The 3rdバトル ~幼女と喫茶店②~
高らかに笑いながら逸馬が開始を宣言する。
先に逸馬がかき氷に手を付けると、焦った愛姫は反論することさえ許されず、後を追うようにスプーンを手に持たざるを得なかった。
そして、二口、三口と口の中へ放り込む。
外気で火照った身体は、店内の冷えた空調ですっかり汗が引いていたが、しかし口の中でふわりと溶け、喉を通る氷の感触が二人には心地良く感じた。
勝負であれど、至福の味わいを咀嚼する。
だが、半分を超えたところだろうか、二人ともスプーンの手が止まった。
「ぐっ……!!」
「うぅ……」
二人共頭を抱えて静かに悶絶する。
こめかみを襲う鋭い痛み。かき氷特有のものである。
「ど、どうしたクソガキ、手が止まってるじゃねぇか」
「あんたこそ、私の方が大きいのに同じ半分しか食べれてないじゃない」
へらず口を叩き合い、鈍化した動きでかき氷を何とか食べ続ける。
実際、大きさは違うのに同じく半分程度ということは、愛姫の方が食べるスピードが早いということであった。
このままペースが拮抗すれば、完食は互角。
しかし、量のアドバンテージは、頭が痛くなり始めてから顕著に現れる。
頭痛を回避するために苺を先に食べ始めた愛姫。
対して逸馬は、着々と氷を減らしていく。
やがて大勢は大きく傾いていた。
「ふふん」
「くぅ!!」
愛姫との差を確認し、逸馬が勝利を確信したように嘲笑う。
どこまでも大人げない人間だった。
しかしここで逸馬、思いがけず痛恨の躓き。
「うっ!!」
宇治金時の白玉が喉に詰まったのだ。
そう、愛姫の苺ミルクDXは早食いには適さない。しかし、逸馬の頼んだ宇治金時も決して早食いに向いてるとは言えなかった。
詰まった白玉を何とかしようと冷めかけのお茶を流し込み、胸を力強く叩く。
その手痛いタイムロスを愛姫は見逃さなかった。
溶け始めた氷を均一に慣らし、先ほどよりスムーズにスプーンを口元に運ぶ。
「こ、このクソガキ!!」
「うるさいわよロリコン!!」
やっと喉のつかえが取れた逸馬が、愛姫のスパートを追う。
やがて、二人の器が空に近付いた。
「ご馳走さん!!」
「ごちそうさま!」
「そこまで!」
いつの間にか傍で勝負の行方を見守っていた店主が止めをかける。
奇しくも、逸馬も愛姫もかき氷を完食し終えていた。
「マスター! 勝敗は!?」
「おじさん、私の勝ちよね!?」
「うーん、二人共まったくの同時だったよ」
その一言に、両者とも落胆にも近い表情を浮かべる。
しかし、店主の次の言葉が片方をさらなる奈落へと突き落とした。
「だからこそ、お嬢さんの勝ちかな」
「なっ!! なんでだマスター!?」
「松井さん、この勝負最初からハンデがあったでしょ? かき氷の大きさもそうだけど、もう一つ、彼女が気付いてないアドバンテージが」
「あどばんてーじってなに?」
「お嬢さん、苺ミルクと違ってね、宇治金時には温かいお茶が付いてくるんだよ」
「ぐっ……」
そう、この店の宇治金時には熱い緑茶が付いてくるのだ。
愛姫はその重大さに気付いてはいなかったが、かき氷の早食いという勝負において、それはこの上なく有利なものだった。
「松井さんは途中からお茶を含みながら食べ進めてたけど、彼女は頭痛に耐えながらも同じ時間で完食した。私は、その頑張りを評価してあげたい」
「だ、だけど、完食はまったく同時だって……」
「松井さん、もしもあなたが僅かにでも早く完食していれば私もこんなことは言わなかった。でも、勝利以外が許されないほど手を回しておきながら、あなたは引き分けた。この意味が分かるでしょう?」
「それは……」
たかが早食いの対決から、突如作り出されたガチな空気感に、愛姫が二人の顔を交互に見ながら狼狽える。
そして、打ちひしがれたように俯く逸馬をよそに、店主が柔和な表情で愛姫に語りかけた。
「お嬢さん、名前はなんて言うのかな?」
「えと、生麻愛姫です。九才です」
「そうか愛姫ちゃんか、いい子だね。おめでとう、君の勝ちだよ」
そう言われて、愛姫がキョトンとする。
愛姫は賭けに負けて水着を見せなくていいのなら、別に引き分けでもいいと思っていた。
しかし、審判の鶴の一声で勝利がその手に転がりこんできたのだ。
「ねぇロリコン、私の勝ちだって。いいの?」
「……」
逸馬は何も答えない。
苦虫を噛み潰したような顔でただただ黙りこくるばかりだ。
「愛姫ちゃん、彼の沈黙が答えだよ。だからそれ以上は何も言っちゃいけない。敗者に必要以上に声をかけるのは無粋というものだよ」
「じゃあ本当に私の勝ちでいいのね!?」
店主の言うことはやや難しく愛姫には理解出来なかったが、自分が勝ったのだということだけは分かった。
愛姫が年相応に無邪気に喜んで見せる。
そして、店内の数少ない客もその様子を見守り、立ち上がって暖かな拍手で勝者を讃えていた。
それに愛姫が手を振りながら、「ありがとー!」と応える。
変な店だった。
「……クソガキ、そういえば俺が負けたときの条件を言ってなかったな」
「あ、そういえばそうだっけ」
敗北のショックから立ち直った逸馬が、やっとのことで声を絞り出す。
「でもかき氷食べさせてもらったし別にいいわよ」
「おい、ふざけんじゃねぇ。勝負は勝負だろうが」
こう見えて逸馬は義理堅い人間である。負けたときはきちんと敗北者としての義務をまっとうするのが矜持だと考えていた。
逆をいえば、愛姫が負けたときに必ず賭けの内容を履行させるためとも言える。
「お前、食うの好きだろ。ここのメニュー何でも好きなもん頼んでいいぞ。味は保証する」
「え、いいの!?」
「あぁ。おすすめはカニクリームコロッケだ」
そう言われて、愛姫がウキウキと高揚した様子でメニューを見始めた。
あれも美味しそう、これも美味しそうと、コロコロと表情を変化させながら目移りさせる。
「メニューにないのでも作るからね」と、店主もご満悦そうな調子だった。
小一時間後。
そこには、料理の数々がテーブルの上にズラッと並んでいた。
「おいクソガキ、さすがに頼みすぎだろ」
「平気だよ松井さん、一つ一つの量は少なめで種類を多くしただけだから」
店主が愛姫の代わりに、にこやかに答える。
「いや、だからってこれは」
「大丈夫よ、だって私お腹減ってるもん」
「お前、こんなに食って夜飯大丈夫なのか?」
「平気。どうせ何か買って食べるだけだから、これが夜ご飯でいいよ」
「ならいいけどよ……」
愛姫が両手を合わせ、行儀良く「いただきます」と言って食べ始める。
外は夕暮れを過ぎて確かに夕食にしてもちょうど良かったかも知れない。
「あ、クソガキ、それ一口くれよ」
「いやよ、自分で頼みなさい」
「てめぇ、俺の金で頼んだもんだってのに」
「勝負で負けた罰でしょ。あんたが自分で言い出したんじゃない」
「ちっ。じゃあ違うの頼むから一個ずつ交換しようぜ」
「ふぅん、ロリコンにしてはいい案ね」
結局、逸馬も愛姫と一緒になってその店で夕食を済ませた。
仕事の事務処理を思い出したのは、すっかり完食して食後の一服を愛姫に注意されたときだった。
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