The 3rdバトル ~幼女と喫茶店①~

「あー、マジくっそ暑ぃ……。もう夕方だってのに何だこの暑さ」


 都内北公園。

 公園の入口付近にあるベンチに腰をかけ、両腕と頭をヘリに預けてだらけきる男が一人。

 松井逸馬。

 身長178cm。中肉中背。子供の頃の夢はプロ野球選手。

 言わずと知れたロリコンである。


「なにだらしないかっこしてんの」


 そんな逸馬の背後から声をかける少女。

 生麻愛姫。

 身長132cm。ちょっと痩せ気味。将来の夢は優しいお母さん。

 疑う余地もない女子小学生である。


「こっちはこのくそ暑い中こんな格好なんだよ。ちょっとだらけるぐらい大目に見ろよ」

「大人のくせにみっともない。ちゃんとしなさいよ」

「自分は涼しげな服着ておきながら偉そうに言うんじゃねーよ。お前もいっぺんスーツの大変さを思い知れ」


 ベンチにかけていた上着を摘みながら愛姫に差し出す。

 当然顧客と会うときでもなければ逸馬は上着を脱いでいる。

 しかし、梅雨も半ばに差し掛かかりコンクリートの照り返しと湿気に帯びた街では、長袖のワイシャツと肌着だけでも不快なほど肌にまとわりつくよう感じる。


「いやよ。あんたのなんて汗臭そうで着たくない」

「お前チビだしな。着たら裾引きずっちまうか」

「そこまで小さくないもん!」

「充分小せぇだろ。ちーびちーび」


 逸馬がだらけたままの姿勢で、ついでかのようにからかう。

 二人は特に何もなくとも悪態を付くのが平常であるほど、こじれた関係を築いていた。


「つーかお前その服、この前会ったときも着てなかったっけ?」

「お、おなじだけどちゃんと洗ってるもん。それにこれ気に入ってるの!」

「服のバリエーション少ねぇな。まぁ可愛いからいいけど」

「なっ……!」


 不意に褒められ、愛姫がキッと逸馬を睨みつける。

 嫌悪感八割、照れが二割といった複雑な表情だった。


「あんたなんかに褒められても嬉しくない!」

「本当に可愛げのないガキだな。見てくれはいいんだから、もう少し子供らしく無邪気な振る舞いしとけよ」

「ロリコンと一緒にいて無邪気でいられわけないでしょ。あとガキって言わないでよ」

「ガキはガキだろクソガキ。お前こそ俺のことロリコンって呼んでるんだからお互い様だ」

「クソガキじゃないもん!!」


 愛姫と違って逸馬はロリコン呼ばわりされることに苛立ちはしていなかった。

 自覚があり、事実だからである。


「あー、それで今日の勝負な、俺が決めていいか」

「別に構わないけど、なにするつもりなの?」

「取り合えず移動するぞ。ついてこいよ」

「え……」


 ついてこいと言われ、明らかに愛姫が躊躇して見せる。


「おい、なんでそんな露骨に警戒すんだよ。知らない人に着いてくなって学校で教わってるのかも知れないけど、一応俺とは面識あるだろ」

「あんたより知らない人の方がマシだわ。それに学校では怪しい人にもついていくなって言われてるし」

「マジで攫うぞクソガキ」

「おまわりさん呼ぶわよロリコン」


 そう言いながら渋々、公園を出ていく逸馬の後をついていく。誤解を招くようなその光景を、目撃する者がいないのは幸いだろうか。

 実際のところ愛姫は逸馬に対してそこまで警戒してるわけではなく、あくまで悪態を付くための一環である。

 それは、勝負に負けさえしなければ恥ずかしいことや馬鹿なことはさせられないという実体験に基づくものだった。

 もっとも、今まで逸馬が勝った際に要求されたアレやコレを考えると、もう少し警戒した方が正しいとは言えた。

 

「着いたぞ」

「え? ここ喫茶店じゃない」 

「そうだ、今日の勝負はここでやる」


 二人が立っていたのは、公園から歩いて五分もしない三叉路に立つ喫茶店の前だった。

 夜はバーとして営業しており、逸馬が近くの仕事で遅くなったときにたまに立ち寄ることもある馴染みの店だ。

 店に入ると、ドアに下がったレトロな鐘の音がなり、人の良さそうな店主が迎えてくれる。

 奥のボックス席に腰掛けると、逸馬が愛姫にメニューを差し出した。


「なに?」

「このかき氷のとこから好きなの選べ」

「た、食べていいの?」

「あぁ、奢ってやる。ただ、善意で奢ってやるわけじゃないぞ。今日はかき氷の早食い勝負だ」

「ふ、ふーん。あんたにしてはいい勝負選ぶじゃない」

「まだ六月だってのにくそ暑いからな」


 言葉とは裏腹に、愛姫はまんざらでもない様子だった。

 メニューに首ったけで悩む愛姫を、逸馬がニヤニヤと眺める。


「決まったか?」

「じゃあ、このいちごミルクデラックスってやつ!」

「やっぱりそれ選んだか」

「え?」

「いや、何でもない。マスター、宇治金時といちごミルクDXで」


 カウンターの方に声をかけると、返事をした店主がすぐにかき氷を作り始めた。

 そして逸馬はほくそ笑む。

 逸馬がここにかき氷を食べに来たのは初めてではない。


「勝負の決着は簡単だ。先に食い終わった方が勝ちな」

「それは分かるわよ。負けたらどうするの?」

「そうだな、お前、多分もうすぐプール開きだよな?」

「絶対いや!!」


 次の言葉も聞かずに、愛姫が即座に拒否反応を示す。


「まだ何も言ってないだろ」

「あんたの言うことなんて分かってるもん。どうせ変態みたいなことでしょ」

「別に大したことじゃねぇよ。ただ今度な、服の下にスクール水着着てきてくれ。そのときはスカートでな」

「な、なんで?」

「それでスカートめくったとこを俺に見せてくれ」

「……っ!!」


 ぞわぞわとした寒気が背筋を襲い、声にならない悲鳴が漏れる。

 逸馬を見る愛姫の目は、ジャングルの奇怪な虫を見たときのようなものだった。


「き、きもい! きもいきもい!!」

「別に下着じゃないし恥ずかしくないだろ」

「そういう問題じゃない!」

「だったらいいよ、今日の勝負はなしな。マスター、金は払うからさっきの注文キャンセルで」

「えぇっ! ちょっと待って!」


 元より逸馬に注文をキャンセルするつもりなどない。

 声も張っていなかったので、カウンターの奥に引っ込んだ店主にそもそもその言葉は届いていなかった。


「もう作ってるのにもったいないじゃない!」

「そうだな、ここのかき氷はふわっふわで絶品だしな」

「だったら……!」

「勝負に乗るか? お前の言う通りせっかく作ってもらったのにもったいないし、それに勝てば問題ないもんな」

「でもスクール水着でっていうのはちょっと……」

「だったら選ばせてやるよ。学校のプールに俺が買ってきた白スクで参加するか、さっき言った通りにするか、どっちにする?」

「し、白のスクール水着なんてあるの?」

「まぁ、お前の知らない世界では流通してるんだわ。スクール水着って名前なのに学校で使われることはないけどな」

「先生に怒られないかな? それだったら……」

「い、いや、めちゃくちゃ怒られると思うぞ! 学校指定じゃないし」


 うっかり愛姫が快諾しそうになり、慌てて逸馬が止めにかかる。

 それがどれだけフェチシズムにまみれたものか、幼い愛姫が理解するには早すぎた。

 なにより、せっかく着させることが出来たとしても、逸馬自身見ることが出来ないのであれば何の意味もない。


「そんなに怒られるんだったらダメじゃない」

「だから、先生に怒られるか、俺に見せるか選ばせてやるって言ってんだよ。別に服の下に水着着るのは校則違反でもないし怒られないだろ」

「なんかずるい」


 そう、逸馬は狡くて駄目な大人だった。

 選択肢を与え選ばせているように見せて、その実、選択の余地など最初からないのだ。

 そうして、勝負をしないという第三の選択肢を幼い小学生の目から逸らしてしまう。


「分かった。勝てばいいんでしょ」

「そうだ、勝てばどっちもしないで済むぞ」

「やってやろうじゃない」


 そう愛姫が奮起したところで、ちょうど店主が「お待たせしましたー」と、かき氷を持ってきた。

 しかしそれを見て愛姫が絶句する。


「ちょ、ちょっとなにこれ!」

「あん? 何か問題でもあるのか?」


 二人の前にそれぞれのかき氷が出される。

 逸馬の宇治金時に比べ、愛姫が頼んだものは1.5倍はありそうで、しかも苺がふんだんに盛られ、てっぺんにはアイスクリームまで乗っていた。

 明らかに早食いでは向かないメニューだった。


「私のよりあんたの方が小さいじゃない!」

「知るかよ。お前が好きで頼んだんだろ」

「こんなの聞いてない!」

「じゃあやめるか? でも勝負じゃないなら奢ってやる義理もないからな、自分で払えよ」

「そんなのずるい!!」


 そう、逸馬は狡くてクズな大人だった。

 以前近くの高校の女子高生が愛姫と同じメニューを頼んだのを見たことがあったのだ。

 そして、甘いものや食べ物に執着する愛姫が、この機会に一番美味しそうで立派な苺ミルクDXを頼むのはおおむね予想が付いていた。


「俺が勝ったらしっかり約束は守ってもらうぞクソガキ! スタートだ!」

「このひきょうもの!!」

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