The 6thバトル ~おっさんとキャバ嬢①~
「お隣失礼しまーす」
そう言いながら愛想笑いで革製のソファーに座る女。
名前は知らねぇ。
肩と胸元を大きく露出させたドレス、甘ったるい声と香水の匂い。
職業は見ての通りキャバ嬢だ。
「ミナミでーす、よろしくー。何飲まれてるんですかー?」
「あぁ、そこの焼酎」
キラキラしたラメ付きの名刺を渡してくると、女がグラスに酒を継ぎ足し始める。
午前0時を超えた店内の混み具合はピークだった。
場所は繁華街のキャバクラの一角。
暑気払いだと言って会社の人間とビアガーデンに行った後、そのままの流れで二次会に来たのだ。
ろくでなしと言ったって、俺だって一応社会人だ。
こういう付き合いだってそこそこにはこなす。
「○○がー、○○なんですよー。それでー」
しかし、正直俺はおねーちゃんのいる店ってのはあんまり楽しめないタチだった。
初対面の女とくっそどうでもいい会話するとか、いったい何が面白いんだ?
テーブルを囲んで上司や同僚が上機嫌に飲んでいるが、俺はなぁなぁで合わせるだけだ。
「はいドーン! 部長の負けっす!!」
店に来てから二時間弱立つが、意味の分からないゲームまでし始めた。
初めて聞くゲームだったが、昔からよくあるパーティーゲームの派生みたいなもんのようだ。
同僚や知らない女とこんな訳の分からないゲームをするぐらいなら、公園であのクソガキと勝負してる方が一億倍マシだな。
そういえばこの前スタボのカードもらったっけ。
あいつ甘いもの好きだし、今度の勝負はそれを賭けて――。
いや、夏休みが終わるまでは会う予定もないのか。
……しばらく暇になるな。
「サキちゃんの負けー! ほら飲んで飲んで!」
そんな考えをゲームで盛り上がってる喧しい声がかき消してくる。
ゲームに負けると当然のように酒を空けなければならない。
そしてありがちなコールが始まる。
大学ぐらいまではこういったテンションでも楽しんで飲めたもんだが、この歳になるとちょっときついな。
俺は幸いゲームにも負けず、そんなに酒も入ってないが、同僚連中は完全に出来上がってやがる。
というか、席に付いた女の子も相当飲んでるな。
会計大丈夫なのかよ部長。
「三軒目! 三軒目行くぞ!!」
しかしそんな心配とは裏腹に、テンションがぶち上がった部長は次の店に行こうとまで言い始めた。
店もそろそろ終わるだろうと言って、アフターに店の女の子まで誘ってやがる。
普段真面目な分、酒入るとはっちゃけるんだよなこの人。
「部長、また奥さんに怒られるんじゃないですか? もう結構いい時間ですよ」
「松井ー、人生はな、メリハリっていうのがな! 大事なんだよ! 君は普段から必死さにかけるから! こういうときでも! 楽しめないんじゃないのか!! 昔からセンスはあったのに、だから君は」
あ、やべ、説教モードだ。めんどくせ。
「分かりました、分かりましたよ。取り合えず店移動しましょう」
普段はわりと見逃してくれるが、その分こういったときはクドクド言われることが多い。
日頃からそういった社員への不満が溜まってるってのもあるんだろう。主に俺が筆頭だが。
まぁ申し訳ないと思いつつも、治す気はさらさらない。
三軒目に着くと、さらに部長始め同僚たちの酒の勢いは増した。
女の子達がお店から着替えてきて合流し、入った店のサパークラブの兄ちゃん達が盛り上げてくれる。
さっきまでのキャバクラよりさらにバカ騒ぎな空気感になっていた。
「せんぱーい! どこ行くんすかー!! 席立つんならグラス空けてって下さいよー」
「便所だよ」
「えー、なんすかー、テンション低いっすよー。飲み足らないんじゃないっすかー?」
後輩もいい感じに泥酔してて、平気で先輩の俺にもダル絡みしてくる。
酒ぐせ悪い奴しかいないなこの部署は。
面倒くせぇし、そろそろ記憶もあやふやになる頃だろうから適当なところで抜けるか。
そう思いながらトイレに向かうと、さっきのキャバクラの女の子の一人が扉の前で酔い潰れていた。
「おい、あんた大丈夫かよ? 水持ってこようか?」
「も……、もう、帰ります、私……、帰らなきゃ……」
こちらの声が聞こえないのか、酩酊状態でそんなことを呟いている。
さっきゲームで負けて飲まされてた子か。
若いしそんな酒も強くないだろうに大変だねぇ。
俺は一旦席に戻って水を持ってくると女の子に渡した。そしてトイレを済ませながらふと閃く。
「部長、すみません、この子限界っぽいんでちょっとタクシーまで送ってきます」
綺麗な三角座りをして突っ伏していたその子に肩を貸して立ち上がらせると、一際騒がしい輪の中に声をかけた。
「あー、先輩! なにお持ち帰りしようとしてるんすか! 一人だけずるいっすよ!!」
「ちげぇよ馬鹿。送ってくだけって言ってんだろ」
さっきの後輩がまた絡んでくる。何がお持ち帰りだよ。俺の守備範囲の狭さを舐めるな。
部長は聞こえてるのか聞こえてないのか、「よし、松井、行ってやれ! お前なら勝てる!」という、いまいち噛み合ってない返答をしてきた。
一応快諾をもらったということにして俺はそのまま店を出る。
大手を振って正面からバックレるにはいい口実だ。
「おい、あんた、家どこら辺なんだ?」
外に出てタクシーを捕まえると、俺は女の子を車内に押し込みつつ訊ねた。
「えっと、これ、これです……」
なにやらモタモタとカバンの中を漁り、頭をフラフラさせながら差し出してきたのは保険証だった。
おそらくそこに書いてある住所だと言いたいんだろう。
「いや、俺じゃなくてタクシーの運ちゃんに見せろよ」
「お客さん、すみません。ちょっとそこまで酔っ払ってる人一人じゃ乗せられないんですけど」
「……」
「これ、これです……」
なおも女の子が俯いてフラフラしながら、手だけを伸ばし必死に言葉を繰り返している。
俺は仕方なく、その保険証を取って同乗した。
帰る口実にも使わせてもらったし、家の前まで送っていってやるぐらいは人の道か。
「えっと、……富久町ってめっちゃ近いなおい」
幸いなことにそんな遠くもなく、タクシーで10分もしない距離だった。
家賃も高いだろうに、実家住まいか何かか?
まだ若いし、専門学生か女子大生ってところかな。
女の子は完全に酔い潰れていて、道中車内で吐かないことを祈るばかりだった。
「おい、着いたぞ。起きろよ」
「……そうですね、はい、そう思います」
ダメだ。完全に混濁してやがる。
俺はその子の肩の下に身体を入れると、タクシー代を立て替えて降りた。
「この辺なんだろ? 家どれだよ?」
女の子を揺すりながら問い正す。
虚ろな目をしながら、周りを見渡すと、無言で指をさした。
「……え、これ?」
その指の先は、分かりやすいぐらいのボロアパートがあった。
マジかよ。
キャバ嬢なのにこんなとこ住んでんのか。
なんか都心の厳しさを改めて見せつけられた気分だぜ。
「何号室だ? 鍵あるか?」
「202……」
半分意識が飛んでるのか、蚊の鳴くような声でそれだけ呟く。
というか家族と住んでるって感じでもないし、一人暮らしなのか?
それなのに住所まで教えるとか無防備すぎるだろこいつ。
錆び付いて老朽化した外階段を何とか登っていく。
相変わらず脱力した人間の重さってのは半端なくて、華奢な子ではあるが背負って二階に上がるだけでも汗だくになった。
「くそ、なんで俺がここまでやんなきゃ……。おい、ここだろ? 大丈夫か?」
「……大丈夫、大丈夫です」
どう見ても大丈夫じゃなかった。
さすがに廊下に放置するのもあれだし、適当に部屋に押し込んで帰るか。
勝手に上がるのもなんだが、玄関に放るぐらいなら大丈夫だろ。
「ちょっと鞄の中見させてもらうぞ」
そう言いながら物色すると、外ポケットに玄関の鍵らしきものを見つけた。
なんか子供向けの変なキーホルダーが付いてて気が抜ける。
しかし、せっかく鍵を見つけたもののそれを使う必要はなかった。
鍵を差し込んだところでドアの方が勝手に開いたからだ。
どうやら中に人がいたらしく、室内の明かりがドアの錆び付いた音と共に広がる。
男だったらどうしよう。説明が面倒だな。
「おかえりな、さ……っ!!」
「……!?」
出迎えた住人と目が合い、俺は絶句した。
聞き覚えのある声。
想定していたより、かなり下にあった頭。
見た目だけは整った顔立ち。
「ク、クソガキ!?」
「ロリコン!?」
目の前にいるのは、紛れもなく公園で幾度となく勝負したあのクソガキだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます