エピローグ -to be continued.-
都内は結婚式場。
正装に身を包み、屋外広場のベンチに腰掛ける親子が二人。
「逸馬、泣き過ぎよあんた」
旧姓生麻愛姫。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、母親譲りの幼顔が可憐な花嫁。
逸馬にとって目に入れても痛くない、かは別にして、何より大切な最愛の娘である。
「お前に言われたくねーよ。式が終わった後まで泣き続けやがって」
そんな目元を赤くして自分のことを棚に上げる愛姫に、吐き捨てるよう返す男。
旧姓松井逸馬。
今日ばかりはモーニングコートが孫にも衣装なナイスミドル。
愛姫にとってどこに出しても恥ずかしくない、かは置いておいて、誰よりも信頼する自慢の父である。
式場の屋外喫煙所で、二人は仲良く揃って鼻をかんでいた。
「だいたいそんな恰好でこんな場所来てるんじゃねえよ」
「トレーン外してきたし、ちょっとぐらいなら大丈夫って言われたから大丈夫よ」
二人はベンチに座るなり悪態を吐き合っていた。
とてもじゃないけど、先ほどまで来賓の記憶に残るような披露宴を行っていた新婦と父親とは思えない。
「くそったれ、二次会ではてめーの旦那に死ぬほど飲ませてやる」
「やめてよ、あんたもあいつも酒癖良い方じゃないんだから」
「お前も大概だろ。母親そっくりの酔い方しやがって」
「私はお母さんより強いもん」
「そういうとこだよ。なんでお前ら親子は酒飲むと精神年齢が一桁になるんだ」
しかし、そんな態度とは裏腹に、その胸中は二人とも満たされたものであった。
特に逸馬は全てをやり切ったような充足感に包まれており、自分の人生に対して何の心残りもないと思えるほどだった。
「ほら、さっさと戻れ。お前がいると一服出来ないだろうが」
「だったらやめなさいよ」
「はぁ?」
「勝負、負けたでしょ」
勝負とは、言わずもがな式が始まる前に愛姫が持ち掛けたものだった。
その泣きっぷりからも分かるように、逸馬の完敗である。
「勝負の条件に私が泣いちゃダメなんてなかったんだから私の勝ちよね?」
「いや、そりゃそうだけど」
「だから、今日から禁煙ね」
「えぇ……、罰ゲームにしては重くないか?」
突如突き付けられる禁煙という名の罰則。
二十数年来の愛煙家である逸馬からするとかなり酷な要求であった。
「あんたもそろそろ健康とか気にした方がいい歳でしょ」
「別にいいんだよ。俺は太く短く生きるんだから」
その言葉の通り、逸馬はもう十分過ぎるほど太く生きたと思えた。
明日死んだって、別に悔いがないと思えるほど。
逸馬にとって今日の式はそれほどに感慨深いものだった。
ただ、その悟りにも近い感覚に愛姫が一石を投じる。
「何言ってんのよあんた。私に女の子とか出来たら可愛すぎてオチオチ死んでられないわよ?」
孫。孫である。
自分と、紗妃にとっての。
まだ四十も半ばの逸馬は、その中身もさることながらまだまだ見た目も若い。
その子供が大きくなったとしても、充分すぎるほど一緒に遊ぶ体力が残っている。
「……なるほど」
「まぁ男の子かも知れないけどね」
「だとしてら多分お前と旦那そっくりの生意気なガキだろ?」
「そうね、あいつには似るでしょうね」
「遊んで鼻っ柱へし折るとか最高に楽しそうじゃねぇか」
数年後訪れるだろう未来を想像して逸馬がほくそ笑む。
出会ったばかりのまだ幼い愛姫との勝負の数々を思い出しながら。
そして、煙草を握り潰すとゴミ箱へと投げ捨てた。
「いいの? 最後に一本ぐらい吸っておいた方がいいんじゃない?」
「負けは負けだからな。その代わり、次は《・・》絶対負かしてやるから覚悟しとけよ」
「……! 上等よ。あんたの連敗レコード更新させてやるわ」
やり切った、自分の手から離れた、不安なことはもうない、そう逸馬は思っていた。
これからは愛姫自身の人生だと、そう思っていた。
けれど、愛姫は言ってくれた。
逸馬のおかげで今の自分がいるのだと。
自分は逸馬にとって、区切りはあっても終わりはない娘という存在なんだと。
ポケットに手を突っ込むと、紗妃の写真立てをそっと握る。
まだまだこの馬鹿みたいな勝負は続くみたいだ、と心の中で語りかけながら。
そんな逸馬を見て、愛姫が満足気に笑いかけた。
それは挑戦的で悪戯じみた、昔から知っている逸馬の好きな顔だった。
愛姫が乗り出すようにして逸馬に尋ねる。
「ねぇロリコン、次は何で勝負する?」
「ハッ、なんだって付き合ってやるよクソガキが!」
お互いにわざとらしく軽口を叩き合うと、ふざけた調子で笑い合った。
まるで、二人にしか分からない約束を交わすように。
アイネ・クライネ 〜おっさんと幼女がひたすら勝負を繰り広げるハートフルロリコンストーリー〜 猫野ミケ @necono-mike
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