The 34thゲーム ロリコンと十年前の思い出
「っしゃあ!! 来たオラァ!!」
「やるじゃない」
都内はボウリング場。
ピンが弾け飛ぶ音と共に年甲斐もなくガッツポーズを取る男。
生麻逸馬。アラフォー会社員。
ボールの重さは15ポンド。
スピードと威力でぶち抜くパワーボーラーである。
「あんた、毎回そんなに本気で投げてたらまた筋肉痛で死ぬわよ」
「いいんだよ。ピンが吹っ飛ぶ感じが最高に気持ちいいんじゃねぇか」
「まぁ、全部倒れれば結局は同じだけどね」
そう逸馬を挑発しながら華奢な腕でボールを構えると、しなやかに腕を振ってボールをリリースする。
ボールがピンそばで曲がり、逸馬ほど派手ではないものの全てのピンをなぎ倒すと、少女は得意気な顔で振り返った。
「ね?」
生麻愛姫。高校一年生。
ボールの重さは9ポンド。
フックボールを的確な角度で当てる技巧派である。
レーンの上に映し出される液晶を見ながら逸馬が愕然とする。
「ま、またダブルだと……!?」
「今日は調子いいみたい」
「お前、前に連れてったときは100も行かなかったじゃねぇか」
「何年前の話してるのよ。小学生の時でしょそれ」
焦りを滲ませた逸馬の腕に先ほど以上の力が入る。
現在は8フレーム目。ただでさえ愛姫がスコアをリードしているので、せめてここで逸馬もダブルを出さなければ勝負にならなかった。
オーバーストライド気味に踏み出すと、肩位置より高く振り上げ渾身の一投を繰り出す。
豪快な音を響かせると、液晶にはコミカルな英語とアニメーションが表示された。
<SPLIT《スプリット》>
「っざっけんなよ!!」
「逸馬、スペア、スペアよ! その後全部ストライク取ればまだ逆転出来るから!」
愛姫が心底おかしそうに笑いながら逸馬を煽る。
無論、最もスペアを取ることが困難な両端に2ピン残った状況を見たうえでだった。
通称スネークアイ。プロでも取るのが難しい配置である。
「上等だ、見てやがれクソガキが!」
「これでスペア取れたらあんたの勝ちでいいわよ」
「ハッ、言ったな?」
逸馬が今まで使っていたものと違い、軽いボールへと持ち変える。
そのまま意識を研ぎ澄ませるように集中すると、レーンに対し鋭角に力の限り投げ込んだ。
そのコースはガターへと一直線であった。
「行け!!」
ピン手前で派手にガターに突っ込んだボールが、そのまま勢いよく壁に当たって跳ね返るとピンを捉える。
そして見事ガター側から弾き飛ばされたピンが、反対側のもう一本を倒した。
投げたフォームのままの逸馬がそれを見届けると、先ほどの愛姫以上に勝ち誇って振り返る。
「見たか、これが大人の本気ってやつだ」
まぐれである。
狙い通りではあったが、数十回に一回の成功がたまたま最初に来ただけに過ぎない。
「あはは、すごいすごい! 前から思ってたけど、あんたよく分からない方法で攻略するのホント好きね」
「だろ?」
まぐれとは言えここ一番で決めた勝負強さに、愛姫が興奮気味に素直に称賛する。
メガネもないのに眉間に中指を当てた逸馬が、あごの角度をこれ以上ないほど上げてドヤった。
「でも確か1回ガーターから落ちた球が倒したピンって無効なはずよ?」
「え?」
愛姫が携帯を使って調べると、ボウリングルールが表示された画面を逸馬に向けてきた。
「ほら、ピンを倒せたとしてもスコア上は無効だって」
「……マジかよ」
逸馬ががっくりと肩を落とし、そのまま地面へと手を付く。
液晶ではしっかりとスペア扱いになっている。
しかし無効ということであれば手元の操作盤でスコア修正を行うべきだった。
「でも普通にすごかったし、別にスペア扱いでいいわよ。その代わり、あれ倒せたらあんたの勝ちでいいってのは無しね」
「本当ですか愛姫さん」
逸馬が地面に手を付いたままの態勢で、分かりやすくおどけて媚びる。
それを余裕の笑みで見下ろして通り過ぎると、愛姫のロングスカートがひらりと揺れ逸馬の視界は覆われた。
次の瞬間目に入ってきたものは、レーン上から全てのピンがなぎ倒される光景だった。
ターキーのアニメーションが液晶上に表示される。
「本当よ。ほら、次は逸馬の番!」
「……マジっすか、愛姫さん」
半ば絶望に近い表情で愛姫を見上げる。
その姿勢からも逸馬から負け犬の空気がありありと漂っていた。
※ ※ ※
「お腹いっぱーい。逸馬、ごちそうさま」
「ボウリングは飯の後にすれば良かったかもな。というかお前、女のくせに170越えはやりすぎだろ」
「たまたまよ。初めて取っちゃった」
ボウリング場を後にした二人は、夕飯を済ませ家路に着いていた。
あの後、逸馬から泣きの一回を提案されて愛姫も応じたが、4ゲーム目ということもあり二人ともスコアはガタガタだった。
雪でも降りそうな寒さの中、それでも上機嫌に二人が並んで歩く。
「しかしお前、誕生日がこんなんで良かったのか? 別にどこでも連れてってやるって言ったのに」
「だって寒いじゃない。それにさっきのお店良いとこだったんでしょ? すごくおいしかったもん」
「まぁな」
二月も半ばの週末、今日は愛姫の16歳の誕生日だった。
特にプランも決めず昼間の洋服の買い物から始まったのだが、気付けばすっかり夜も更けていた。
逸馬の手には大きめの紙袋が二つほど下がっており、充実した休日であったことが窺えた。
「そういえば、結局ボウリングで負けちまったけど何すりゃいいんだ?」
「そうね……」
「誕生日と勝負は別物だからな。なんでもいいぞ」
愛姫が先程までと違い、少しだけ躊躇するような面持ちになる。
何を言うかは勝負を始める前から決めていたからだ。
愛姫にとって勝負はただの口実に過ぎなくて、勝っても負けても同じことを言うつもりだった。
「ねぇ逸馬」
「なんだよ」
「本当に何でもいいの?」
「あ? 別にいいけどどんなだよ」
「私さ、今日で16歳になったんだ」
「知ってるよ」
「それであんたももう良い歳じゃない?」
「まぁオッサンだよな」
「だからさ」
そう言って愛姫が数歩先に進んで振り返ると、街灯と街路樹を背に逸馬を見上げた。
「私と結婚するってのはどう?」
「…………は?」
「べ、別にすぐってわけじゃないわよ? ただ、何年か後にどうかなって」
「……」
逸馬、絶句。
まさかの提案に完全に思考が停止する。
しかしそれは一瞬のことで、すぐにある感情が沸いてきた。
何気なく言ったように見えるけれど、ここ数年で愛姫の性格なんて分かり切っている。
冗談で言ってるわけじゃないことはすぐに分かった。
だからこそ逸馬は余計に堪えきれなかった。
「ぶっ、ぶははははは!!」
「なっ!? なんで笑うのよ!」
「いや、だってお前、いきなり結婚とか、はははははっ」
心底おかしそうに逸馬が身体をくの字に曲げる。
対象的に、内心かなり勇気を出して提案した愛姫はご立腹だ。
「だ、だってあんたもう良い歳でしょ? でも私に遠慮して結婚とかしそうにないし、私がいたら相手も困るだろうし、だったら私が結婚すればいいかなって……」
「あは、あははははははっ、いやいや、なんだよそれ! お前頭良いのになんでそんなバカなんだよっ!!」
その一言が追い打ちになったらしく、完全に逸馬はツボに入ってしまった。
それはまるで将来の夢は魔法少女と言われたような、それでいて大真面目に実現するための計画を聞かされたような、そんなシュールさを感じた。
ゲラゲラと笑いながら、愛姫の前に手を突き出して『ちょっと待ってくれ』と呼吸を整える。
「はー、脇腹痛え。年明けから大して経ってないのに今年一の笑いを提供するんじゃねぇよ」
「笑いごとじゃないわよ、本気なんだから! なに? 嫌なの? あんた前に私みたいな見た目が好きって言ってたじゃない」
何故逸馬がそこまで笑っているのか分からない愛姫は、少し耳を赤らめながら不満顔だ。
自分がとんでもない的外れを言ってしまったような、相手にされてないような恥ずかしさがあった。
「いや、別にお前が嫌とかいうわけじゃないんだけどよ、それ以前の話なんだわ。知ってるか? この国じゃ一回でも親子関係になった人間は結婚出来ないんだぜ?」
「え?」
「だから、俺とお前が結婚なんてのは法律上不可能なんだよ」
「そ、そうなの……? でもなんで? 血が繋がってないのに?」
「世の中変態が多いからだろ」
「あんたのことじゃん」
「ぶっ飛ばすぞお前」
例え義理であっても日本では親子間の婚姻は認められていない。
それは子供の立場があまりに弱く、選択肢の自由が存在しない可能性があるからだ。
「義理の親子間で結婚が可能だと、やべー奴に引き取られたらそいつに一生自由が存在しないし、自分の嫁を育てるとかいうやべー奴も出てくるだろ。同じ理由で独り身の男は養子を取ることが認められない場合だってあるんだよ」
「へぇ……」
「仮に俺が変態でもなぁ、変態には変態なりの筋ってのがあんだよ」
「なにそれ」
逸馬は灰皿が店先に出されたタバコ屋まで歩くと、付設された自販機に小銭を入れ愛姫にココアを渡した。
自分用にもコーヒーを買ってプルを空けると、向かいのガードレールに腰を掛ける。ちゃんと説明しないと納得しそうになかったからだ。
愛姫がその隣に並びながら質問した。
「ねぇ、独身じゃ引き取れない可能性があるって言ったけど、お母さんと結婚したのってやっぱり私のためだったの?」
「まぁ……、ゼロとは言わねぇよ」
「そう」
「ただそれが全部じゃないから勘違いするなよ。単純にあいつが好きだったってのと、支えになって安心させてやりたい、一緒にいたいって思ったからだ」
「そっか」
愛姫が伏し目がちに少し笑う。
そして、気を取り直したように逸馬に顔を向ける。
「じゃあ尚更私が結婚してあげる」
「話し聞いてたか? 無理なもんは無理なんだって」
「でも事実婚っていうのがあるんでしょ?」
「お前、親子で結婚出来ないの知らなかったくせに何でそんな言葉だけは知ってんだよ……」
実際に法的に婚姻していなくとも、実態として結婚同様の生活を送っている夫婦は多数いる。
お互いの自由意思で決めたことを法律で縛ることもまた不可能なのだ。
「仮にそういう選択肢があったとしてもお断りだ。大体お前、俺のこと好きってわけじゃないだろ」
「えっ?」
そう問われて愛姫が言い淀む。
少し難しい顔をして俯くと、両手に持った缶に視線を落として小さく呟いた。
「……別に嫌いじゃないよ」
少し疑問を残しながら、それでも愛姫にとっては一番信頼出来て、一番感謝していて、一番大切に思っているのは逸馬だった。
明言はしていないものの、愛姫の様子から逸馬にその好意はしっかりと伝わった。
そして同時に、それが異性に対してのものではないとも見抜いていた。
「バカだな、そういうのじゃねぇんだよ。男としてってことだ」
「そんなの、まだ分かんない」
「はんっ、まだまだガキンチョだな」
「なによ」
「実際に惚れた相手への一言ってのは、言われた側も一発で分かるもんなんだよ。だからまぁ、お前はまだ初恋すら未経験のクソガキってことだ」
そう言いながら、拗ねたように口を尖らせて缶をすする愛姫の頭をわしゃわしゃとする。
「だからそれ、髪ボサボサになるからやめてよ」
「惚れた腫れたも分からないガキが色気付きやがって」
「別にこれから分かればいいじゃん。私は嫌じゃないし、逸馬も別に嫌ではないんでしょ? だったらいいじゃない」
「良くねーよ。なんでこんな馬鹿げたことで食い下がるんだお前は」
「だってあんた、私のためにずっと頑張ってくれてるじゃない。私のせいで人生全部使っちゃって、私だってあんたに自分のために生きてほしいのに。そんな風に人のためにだけ頑張ってて、何も見返りがなきゃおかしいよ。そんなの可哀想だよ」
茶化すような雰囲気を作る逸馬に対して、愛姫は抗うように真剣な表情で訴えた。
愛姫は逸馬がどれほど自分のために時間を犠牲にしてきたかを十分に理解している。
血の繋がっていない自分に対してどれほど尽くしてきてくれたかを実感している。
だから、そんな逸馬には何かしらの形で報われてほしかった。
「だから自分が見返りになるってか?」
「うん」
「うんじゃねーよ。本当に紗妃そっくりだな」
逸馬は、かつて紗妃が愛姫のために結婚相手を探していたことを思い出した。
それは自分のためじゃなく、愛姫を託せる人を見付けるためだった。
そして、もし託せる人がいたのなら、そのときは残された時間を恩を返すためだけに使おうとまで考えていた。
「こっちはテメーに幸せになってほしくて育ててんのに、なんでその俺のためにお前自身が消費されようとするんだよ。俺は好きでお前のこと育ててるんだから、今更俺のためとかいらないっての。見返りなんざもう充分もらってるわ」
「じゃあ逸馬が幸せにしてくれたらもっといいじゃん。最初に言ったでしょ、今すぐじゃないって。これからあんたのこと好きになれるかも知れないし、案外うまく行くかも知れないじゃない。試してもないのに決め付けないでよ」
「だーもう、面倒臭いなお前は!! なんだよその無駄なチャレンジ精神は!」
「だって私だったら家事だって出来るし、逸馬の好みとか癖とかダメなところとかも知ってるし、それでもいいって言ってるんだからちょうどいいじゃない! 試しにそう考えてみて悪いことなんかないでしょ! それともなに? 私じゃ不満なの?」
「不満だわ!!」
「なんでよ!」
「十年遅いんだよクソガキ!」
「……え? 普通十年早いじゃないの?」
「いや、遅い」
「あの……、十年前って私六歳なんだけど……」
不意に放たれた通常と逆の断り文句に愛姫が困惑する。
逸馬の発言に引くのがむしろ懐かしくすらあった。
「あんた、ただ子供のことからかったり遊んだりするのが好きなだけの変態だと思ってたのに、まさか本当に変態だったの? おばあちゃんや周さんが悲しむわよ?」
「アホか。そういう意味じゃねえよ」
逸馬が腰を上げて灰皿のある軒先まで歩くと、タバコに火を付けながら含みを持たせたニヤケ顔で言った。
「ちょうどそれぐらい前だろ。病院でお前が飴玉くれたの」
そう言われて、愛姫がしばらく何のことか分からず呆けた顔になる。
しかし、しばらく考え込んでハッとした。
「……気付いてたの?」
「まぁな。いつだったか海でその話ししたときお前の様子がおかしかったから、紗妃に聞いたことがあるんだよ」
それは愛姫がまだ小学生に上がる前。
紗妃が初めて病気にかかり原因が分からない頃、二人は何度か検査で病院に足を運んでいた。
そのときの愛姫は、紗妃ともまだ共に過ごす時間が長く、無邪気で純粋そのものな幼児だった。
そんな中、ベンチで項垂れている逸馬を見たとき、子供心ながらに心配して声をかけたのだ。
「あれな、すげー救われたよ。お前にとっては大したことじゃなかったかも知れないけど、あれのおかげで俺は腐りきらずに済んだんだ。もしあの時お前が声をかけてくれなかったら、俺は今の俺じゃなかったかも知れないって思うぐらいだ」
当時の逸馬は同僚に疎まれ、仕事に忙殺され、父親の死に目にも立ち会えず、病院に勤めていた彼女にも見限られた。
不器用ではあったけれど、逸馬なりに精一杯やっていた。
だから、その当時の逸馬こそまさに何一つ報われていなかった。
「誰も分かってくれねぇし、何やっても無意味だと思ってたけど、こういうこともあるんだなって気付けた。まだ他人だったお前だからこそ、何の裏もない子供だったからこそ、関わりも打算もなしにくれた飴玉一つにやたら励まされたんだ」
逸馬はまだ幼い愛姫の純粋な思いやりに触れることで、汚れて、面倒で、複雑なものばかりじゃないのだと思い出すことが出来た。
目の前のことだけで視界が埋まっていただけで、世の中がそう捨てたものばかりじゃないと思えた。
もっとも、そのとき蒔かれた子供に対する敬愛の種は、数年後愛姫の悔しがる様子を見て狂った形で芽吹くことなるのだが。
「どれだけ些細な切っ掛けだったとしても、あれがなかったらあの公園でお前と会うことも話しかけることも、今までの勝負も、紗妃との時間もなかったかも知れない。今の自分じゃなかったら、こんな風に思えなかったかも知れない。大事に出来る物も感覚もなくて、多分、もっとクソみたいな人生でろくでもない奴になってたんじゃねえかなって思う」
逸馬が珍しく、実感がこもった様子で懐かしむ目をしながら言葉を続ける。
愛姫は道を挟んで大人しくそれを聞いていた。
「きっとお前がいなきゃ、俺は自分や今までのことを悪くないなって思えなかった。だから、俺の方こそお前には感謝してるんだよ。あの時のことも、今までのことも」
そう言ってタバコを灰皿に落とすと、逸馬が調子を戻すようにおどけてみせる。
「ま、あの時に将来お兄ちゃんと結婚する、ぐらい言われてたら考えたかもな。だから、十年遅いんだよクソガキ」
「初対面でそんなこと言う訳ないでしょ」
「いや、約束された幼女との再会、みたいなのだったらさすがに運命感じちゃうじゃん。何だったら生涯仕える自信あるわ」
「久しぶりに気持ち悪いわねあんた」
逸馬が分かりやすくふざけて見せるから、つい愛姫もそれに合わせて返した。
けれど愛姫はやはり少しだけ釈然としていない様子で、そんな小さな頭に逸馬がもう一度手を乗せる。
「本音を言うとな、お前がいつどんな男を連れて来るのかって楽しみにしてるんだよ。お前が大きくなるにつれて、いつかそんな時も来るんだろうなって」
「……」
「だから、ちょうどいいなんて理由で俺の楽しみを奪うなよ。結婚するならちゃんと惚れた男にしとけ。嫌じゃない相手なんかじゃなくて、本当に好きな相手と自分のために取っとけよ」
「……うん」
そう頷くところを見て、逸馬がわざと髪を乱すようガサツに撫で回すとコーヒーを飲み干してゴミ箱に投げ込んだ。
小気味良い音が鳴り、満足気に笑う。
「と言っても、その様子じゃ彼氏の一人すらまだまだ先だろうけどな。ましてや結婚なんて、ガキの口から聞いても現実味ねえよ」
「もうガキじゃないし」
「中身はまだまだガキンチョだろ。お前高一であのパンツはありえ——っいってぇ!」
言葉の途中で愛姫がつま先で逸馬のスネを小突いた。
顔をしかめる逸馬を余所に、飲み干した缶を愛姫も投げ入れて振り返る。
「そこまで言うなら勝負よ逸馬。どっちが早く結婚するか」
「はぁ? 俺は再婚なんてする気は」
「分からないでしょ! もしかしたら良い人が見付かるかも知れないじゃない。もし気になる人が出来たら私やお母さんに気を使わないで頑張りなさい!」
「えぇ……」
「今日の勝負、負けたんだから言うこと聞くんでしょ?」
「まぁ……、それじゃ万が一そんな女が都合良く見付かったら考えるわ」
逸馬がやる気のない調子で渋々承諾する。
曲がりなりにも愛姫を振った形になったうえ、勝負のことまで出されたので断るに断れなかった。
「それで、勝負に負けた場合どうするんだよ?」
「そうね……、勝った方の結婚式で何かするってどう?」
「いや、仮に俺が再婚してもたぶん式なんて挙げないぞ」
「挙げなさいよ。それで、ちゃんとみんなに祝ってもらうの。私も祝ってあげるから」
「分かった分かった。じゃあその時はお前にコスプレでダンスでも踊らせて一生消えない黒歴史作らせてやるわ」
「上等よ。もし私が勝ったら、あんたに似てないモノマネのワンマンステージやらせてあげるわ」
「それ、俺も地獄だけどきっと身内のお前も地獄だぞ」
「ぐっ、確かに」
「だったらいっそ未来のお前の旦那巻き込んでさ……」
二人はまだ寒さも残るなか家に帰るのも忘れて、まだ在りもしない日を想像して笑いあった。
互いが互いを、馬鹿みたいなことで祝福してる姿を想像し合って。
勝負なんて言いながら、自分が勝つことはまるで想像もしないで。
それから二人は毎年この時期になると勝負のことを思い出し、互いに相手が出来ないことを馬鹿にして煽り合うのであった。
変えることのなかったその関係性を大切に思いながら。
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