The 12thバトル ~おっさんともう一人のクソガキ~
都内は繁華街の安居酒屋。
目の前に座るは酔っ払いのクソ女。
生麻紗妃。25歳。一児の母。職業、キャバ嬢兼パート。
趣味は男漁り。特技は振られること。
俺が知ってることと言えばそんなもんか。非の打ち所がないダメ女だな。
――そして、そんな奴と店に入ってから一時間ほどが経っていた。
「だからぁ、わらひだって頑張ってるですよ!!」
そこにはすっかり出来上がったクソ女がいた。
一杯しか飲んでない癖に呂律が回っていない。酒弱すぎるだろこいつ。どうなってんだ。
というかなんで俺はこいつの絡み酒に付き合ってるんだ。
「頑張ってるじゃねぇよ。夜中に男と飲んで振られることのどこら辺が頑張ってんだ」
「なんでそうやってひどいこと言うんれすか! わらひ、松井さん嫌いです!」
「俺だって嫌いだよ。あまりに落ち込んでるから一杯ぐらい付き合ってやろうと思ったのに、なんなんだお前は」
「だって、仕事頑張ってもお給料少ないんれす! 指名だってあんまりもらえないし、たまに入ってもああいう風になってもう来てくれないことがほとんどれすし」
「あんな状況になってまた指名してくれるはずねぇだろ。脳みそお花畑かお前」
「つまり、やっぱりわたひに魅力がないんれすねぇっ!!」
そう喚きながらテーブルに突っ伏す。
シミ一つない綺麗な肩や背中が露出した格好を見下ろしながら、まぁ魅力がないってわけじゃないと思う。
ただこいつの問題は、内面とその若すぎる見た目だろう。
「つか、酒弱くて、客にことごとく色目使った挙句、関係こじらせて客逃すとか、よくクビにならないな」
「……軒目です」
「は?」
「今のお店、4軒目なんれす……」
「そ、そうか」
「ろうしましょう松井さん! 私このままじゃ、この街で働けるところなくなっちゃいます!!」
「いや、客に交際迫らなけりゃいいだろうよ。普通に接客してりゃ、お前の場合見た目だけでそこそこ」
「それじゃわたしはいつ結婚できるっていうんれすか! 早くお相手を見つけなくちゃならないのに!!」
「知らねぇよ、自業自得だろクソガキ」
「クソガキじゃないもん!」
「娘そっくりだなお前! 小学生と同じレベルかよ」
「違いますー! 私はちゃんとした大人れすー!!」
童顔も相まってどこからどう見ても完全なるクソガキだ。
居酒屋で飲んでて注意されないか心配になるぐらいに。
しかし、元々こちらのキャラが素なんだろう、普段の澄ました様子より自然体に見えた。
「というか、男探すならあいつが中学に上がってからとかでいいだろ。そもそも男を見る目が壊滅的だし、焦ったってろくなことにならないぞ」
「分かってますけど、早く見つけたいんれすぅ!」
俺も酒が回ってるせいか、ついつい小言のような調子で話してしまう。
内容は先日のバーのときと同じだが、そのときと違って緊迫したようなものではなく、酔っぱらいのくだの巻き合いに近かった。
「あぁ、そうだ。この前バーで一緒にいたうちの社員とかどうだ? 歳も近いし、若手の中じゃ一番成績もいいから将来性もあるぞ」
「……その人って、子供好きですかね?」
「……」
「やっぱりダメなんれすねぇ!!」
再び喚きながらテーブルに突っ伏す。
幾ら見た目が良くても、頭が悪くてコブ付きか。冷静に考えると結構キツイな。
後腐れしそうで遊びたい盛りの男が付き合うにはハードルが高い。
「お前さ、大体なんでそんなに男探しに必死になるわけ? 自分でも散々振られて結構条件厳しいって分かってんだろ?」
訊ねられたクソ女は、即答はせずに、座った目でジトーッと俺を見据えてくる。
そして、少し拗ねたような様子でポツリと呟いた。
「……したくないから」
「は? なんだって?」
「あの子を、一人にしたくないから、れす」
……驚いた。
ここでクソガキの存在が出てくるとは思わなかった。
「寂しい思いを、させたくないんれす。心配なんです。独りにしたくないんです」
俺から視線を外し、独り言のように俯いて言葉を零す。
その響きはやたらに切実で、酔っ払った勢いとかではなく、本心からの物だと伝わってきた。
意外だった。
てっきり自分のことしか考えてないクソ親だと思っていた。
「だったら、お前が側にいてやればいいだろ。あいつは、貧しかろうが母親と一緒にいられる方が喜ぶと思うぞ」
「でもっ」
「それに、確かに再婚でもすれば一緒にいる時間は増えるだろうけど、考え方が偏ってるだろ。というか他力本願みたいで好きじゃねぇよ、お前の考え方」
「それは……」
関心したからこそ、こっちもつい少しマジ気味の調子で言ってしまった。
自分の行動が褒められたものではないと自覚があるのか、クソ女が意気消沈した様子で口ごもる。
ただ、やり方は間違ってるけど、意外にもこいつはクソガキのことをちゃんと想ってるということは分かった。
遊びたい盛りのガキがガキを産んじまった、典型的無責任なケースだと思っていた。
「そういえば、旦那って今どうしてるんだよ?」
「……いませんよ。わらひに旦那さんはずーっといません」
「は? じゃあクソガキの父親は誰なんだ?」
「わたひ、児童養護施設で育ったんですけど、そこで一緒だった人れす。三つ年上で、ろくでもなくて、結婚もしなくて、最後はあのアパートから出てっちゃいました。でも、根は優しかったですし、一応戻ってこようとしてたっていうのは後で聞きました。ただ、仕事先の作業現場で事故に遭ったみたいで……」
「お、おう」
予想以上に重い内容で戸惑った。
色々訊ねたいことも思い浮かんだが、軽はずみに聞くのは無神経じゃないだろうかという複雑な気持ちになる。
そんな俺の心境を察したのか、彼女は明るい調子で口を開いた。
「まぁ、最初に逃げたのは変わらないんれすけどね!」
「なんで、そんな男のこと好きになったんだよ?」
「……守ってくれたからです」
テーブルに俯せになりながら、どこか遠い目で話す。
「施設で一人でいるときとか、年上の子に虐められてるときに、あの人が助けてくれたんです……。ひとりぼっちで、わたしには誰もいなかったけど、ずっと一緒にいてくれたんれす。わたしは、施設の外の世界に憧れてて、早く出たいなって思ってて、だから先に出て行ったあの人が羨ましくて、まだ一緒にいてほしくて、高校行かずに働き始めて、愛姫が出来たときに、一緒に住むかって言ってくれたことが嬉しくて……、それで、それで……」
うわ言のように話す声が、段々と小さくなっていく。
決して良い内容とは言えなかったが、遠く遠く、昔を懐かしむような呟きが、やがて寝息へと変わった。
その寝顔を見ながら、なんだか色々と考えさせられてしまった。
平凡に生きてきた俺からは、こいつがどんな思いで今まで生きてきたかは分からない。
ただ、苦労して来たことは分かるし、それを言い訳にしようとしてないのも分かった。
決して腐らずに、あのクソガキの、愛姫のために頑張ろうとしているのが分かった。
やり方は間違っていて、褒められたものでなくても、自分一人で考えて、出来る限り一生懸命なんだろうなって。
純粋に、大変なんだろうなと思った。
事情も知らずに責めたことにバツの悪さを感じる。
性格はクソガキだけど、俺なんかより遥かに立派で、遥かに大人だと思った。
俺は会計を済ませると、酔い潰れた紗妃を背負った。
こいつをおぶるのは二度目だが、こんな小さいのに頑張ってんだなって、余計に考え込まされる。
まだ25か。そりゃ何でも完璧にこなすなんて難しいだろう。
あと、この前は気付かなかったが、華奢でチビのくせに意外に胸はあんのな。
いい男、見付かればいいんだが……。
程なくして、例のボロアパートへと辿り着いた。
二回目の俺の自宅訪問に、クソガキが困惑の表情をしていたのは言うまでもない。
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