The 5thバトル ~夏と幼女と水風船①~

「あつい……」


 都内北公園。

 木陰のかかるベンチに座りながら、服の胸元をつまみパタパタと風を送る。

 生麻愛姫。

 二月生まれの水瓶座。A型で右利き。

 職業は絶賛義務教育中の小学生である。


 そんな愛姫の背後に音もなく近付き、上から服の中を覗き込もうとする人影。

 松井逸馬。

 四月生まれの牡牛座。B型で右利き。

 肩書きは一級変態紳士、ではなく営業部主任である。


 夏の湿気を帯びた空気より、さらにまとわりつくその視線に気付いたのか、愛姫がバッと振り返る。

 そして逸馬が覗き込んでいた意図に気付くと、傍らに置いていたランドセルを投げ付けた。

 先ほどまで服で扇いでいた胸元を隠しながら、赤面して怒鳴り付ける。


「なにしてんのよ変態!!」

「いってーな。お前の成長具合を確認してやろうとしたんだろクソガキ」

「頼んでない!!」

「安心しろって。今は慎ましいかも知れないけど、お前も惜しいことにそのうち成長して多少は大きくなんだろうから。だからまな板で幼女体型でも別に気にすんな」

「まな板じゃないもん! っていうか、やっぱり見たの!?」


 胸を隠すようにして手を当てながら身体を背けると、逸馬を恨めしそうに睨み付ける。

 その視線がそろそろ逸馬はクセになっていた。


「お前が気付くの早過ぎて見てねーよ。まぁ見なくても平ったいってのは分かり切ってるけどな」

「そんな子供の胸見ようなんて本当にあんたって最低ね」

「けっ、別に最低でいいよ」

「だいたい、いつも自分でクソガキって言ってるのになんで小さい子が好きなのよ」

「クソガキって言ってるのは、中身がクソガキだからで見た目のことは言ってねーよ。猫でもたまにいるだろ、凶暴でまったく懐かなくて可愛げないけど、無駄に見た目だけいいやつ。あれと一緒だ」

「誰が凶暴で可愛げないよ」

「お前に愛嬌があったらこんな勝負なんてしてねーだろ」


 愛姫が猫なら、さながら逸馬は餌付けをしている人間なのだが、対価としてモフらせるのが当然という傲慢な考えを持つ人種だった。

 見返りのない施しなど存在しない、まるでそう主張するようでもある。


「つーか、このランドセルやたら軽くないか?」

「ちょっと、勝手に開けないで!」

「ちっ、笛は入ってねーか」

「笛? え、笛が入ってると何かあるの?」

「いや、こっちの話だ。気にすんな」


 投げ付けられ、そのまま持っていたランドセルを逸馬が勝手に物色し始める。

 もし逸馬の目的の物が入っていたら今日の賭けの対象は決まっていたのだが、それがなかったのは愛姫に取っては不幸中の幸いか。


「なんか勉強道具少ないな。お前真面目そうなのに、実は置き勉派なのか?」

「いいから返して! 来週から夏休みだし、今日から午前授業なの」

「へー、いいな。俺も今日はもう帰ろうかな」

「ちゃんと働きなさいよダメ男」


 さすがの逸馬も仕事を勝手に途中で切り上げることはないが、十数年ぶりに聞いた午前授業という単語は純粋に魅力的なものだった。

 

「仕事もあるんでしょ。さっさと始めるわよ」

「あぁ。今日はな、ちょっとした道具を使うぞ」

「道具?」

「途中でこれを買ってきた」

「……風船?」


 逸馬が鞄から取り出したものは、小さな袋にカラフルに詰め込まれた小振りな水風船だった。

 夏になると近くのスーパーやコンビニで売り始める夏の玩具だ。


「もう察しは付いてるだろうが、これを水で膨らませて投げ合う。より多く水風船を被弾した方の負けだ」

「濡れちゃうじゃない」

「そうだな、当たれば濡れる。そのリスクが面白いんだろ」


 そう言われて愛姫が視線を下に向け、自分の格好を確認する。

 英語のロゴが散りばめられた白地のTシャツに、デニムのショートパンツ。

 今日はセミロングの髪を後ろにまとめたポニーテイルである。

 

「…………言っとくけどこれ、汗かいたりしても大丈夫なやつだからね」

「は?」

「だから、水で濡れても透けたりなんかしないから」

「お前、俺をなんだと思ってるんだ?」

「変態のロリコン」


 返す言葉もなかった。

 それは逸馬を表すには的確過ぎたし、何より逸馬は透けることまでは期待してなかったものの、概ね愛姫の予想とはそう遠くない下心ありきでこのゲームを提案していた。

 軽装で活動的な夏の女児。

 勝負で水に濡れた肢体と、それにより服がピッタリと身体に張り付くことであらわになる華奢なボディーライン。

 細くしなやかで、長い黒髪をより瑞々しく彩る水滴。

 そして、勝負に敗れびしょ濡れのまま屈辱的な表情で自分を睨み付ける愛姫。

 全てが逸馬のどストライクだった。

 正直、明日のニュースに載っても仕方ないと思える。

 そんな逸馬の趣味思考を愛姫も徐々に理解し始めていた。

 

「別にそんなの期待してないし、暑いからお前が負けても涼しくなる勝負を選んでやっただけだっての」


 嘘である。

 汚い大人は簡単に嘘を付く。


「ふーん、それならあんたに仕事があるって言っても手加減なんかしないからね。全力で当ててやるんだから。その暑苦しい格好すずしくしてやるわ」


 単純である。

 純粋な子供は簡単に見誤る。


「それじゃ細かいルールな。そこの水飲み場あるだろ。この水風船を全部膨らませて、そこにまとめて置く。最初はお互いに二つ持って、離れた位置からスタート。風船が全部割れてなくなるまでに、どちらが多く当てたかで決着だ」

「いいわ。それじゃさっそく膨らませるわよ」


 二人は水飲み場に行くと、かなりの数がある風船を手分けして膨らませ始めた。

 途中、「ロリコン、それ小さすぎるわよ」だの、「クソガキ、そんなデカイの作ってどうするつもりだ」だの、悪態を付きながらも着々と水飲み場に風船が積み上げていく。

 準備の段階だが作業中に水しぶきが飛び、二人共勝負を始める前から僅かに服が濡れていた。

 その責任をお互いに押し付けながらも、子供である愛姫は少し気分が高揚していた。

 相手がいくら逸馬であろうと、勝負であろうと、そういった準備は楽しいのだ。


「よし、じゃあ用意はいいな。お互いにそこの遊具を挟んでスタートだ。全身びっしょりにしてやるぜクソガキ!」

「じょーとーよ! 覚悟しなさいロリコン!」

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