俺が惚れてる男の娘幼馴染が学園一の美少女に惚れているらしいので牽制にいったら、そいつがドSで擬似恋人になる代わりに契約を交わしました。女の子への幻想をぶっ潰して俺に惚れさせるために、男の娘を曇らせます

くろねこどらごん

第1話

 俺は可愛い子が好きだ。


 可愛いは正義である。


 だから可愛ければそれでいい。


 仮に性別が女の子でなかったとしても、可愛ければ全て許されるのだ。


 何故なら俺は気にしないから。


 我ながら一分の隙もない、完璧な理論武装だと思う。




 異論は絶対認めない。


 俺がいいと言ったらそれでいいのだ。


 故に、もう一度繰り返し宣言しよう。


 可愛いは正義であることを―――












「薫は今日も可愛いな」




 とある昼休み。


 目の前でチビチビとパンに齧り付く幼馴染を見て、俺はついそんなことを呟いていた。




「え、どうしたの朱雀くん。いきなりなに言ってるのさ」




 俺の言葉を受けて食べる手を止め、クリクリとしたまん丸の瞳をこちらへと向けてくる薫。


 その表情は実にあどけなく、まるで無垢な子供のようだ。


 俺の幼馴染である栖川薫すがわかおるは、今日もとてつもない可愛さを放っていた。




「いや、すまない。あんまりにも幸せそうに食べているものだからつい思ってることを口にしてしまったんだ。薫が可愛すぎたからな」




 今すぐ抱きしめたい衝動に咄嗟に駆られてしまうくらい、絶妙に庇護欲を誘ってくる完璧な容姿である。


 肩にかかるほど伸ばした栗色の髪は、頭のてっぺんで天使の輪を作っているし、僅かに赤みを刺した頬がとても柔らかそうだ。


 きっと触れば饅頭のようにぷにぷにしているに違いない。




 ああ触りたい、超触りたい。いっそ頬擦りだってしてやりたい。


 というかしてもいいだろう。幼馴染ならそれくらい許される権利はあるはずだ。


 俺が変態というわけでは決してなく、薫が魔性の魅了の持ち主なのが悪いのである。




「可愛いって言われても、嬉しくないんだけど…」




「ハハ。事実なんだから仕方ないだろ?」




 軽く笑うも、薫は頬をプックリと膨らませ、ジト目でこちらを睨んでくる。


 くっ、なんという破壊力だ。本人はおそらく抗議しているつもりなんだろうが、それが全くの逆効果であることに気付いていないのがどこまでも愛おしい。




「嫌だよ。だって僕、男だよ?そんなこと言われて喜べるはずがないじゃないか…」




 そう言って目を伏せる姿も愛らしく、とても可愛らしいものだった。




「悪い悪い。いつもの悪い癖が出てしまったな。あまりにも薫がいい反応をするものだからついからかってしまったよ」




 さて、先ほど本人が述べたばかりだが、改めて俺の口からも言及すると、栖川薫の遺伝子上の性別は男である。


 だが外見は先ほど触れた通り、女性の容姿そのもので、神様が性別を取り違えたとしか思えないほど、完璧な美少女のそれだった。




 薫は所謂男の娘というやつであり、その人気は絶大で、中学の頃など男子の制服を着ていても同性からの告白が常に絶えなかったほどである。


 高校生に上がった今でも街を歩けばナンパされ、時折告白されることをあるくらいなのだからどれだけ優れた美貌の持ち主であるのかは、語るまでもないだろう。




「もう、ひどいよ朱雀くん!君はいっつもそうなんだから!僕もいい加減怒っちゃうよ!」




 かくいう俺、高円寺朱雀こうえんじすざくも薫に魅了された男の一人だった。


 いや、幼少期からの付き合いであることを考えれば、きっと誰よりも薫の魅力にメロメロになっているに違いない。




 というかゾッコンだ。超絶ウルトラゾッコンラブ。


 普通に付き合いたし、キスだってしたい。なんならその先だってウェルカムだ。


 愛の前には性別の壁なんざ些細なことで、論理感なんざいくらでも蹴飛ばせる自信が俺にはある。




 ただ勘違いして欲しくはないのだが、俺は同性愛者というわけでは断じてない。


 ほら、よく言うだろ?好きになった子がタイプってやつ。


 俺は普通に女の子が好きだが、薫の容姿はどこを切り取っても女性そのものだ。




 しかも超可愛い。


 だから問題ない。


 何故なら可愛いは正義だから。




 我ながら完璧すぎるほどに完璧な、完全無欠の理論武装であった。






「悪かったって。お詫びといっちゃなんだが、今日の放課後新しくできた喫茶店に行ってみないか?」




 謝りつつ、俺はさり気なく放課後の誘いをかけてみることにした。




「え?」




「そこのパフェが美味しいらしくて、評判いいらしいんだよ。興味はあったんだけど、ひとりでは入りづらくてさ」




 これは幼馴染である利点のひとつだ。


 どうすれば機嫌を直してくれるのか、とっくの昔に把握していた。




(ククク…さぁ乗ってくるがいい…)




 甘いものに目がないこの男の娘幼馴染なら、きっと目を輝かせながらこの誘いに頷いてくれるだろう。


 ついでに他のライバル(男)に牽制もできるというおまけ付き。


 一石二鳥とはこのことだ。




「へ、へぇ…それは…ゴクリ…」




「もちろん奢るからさ。どうだ?」




 トドメのダメ押しも忘れない。


 元より好きな相手に払わせるつもりなどなかったが、仮にも男同士であるから好日は必要だろう。




(ククク…我ながら素晴らしい策だ。さぁ薫よ。食いついてくるがいい…)




 ここまでは全て俺の計画通りに事が運んでいる。


 薫も明らかに興味津々といった様子だし、頷くのも時間の問題であるかに見えた。


 だが…




「あ…ごめん、今日委員会があったんだ。一緒には行けないよ」




 やがて薫の口から出てきたのは、いかにも申し訳なさそうな、断りの言葉だった。




「え…そ、そうなのか?」




「うん、ごめんね?」




 そうなると狼狽えるのは俺の方だ。


 てっきり頷いてくれるものとばかり思っていたので、これは完全に予想外の展開である。




「なぁ、別にサボってもいいんじゃないか?委員会なんて真面目に出席する必要もないだろう。なんなら俺が適当に理由をつけて断ってきても…」




「だ、ダメだよ!そんなことしちゃ!しなくていいから!」




 すぐに諦めがつくはずもなく、粘ってみるのだが、返って来たのはこれまた予想外のリアクションだった。




「……どうしたんだ、そんな大声出して。少しびっくりしたぞ」




「あ、ごめん…で、でも、そんなことしなくていいよ!朱雀くんは先に帰ってて!」




 外見をそのまま反映したかのごとく、天使のように穏やかな性格をしているのが俺の薫だ。


 そんな薫が珍しく声を張り上げ、俺の行動を否定してきたことに、思わず引っ掛かりを覚えてしまう。




(まさかな…)




 悪い予感が背筋を走った俺は、内心の焦りを隠しつつ、さり気なく確認をしてみることにした。




「サボれない理由でもあるのか?もしかして、気になる子がいたりするのかな?」




 軽く笑いながら、なんでもないことのように聞いてみる。


 これも男同士だからできることだ。


 今は他の男のように焦ることなく距離を縮める段階であると考えているので、本来なら聞きたくないことだが、背に腹は変えられない。


 どうか違っていて欲しいと神に願うのだが、その願いが叶えられることはなかった。




「そ、それは…」




 質問を受けた薫の反応は顕著だった。


 まるで林檎のように頬を真っ赤に染め上げて、恥ずかしそうに俯いている。




「……まさか、本当にいるのか」




 あまりに初心で分かりやすい反応に俺は言葉を失うも、なんとかそれだけは絞り出すことができたのだが、返ってきたのは無慈悲な小さい頷きのみ。




「誰、なんだ。俺の知っているやつか」




 胸に走る絶望の痛みを誤魔化して質問を続けることができたのは、我ながらよくやったと褒めてやりたいくらいだった。




(誰だ。俺のモノである薫を奪おうとする、不届きな輩は…!)




 背中を押したのは大きな怒り。


 顔も知らぬライバルに、嫉妬心がムクムクと湧き上がる。




「……誰にも言わないって、約束してくれる?」




「もちろんだ。俺が嘘をついたことがあるか?」




 俺はこの幼馴染に対していつだって誠実に向き合ってきた。


 正直誠実すぎて、時たま襲い掛かりたくなることがあるくらいだ。


 それでも自分の中の獣を押さえ込むことができたのは、強靭な精神力の賜物であると自負している。


 そんな俺だから、薫からの信頼も絶大なものであるはずだ。


 しばし逡巡していた薫だったが、やがて意を決したように、決意を秘めた目をこちらに向けた。




「B組の、椿姫聖羅つばきせいらさんって知ってる?銀色の髪をしている子なんだけど…」




 椿姫聖羅。


 その名前には一応ながら聞き覚えがあった。


 帰国子女だかハーフだとかで、入学当初よく話題になっていた女の子だ。


 日本人離れした髪色もさることながら、容姿も相当淡麗らしく、まるで人形のごとく整っているのだとか。




 ただ、整いすぎて冷たい印象を受けることも多いらしく、人気自体は薫と二分していたはずだ。


 互いにクラスは遠かったために面識はなかったし、俺には薫がいたからこれまで意識したことはなかったが、こうなってくると話がまるで変わってくる。




(椿姫聖羅…そいつが薫の心を奪った女狐の名前か…)




 俺と薫の仲を引き裂こうなどと、万死に値すると言っても過言ではない。


 内心の憤りを隠しつつ、この場は素知らぬ顔を貫くことをひとまず決めた。




「ああ。確か去年入学した時に騒がれていた子だろ?直接顔を見たことはないが、学年でも一番可愛いと、評判にもなっていたのは耳にしていたな」




「そう。その聖羅さん。でも意外だな、朱雀くんは面識なかったんだ。僕はてっきり、もう知り合っていたかと思ったよ」




「生憎と話す機会に恵まれなかったからな。クラスも遠かったろ?そういう意味では薫も同じはずだが、話の流れから察するに、椿姫とは委員会で知り合ったんだな?」




「…相変わらず朱雀くんは察しがいいよね。その通りだよ。聖羅さんとは去年も同じ図書委員で、その関係で知り合うことができたんだ」




 照れくさそうに答える薫。


 それは幼馴染の俺でも知らなかった顔だ。




「っつ…そう、か。なるほどな」




 だが俺は知っている。


 それは誰かに恋をしているものの顔であることを。


 好きな人が自分ではない誰かを想ってそんな顔をしているという事実を目の前にして、思わず叫びそうになってしまう。




「それで、椿姫とやらはどんな性格なんだ?趣味は合うのか?遊びに行ったりしているのか?どうなんだ」




「…朱雀くん、聖羅さんに興味あるの?」




 痛みを訴える心を抑えるために、矢継ぎ早に質問を繰り出したのだが、薫はそんな俺を訝しんだようだった。


 明らかに怪訝な目を俺へと向ける。




「そりゃ親友の好きな相手だしな。これまで薫の口から浮いた話のひとつも聞いたことがなかったし、興味を持つのは仕方ないだろう?」




「……それだけならいいんだけど」




「ん?」




 薫の様子がちょっとおかしい。なんだっていうんだ。




「朱雀くん、女の子から凄い人気あるから。たまに聖羅さんと朱雀くんがくっついたらお似合いなのにって、そんな声も聞こえてくるからさ」




「……なんだ、そんなことか」




 得心はいったが、ちょっと拍子抜けしてしまう回答だ。


 軽く笑うと、薫はムッとしたように俺を見る。




「そんなことって。僕は…」




「安心してくれ。俺は今のところ恋愛には興味ないんだ。女子と付き合うつもりはないよ」




 女子とはな。女子とは。




「ほんと?」




「本当だとも。信じてくれよ、親友だろ?」




 俺は男の娘であるお前一筋だからな。


 他のやつなんかどうでもいい。


 そもそも眼中にすらなかった。


 俺のまっすぐな瞳を正面から受け止めていた薫だったが、やがて目をそらすとふっと小さく息を吐いた。




「…うん。信じるよ。朱雀くんは僕の味方だって」




 そんな姿すら可愛らしい。


 俺は思わず胸キュンした。




「ごめんね、疑ったりして。僕にとって、これは初恋だから…」




「気にしないさ。なら尚の事、椿姫について教えてくれないか。俺は恋をしたことがないが、親友の恋の手助けくらいはしてやりたいからな」




「朱雀くん…!君ってやつは…!」




 感極まったように俺を見る薫。


 俺のことを心から信頼してくれていることが、手に取るようにわかるようだ。




「わかったよ!あのね、僕と聖羅さんはね…」




 やがて嬉しそうに出会いの馴れ初めを語りだす。


 俺は一字一句聞き逃すまいと聴覚の全てを薫に向けた。


 ついで嗅覚も向けてクンクン。うん、ナイススメッル。


 相変わらず極上の香りを俺へと提供してくれる。


 やはり俺にはこの男の娘幼馴染にしかいないのだと、再確認できるほどに。




(悪いな、薫)




 お前の初恋は叶わない。


 いや、叶えさせるわけにはいかない。


 その先に、真のハッピーエンドは存在していないのだから。




(許せとは言わない。だが…)




 約束しよう。


 俺が全身全霊、持てる全能力を持って、必ずお前を幸せにしてみせると。




「ん?朱雀くん、僕の話聞いてる?」




「ああ、聞いてるとも」




 口の中に血だまりができ、握り締めた拳から地が滲むほどにな。




(絶対に許さんぞ魔女め…)




 今足りないのは、恋敵の情報だ。


 椿姫聖羅。俺の想い人の心を掠め取った薄汚い魔女のことを、俺は知らなくてはならない。




「さぁ、俺にもっと教えてくれ。お前の知っている椿姫聖羅に関する全てを」




 それから昼休みが終わるまで、俺は永遠とも思える拷問をひたすら耐え忍んだのであった―――






















 迎えた翌日。場所は屋上。


 俺はここでひとり呼び出した待ち人がくることを、今か今かと待ち構えている最中だった。




「さて、と…」




 薫から椿姫聖羅に関する全ての情報を聞き出した俺は、即座に彼女へとアプローチをかけていた。


 本日の昼休み、彼女の教室に正々堂々乗り込み、放課後屋上で待っていることを伝えたのだ。


 特徴的な長い銀の髪は、一目で目当ての人物が誰かを教えてくれたので、迷うことはなかった。




 椿姫聖羅は噂通り、冷たい印象を受ける美少女であったと思う。


 瞳も切れ長で鋭く、朗らかに笑う姿がどうにもイメージできないほどだ。


 対面した彼女はその怜悧な青い瞳を一瞬大きく見開いた後、小さく薄笑いを浮かべると確かに小さく頷いた。


 彼女が見せた反応を少し不思議に思ったものの、俺の誘いに、椿姫は確かに乗ったのだ。


 その際周囲からは何故か黄色い歓声と絶望の響きが聞こえたが、そんなことは些細なことだ。


 むしろ織り込み済みと言ってもいい。おかげといっていいかわからないが、今この場所は人気もなく静かだった。


 これで互いに気兼ねなく話し合いに臨むことができるだろう。




「来るがいい、魔女め。自分の犯した罪を思い知らせてやる」




 放課後を迎えた空は茜色に染まっており、まもなく逢魔が時を迎える。


 魔女と相対するには、ある意味ふさわしい時間と言えた。




「しかし美少女だったな。しかも俺好みの…いや、いかんいかん。集中しろ、ヤツは敵だ。忌むべき相手だ」




 椿姫の容姿を思い出し、思わず緩みかけた口元を引き締め直していた、その時だった。




「―――ごめんなさい。待たせたかしら」




 ギィッと扉が開く先に生じる、なにかが軋むような音が聞こえると同時に、調べのような綺麗な声が、俺の耳元へと届いたのは。


 咄嗟に振り返ると、待ち人―椿姫聖羅は絵画に描かれたモデルのように、美しい立ち姿でその銀の髪を風に靡かせ、薄い笑みを浮かべて佇んでいた。




「……いや、大丈夫だ。俺も今来たばかりのところだよ」




「あら、そうなの?それはマナーがなってないわね。タイミング次第では、女の子を待たせることになっていたんじゃないかしら。高円寺くんって、実はそういうことを平気してしまうタイプだったりする?だとしたら、見た目通りの女泣かせね」




 一瞬見とれてしまった自分を恥じるように、慌てて言い繕うのだが、返ってきたのはまるで揚げ足取りのような、皮肉を乗せた言葉だった。




「そんなことはないよ。ちょっと緊張して、教室を出る時間が遅れてしまっただけさ」




 その物言いに、思わず腹が立ったものの、顔には出さない。


 今はまだ顔合わせ。ここで話が拗れるようでは、呼び出した意味がないのだ。




「それより、きてくれてありがとう椿姫さん。助かったよ。俺のことも知っていてくれたとはね。ちょっと嬉しい誤算だった」




 俺がお礼を述べると、椿姫は目を丸くしていた。


 意外に思ったんだろうか。まぁ初対面でする行為ではないし、俺が怒ると踏んでいたのかもしれないな。


 そういう意味では、俺は椿姫に試されたのかもしれなかった。




「まぁ、あんな呼び出しをされたら帰るわけにもいかないでしょう。クラスの子達にも背中押されちゃったし。高円寺くんは有名人だから、大抵の人は知ってるんじゃないかしら。私も噂は耳にしていたわよ。学校一のイケメンってね。半信半疑ってほどじゃなかったけど、実際に見たらなるほど確かに、貴方はとんでもないイケメンだったわ。噂は確かだったようね」




 饒舌に椿姫が喋る。


 先ほどと打って変わっての褒め言葉に、少しばかり嬉しくなってしまうのは悲しい男のサガだろうか。




「お眼鏡に適ったってことかな?」




「悔しいことにね。正直好みど真ん中だわ。最初見たときにピンとくるくらいに」




 嬉しいことを言ってくれる。


 実際こちらとしても、椿姫の容姿は薫並に俺の好みドンピシャだった。


 先に恋心を抱いたのが薫でなければ、彼女に告白していたかもしれないと思うくらいに。




「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」




「正直に言ってるだけなんだけどね…それで、話ってなんなの」




 その言葉を皮切りに、緩みかけた空気が再びピンと張り詰めていく。


 そう、これまではただの牽制。本題はここからだ。




「ああ、そうだったね。それじゃ改めて言うのだけど…」




 ここで椿姫は少し姿勢を整え身構えた。


 これまでの会話から、俺に告白されると思っているんだろう。


 というか、普通はそうなる流れだ。




「椿姫聖羅さん。どうか…」




「高円寺くん。期待させるようなことを言ってあれだけど…」




 俺が口を開くのと、椿姫が話し始めるのはほぼ同時だった。


 典型的な断りの文句。それを彼女は告げるつもりだったに違いない。


 だがな、椿姫。生憎と俺はそんなつもりはないんだよ。




「私は付き合うつもりは…」




「ある男からの告白を、断ってくれ!!!!!!!!」




 椿姫が口にしようとしてる言葉は無意味だ。


 だから聞く必要もなく、あらん限りの声を張り上げて無視するととも、ただ自分の願いを口にした。




「ないの…って、え?」




「こっぴどく振ってくれ!一生ものの、それこそ女なんかと二度と付き合おうと思わず男に走るくらいのトラウマを、どうかそいつに植え付けてくれ!」




 続けて懇願。椿姫の困惑もそっちのけ。


 だがそれでいい。冷たい美少女の滑稽な姿に、少しだけ胸がスっとした。




「ボロクソに貶してやってほしい!いっそ踏みつけてやってほしい!とにかく女なんてクソだと思わせてやってくれ!!一生の頼みだ!」




 そのまま勢いよく土下座を敢行する。


 夏のコンクリートは未だ冷めやらず熱を帯びていたが、そんなことはどうでもいい。




「…………は?」




「頼む!!!!!!!このとおりだ!!!!!」




 文字通り平伏して懇願を続ける俺と、それを呆然と見つめる椿姫。




「頼む!!!!!!!!!!!!!」




 俺たちの間を、暑い夏の風がただ吹き抜けていった。








「………………………………は????」




 フリーズする椿姫を、ただ置き去りにして。
























「ははぁ、なるほどね。ようやく事情が飲み込めたわ」




 あれからしばしの時が経ち、俺と椿姫は改めて相対しているところだった。




「わかってくれたか」




「ええ、高円寺くんがまさかホモで、薫くんに惚れているとは完全に予想外であったけど。大体理解できたと思うわよ」




 得心がいったように頷く椿姫。


 だが少しばかり語弊があるようだな。




「違う。俺はホモじゃない。可愛い子が好きなんだ。薫があまりにも可愛いから、たまたま好きになっただけで、普通に女の子のほうが好きだ。そこは誤解しないで欲しい」




「……違いがよくわからないんだけど」




 困惑した様子を見せる椿姫。


 思ったより、彼女の性癖はノーマルなのかもしれない。




「可愛いは正義なんだよ。男の娘は可愛い。だから問題ない。そういうことだ」




「そういうことって…まぁいいわ。なんか考えたら負けな気がしてきた。とにかく高円寺くんは、薫くんのことが好きなことは確かなんでしょう?」




「ああ。それと、薫が椿姫のことが好きなこともな」




「……こういうカミングアウトのされ方も、斬新っちゃ斬新ね。逆に楽しくなってきた気さえするわ」




 そういうと、椿姫はため息を漏らした。


 なんにせよ、理解してくれているのは確からしい。




「それは何よりだ。それでどうだ。振ってくれるか?」




「貴方、人の話を聞かないってよく言われない?ていうか、高円寺くんって薫くんの親友なんでしょう?貴方、それでいいの?」




 呆れたような、なんとも微妙な表情を浮かべる椿姫。


 しかし、変なことを聞いてくるものだな。




「いいもなにもない。お前に振られてショックを受けた分を、俺が癒してやれば済むだけの話しだろう?それで俺たちは結ばれてハッピーエンドだ。なんの問題があるというんだよ」




「…貴方、正気?」




「至って正気だ。最善最速で最高のルートを考えた結果がこれなんだよ。後はお前が俺のプランに頷いてくれれば、それで全て上手くいく。万事全て解決だ」




 そう述べると、椿姫はたじろいだ。


 次にこちらをまじまじと凝視してきたが、次第にその表情も変化していることに俺は気付く。


 困惑から畏怖。そして好奇心へと、確かに椿姫の心は移ろいでいる。


 その証拠に、今椿姫の口元は僅かに釣り上がりつつあった。




「…………高円寺くん。貴方、面白いわね」




 やがて口を開いた椿姫の声は、喜びの色を帯びていた。


 まるで探していた宝物をようやく見つけたかのように、目も爛々と輝いている。




「そんなことはないと思うが」




「あるわよ。普通、こんなことを他人に話そうものなら罪悪感があるはずよ。なのに、貴方からはそれが見受けられない。自分のすることが正しいことだと、貴方は自分の中で確信している。そんなの、普通の人には不可能だわ。それこそ頭のネジが吹っ飛んでるか、狂ってでもいない限りね」




 興味深そうにこちらを見つめる椿姫からは、俺に対する遠慮がもはや欠片も見受けられない。


 むしろジリジリ距離を近づけてきているように思うのは、果たして俺の気のせいだろうか。




「俺は正気のつもりなんだがな」




「普通に会話自体はできているのは確かね。だけど、貴方はどこかおかしい。それも確かよ。貴方みたいな人、初めて出会ったから上手く言えないけど、でも興味を惹かれたのは確か…うん、私、高円寺くんに凄く興味があるみたい」




 そう言うと、椿姫は髪をかきあげた。


 夕日を浴びて輝く銀色。それは魔性じみた美しさで、思わず目を奪われてしまう。




「そりゃどうも。それで、結局どうなんだ。俺の提案に乗ってくれるのか」




「ええ、いいわよ。言われなくても、どうせ断っていたでしょうから」




 提案に了承すると同時に、クスクスと椿姫は笑った。


 どこか悪戯っ子を思わせる、無邪気な笑み。


 だが、そこに篭められているのは、果たして子供のような無邪気さなんだろうか。




「…参考までに聞かせて欲しいんだが、なんでだ。アイツは俺が惚れたほどの男だぞ。恋愛的な意味でだが」




「なんでって言われても、答えは高円寺くんが言ったことそのままよ。素直でいい子だとは思うけど、女の子にしか見えないのはね。私はそっちのケはないから、恋愛対象外にしかならないとしか言えないわ」




「……なるほどな」




「からかうといい反応してくれるからそういう意味では嫌いじゃなかったけど、パートナーとしては頼りないとも思うしね。男らしい人のほうが、私には好みかしら」




 椿姫が語ったのは、薫にとって悲しいほど残酷な現実だった。


 確かに薫は外見は女の子そのものだから、女性である椿姫からすれば恋愛相手として見ることができないのはなんらおかしな話じゃない。


 先天的に生まれ持った要素が、時にとしては牙をむくこともあるということか。




(男の娘は男からすると天使だが、女の子からすると男として見ることができない、か…悲しい話だ)




 密かに薫に同情するも、同時に喜びが湧いてくるのもまた事実。


 ならその悲しみを、俺が存分に癒してやればいい。


 そうすれば、薫の心は俺へと傾き、惹かれるはずだ。


 女の子の外見を持つ男の娘なら、容姿に内側が引っぱられてもなんらおかしな話じゃない。


 望み通りのハッピーエンドが、すぐそこにあるんだ!




「ありがとう椿姫。改めて感謝を―――」




「その代わり、ひとつ条件があるわ」




 喜び勇む俺の眼前に、椿姫はピッと人差し指を突き立てた。




「なんだ。無茶なことを言っているのは承知だから、できることならなんでもするつもりだが―――」




「なら、私の恋人になって頂戴」




 俺の言葉を遮り、椿姫はそんなことを言い出した。




「………………は?」




「そうでなければ、この条件は飲めないわ。だって私にはなんの得もないもの。私だけリスクを負うなんて不公平だと思わない?」




「なにを言ってる!?なんで俺がお前と付き合わないといけないんだ!!元々断るつもりだって言ってただろ!?さっきも断ろうとしていたじゃないか!?」




「ええ、そうね。でもそれは退屈だと思っていたから。いつもと同じで、高円寺くんも私の外見だけを見て告白してきたんだと思った。なのに、貴方は私を見るどころか、他の男の娘のために踏み台になれと言ってきたわ。これって、女の子にとっては結構な屈辱だと思わない?」




 落ち着いた声で椿姫は言う。


 その態度は実に冷静で、最初に彼女に受けた冷たい印象そのままだった。




「それは…」




「まぁ私は気にしないけどね。でも、私は貴方に興味を持ったわ。普通とは違う貴方にね。高円寺朱雀くん。私は貴方のことをもっと知りたくなってしまった。近くで見ていたいと、そう思ってしまったのよ」




 それでいて、とても強気でもある。


 先ほどとは立場がすっかり逆転していた。




「そんな馬鹿な…」




「拒否権はないわ。なんでもするって言ったわよね?だったら言葉通り、なんでもしてもらおうじゃない」




「そんなの、言葉の綾だろう…!」




 思わず俺は憤る。


 このままじゃ本当に椿姫と恋人になってしまいそうだ。




「断固拒否する。俺は薫が好きなんだ」




「結構一途なのね。ますます気に入ったわ。だから教えてあげる。私と付き合うことは、高円寺くんにもメリットがあるのよ」




 メリット?


 薫と付き合えないことのデメリットのほうが遥かにでかいだろうが。




「メリットってなんだよ」




「さっき貴方、女の子と二度と付き合おうと思わず、男に走るくらいの一生もののトラウマを、薫くんに植え付けて欲しいって言ったわよね」




「それは言ったが…」




「私だけだとそれは難しいわ。ただ振るだけで終わるもの。失恋しても、人って案外逞しいのよ。すぐに次に好きになる人を見つけるだけで、トラウマなんて早々植え付けることはできないでしょうね」




「…………それは、確かにそうかもしれないが」




 恋愛について語る椿姫の言葉には、一理あるように思えた。


 確かにこっぴどく振るだけでは、一生もののトラウマを与えるのは難しいかもしれない。




「ねぇ高円寺くん。寝取られって知ってる?」




「寝取られ…?一応知識だけはあるが…」




 突然なにを言い出すんだ?


 寝取られがどうしたっていうんだよ。




「例えばの話だけど。貴方、薫くんが私のことを好きだと聞いた時、どう思った?」




「はぁ?」




 そんなの、凄いショックだったに決まってる。


 血が滲むほど拳を握り締めたくらいだ。今でも痛みは残ってる。




「私は断るつもりだったけど、もし付き合うことを選んでいたとしたら?そして付き合い始めたふたりのイチャイチャする様をすぐ近くで見せつけられたとしたら…高円寺くんは、いったいどう思うかしら」




「そんなの…」




 トラウマどころの話じゃない。


 生き地獄そのものだ。それこそ、女の子なんて一生見たくないほどの…




「……そういうことか」




 椿姫が言いたいことが、ようやく俺にも見えてきた。


 どうやら椿姫も察したらしく、満足そうな表情を見せている。




「合点がいったようね」




「ああ。俺たちが付き合っている姿を間近で見せつけることで、薫に確実にトラウマを植え付けようっていうんだろう?」




 俺の言葉に、椿は頷く。




「その通りよ。これなら貴方の望み通り、いえ、それ以上の結果を出すことが出来るんじゃないかしら」




「だが、お前と付き合ったら俺は薫に普通に女の子が好きなのだと見なされてしまう可能性が高いぞ。そしたら恋愛対象から外されてしまう。それについてはどうするんだ」




「ご心配なく。ちゃんと考えているわ。彼がトラウマを負った後、私達は別れたのだと言ってすり寄ればいいのよ。あの女にこっぴどく捨てられて、俺も心に傷を負った。一緒に慰め合おう、そう言ってね」




 椿姫の提案したプランを聞き、俺は戦慄を覚えずにはいられなかった。




「…こんな短時間で、よくそんな悪魔のようなプランを立てられたものだな。お前、かなりのドSだろう。とんでもない女だな」




「あら、親友を地獄に突き落とそうとしている人に言われたくはないわね。貴方だって相当じゃない」




「俺は善意からやるんだ。こうすることが薫の幸せへの近道なんだよ」




「尚更質が悪い。貴方って最悪よ、朱雀」




「言ってろ、星羅。俺はアイツを手に入れるためなら、どんなことだろうがやってみせる」






 気付けば俺達は互いに名前を呼び合っていた。


 だが、悪い気はしない。


 悔しいことだが、どうやらこの女とはウマが合うようだ。




「その言葉、了承と受け取っていいのかしら。私と付き合うことに、頷いたと判断するわよ」




「構わない。念のため言っておくが、これは偽装恋愛だ。表向きはお前と付き合うが、俺の心は常に薫にある。聖羅を好きになることは絶対にありえないが、それでもいいんだな」




「フフッ、問題ないわ。私達は共犯者。これからふたりで、薫くんの脳を完膚なきまでに破壊することになる」




 そう言って、右手を差し伸べてくる聖羅。




「これは契約の証。この手を取れば、貴方はもう後戻りなんでできない。それでも―――」




 聖羅が言い終わる前に、俺は彼女の手を取った。


 薫も華奢なほうだが、聖羅の手はもっと小さい。


 白く細い、女の手だ。




「言っただろう。もとからそのつもりだと。引き返すことなんて有り得ない。俺は俺達の幸せのために、薫を徹底的に曇らせてみせる」




 それに覆いかぶせるように握り締める。


 強く強く。俺の決意を示すように。




「これは俺からの契約でもあるんだ。俺は必ずやり遂げてみせる。だからお前もついてこい。地獄までの道連れは、多い方がいいからな」




 痛いほどに握っていたはずだが、を歪めるどころか歓喜に満ちた笑みを浮かべる聖羅。


 それは薫の浮かべる柔らかい天使の笑みとは真逆。


 愉悦とはこういうことであると体現しているかのような、恐ろしく邪悪な悪魔の笑みだ。


 というか、なんという悪い顔してるんだ。


 人に見せられんぞ普通。


 やはりこの椿姫星羅という女は最悪だな。


 油断はせまいと心に刻む。




「それでこそ、私が見込んだ男。やっぱり貴方は、最高に面白いわ」




「言ってろ」




 本心を奥深くへと隠しながら、俺も笑った。


 悪魔と相乗りするのなら、こちらも合わせなければ無作法というものだろう。


 この女に遅れを取るなど、断じてあってはいけないのだ。




「契約、完了だ」




「ええ。改めて、これからよろしくね、彼氏さん」




 俺達はガッチリと握手を交わし、契りを結ぶのだった。




























「―――というわけで。俺と聖羅は、これから付き合うことになったんだ」




 これまた翌日の昼休み。


 学校の中庭で、俺は薫に聖羅と交際を始めたことをあっさりと告げていた。




「は…………?」




 俺の報告を聞いて、ポカンとした表情を浮かべる薫。


 なにを言っているのか分からないという顔をしているな。


 そんな薫も実にチャーミングだが、まぁ当然の反応だろう。


 なんせ薫が俺に聖羅への想いを告げたのはつい一昨日のことだ。


 一日の間があったとはいえ、なんでそんなことになったのか理解できないのは至極当たり前のことと言える。




「聞こえなかったか?俺と聖羅はこれから付き合うことになったから…」




「ちょ、ちょっと待ってよ!朱雀くん、どういうこと!?」




 もう一度一から説明する必要があるかと思い、再度話し始めたのだが、どうやら薫が回復するほうが先だったようだ。




「言った通りだ。俺と聖羅は付き合うことになったんだよ」




「なったって…え、じょ、冗談だよね?いつもみたいに、僕のことをからかってるんでしょ?」




 半笑いで問いかけてくる薫だったが、俺がなにも言わずにいると徐々に表情が曇り始め、その整った眉を寄せていく。




「本当、なの…?」




 長い付き合いだ。


 俺が言ったことが嘘ではないことを悟ったのだろう。


 こういう時、幼馴染という関係は不便なものだ。




「本当だ」




「なんで!?僕の気持ち、知ってるでしょ!?なのに、なんでさ!!??」




 薫が詰め寄ってくる。


 その顔は今にも泣き出しそうだ。




「……すまない」




「なんで謝るんだよ!嘘だって言ってよ!だって、そうじゃなきゃ…」




 よほどショックだったんだろう。


 薫は言葉を詰まらせ、しゃくり上げている。




(当然だな…)




 薫からすれば親友を信じて相談してくれたというのに、俺はその信頼を裏切ったのだ。


 胸が痛まないかと言えば嘘になる。


 だが、俺も立ち止まるわけにはいかないんだ…!




「…………」




 コッソリと視線を薫の背後。


 ちょうど影になっている茂みへと送ると、その場所が小さく揺れる。


 合図を受け取ってくれたらしく、彼女が立ち上がる姿が俺には見えた。




「なんとか言ってよ朱雀くん!なんで、なんで……!」




 俺が無視していると思ったのか、薫は激昂し、さらに詰め寄ってくるのだが―――








「―――あら、なにしてるの、ふたりとも」




 聖羅が俺達に声をかけてくるほうが、ほんのわずかに早かった。




「ああ、聖羅じゃないか」




「あ、え、せ、聖羅さん!?」




 慌てる薫と落ち着いて対応する俺。


 その差は顕著だ。タイミングバッチリだったな。


 正直言って助かった。




「渡り廊下で朱雀の姿を見かけたからきたのだけど…もしかして、なにかあったの?」




「そ、それは…」




「なにもなかったよ。それより、わざわざ探しに来てくれたのか?」




 そう問いかけてみると、聖羅はニッコリと微笑んでこう言った。




「ええ、好きな人に早く会いたかったから」




「…………!」




 聖羅の言葉を受け、露骨にショックを受ける薫。


 一瞬で顔を青ざめ、驚愕に目を見開くその姿は、まさに絶望の二文字が相応しい。




(くそ…薫、そんなに聖羅のことが好きだというのか…!)




 対して、俺に浮かぶのは嫉妬の二文字だ。


 聖羅に対し、そんな顔をすることが許せなかった俺は彼女をグイと引き寄せる。




「ありがとう、嬉しいよ」




「あら、ふふっ、強引なのね」




 抱きしめるように胸の中へと聖羅を収める。


 これで薫からは、聖羅の姿が完全に見えなくなったはずだ。




「あ……あぁ……」




 だというのに、薫の絶望はより深まったように見えるのは、一体どういうことだろうか。


 ワナワナと肩を震わせる今の薫からは、既に生気が抜け落ちているようにさえ感じられる。




「あら…ふふっ、やっぱり貴方って鬼畜ね。薫くん、ひどい顔してるわよ」




「わかってる…!」




 薫に聞こえないよう、小声で囁いてくる聖羅だったが、今の俺はそれどころじゃない。


 ますます嫉妬の炎に身を焼かれ、焦がれている最中だ。




(だというのに、この胸の高鳴りはなんなんだ…?)




 同時に湧き上がる謎の感覚に、俺は何故か戸惑っていた。






「こうして間近で見ると、朱雀ってやっぱり男らしい顔をしているわね。すごく私好み。さすが、私を一目惚れさせただけのことはあるわ」




 自分の中に起こった変化と格闘していると、聖羅が顔を見上げてくる。


 だが、それは打ち合わせの内容とは違う、完全なアドリブだ。


 どうやら勝手に話を進めるつもりらしい。




「ひ、一目惚れ?聖羅さんが!?」




「ええ、薫くんの親友だからって、昨日朱雀がわざわざ教室まで挨拶に来てくれたの。その瞬間、ピンときてしまったのよね。それで私から告白したのよ」




「そんな…一目惚れって、そんなことって…」




「薫くんには感謝してるわよ。彼と引き合わせてくれたことに。だからこれからも、出来れば仲良くしてくれると助かるのだけど」




 …なるほど。そういう設定でいくのか。


 俺は内心、聖羅に舌を巻いていた。


 それは実に巧妙な一手と言わざるを得ないからだ。




「ぼ、僕は…」




 突然のことで戸惑いを見せている薫だが、まだ初恋は完全に砕け散ってはいないのだろう。


 それはさっきの様子を見ても明らかだ。


 なにせ告白もしていないから、吐き出せない恋心は薫の中で燻り続けるに違いない。


 逃げることもできないのだ。




「俺からも頼むよ、薫。こんなことになったが、俺はお前を親友…いや、それ以上の存在だと思っているからな」




 そして逃がさない。


 その恋心を利用し、俺はお前が抱く女への幻想を、木っ端微塵に粉砕する。




「朱雀、くん…」




「薫、このとおりだ」




 そして、頭を下げる。


 なぁ薫。俺はお前のことを、誰よりもよく知っているんだよ。


 お前はいいやつだってことも。人の頼みを断れない善人であることも。




「や、やめてよ朱雀くん!わかった、わかったから」




「本当か?なら…」




 俺が誰よりもよく知っているんだ。




 だから―――




「うん、許すから。これからも僕たちは、その…友達、だよ」




 俺はお前のことを、完全にぶっ壊す。




「ありがとう、薫」




 その顔がどこまでも、曇り切るまで


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が惚れてる男の娘幼馴染が学園一の美少女に惚れているらしいので牽制にいったら、そいつがドSで擬似恋人になる代わりに契約を交わしました。女の子への幻想をぶっ潰して俺に惚れさせるために、男の娘を曇らせます くろねこどらごん @dragon1250

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ