[8] クラブ
一月二十三日――ジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、アレックスの四人は、放課後になると連れたってクラブ見学に訪れていた。
国立魔法教育高等学校の各校には課外活動の一環としてクラブ活動があり、各校クラブの種類に違いはあれど、盛んに取り組まれている。
大別して運動系のクラブと文化系のクラブがあり、各生徒は自分に合ったクラブで日々活動している。
現在ジルヴェスター一行は実技棟にある一際広い訓練室に赴いていた。
訓練室にある二階の観覧席から眼下に視線を向けて、クラブ活動に汗を流している者たちの姿を見学している。
一同が見学しているクラブは魔法実技クラブだ。
魔法実技クラブは名前の通り魔法の実技に特化しているクラブである。
「我がクラブでは授業とは別に、仲間たちと共に切磋琢磨しながら魔法の訓練に励むことができる」
ジルヴェスターたちと同じように見学に訪れている一年生に対し、魔法実技クラブの解説を務めている男子生徒の先輩がいた。どうやらこの先輩が新入生に魔法実技クラブの説明を行う役割を担っているようだ。
「この学園で最も部員の多いクラブでもある」
魔法実技クラブはどの学園でも人気のあるクラブだ。
例外は魔法工学に力を入れているキュース魔法工学院くらいだろう。
「自主練に励むのもいいが、仲間たちと共に訓練に励むことで、互いに競い合うことができるのは魅力的だぞ。互いに教え合ったりすることもできるからな」
国立魔法教育高等学校である以上、各自自主練習に励むのは日常だ。魔法工学技師を目指す生徒でも最低限は訓練に励むものである。
一人で黙々と訓練に励むのは集中できて
共に競い合って切磋琢磨する仲間が入れば互いに刺激し合って訓練に励むことができるし、先輩に指導してもらったり、友人にアドバイスをもらったりもできる。もちろん顧問教師の指導を受けることも可能だ。
「何よりの魅力は対抗戦の選手選考に有利に働くことだ」
対抗戦の選手選考をする上でクラブ活動の実績も参考にする。特に運動系のクラブの生徒は選考されやすくなる傾向がある。対抗戦は魔法を競う大会なので、当然戦闘面や魔法面の実力を重視するからだ。
魔法師を目指す生徒にとって対抗戦は誰もが憧れる舞台だ。
その為、魔法実技クラブを筆頭に、運動系のクラブに籍を置く生徒が多くなるのは自然な流れであった。
対抗戦の件は抜きにしても魔法師を志す以上、魔法実技クラブは魅力的に映ることだろう。
眼下を見つめるジルヴェスターは、一際大きな存在感を放つ一人の生徒に注目していた。
彼の視線の先にいるのは、部員たちのことを鋭い視線で見守る大柄な生徒だ。
「いや~、相変わらずオスヴァルドさんは迫力あるなぁ~」
「アレックスはあの人のことを知っているのか? 俺は入学式の答辞の打合せで学園に来た際に何度か見掛けたくらいなんだが……」
ジルヴェスターが率直に尋ねる。
「ああ。あの人はオスヴァルド・ヴェスターゴーアさんだ。家同士の繋がりで何度か合ったことがある」
オスヴァルド・ヴェスターゴーアは一際高い身長に分厚い胸板をしており、褐色肌で灰色の髪をバーバースタイルにし、茶色の瞳を宿している。
威厳の感じる顔つきと醸し出す雰囲気が実年齢より幾分高く見え、頼もしさを周囲に与えていた。
(ヴェスターゴーアか、なるほど)
名前を聞いたジルヴェスターは納得した。
ヴェスターゴーア家は魔法師界の名門だ。ジェニングス家やエアハート家と対を為す超名門の家系である。
ヴェスターゴーア家ほどではないにしても、名門の一族であるアレックスと面識があっても不思議ではない。家同士の繋がりはもちろん、社交の場などで顔を合わせることもあるだろう。
「わたしも見掛けたことあるかも」
ステラもオスヴァルドのことを見掛けたことがあるらしい。
彼女の実家は国有数の実業家で資産家だ。魔法関連の品を取り扱っている企業を経営している。
魔法師の家系と繋りがあるのも自然なことだ。それこそアレックスと同じように社交の場で見掛けたことがあってもなんら不思議ではない。
オリヴィアがオスヴァルドのことを知らないのは、彼女はあくまでもメルヒオット家に仕える一族の娘だからだ。使用人がパーティーに出席することも、
「オスヴァルドさんはクラブ活動統轄連合の総長を務めているんだ」
クラブ活動統轄連合――通称・統轄連――は生徒会、風紀委員、監査局と並んで学園の自治を司る四組織の内の一つだ。総長は統轄連のトップに君臨する地位である。
統轄連は組織のトップである総長を筆頭に各クラブを管理するのが主な職務だ。また、学園の治安を守る役目もあり、風紀委員から助力を頼まれることもある。
「あの人は相当できるな」
「お、良くわかったな。オスヴァルドさんは実戦経験が豊富なんだ。実力も申し分ないぞ」
オスヴァルドから醸し出される雰囲気が只者ではないと感じたジルヴェスターに、アレックスが相槌を打って解説する。
「実戦経験というと、壁外での経験ということかしら?」
「ああ。それで合ってる」
確認するように尋ねたオリヴィアの質問に、アレックスはすかさず首肯する。
「実力は一線級の魔法師と比べても遜色ないはずだ」
「そうだな。低く見積もっても上級魔法師相当の実力は持ち合わせていると思う」
後輩に指導する為に魔法を実演して見せるオスヴァルドの姿を見て、ジルヴェスターは彼の実力を推し量る。
「魔法の発動速度、精密さ、発動に込める魔力量の配分、発動した魔法の効力、どれを取っても一流だ。おそらく術式の理解も深いんだろう」
「今の一瞬でそこまでわかるのか?」
「ああ。こういうのは得意なんだ」
「それはお前の方が凄いと思うんだが……」
オスヴァルドが実演した際に魔法行使の技量を観察したジルヴェスターが解説すると、アレックスが呆気にとられたような表情を浮かべた。
ジルヴェスターはなんでもないことのように言っているが、彼がやっていることは異常だ。
時間や観察回数を重ねれば他の人にも技量を見抜くことは可能だ。しかし、たった一度見ただけでジルヴェスターのように推し量ることは不可能に近い。
「ジルだからね」
「そうね。ジルくんだから気にしても仕方ないわよ」
ステラが薄い胸を張って自分のことのように誇らしそうにしているのに対し、オリヴィアは苦笑しながら肩を竦めた。
「その言い方はまるで俺が人外か何かみたいじゃないか……」
ジルヴェスターは女性陣二人の言い草に、苦い表情と困った表情を混ぜ合わせたような複雑な顔になった。
「ははっ。確かに俺からしたらお前は充分人外かもな」
「……」
笑い声を上げながらジルヴェスターの肩に手を置くアレックス。
ジルヴェスターは返す言葉が見つからず、無言で肩を竦める。
そんな二人のやり取りを見ていたステラとオリヴィアは、楽しげに笑みを浮かべるのであった。
◇ ◇ ◇
魔法実技クラブの見学を終えた四人は第一武道場を訪れていた。
第一武道場に足を踏み入れた四人が最初に感じたのは、室内に籠った熱気であった。
「ここが剣術クラブの活動場所か」
アレックスが呟く。
「剣術クラブも人気のあるクラブよね」
「そうだな。確か魔法実技クラブに次いで部員が多いと聞いたな」
オリヴィアの疑問にアレックスが答える。
アレックスが言う通り、剣術クラブは魔法実技クラブに次ぐ部員数を誇るクラブだ。
武器の中でも刀剣類を用いる者が多いのも影響していると思われる。
周囲にはジルヴェスターたちと同様に、見学に訪れている一年生の姿も多く見受けられた。
「あら? あそこにいるのはシズカよね?」
武道場の中で見知った顔の人物を見掛けたオリヴィアが、目を凝らしながら声を漏らす。
「彼女はシノノメ家の御令嬢だからな。剣術クラブに籍を置いているのはなんら不思議ではない」
ジルヴェスターがそう言うのと同時に一同がシズカへ視線を向ける。
四人から視線を向けられるとさすがに圧を感じたのか、シズカは違和感の正体を探して振り向いた。
そして四人の存在に気がついたシズカは、鍛錬を中断してジルヴェスターたちのもとへ歩み寄る。
「みんなは見学?」
「うん」
「ええ。そうよ」
シズカの問いにステラとオリヴィアが肯定する。
「シズカは一人で鍛錬に励んでいたようだけれど、先輩に指導してもらったりはしないのかしら?」
武道場では先輩に指導を受ける者や、模擬戦をしている者などの姿が見て取れた。
そんな中、シズカは一人黙々と鍛錬に励んでいたので、オリヴィアは疑問に思ったのだ。
「それが……先輩たちに
シズカは頬に手を当てて困った表情を浮かべる。
「それは仕方ないな。幼い頃からシノノメ家で鍛錬を積んできたシズカに指導できる者はそうそういないだろう」
門下生の間でシズカの実力は師範代相当であると言われており、一族内でも師範代に相応しい実力と技量を備えていると認められている。
だが、彼女は師範代の地位を与えられていない。
それは彼女がまだ学生の身分であるからで、卒業さえすればすぐにでも師範代の地位を与えられると思われている。
事実、シノノメ家の当主で総師範でもあるシズカの父は、何事もなければ卒業後に師範代にするつもりでいた。精神面での成長も待っているのかもしれない。
そんな彼女に対して誰が指導できるというのか。
下手に指導して悪影響になったら目も当てられない。
故に、鍛錬に関してはシズカの自由に行うようにと認めざるを得なかったのだ。また、そのことに顧問教師や先輩、同級生にも不満や文句は何一つなかった。
剣術クラブに籍を置いている生徒の大半はシノノメ家の門下生だ。顧問教師も門下生である。
なので、シズカの実力を把握しており、認められてもいた。故に不満は生まれたかったのだ。
何より、師匠の娘、または妹であるシズカに対して指導を行うなど、門下生の立場からすれば御免被りたいというのが偽らざる本音だろう。
一部シノノメ家の門下生ではない生徒もシズカの実力を目の当たりにすれば、不満や文句など微塵も出てこなかった。門下生である生徒が認めているのも影響している。
「そもそもシズカの実力なら剣術クラブに入部する必要はないと思うが」
「そんなことないわ。鍛錬を怠るわけにはいかないもの。それに気兼ねなく鍛錬に励むことができる場所は貴重なのよ」
「確かにそうだな」
日々の鍛錬を欠かすことはできない。
一日休むと取り戻すのに三日は掛かると良く言うが、日頃から強い意志を持って日々取り組まなければ一向に向上することは叶わないだろう。
鍛錬を行う場所も重要である。
シズカの場合は実家が道場を開いているので困ることはないが、ランチェスター学園に入学した現在は寮生活を送っているので、実家の道場を利用することは物理的に不可能だ。
その点、剣術クラブに籍を置いていれば第一武道場を利用することができ、鍛錬場所に困ることがなくなる。
学園の敷地は広大なので、外などのどこか空いている場所を利用することはできる。
しかし人目を気にせずに済み、誰かの迷惑になることもなく、気兼ねなく鍛錬に励む為に武道場を利用できるのは非常に魅力的なのだ。
そうシズカに説明されたジルヴェスターは納得して頷いた。
「それじゃ鍛錬に戻るわね。みんなもゆっくりしていって」
シズカは四人に一通り挨拶をすると鍛錬に戻る。
一同はそのまま剣術クラブの様子をしばし見学すると、その後は様々なクラブを見て回った。
「――今日はこの辺にしよう」
「そうね」
クラブ見学が一段落したところでジルヴェスターが中断を切り出すと、オリヴィアが頷いた。
たった一日で全てのクラブを見学して回るのは物理的に不可能だ。途中で切り上げる必要がある。
「続きはまた次回」
「またみんなで行きましょうか」
「ん」
ステラがクラブ見学の続きについて呟くと、次回もまたみんなで見学しようとオリヴィアが微笑みながら提案する。
それに対してステラが笑みを返した。――わかる人にしかわからない些細な表情の変化だったが。
「まあ、焦る必要はないし、気ままに行こうぜ」
いつも通り軽い調子でアレックスが言う。
クラブには入部可能時期などは設けられていない。一年を通していつでも入部可能なので、焦って決める必要はない。そもそも必ずどこかのクラブに入部しなければならない決まりもない。
「それじゃ、また明日」
「またね」
別れの挨拶を済ますとオリヴィアとステラは寮へと帰って行った。
「んじゃ、俺も寮に戻るわ」
「ああ」
「またな」
アレックスはジルヴェスターに声を掛けると、軽い足取りで寮への帰路に着いた。
男子と女子は別の寮なので、帰路に着く道は別々だ。
それに寮は複数ある。グレードが異なるからだ。
その点、ステラとアレックスは実家の経済力的にグレードの高い寮であった。
オリヴィアもステラの父であるマークの厚意により、ステラと同じ寮を契約してもらっている。オリヴィアは遠慮したのだが、むしろマークから懇願されてしまったので受け入れざるを得なかった。
主人に懇願されたら使用人としては無下になどできないだろう。どうかそばでステラの面倒を見てくれ、という魂胆が明け透けである。――もっとも、マークには隠す気など微塵もなかったし、オリヴィアは頼まれなくてもステラの世話を焼く気満々だったのだが。
◇ ◇ ◇
「――代表! また拠点を一つ潰されました!」
限られた者しか知らない本拠で企てている計画の準備を行っていたヴォイチェフのもとに、男性の団員が報告に駆け込んだ。
「何!? どこだ?」
眉間に皺を寄せて険しい顔つきになったヴォイチェフは、語気を強めて団員に尋ねる。
「ここです」
団員は壁に立て掛けてある地図の一点を指し示す。
「……そうか。そこなら……まあいい。今のところ重要な拠点は一つも落とされてないからな」
安堵したヴォイチェフは溜息を吐く。
本拠をはじめ、特に重要な拠点は信用している一部の者にしか教えていない。故に、いくら拠点を落とされても、重要な拠点でなければそこまで痛くはなかった。
「その程度なら計画にも然して支障はない」
ヴォイチェフの右腕である細身の男が口を開いた。
「そうだな」
「計画通り俺はここで待機するが、お前には現場で指揮を執ってもうぞ」
「わかっている」
細身の男こと――エックスが計画の概要を説明していく。
エックスは本拠で待機し、ヴォイチェフが現場の指揮にあたる計画であった。
「我々の計画は外部に漏れていないな?」
エックスが報告に訪れた団員に尋ねる。
「おそらく漏れていないと思います。絶対とは言い切れませんが……」
「そうか」
返答を聞いたエックスは顎に手を当てて考え込む。
そして数秒後には考えを纏め終わり、顎から手を離して指示を出す。
「――一応外部に漏れていないか調べろ。人員は好きに使って構わない」
「了解です」
指示を受けた団員はすかさず駆け出した。
「確認が終わり次第仕掛けるぞ」
「こっちは今か今かと待ち
ヴォイチェフは両拳を組み合わせて指の関節の音を鳴らす。
その様子から、気合に満ちているのが周囲にも感じ取ることができた。
「細かな調整は俺がやっておく。お前は団員のケツを叩いておけ」
「おう。俺にはそっちの方が性に合っている。面倒なことはお前に任せるさ」
ヴォイチェフは見た目からもわかる通り、文官より武官気質の人間だ。デスク作業より、現場で身体を動かすことの方が本領を発揮できる。
対してエックスは現場でも無難に役目をこなせるが、文官としての職務の方がより適正が高い。
その点、ヴォイチェフとエックスは良い組み合わせなのだろう。
会話を終えるとヴォイチェフは部屋を出て行き、エックスは計画の調整作業に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
一月二十四日――ジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、アレックスの四人は、放課後になると昨日に引き続きクラブ見学に赴いていた。
四人が最初に訪れたクラブは魔法研究クラブだ。
今日は文化系のクラブを中心に回る予定である。
一同はクラブ棟にある魔法研究クラブの部室に到着すると、扉をノックしようとする。
しかし、その前に横合いから声を掛けられた。
「――ヴェステンヴィルキス君、見学ですか?」
ジルヴェスターは自身の名を呼ぶ声の方へ顔を向ける。
すると、そこには一人の女生徒が資料を手に持ちながら立っていた。
「セフォローシャ副会長」
女生徒の名をジルヴェスターが呟く。
女生徒は病的なほど白い肌をしている。
紺色のストレートロングヘアを垂らし、前髪の下にある紺色の瞳でジルヴェスターを見つめていた。
着瘦せするタイプなのか本来の体型の主張は抑えられているが、凹凸の激しい身体を隠しきれていない。
「ええ。見学です」
「そうですか。では、私が案内しますね」
「副会長が?」
「ええ。私が魔法研究クラブの部長なのでちょうど良かったです」
「そうでしたか。では、よろしくお願いします」
ジルヴェスターとのやり取りを終えたセフォローシャは、ステラたち三人に視線を向ける。
「そちらのお三方は初めましてですね。私は生徒会副会長及び魔法研究クラブの部長を務めている三年のサラ・セフォローシャです」
セフォローシャ改め――サラが三人に自己紹介をすると、ステラたちも順に自己紹介を行った。
ちなみにジルヴェスターは入学式の答辞の打合せ時にサラとは何度か顔を合わせており、自己紹介は最初に対面した際に済ませている。
「では、入りましょうか」
自己紹介を済ませた一同は、サラを先頭に魔法研究クラブの部室に足を踏み入れた。
「ここは前室です。ここに荷物を置いたり、休憩したりしています」
一同が足を踏み入れた先の部屋には、生徒の鞄と思われる物が棚に収納されていた。中には無造作にテーブルやソファに置かれている鞄もある。
そしてそのテーブルやソファを中心に、部員たちが団欒できるスペースが確保されていた。
「こちらの部屋が研究室です。そして反対側の部屋が倉庫になっています」
サラが部室を歩いて行き、左側の扉の前に立って説明する。
入口の扉から見て左側が研究室の扉で、右側が倉庫へ繋がる扉になっているようだ。
「次は研究室に入りますが、備品には手を触れないようにお願いしますね」
サラは一同に注意を促すと、取っ手に手を掛ける。
研究者は資料に触れられるのを嫌う傾向にある。
一見乱雑に置かれているように見えても、本人はしっかりと場所を把握している。なので、置き場所を少しでも変えられてしまうのは余計な手間になってしまうのだ。
それとは別に、研究資料や機材には貴重な物がある。素人が軽々しく触っていい代物ではない。
サラが注意を促すのは当然のことだ。
扉を潜った先に広がる光景は、正に研究室といった様相を呈していた。
議論を交わす者や、資料や書物と睨めっこしている者、術式を
集中していてジルヴェスターたちの存在に気づいていない。
「魔法研究クラブの活動内容は広義に解釈しており、魔法に関わること全般を研究対象にしています。工学クラブもありますが、我が部では魔法工学の分野も取り扱っています」
ランチェスター学園には工学クラブがある。
工学クラブは魔法工学や魔法には関係ない一般的な工学について、研究や製作をしているクラブだ。
「工学クラブとは良好な関係にあり、交流も盛んに行われております」
魔法工学の分野にまで手を出している現状、工学クラブの領分を侵食している形になるが、あくまでも工学クラブは工学に特化しているクラブであり、魔法研究クラブは魔法全般を対象にしている。
時に魔法研究クラブと工学クラブで共同研究や製作に取り組むことがあり、上手く住み分けや共存ができているので両クラブ間に
その後、一同はサラに先導されながら研究室内を一通り見て回る。
「――あれは……『
研究室の一角で壁に掲げてある大きく
「わかりますか? そうです。彼らは『
「ええ。だいぶ弄っているようですが、根幹の部分には変更を加えていないようですから」
サラが頷いて肯定すると、それに対してジルヴェスターが理由を述べた。
――『
「……確かに良く見ると、『
術式に目を通したオリヴィアが、その正体を見抜いた。
「俺には全くわからん」
「わたしはなんとなくしかわからない」
アレックスは門外漢だと言わんばかりに思考を放棄している。
そしてステラは一生懸命術式を読み取ろうとしているが苦戦しているようだ。
「少々意見を述べても構いませんか?」
「ええ。もちろんです」
「では遠慮なく」
サラに確認を取ったジルヴェスターは、議論を交わしている部員たちのもとへ歩み寄る。
「――失礼します。少々よろしいですか?」
「ん?」
背後から聞こえて来た声に振り返った部員たちの視線に、ジルヴェスターは狼狽えることなく向き合う。
部員はジルヴェスターの後方にサラの姿を捉えた。
そのまま流れるように視線を向けると、彼女が頷いた。
彼らはそれだけで状況を一瞬で理解する。
「あ、ああ。なんだ?」
「自分にも興味深い研究でしたので、一つ意見を述べさせて頂きたいのですが」
「そうか。君も
国立魔法教育高等学校は、キュース魔法工学院以外は魔法技能師志望の生徒の方が多い。絶対数では魔法工学技師志望の生徒の方が圧倒的に少ないのが現実だ。
もちろん魔法技能師でも魔法の研究などに興味を持つ者はいるが、やはり珍しい部類になる。
故に、研究者肌の人間に出会うと親近感を抱く傾向が少なからずある。魔法研究クラブの部員もその例に漏れず、心が少し開いたようだ。
「少し難しく考えすぎではないかと。先人が積み上げてきたものは侮れませんからね」
ジルヴェスターはそう言うと、傍らにあった筆記用具を手に取って『
そして――
「もっとシンプルでいいと思いますよ。ここをこうして――」
術式に少しだけ修正を加える。
「これで現状での最良の効率化を図れるのではないかと」
図形や文字が複雑に組み合っている術式に少しだけ変更を加えただけだ。本当にシンプルな修正だった。――もっとも、造詣のある者でないと容易に理解はできないが。
「これは――」
「凄い! 確かにこれなら発動速度の向上や、魔力消費を抑えられるのでは!?」
部員たちは驚きと共に好奇心や探求心が刺激され、修正を加えられた術式をまじまじと見入る。
「実際に試してみれば実感できると思いますよ」
「そうだな! 早速試してみよう!」
「MACを用意しろ!」
ジルヴェスターの言葉に条件反射するかのように相槌を打つと、準備に取り掛かる為に慌ただしく駆け出した。
その間にジルヴェスターはサラたちのもとに戻る。
「良く一目見ただけで改良点がわかりましたね」
「いえ、ただちょっと得意なんです。こういうの」
サラがジルヴェスターのことを褒めると、彼は威張るでもなく苦笑を浮かべた。
「ジルは一級技師のライセンスを持っていますから」
何故かステラが誇らしげに告げる。
「え、本当ですか?」
ステラの何気ない一言にサラは衝撃を受ける。
はしたなくならないように控え目に驚いているが、内心は衝撃が駆け巡っていた。
「ええ。一応持っていますね」
「……そうですか。私も四級技師のライセンスを有していますが、一級とは凄いですね」
サラも四級技師のライセンスを有しているが、それでも学生の身分では充分凄いことだ。
「兼部でも構わないので、是非とも我がクラブに入部して頂けると嬉しいです」
サラはすかさず勧誘を試みる抜け目なさを備えていた。
クラブの掛け持ちは認められている。
魔法研究クラブと工学クラブを兼部している生徒は多い。その他のクラブでも掛け持ちをしている生徒は一定数いる。
「そうですね。興味のある分野なので前向きに検討させて頂きます」
「期待していますね」
ジルヴェスターとしても魔法の研究に関しては趣味でもあり、仕事にも関わることだ。なので、特別断る理由はなかった。
「私も検討させて頂きます」
オリヴィアも同調する。
元々歴史好きで考古学研究の選択科目を専攻する彼女は、元来研究者気質だ。魔法研究にも興味があり、普段から研究をしている。
「私たちはいつでも歓迎致しますよ。是非お待ちしておりますね」
サラは歓迎の意を示す。
魔法研究に興味を持つ者の入部を断る理由などない。
研究者の数だけ視点や考察がある。数の暴力ではないが、人の数だけ知恵が集まるのだ。
その後、軽く挨拶を交わした一同は、魔法研究クラブの部室を後にした。
「――あれ? みんなちょうどいいところに」
部室を出たところでジルヴェスターたちは声を掛けられる。
「レベッカか、偶然だな」
声の主に顔を向けると、そこにいたのはレベッカであった。
「何かあったのかしら?」
オリヴィアがレベッカに尋ねる。
「うん。みんなは今、暇だったりする?」
「私たちはクラブ見学をしていたところよ」
「そっか。ならちょっと付き合ってよ!」
「?」
レベッカの誘いに首を傾げる一同。
「わたし調理クラブなんだけど、みんな作りすぎちゃって食べきれないの! 捨てるのはもったいないから食べて来てくれない?」
上目遣いで両手を合わせながら頼み込む姿にはあざとさがある。
「お前調理クラブなのか? 意外だな」
そんなレベッカのことをアレックスが茶化す。
「それ、どういう意味?」
「そのまんまの意味」
ジト目を向けるレベッカと、どこ吹く風のアレックスが視線を交わす。
レベッカからの視線には、火花が散っているかような錯覚を起こさせる迫力がある。
「甘い物ある?」
二人のやり取りのことなど全く気にしていないステラが、レベッカの制服の裾を軽く引っ張りながら尋ねる。
「もちろんあるよ!」
「食べる」
レベッカはアレックスのことを捨て置いて質問に間髪いれずに答える。
するとステラは瞳を輝かせた。
「それじゃ、せっかくだしお邪魔しましょうか」
嬉しそうなステラの姿を見て、オリヴィアがレベッカの誘いを受けるように誘導する。
「そうだな。レベッカ、案内してくれ」
「ありがとう! 助かるよ。ついて来て!」
助っ人確保に成功したレベッカは、先導するように歩き出す。
「あっ」
しかし、数歩歩いたところで何かを思い出したのか、
そして首だけ振り向くと、感情の籠っていない冷淡な声音で告げる。
「あんたは来なくてもいいよ」
レベッカの視線の先にはアレックスがいた。
どうやら先程の茶化しに対する意趣返しのようだ。
「――え、いや、俺も行くし」
一瞬言葉に詰まったアレックスだったが、頭を搔いてから同行を申し出る。
「そ」
返答を受けたレベッカは、特に気にした様子もなく再び歩き出す。
そんな二人の姿にジルヴェスターは肩を竦め、オリヴィアは苦笑した。
「レベッカは料理好きなの?」
「好きだよ~。趣味みたいなものだね」
ステラの質問に答える。
「美味しくできたら嬉しいし、食べてくれてる人が美味しそうにしているのを見てるのも好きなんだ」
彼女の言う通り、料理が好きな人は自分が料理することが好きなのもあるが、食べている人が美味しそうにしているのを見るのが好き、という人は割と多いだろう。
自分の為に料理するよりも、誰かの為に料理する方が、気持ちが乗るものかもしれない。
「ステラっちも喜んでくれるといいな」
気恥ずかしさを内包した笑顔でレベッカが呟く。
「ん。楽しみにしてる」
ステラも笑みを返す。
そうして話していると、あっという間に調理クラブの部室に辿り着いた。
「――ここよ。さ、入って」
レベッカを先頭に各自調理クラブの部室に入っていく。
ジルヴェスターも部室に足を踏み入れようとしたが――
『――ジル、今いいかしら?』
突然、
『レイか?』
『ええ』
『少し待て』
「どうした?」
急に立ち止まったジルヴェスターのことを不審に思ったアレックスが尋ねる。
「すまん。少し用事ができた。すぐ戻る」
「りょうか~い」
ジルヴェスターは急用ができたとレベッカに伝えると、調理クラブの部室から少しだけ離れた。
『――待たせたな』
『大丈夫よ』
まずはレイチェルに待たせたことを詫びる。
『それで何があった?』
レイチェルが
ジルヴェスターのプライベートに配慮しているので、不必要な
『ヴァルタンの次の動きが判明したわ』
『ほう』
『どうやらランチェスター学園の襲撃を企てているらしいわ』
『何? それは事実か?』
ジルヴェスターはレイチェルが
『ええ。デスロワに頼んだから確実性は高いわ』
『デスロワに? あいつ今
『昨日急用で一時的に帰ってきたみたい』
『そうか。多忙の中申し訳ないが、お陰で有益な情報を得られたわけか』
二人の間で何気なく登場したデスロワという名を他の人が耳にしたら大層驚くことだろう。
デスロワはこの国では知らぬ者はいないほどの大物だ。
『あいつが得た情報なら十中八九事実だろう』
『そうね』
『それにしてもランチェスター学園の襲撃を企てているとはな。連中は命知らずか?』
ランチェスター学園には元特級魔法師第六席で、現在は準特級魔法師のレティがいる。
仮に襲撃するのならば、レティに対抗できる特級魔法師クラスの魔法師が必要不可欠だろう。だが、反魔法主義団体にそれほどの魔法師がいるとは思えない。
『それがレティ様は
『なるほど。連中がそのことを知っていたら、そのタイミングを狙って仕掛けてくる可能性があるということだな』
『おそらくね』
レティのいないタイミングを狙っているのならば、無策ではないということが窺える。
『だが、それでも無謀と言わざるを得んな』
レティがいなくても、生徒会長であるクラウディアを筆頭に魔法師として優れている者は多い。クラウディアのように壁外を経験している者もいる。
とても非魔法師が大半を占める反魔法主義団体がどうこうできるとは思えない。
『反魔法主義者が魔法師の卵を排除したいと考えるのは理解できるが』
『決して許されることではないわ』
『そうだな』
魔法を嫌悪している以上、魔法技能師になる前の生徒を狙うのは理に適っている。
『俺の方からレティに伝えておこう』
『お願いするわ。私は引き続き本拠を探るわ。デスロワのお陰で重要な拠点と思われる場所がいくつか見つかったのよ』
『それは重畳』
『もし
本拠を見つけ計画自体を破綻に追い込めればいいが、万が一見つけられなかった場合は生徒を守る方にシフトしなければならない。
『こっちでもできる限りの対応はしておこう』
『それじゃ、また何かあれば連絡するわね』
『ああ』
その言葉を最後に
(――さて、まずはレティのところに行くか)
その後、ジルヴェスターはレティとクラウディアのもとを訪ね、反魔法主義団体ヴァルタンの企ての件を伝えに行くのであった。
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