第36話 田中太郎⑬


(明日七貴に殴られそうだな~)


 野々宮副会長は十中八九、七貴の勧誘をしに来たんだろうけどさてさてどうなることやら。まず七貴の奴は嫌がるだろうし野々宮副会長の頑張り次第ってところだろうな。


 部活に向かう生徒、帰宅する生徒、談笑している生徒と賑わいだす廊下を通りタンタンッと軽い足取りで階段を駆け下り下足室に向かう。


「お、どうしたよ田中。随分機嫌良さそうだな?今からまた野球部見学でもどうよ?」

「タッキーじゃん。見学ってどうせこの前みたいにゴリゴリに勧誘してくるんだろ? お前んとこの主将の無言の圧が凄いしパスパス」


 白い歯見せるつつにじり寄って来たのはタッキーこと滝 連たき れん。1年3組の野球部で見学しに行ったときに知り合い、会えば話す程度の仲になった。


 野球は好きなんだけどここの運動部は基本的にどこもガチ勢だったから、結局どの部活にも入らないことにしたんだよな。バイトもあるし。


「だったら文芸部とかどう?のんびりした部だし田中君に合ってると思うな~」

「お前っ、ずりぃぞ!先に声かけてたの俺だかんな!?」

「関係ありませーん。どの部活に入るか決めるのは田中君でしょ?で、どう?文芸部。田中君面白いし良い作品が書けると思うんだよね~」

「田中!男なら運動部!そして運動なら野球だよな!?一緒に甲子園目指そうぜ!!」

「うわっ、ちょっと考えが古くない?これだから野球バカは...」

「田中水泳とか興味ない?」

「吹奏楽は?」

「「ちょっと待て!!」」


 その後もタイミングが重なったのか続々と集まりだして大変なことに。ちょっとしか話してないような奴もいるのによく覚えてんな。


「田中はぜってぇ野球部だ!」

「話聞いてなかったの??田中君は文芸部に入るの!そして勉強を教えてもらうの!!」

「部活関係ねぇじゃねえか!?」


 当の本人を置いて白熱していく勧誘合戦から俺はそろりと抜け出し靴を取り出す。ポイっと地面に投げ置き履き替え――また数人の男子に囲まれてしまった。


「田中太郎だな?」

「そうだけど、部活の勧誘ならお断りしてる・・ぜ...?」

「なら丁度いい。勧誘じゃあ無いからな」

「ならどういったご用件で?」

「着いて来て貰うぞ」


 ぐるりと俺の周りを取り囲む筋骨隆々な方々。おお、漫画とかドラマとかでよく見るシーンを体験するとは。


 そのまま腕を掴まれやって来たのはこれまたお決まりの体育館裏だった。3つある内の校舎から一番離れた場所に位置するため人通りも悪いし打ってつけだな。


(逃げられないようにガッチリと後ろに4人、前に3人。この先は行き止まり。さてどうしよ?)


 強行突破は出来なくもない。お相手は人数差に加えへらへらと俺を見下し油断しているから隙だらけだ。でもわざわざこんなとこに呼び出す要件も気にはなる。


「で?俺に何の用?」

「ふん、この状況でその落ち着きよう。大物なのかはたまた唯の馬鹿か...」

(なんだこいつ...)


 そう言って前に出てきたのはメガネを中指でクイッとしたリーダーっぽい男。


「我々、と言うか僕がわざわざ君を呼び出したのは他でもない、ある手伝いをして欲しいんだ」

「手伝い?」

「そう。七貴奈木、八窪隼人、伊津伏齊賀そして春野ミリアーノ。今述べた4名をこの学校から追放したいんだ」

「つ、追放!?どうしてっ!?」

「彼らはこの学校に相応しくない。大した家柄でもなく、ただ運よく受かっただけのくせに僕を差し置いて『殿上人』だの『選ばれしものたち』だのふざけている!!あり得ない!」

「それは他の生徒たちが面白がって言ってるただの風評だろ!彼らは関係ない!!」

「そう、所詮ただの戯言。だがそれでもこの僕、未来の日本銀行総裁の座に就くこの田口明彦たぐち あきひこが下に見られるなんて我慢できないのさ!!」

(田口...、確か日銀の現総裁の苗字と一緒。いやいやだとしても世襲制って訳じゃ無いんだから何言ってんだとしか...)


 興奮し息を荒げる田口君とは裏腹に冷めていく俺。トンビがタカを生むこともあれば、カエルの子はカエルとならないこともあるみたいだ。


 それにちょっと待て。家柄?


「こほん。失礼。少々気が立ってしまった。まあ、そういう理由さ。他にも不適格な者がいるが、それは追々にしてまずは4人。さぁ、返事を聞かせて貰えるかい?ああ、そうそう。成功した暁には君が願うだけのお金をあげるよ。凡人である君が将来どんなに努力しても得ることのできないお金をね」

「そ、そんなこと友達にできるわけないだろ!!それに家柄がどうとか、春野はどうなんだよ!あいつは大手自動車企業の御曹司。そんなあいつをどうして!!?」

「ふん。彼に関してはついでさ。気に食わないって人がいてね」

「そ、そんな理由で...」

「で? 随分と友達が大事なようだが、返事はノー・・と言うことになるのかな?ならば少々痛い目を見ることになるが...」

「へへっ、1組だか何だか知らねえがお高く留まりやがって。ちょっと俺たちが可愛がってやるぜ?」

「くっ...。卑怯な、大勢で!!」


 パキパキと腕や指を鳴らしじりじり近づいてくる田口の取り巻き達。バット(それはズルい)も取り出しやがった。


「さあ、これが最後だ。田中太郎君。僕のお願い、手伝ってくれるよね?」

「く、くそっ・・!?」







――――――






【なんかお前ら狙われてるよ】


太郎:ってことがあった


隼人:太郎君大丈夫だったの?


春野:田口明彦。現日本銀行総裁、田口康彦やすひこの孫にあたる人物だね。でもなぜ太郎君に?


太郎:全然平気。その場のノリに合わせたら普通に帰してくれた。拍子抜けするほどあっさりと。何かしろとかするなの脅迫も無し。俺が裏切るとか微塵も考えてないっぽいな。


太郎:それは俺も分からん。家柄とか言い出したら俺とかモロ当てはまるもんな


七貴:チョロそうだったんだろ


太郎:おいこら


伊津伏:してこれからどうするつもりだ?


太郎:俺は暫くあいつらに付き合って様子をみるつもり


隼人:危ないよ!古手川先生とかに相談しないの?


太郎:う~ん。それもありだけど、まだ大した被害も証拠も無いからね。腐っても相手は権力者の息子。学校側の対応を疑うわけじゃないけど・・って感じ


春野:今の段階だと恐らく学校側も手が出し辛いだろうね。精々彼らに対しての注意、それか動向を注視する程度だと思うよ。


太郎:下手に連中を刺激して他の1組メンバーが狙われるのも怖いってのもある


春野:だからターゲットを僕たちに絞らせチャンスを伺うと?


太郎:そうそう


伊津伏:こそこそと情けない。ぶつかるなら正々堂々とすればいいものを




―――――



 その後も軽くやり取りを行い、俺はスパイみたいな立ち位置になった。こっちはこっちで爆弾抱えてるようなもんだし、もうすぐGWだと言うのに全く...。


「なんで俺がこんな役回りに...」

「―――?」

「はぁ、何でもない」


 退屈しないな、ホント...。




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