The 12thバトル ~おっさんともう一人のクソガキ①~
そいつを見かけたのは、例によって例の如く、盆休み前の最終出勤日、会社の人間と飲みに出かけた金曜の夜のことだった。
足元がおぼつかずに、男に肩を借りながらフラフラと歩いていくその後ろ姿は見覚えのあるものだった。
まったく、何でこう余計なものを見かけちまうかね俺も。
繁華街狭しと言えど、タイミングが悪すぎる。
「すんません、俺用事あるんで抜けます」
「なにぃ!? おい松井、なんだ、女か?」
「いや、知り合いと約束があるもんで」
すでに出来上がりつつある上司の制止を振り切り、俺は半ば強引に二軒目へ向かう集団から離脱した。
少し距離を取り、先ほどのカップルの後をつける。
艶のある長い黒髪に、派手な服装。正面から見たならきっと、その童顔に似合ってないなという印象を持つだろう。
そこにいたのは、紛れもなくクソガキの母親だった。
あのクソ女がどうなろうと知ったこっちゃないんだが、どうしてもクソガキの顔がちらつく。
母親がああやって色んな男とフラフラしてると、あいつが学校で後ろ指差されたりすんだよ。
半ば、というかまんま尾行する形で二人の後を追って行くと、繁華街の喧騒が鳴りを潜め、道行く人間も少なくなっていく。
その癖、派手なネオンは健在で、艶めかしい輝きがキラキラと色めいていた。
ホテル街だった。
まぁ繁華街と隣接してるし、酔っ払った男と女がフラフラ向かう場所なんて限られてるわな。
しかし、とあるラブホを前にして、何やら様子がおかしい。
入口の前まで行っておきながら、一向に入ろうとしないどころか、何やら言い合っているので耳をそばだてる。
「あの、それで、こういうところに入るってことは、私と付き合ってくれるってことでしょうか?」
「えー、なに言ってんの? そういうのは今話すことじゃないでしょ。取り合えず紗妃ちゃんも酔っ払ってるみたいだし、いいから入ろうよ?」
「でも、私、お付き合いしてない人とはこういうとこ入りたくなくて」
「だからー、休むだけだって。別に何もしないから」
「でも……」
ぐだぐだと何やら言葉を交わしている。
男が肩に手を回し、半ば強引に入ろうとするのだが、クソ女の方は結構頑なだ。
小さい身体で、一生懸命踏ん張って言質を取ろうとしている。
思ったよりも身持ちが堅いと感心すべきか、肉体関係を盾に交際を迫ってると見て軽蔑すべきか微妙な線だ。
男は都合よくヤリたい、女は責任を取ってほしい。よくある構図だわな。
「いい加減しつこいなぁ。そんじゃ付き合おうよ。それでいいでしょ?」
「ほ、本当ですか? それだったら、お付き合いする前に幾つか大事なことを話したいんですが」
「分かった分かった、中で聞くから取り合えず入ろうよ」
「あの、真剣にお付き合いしたいので、出来れば真面目にお話しできる場所で話したいんですけど」
「……」
あーあ、あの女、男心ってのがまったく分かってねぇな。
せっかく男の方から譲歩したのに、矢先にお預け食わせてどうすんだよ。
まぁ、あの男も付き合うってのはこの場限りの口先で、本当に責任取って付き合うかは分からんけど。
案の定というか、男の方が呆れた感じで声を荒げていく。
クソ女はといえば、それにあーでもないこーでもない言いながら、結局ホテルに入るのは拒んでいた。
要約すれば、そういう関係になる前に、きちんとお話ししたいとのこと。その後ならOKよと、まぁ勢いでホテル前まで連れて来た男からすれば何とも肩透かしを食らった気分だろう。
やがて、一際大声で男が怒鳴ると、俺が隠れている道へと戻ってきた。
すれ違い様に気付いたのは、金は持っていそうだが、それ故にまだまだ遊んでいたいです、身を固める気なんかありません、って雰囲気の男だってことだ。マジで男見る目ねぇな。
取り残されたクソ女と言えば、ラブホの入り口に流れる噴水のヘリに突っ伏しながら地面に座り込んでいた。
正直、自分以上にダメな人間を見るのって珍しいのでちょっと戸惑う。
「…………」
さすがに見て見ぬふりってのも出来る状態じゃない。
知らない仲じゃないし、何よりこのまま警察にでも連れてかれてあのアパートに連絡でも入ったんじゃ、クソガキが哀れ過ぎる。
そっと背後まで近付き、その惨めな背中に声をかけた。
「なぁ、あんた」
声に反応してか、まるでゾンビのように顔だけをこっちに向ける。
虚ろな目で俺の姿を確認すると、その小さな口が僅かに動いた。
「また……」
「あ?」
「また、振られちゃいました……」
まるでこの世の終わりのように青い顔で呟く。なんなんだこいつ。
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