第33話 八窪隼人②


 寮の食堂で起こった生徒同士の揉め事。一人が床に倒れ、そんな彼を見下ろす二人組という構図だけれど、ただぶつかってしまっただけと言うわけでは無いみたいだった。


「へへっ、ほら汚いだろ。さっさと片付けろよっと」


 なっ、ひどい!!


 何が面白いのか馬鹿にする笑みを浮かべた二人組のうちの一人が床に散乱している料理をおもむろに蹴り上げ、尻もちをついていた男子の手に引っかける。


「ふざけ――っ!!」


 偶然じゃない。その明らかに狙った行為に尻もちをついていた男子生徒は顔を赤く染め上げ拳を振りかぶり、二人組も待ってましたとばかりに身構えた。


「止めたまえ」

「っ放せ!誰だよ!」


 しかし今にも殴り掛かろうとしていた男子生徒の腕をミリアーノが掴んで止める。


(うん、怒る気持ちは分かる。でもそれは駄目だ)


 暴力事件ともなると彼の方が不利になってしまう。彼らもそれを狙っていたようだし、ミリアーノもそれが分かっていて止めたんだろう。


「君が怒るのも分かるが、暴力に訴えるのはよくないよ。ここは堪えてくれないか?」

「・・・くそっ」


 そう真摯に頼むミリアーノに対し男子生徒はバツが悪そうに力を抜いた。


「ありがとう。――それで・・」


 ふっと優しく微笑んだミリアーノだったけど改めて二人組と向き合う頃にはその表情を冷たいものへと変えた。


「君の名は知らないが秋原君、このような食堂の場で何をやっているのかな?」


 え、知り合いだったの?


「これはこれはかの有名企業『ライフ』の御曹司であらせられるミリアーノ様ではないですか。私奴わたくしめなどの名を存じていただけているなんて光栄ですね」

「顔見知りかいな?」

「親同士がね。僕に様などと敬称を付ける必要はないよ。まだまだ独り立ちもしていないただの学生だからね。それで再度問わせてもらうが君はなぜ先ほどのようなことを?」


 うやうやしく頭を下げた秋原君のことはひと先ず置いておくことにしたらしい、ミリアーノはもう一人の男子生徒へと鋭い視線を向けた。


「いけ好かへん奴やな」ボソ

「うん」


 ぼそりと小声で呟いた健太君だったけど僕も同じの気持ちだった。


 名前に『様』なんて付けてミリアーノを呼んでいたけど秋原君に相手を敬う気持ちが無いのは見ればわかった。形だけの薄っぺらいものだ。


「はっ、何のことか分からねぇな」

「とぼける気かい?何が原因でこのような事態になったのかまでは分からない・・が、問題はその後だ。何故彼にかかるように落ちていた料理を蹴ったんだい?あんなことされたら誰だって怒るだろう」

「あ?俺がわざとやったって言いたいのか?」

「少なくとも僕の目にはそう映ったね」

「証拠でもあんのかよ?」


 軽く顎をあげ、見下すように話す男子生徒。証拠なんてある訳がない。それが分かっているからこその余裕の態度なんだろう。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。彼の手にかかってしまったのは・・・そう、偶然だったんですよ。彼は靴が汚れていたので払ったまでです。ですよね海道クン?」

「んあ?ああ、へへっそうだよ偶々たまたま」

「嘘つけ!!明らかにこっち狙ってたじゃねぇか!!!」


 再び踏み出そうとした彼の前に素早くミリアーノが手を伸ばし止める。


「・・故意であろうが事故であろうが、彼の手に料理がかかったのは事実。先に揉めていたとしても彼に謝罪すべきだと思うのだが?」

「僕らとしては先にぶつかった件についての謝罪を要求したいのですが、ここはミリアーノ様に免じて許してあげようか。ああ君、先ほどは僕のツレが失礼したね」

「悪かったなー」

「・・・っ!!」


 今のが謝罪・・? 相手をちらりと見ただけでまるで心が籠っていない謝罪なんてこちらを馬鹿にしているとしか思えない。


 現に男子生徒は何とか怒りを堪えている状態だ。いつ爆発してもおかしくない。


「ミリアーノ。いつまで下らん連中の相手をしている。さっさと掃除をするぞ」


 正に一触即発な状況の中、掃除道具を持ってきた齊賀君がやってきた。


「・・・・そうだね。君も災難だった。申し訳ないがその怒りを治めてくれないか?」

「ちっ、やってられるか」


 ガンっと近くの椅子に怒りをぶつけ食堂から出て行った男子生徒を見送り、僕たちは床に散乱した料理の後始末を始めた。


「ははっ、掃除。頑張って下さいね?」


 期待はしてなかったけど秋原君たちはクスクスと隠しもしない笑みを浮かべて去って行った。


「あ゛ぁ~腹立つわ~!何あいつ?やっぱ首突っ込まん方がよかったや~ん」

「付き合わせてしまって悪かったね」

「話途中だったが、知り合いだったのか?」

「親同士で繋がりがあるみたい」


 ぶつぶつと文句を言いながら散らかった食器類を返却口に持っていく健太君は相当我慢してたんだろうね。カラリとした性格だし秋原君みたいな人は嫌いなんだろうな。


「彼の父親は『ライフ』の技術本部代表の一人で主に車の内部システムなどの開発を指揮しているんだ。ライフの代表は母だが、もし次の社長は誰かと問われると名前が挙がる人物でもある」

「え?でも会社はミリアーノが継ぐんじゃなかったの?」

「勿論そのつもりさ。でも今はまだまだ半人前。息子だからなれるなんて甘い話じゃないのさ。それに母はまだまだ若いからね。あくまで『もし』、の話さ」


 社員何十万人も抱える企業のトップ。僕にとって想像もつかない世界、けどミリアーノはそこを目指してるんだね。


「多少の因縁がある訳か。ただそんな父親を持つ息子がこんな下らない騒動をわざわざ起こすとは考えにくい。もしかしたら他に別の目的があるやもしれんな」

「あまり考えたくは無いね」


 掃除を終えた僕たちは元居た席へと戻る。


(何事も無ければそれでいいんだけれど...)


 ミリアーノのお母さんは社長の座を誰かに渡すなんて考えてもいないようだけど、いろんな人の思惑とか絡み合うのが大人の世界なんだろうな。


 何かミリアーノの力になってあげたいけど僕なんかに何が出来るのだろうか?


 きっとミリアーノの事だからそんな難しく考えないで大丈夫とか言ってくれるんだろうけど。


「な、何やこれ!!?おい誰や!こんなふざけた事しおった奴はっ!!?」


 そんな風に頭を悩ませていた僕だったけど、健太君のただならぬ怒声で我に返りそして顔を顰めた。なぜならそこには――、


「これは...っ」

「・・これが狙いか?」

「やってくれるね」


 僕たちが置いていた朝食。しかしその上にはゴミがかけられ、ゴキブリなどの虫の死骸が乗せられていたのだった。


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