第28話 水原翆②


「お、七貴と佐那さん。丁度良かった。そろそろ時間だから集まってもらおうと思ってたんだ」

「焼くんだろ?」

「そうそう。あっちに持っていけば焼いてくれるんだってさ」

「ねえ太郎。七貴君素っ気ないんだけどどうしたらいいと思う?」

「え?あ~、・・押してダメなら引いてみろ的な?」

「こっち見んな」


 あの七貴君に絡んでいけるなんて佐那さんは流石だと思う。職業柄なのだろうか?


 逃げるように一人先に行く七貴君を追いかける佐那さん。他のメンバーも集まりだす。


 時刻は11時半過ぎでお昼には少し早い時間。けどもこの私が! 西郷君と! 一緒に(ここ重要)釣り上げたこのお魚は例えお腹いっぱいであろうとも美味しく頂ける自信がある!


 ここでは用意して貰っている鉄網の上に魚を置き炭火でじっくりと焼いて食べるそう。


「確認だけどみんな釣れてるよな?」

「ちゃんと釣れたよ~!こう・・クイッて!」


 釣った時の再現をしている和歌奈を横で微笑まし気に見ている睡もチラチラと自分のバケツの魚を気にしている。鮮度を気にしているのだろうか?


「釣りっちゅうもんを始めてやったけど、中々おもろいもんやったな」

「そうですね。僕も久々でしたので緊張しました」

「そうは言うても俺らん中じゃ一番早よ釣っとったやん」

「意外と体は覚えてるもんなんですね。ほんと小学生の時以来だったんですよ?」


 流石西郷君流石。


「そんじゃ各自焼いていこうか」


 スタッフさんに釣った魚を渡すとあっという間に内蔵の処理をし竹串を刺して帰って来た。さっきまで元気よく泳いでいたのにごめんね。


「あっ、ここってちょっとした山菜の天ぷらとご飯、お吸い物を300円で買えるけどみんなどうする?」

「何それ!食べる~!」

「私もお願いしてみようかしら?」


 うっ、そんな最高の組み合わせ食べない選択肢は無い!・・けど、食べられる?

 自分で言うのもなんだけど私は小柄で少食。ニジマス一匹でもそこそこお腹は膨れちゃう。果たして食べれるだろうか...。でも食べたい・・・っ!!


「え~っとあとは、水原さんはどうする?」

「うっ...」


 食べたい。でも食べきれなかったらどうしよう...。残すなんて駄目。作ってくれた人に失礼だし。でも...。


「っ、食べ、る」

「? 了解。じゃあ全員だな」

「あ、僕も一緒に行きますよ。一人だと持てないでしょうし」

「ほな俺も」

「・・・」


 田中と西郷君更科君、そして無言で七貴君が席を立つ。彼らの分の魚は私たちに任された。


「まっだかな~?まっだかな~!早く焼けないっかな~♪」

「ふふっ、そんなに早くは焼けないわよ?」

「でもでも!待ちきれないよ! これ見てたらお腹空いてきちゃって」

「そうね。確かに私もお腹空いてきちゃったかも」

「でしょでしょ?翆ちゃんも楽しみだよね?」

「もち」


 お腹の心配はあるけれどそれはそれ。網の上のニジマスをしっかりと見極める。味付けは塩のみだけどそれがいい。他は無粋というもの。


 徐々に焼けていくニジマスを時折くるりとひっくり返す。


(うん、いい色)


 西郷君の魚は意地でも完璧に仕上げなくちゃ。


 談笑しながら待つこと数分。パリッと焼き色の付いたニジマスの塩焼きが完成した。白目がちょっと怖いけどとても美味しそう。


「買って来たぞ~。おお!上手そうに焼けてる!」

「この私が焼いてあげたんだから当たり前よね」

「佐那さんはどちらかというと料理下手だった気が...」

「はい。更科君」

「うほ~!これ絶対美味いやつや!ありがと!」

「七貴君もどうぞ!」

「ああ、すまん」


 佐那さんに睡、和歌奈と来て遂に私の番。だ、大丈夫だと思うけど...。


「わあ、凄く美味しそうに焼けてまね!水原さん、ありがとうございます!」

「――っ、うん!」


 あ、かっこいい...。お腹が膨れるより先に感動で胸がいっぱいになっちゃう。


 そして田中たちが持ってきたお盆の上にはこれまた美味しそうな山菜の天ぷらセットがあり、中央に長方形のお皿があった。


「このお皿は?」


 和歌奈が何も乗っていないお皿を刺して問いかける。小骨入れとか?


「ああ、これは焼いたニジマスをこう置くんだ。それっぽくなるでしょ?」

「おお!なるほど!あっ、写真撮ろ!」


 確かに見た目はもう立派な川魚定食。


「こちらどうぞ。水原さん」

「ん。ありっっ!?」

「?」


 その不意打ちはズルい!テーブルに座る私の背後から西郷君がお盆を置いてくれた!肩口から回される逞しい腕に自然と近くなる顔......って待って近い!心の準備出来てないの!Hey Siri . 彼の微笑みはおいくらか!?


 ヒュボッと頬に熱が灯る。そんな自分の顔を見られたくないので直ぐに顔を逸らす。パタパタと隠れて手で顔を仰ぐも何の気晴らしにもならないくらい顔が熱くなっちゃう。そして気を抜けば口元もだらしなく緩んでくる。―――っっっもうダメ!!


パンッ!

ビクンッ!!?


「ええっ!?翆ちゃんどうしたの急に!?」

「・・・ん、何でもない」

「そ、そうは見えないのだけれど...」


 勢いよく両手で顔を覆う。和歌奈や睡が心配してくれたけど私はこの興奮を抑えるのに必死でそれどころじゃなかった。




「うし。全員座ったな? それじゃあコホン。手を合わせて下さい!いただきます!」

「いただきます!って急にどうしたん?めっちゃ懐かしいねんけど」

「だね♪小学校の給食でやったよね。懐かし~」


 全員の前にお盆がおかれ田中の号令でそれぞれが食べ進めていく。私もワクワクしながら竹串を持ちニジマスに齧り付く。


(美味しいっ!!)


 ホクホクの白身は淡白だけど乗せられた塩がいい味を引き立てていた。焦げた皮の苦みも味に変化が生まれ、極めつけは艶りと光る白米をパクリ。


(ベストマッチ・・ッ!!)


 今この瞬間では白米に合う料理は焼き魚だと断言できた。


 そして山菜の天ぷら。地元の山からとってきているそれらは季節によって変わるらしい。今回は山菜の代名詞とも言われている『タラの芽』、春を告げる『フキノトウ』、先っぽがクルリと巻かれた『こごみ』の三種類。どれもカラっと揚がっていてサクサクと美味しい。・・けど、


(ご飯が多い...)


 料理は美味しい。それは間違っていない。悪いのは小食と分かっていながら量を減らさなかった私だ。けどもう口を付けちゃったし食べないと...。


「あ~美味しかった~!!ご馳走様でした!」

「ふぅ。ご馳走様でした。少し食べすぎちゃったかしら。でも偶にはいいわね」

「ごっそさん。自分で釣ったちゅうのがまた美味しさの秘訣やな~」


 みんながご飯を食べ終えだし私は内心焦り始める。うぅ、どうしよう。山菜とお吸い物は食べれたけど白ご飯は半分に魚も少し残っちゃってる。恨めし気に見つめてもそれらが無くなることは無い。


(もう、残すしか...。ごめんなさい)


「翆ちゃんどうしたの?」


 箸が止まっていた私に気づいた和歌奈が声をかけてくれる。


「お腹いっぱい...」

「そっか、翆ちゃん小食だもんね。しょうがないよ」

「・・ごめんなさい」

「え!?あ、ああいや私、責めてるわけじゃないからね!?」


 知ってる。和歌奈はそんなこと言う子じゃないってことは。




「あ、それなら僕が食べましょうか?」

「え?」


 西郷君の声に思わず顔を上げる。彼は自分の言ったことを特に気にしていないのか私の顔をキョトンと見つめていた。


 家族でもない誰かの食べ残しなんて普通気持ち悪がって遠慮する筈なのに...。え、でも待って。それってつまりもしかしなくても例のアレになっちゃうんじゃ――っ!


「ってお前まだ食っとるやないかい」

「あはは、僕量は食べるんですけど、食べるスピードは遅いんですよね」

「西郷君確かご飯大盛りに変更してたよね?」

「まだまだ食べようと思えば食べれますよ?」

「フードファイターかよ」


 あれ?みんな、なんか普通・・?もしかして私が気にし過ぎなだけ?


「あ、勿論水原さんがよろしければですけど...」

「・・えっと、じゃ、お願い、します...」

「はい。では失礼して」


 そう一言断り文句を入れた西郷君は私のお盆から魚の乗ったお皿とご飯茶碗を取りパクパクと美味しそうに食べ始めた。


(あっ...)


 ついつい彼のお箸に目が向かってしまう。や、ダメだよ私。西郷君は善意で申し出てくれたんだから、変なこと考えちゃ失礼だ。


「水原さん」

「?」


 そう頭を振り、でもやっぱり視線が向かってを繰り返す私に田中が小声で私を呼ぶ。


「見すぎ」

「そっっな!!!?」


 田中に自分の恥ずかしい姿を見られていたことも、そして恐らく考えていたこともバレたのだろうその一言に思わず声が裏返り体が跳ねてしまった。



 お陰で西郷君に心配されてしまった。バカ。


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