第37話 春野ミリアーノ①


 授業が終わり休憩時間。静かでありながらも活気のあった空気が緩み各々が動き始める。僕も例に漏れず机の上に置いてあった教材を鞄に仕舞い息をついた。既に学習した分野とは言えやはり集中していると気疲れはする。その上、田口君のこともある。


(あれから2日。彼らに表立った行動は見られず問題はない...か)


 太郎君から情報は入って来ているものの、準備段階だとか僕たちが学園から去った時のことで盛り上がっているらしい。


 まったくいい気なものだと、ため息が出てしまうのは仕方のないことだと許してほしい。こちらから下手に手が出せない以上受け身に回らざるを得ないし徐々に心労が溜まっていく。


 第一に他の生徒を学校から追い出すなどどういった方法で実行するつもりなのか。


 ふと窓から天気を確認すると僕の内心を表すかのように雲行きが怪しくなってきていた。


「太郎君から何かあった?」


 隣の席である隼人が教室から出て行った太郎君を尻目にそう聞いてきた。


「僕たちのことを色々聞かれてるらしい。弱みや悩み、1日の行動パターンとかをね」

「太郎君はなんて?」

「上手いこと言い逃れしているようだね。それに今後の動向を探りつつ、僕たちへのヘイトを下げるよう立ち回っているみたいだ」

「そんなことまでしてくれてるんだ...」

「頼りになる友人だよ」


 寮の部屋番号や少し調べれば誰でも知れる情報しか話してないよと電話口で笑う彼は、この2日間昼休みだけでなく放課後や小休憩のときにも田口君たちと会いに行っている。

 一度彼らの様子を見に行けばすでに気心知れた仲間のように楽し気に会話をしている姿が見られた。


(あれには流石に驚いたけどね...)


 そこにはごくごく普通の男子高校生の日常があった。誰かをおとしめる計画を立てている人たちとは思えない、ただ友人と楽しく過ごすありふれた一幕。

 僕が見たその輪の中に田口君の姿が無かったのが残念で仕方がなかった。


「ミリアーノ、隼人。何をしている。次は体育だぞ」

「うん、そうだね。行こっかミリアーノ。彼らのことは気になるけど考えすぎも良くないよ」

「・・ああ、そうだね」


 確かに常に気を張り続けるのは精神的にも良くないな。時には切り替えも大事だ。それにこの程度の問題で頭を悩ませているようでは母の会社を継ぐなどと夢のまた夢だ。


 齊賀君に促され教室を出た僕たちは第二体育館へ向かう。ここ桜城高校には3つの体育館があり、のんびりとしていたら授業に間に合わず遅刻なんてことも起こり得るから大変だ。


「何するんだっけ?」

「バスケットボールだ」

「バスケかぁ・・、授業で習ったくらいだよ。ミリアーノは?」

「スポーツ全般得意さ。勿論バスケもね」

「ほう。なら機会があればテニスの練習に付き合ってくれるか?」

「それはいいね。その時はお手柔らかに頼むよ」


 全国大会だけでなく、大人が出場するような公式の大会にも出場し上位の成績を修めている齊賀君の実力は疑いようも無い。大見得切ったからには頑張らないとね。


「プロ契約の話も来てるんでしょ?」

「ああ。それに海外へ拠点を置く話もある。だがまだ自分が納得する成績を取れていないからな。対戦していない国内選手も数多くいる。先ずは日本一。そこから一歩ずつだ」

「堅実な齊賀君らしいね」


 一歩ずつ着実に。齊賀君が日頃から心がけていること。僕も彼からは見習う部分が多い。


―――≪ブブブッ≫。ん?


「あれ?どうしたんだろ?」

「どうした?」


 隼人の視線の先、第二体育館入口に人だかりが出来ていた。その中にクラスメイト達も何名か混ざっているのだが、何故か中へ入る様子が見られない。


「美鈴。どうしたの?」

「あ、隼人...。それが今日の体育の授業なんだけど、急遽4組と合同で行うってさっき連絡があったの。そしたらえっと田口?って人が一つ勝負でもしないかって話を持ち掛けてきてね」

「田口君が?」


 彼の名前が出たことで隼人と齊賀君の表情が曇る。


「どうやら単なる勝負だけでなく罰ゲーム付きの勝負を挑まれたようだね」

「え? 罰ゲーム?」

「うん。それで少し揉めているみたい・・って春野君はどうしてそれを?」

「今さっき太郎君から連絡が来た。どうやら連中の突発的な思い付きらしい」


 朝香君の言う通り人混みの中心に更科君と七貴君がいて田口君と口論していた。その雰囲気は傍からでも分かる刺々しいものだった。


「兎にも角にも先ずは着替えるぞ」

「そうだね」


 急いで体操服に着替え戻ってくると既に話し合いが終わったのか人だかりは解消されており、健太君が苛立たし気に立っていた。


「健太君、勝負の話はどうなったの?」

「ん?ああ、隼人か。もう聞いたんやな。何か向こうから吹っ掛けてきおったんや。俺ら1組メンバーは誰一人として了承してへんのやけど、田口の奴上手いこと周りを囃し立てて勝手に話を進めおった。頼みの青木先生も勝負事好きやから、喜々として準備に取り掛かって話にならん」

「先生はこっちの事情知らないからね...。それで勝負の内容は?」

「今から10分の練習してから前後半15分。ハーフタイムは3分。タイムアウトは無し。選手交代は自由で5対5の標準なルールや。審判は青木先生がするらしいから不正はない、と思いたいのぉ」

「学業の一環としてのスポーツなら問題は無さそうだが――」

「な~んかしてくるやろうな~」


 忌々しそうに対面にいる4組を眺める健太君だが、気持ちは痛いほどわかる。


(だがこの条件下で大それたことを仕出かすのは難しいはず...)


 教師の目がある。度を越した不正は出来ないだろう。そんな4組は既に試合に出るメンバーを決めているのか体格の良い5人が田口君を中心に作戦を練っている。


「それで誰が出る?」

「勿論僕は出るよ」

「僕も」

「俺もだ」

「ミリアーノと隼人、齊賀はテニス以外は苦手言うてたけど平気なん?」


 確かに彼がテニス以外のスポーツをしたと言う話は聞いたことが無かったね。


「例え苦手であろうとも勝負であれば燃える。なに、足を引っ張ることだけは無いから心配するな」


 幻覚だろうか。彼の背後に燃え盛る炎が見えてしまったが、兎に角やる気は十分と言ったところ。誰に言われずともストレッチをし始めた。


「なら後二人やな。他に出たい奴おるか?」


 そう言って健太君は集まっていた面々を見渡す。


「僕はバスケットボールをやったことが無いので、遠慮しときます」


 敦盛君はパス...か。高身長でがっしりとした彼ならばと思っていたんだが仕方がない。


「どっちでも」


 奈木君はあくびをしてまるでやる気が感じられない。


「太郎は?」

「そこまで言うのなら出てやろう!!」

「何も言うてへんわ。鬱陶しいやっちゃな。参加やね。あと一人、あ~千崎は?」


 壁際で美蘭君の後ろに控えていた彼を呼ぶと主である彼女に一言断りを入れ歩いてきた。


「お嬢様曰く『私が出場してしまうと面白くないわ』とのことですので、申し訳ないのですが辞退させていただきます」

「え?そんなバスケ上手いん?」

「執事ですから」

「それ関係あるん?上手いなら尚のこと出て欲しいんやけど?」

「お嬢様のご機嫌次第ですね。それに恐らく私が出ずとも大丈夫でしょう」

「ん?それどういう――ってちょお待てや!?」


 止める間もなく離れていった守君へ伸ばした手をガクッと下げた健太君は、気を取り直して残る面々に視線を向けた。


「はぁ、六谷は?」

「ごめん。バスケは得意だし出来れば力になりたいんだけど、ライブが近いからさ。怪我の元となる行動は控えるようにってマネージャーからきつく言われてるんだ。聞いた話だと危ないかもしれないんだろ?」

「あ゛~、そらしゃーないわなぁ。神崎と冬室は・・っておらんやん」

「あ、あいつらなら遅れるそうだぞ?」

「は?そらまた何で?」

「神崎が迷子になったらしくてな。さっき冬室が探しに行った」

「あんのアホウ」


 これで試合に出るのは僕・隼人・齊賀君・太郎君・健太君の5人となったが、これはかえってよかったかもしれない。これなら太郎君の狙い通り他のクラスメイトに被害が及ぶことは無いからね。


「そうと決まればさっさと練習しようぜ! あ、今日のおは朝の占い俺何位?ラッキーアイテムは?」

「知るかいな。どこの奇跡の世代やねん。アホなこと言うてないでやるぞ~」

「む、お前たち準備体操を忘れるなよ?体を壊しては元も子もないからな」

「「へ~い」」

「「・・・」」


 まったく普段通りの彼らの様子に緊張が見て取れた隼人も、そして僕も肩の力が抜けた。真面目に警戒している僕がバカみたいじゃないか。


「・・大丈夫だよね?」

「やるときはやってくれるさ」


 苦笑いを浮かべている隼人に肩をすくめる。


「ふんふんふんふんふんふんふ~~~ん!!!」

「おお!田中お前やるやんけ!!」

「腰の周りでボールを回して何の意味があるんだ?」


 ・・・きっとね。



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