第34話 七貴奈木⑥


「今朝の食堂でそんなことがあったんですね...。今日は僕、日直で早くに教室に来ていたので知りませんでした」

「春野に聞いたところ秋原の父親は至って優秀で変なことをするような人じゃないらしいな。春野家の食卓で度々話題に出たりするらしいし。だから名前も覚えていたってよ」

「田中君って寮に住んでないですよね?情報集めるの早くないですか?」

「そうか?騒動自体は他のクラスの奴らが色々と話してたし、春野に聞いたら普通に答えてくれたぜ?」

「・・なんでお前らはわざわざ俺の近くに来てんだよ」


 放課後。帰る準備をしていたら田中と西郷がおもむろにやってきて今朝食堂で起こったいざこざの話を始めた。が、はっきりいってどうでもいい。何当たり前の顔して居座ってんだよ。帰れよ。


「七貴奈木はいるかっ!!」

「・・・はぁ」

「何だなんだ? って、あ~成程...」


 チッ、こんな時に限ってめんどくさい奴が増える。何なんだよいったい...。


 教室の扉を勢いよく開け入って来た人物を見て思わず顔を顰める。その人物は教室全体をさっと見渡しそして席に座っていた俺を見つける。


「あの人は確か生徒会副会長でしたよね?七貴君のお知合いですか?」

「おお!そこが君の席か!!」


 西郷の質問に答えるのも億劫な俺とは逆に生き生きとした様子の副会長こと野々宮静音ののみや しずねはポニーテイルを揺らしながら歩いてくると、腕を組んで立ち止まった。


「ふふふ、昼休みでは逃げられてしまったからな。急いで来たんだ。なに、要件は変わらない。七貴奈木、生徒会へ入ろう!!君の力を貸してくれ!!」 

「せ、生徒会っ!?それも勧誘! す、凄いですよ!七貴君!あの生徒会ですよ!?」


 何が凄いのかは知らんが興奮し出した西郷を冷めた視線を送りそのまま副会長にも向ける。


「その話は断っただろうが」

「ええっ!!?」

「・・ふむ。気持ちは変わらんか...。何故だ?わが校の生徒会に入れる者などほんの一握りで大変名誉なことだぞ?」


 心底不思議だと首を傾げる副会長だが、名誉なんかに興味のない俺としては生徒会はただめんどくさいイメージしかない。てかそもそも柄じゃない。だと言うのにこの人は先週あたりから頻繁に勧誘してくる。今日なんかわざわざ手紙で呼び出す始末。


「だいたいなんで俺なんだよ。もっと適任がこのクラスにはいるだろうが。夢ノ中とか姫崎とか」

「睡君は清修院生徒会長が担当している。知っているだろうが桜城高校の生徒会役員は代々自ら後継人を見繕うのが仕来りとなっている。そして私は君にお願いしたいのだ!次代の副会長を!!」

「ノーセンキュー。俺よりもこいつの方が・・―――あ?西郷、田中は?」


 俺のどこに惹かれたのかは知らんが、丁度いいとばかりに隣にいた田中を生贄にと指差したがそこにあいつの姿は無かった。


「田中君ならさっき『七貴に押し付けられそうだから先帰るな!俺、放課後いろいろやることあるから生徒会とか無理☆』って帰っちゃいました」

「あ、あの野郎・・っ、いつの間に...」

「田中、太郎君だったな。確かに彼も私が一目置いている生徒の一人ではある。だが、彼は何というか違うと感じた。生徒会という組織に合わない・・・いや違うな。すまない。どう表現すべきか言葉が纏まらない―――まあ、つまり私は彼よりも七貴奈木。君が欲しいんだ!!」


 そんな目ん玉キラキラさせても困るものは困る。なんでこの人の中でこんなに俺の評価が高いんだよ。くそっ、教室中からの視線が鬱陶しい。なに睨んでやがる夢ノ中。見せもんじゃねえぞ。


「何度誘われても答えは変わらない。俺は生徒会に入るつもりは無いんで。他を当たってくれ。西郷、帰るぞ」

「あ、ええっといいんですか?あの、そのじゃあ失礼します」

「・・・うむ。気を付けてな」


 鞄を肩に引っ提げて教室を出ると野次馬共が散らばるように広がっていく。どんだけ集まってんだよ。






「静音副会長!だ、大丈夫でしたか!!?」

「ああ、君たちか。どうしたんだ?そんなに慌てて」

「どうしたじゃないですよ!副会長が心配で...」

「そうですよ!どうしてあの男に拘るんですか?」


 教室から出て行ってしまった七貴奈木と入れ替わるように、生徒会会計の菊花双葉きくばな ふたばと庶務の佐々草紗枝ささくさ さえが詰め寄って来る。

 ふむ。七貴奈木に拘る理由か...。


「ここでは話せんな。場所を変えよう」




 やってきたというより帰ってきたのは生徒会室で、二人が席に着いたのを確認し私は話し始めた。


「さて、私が七貴奈木を副会長に推す理由だが二つある。一つはほぼ間違いなく次の生徒会長に夢ノ中睡君が選ばれるからだ」

「夢ノ中と言えば確か入学試験で満点を出した才女ですね。2・3年生の間でも話題になるほど有名な彼女なら他からの苦情は少ないでしょう。我々も役員として生徒のプロフィールも拝見しましたが適任だと思います。あとはやる気の問題ですね。しかし彼女が会長になるのと彼に拘るのはどういった...?」

「そうですよ。彼は確かにここ近年では大人しいようですが、小中と喧嘩ばかりの問題児だったそうじゃないですか。それに彼は孤児院で――」

「佐々草庶務」

「っ、はい...」

「彼が過去にしたことは決して褒められたものじゃない。――が、彼が孤児かどうか、そこに問題はあるのか?」


 家柄よりも人柄。それは桜城高校生徒会の理念の一つであり佐々草庶務も理解している。ただ今回に関しては我慢できなかったのだろう。


「・・生徒会役員に就くと言うことは大変名誉なことであるのと同時に、多大な責任を背負わなければなりません。家柄がその者の全てとは言いませんが、やはり彼は...」

「相応しくない、と?」

「・・・はい」

「菊花会計も同じ意見か?」

「・・・」コクン

「ふむ。では君たちに問うが、まず次代の生徒会長が夢ノ中君になるとして副会長にはどういった人物がなるべきだと思う?」

「? 会長を支えられる人です」

「生徒の事を大事に思える人...でしょうか?」


 二人とも私の問いかけにきょとんとしたものの直ぐに答えを出した。


「そうだな。二人とも正しい。だが私はそこに加えしっかりと会長に意見できるもの、そしてときに会長と敵対できるものが望ましいと私は考えている」

「敵対、ですか?」


 怪訝そうに首を傾げる菊花会計に佐々草庶務。それもそうだろう。支えつつ敵対するなど矛盾しているように聞こえるのも無理はない。だがこれは副会長という役職に就く者として大事なことだと私は思う。


「私たち生徒会の持つ権限は大きい。校則から校内の設備増築と削減、各部活動の部費の割り振り。各行事日程、場所の調整と選別。わが校では滅多に無いが問題を起こした学生の処分についても生徒会の判断で大きく左右される。そういった中でもし生徒会長が誤った判断をした場合、いの一番に反論できる人物が副会長になるべきなんだ。そして次代の会長候補、夢ノ中睡にそれができる人物。それが七貴奈木だと私は感じた」

「「・・・」」


 私の副会長像に納得はしたものの、やはり不満なのだろう。二人の表情は苦虫を噛んでいるようだった。


「そうそう。二つ目の理由だが七貴奈木はああ見えて入試成績7位というのもでかいな」

「あっ、そう言えば...」

「確かに...」


 うんうん。どうやら七貴奈木の見た目に引っ張られて二人とも重要な要素を忘れていたようだな。どれだけ理想の人物像だとしてもやはり賢くなくては副会長など勤まらんからな!



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