 神妙な面持ちのカオルは西門へ視線を向ける。


「ふむ。……なるほど。キサラギは内通者がいると踏んでいるんだね」

「ああ。そうだ」


 アリスターは何も説明されていないのにもかかわらず、カオルの意図を正確に理解した。


「まるで示し合わせたかのようなタイミングで門が開かれた」

「そうだね」

「そもそも外からは容易に門を開くことができないようになっている」


 学園の門は厳重だ。

 内からならば簡単に開くことはできるが、外からは限られた者にしか開くことができない仕様になっている。

 門が破壊されたわけでもない。にもかからず門が開かれたということは、誰かが内から門を開いたという事実に行き着く。


「内通者か……。全く頭が痛いね」


 アリスターが肩を竦めながら溜息を吐く。


「いずれにしろ放置はできん」

「わかったよ。こっちは任せて。君はその内通者を探すんだね」

「ああ」

「正直、そういうのは君より僕の方が適任だと思うんだけど」

「それは否定できん……」

「僕が適任というよりは、君には向いていないと言った方が的確かな」

「……どうせ私は腕っぷししか能がないさ」


 痛いところを突かれたというように、カオルは渋い顔になりながら頭を掻く。


「まあ、いいよ。君は今回不完全燃焼だっただろうし、少しはガス抜きしてもらわないとね」

「……お前はいったい私をなんだと思っているんだ?」


 アリスターの言い様に、カオルは心外だと言わんばかりにジト目を向ける。


「さあね。ご想像にお任せするよ」

「おい」


 アリスターがはぐらかすのでカオルが追及しようとしたが――


「じゃあ僕は行くけど、君はやりすぎないようにね」


 当のアリスターはそう言葉を残して去ってしまった。

 忠告まで残してだ。


「……」


 肩透かしを食らったカオルは、納得がいかないまま内通者の捜索に乗り出す羽目になった。


 この日の夜はまだ続きそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る