第27話 七貴奈木⑤
釣り。テレビでしか見たことが無かったがいざやってみるとこれがなかなか面白い。敷地内を流れる清流を利用して設置された釣り池に放流されたニジマスを狙うのだが、魚も簡単に釣られるほど馬鹿じゃないようだ。さっきから当たりらしき引きがあるものの竹竿を上げると餌だけが取られるを繰り返す。
(タイミングか・・?)
ひょいっと上げた竹竿は軽く、水中に影が走る。
「釣れたかしら?」
「・・いや」
今は思い思いの場所に散らばって各自で釣っているのだが、魚を釣り上げたのは西郷だけ。それも既に2匹。
「思ってたより何倍も難しいわね。釣りって」
「そうだな」
魚は水面からでも見えはする。そんな魚を追ってきたのだろう夢ノ中は何を思ったのか俺の隣にしゃがみ込んだ。
「西郷君曰く『針が掛かれば簡単ですよ?』らしいわ。全く...、それが出来たら苦労はしないわよね」
「役に立たねぇアドバイスだな」
「でも釣れないとお昼御飯が抜きになってしまうから頑張らないとね」
「普通の料理もあったろ。それ食えよ」
「嫌よ。折角来たのに釣れずに帰るなんて御免だわ」
ニジマスは釣り上げることが出来れば下処理をしてもらい塩焼きで食べれる。が、他のメニューが無い訳では無い。
(こいつの気持ちも分かるがな)
確かに魚食うためにこうやって釣りしてんのに別のってのは違うと感じるのは分かる。
夢ノ中はポチャンと釣り糸を垂らし真剣な様子で水面を見つめる。
「ほんと負けず嫌いだよな。お前」
「ええ、そうよ?私、負けるの大嫌いなの」
「俺には負けっぱなしだけどな」
「言ったわね。なら今回もどっちが先に釣れるか勝負しましょ?」
「お、釣れた」
「うそっ・・!?」
話している最中、ドプンと浮きが沈んだ瞬間クイッと手首を素早く持ち上げる。するとさっきまで釣れなかったのは何だったんだと言うくらい簡単に魚を釣り上げることに成功した。
「・・・」
「・・・」
そのまま糸を引き上げぴちぴちと元気よく宙をうねるニジマスをバケツに放り込む。―――でだ。
「また、俺の勝ちだな?」
そう言って夢ノ中を見れば俯きプルプルと震える姿があった。
「っ、無効試合よ! まだあなたは勝負を受けていないもの!それはズルだわ!フライングよ!」
立ち上がり猛抗議してくる夢ノ中。どんだけ必死なんだよ。
「分かった分かった。なら今からな。はいスタート」
「・・馬鹿にして。見てなさい...」
夢ノ中はどこか納得のいかない様子だったが、再び釣りに集中しだした。俺も同じく針に練り餌を付け投げ入れる。こいつとの勝負ははっきし言ってどうでも良かったが、さっきの手ごたえをもう一度味わいたかった。
魚が針にかかった瞬間のググっと手に伝わる重さを。
「ちょっと。そんな適当に投げ入れたら魚が逃げるでしょう?」
「そこまででかい音じゃなかっただろ」
夢ノ中の非難する目を無視して浮きに集中する。魚は練り餌の匂いが分かるらしいが、プラス音と振動で魚の興味を引く作戦。あまりに大きな音だと逃げるだろうが―――。
「・・っ、よし」
作戦通りなのかはたまた偶然か。俺が投げたエサ近くを通りかかった魚影がピクッと進行方向を変え泳いでくる。
「そのまま...、っ来た!」
「えっ!もう釣れたの!?」
さっきよりも重い手ごたえを竹竿から感じつつ魚を寄せ引き上げる。なかなかの大きさだ。
そのまま慌てずバケツに放り込み信じられないと言った様子の夢ノ中に向けて再び勝利宣言でもしようとした――その時だった。
ピクッ
「っ! おい魚釣れてるぞ!!」
沈む浮き。動き回る糸。誰が見ても分かる当たりに、らしくない声が出てしまった。
「えっ、嘘! ど、どうしたらいいの!?」
「落ち着け、そのままゆっくりこっちに寄せれば――っ」
突然の当たりに狼狽えた様子の夢ノ中を見かねた俺は横から竿に手を添え一緒に引く。そして足元近くまで引き寄せると糸を持ち魚を持ち上げた。
「釣れ、た...?」
「みたいだな」
「釣れた、釣れたわ!やったッ!見てたわよね?ね?」
「お、おい」
相当嬉しかったのか興奮して詰め寄ってくる夢ノ中。って近い近い!見てるも何も手伝ったんだから見てるに決まってるだろ!?
「ああーー! もしかして睡釣れたの!? いいな~!」
夢ノ中の様子に気づいたのか近くにいた愛音が歩み寄って来る。俺はこのままニジマスをぶら下げておく訳にはいかず、夢ノ中のバケツに放り込む。
「あっ、ご、ごめんなさい。私ったらはしゃいじゃって」
「いや、別にいい」
「そう。でもありがとう」
「・・・」
そう夢ノ中は小さく微笑んだ。
(・・なんか調子狂うな)
えらく素直にお礼を言うもんだからまじまじと見てしまう。
「・・? どうかした?」
「何でもない。じゃあな」
俺は不思議そうな夢ノ中を置いてその場を離れた。
・ ・ ・ ・ ・
「――のまま、そう。魚が――ッ今です!」
「っ」
パシャ
(お、釣った)
「おめでとうございます!!」
「やった」
「は~、流石西郷君。俺が教えても全然だったのにな~」
「ん。理解不能」
「うそん」
再び釣りポイントを探していたがふと、既に2匹釣っていることに気づき竿を返しに戻ることに。その際、田中たちの姿が目に留まった。
(上手くやってんのか?)
彼女欲しさにキャンプなんてもん企画してさぞ熱心にアピールをするのかと思いきや、田中が水原と絡んでいる姿は昨日の夕食後くらいしか見なかった。帰ってきてもそれらしい雰囲気は無い。
(そもそも水原のやつ...)
そのまま何となくそのまま3人の様子を窺うと水原は頻繁に西郷のことを見ていた。というか田中のやつもそれに気付いたうえで二人の会話が続くよう話の橋渡しをしている。
(何やってんだか...)
あいつのお人好し加減にはほとほと呆れる。
「あら七貴君。もう釣りはいいの?」
「まあ、はい。もう十分なんで」
「そっか~、残念。七貴君が釣ってる姿撮ろうと思ったのに」
そう言ってビデオカメラを下した佐那さん。
「更科のやつは・・?」
「更科君だったらあそこにいるわよ?」
見れば知らないおじさんと何やら盛り上がっている様子の更科がいた。
「誰だあのおっさん」
「さあ? そうだ!釣ってる姿は撮れなかったけど、せめて釣った魚くらい撮ろうかしら」
カラカラと楽しそうに肩を竦めた佐那さんはそう言って俺のバケツを覗き込んだ。
「おお~、ずいぶんと大きいサイズ釣れたのね!二匹でよかったの?」
「まあ...」
「食べないと強くなれないぞ~。ていうかな~んかよそよそしいのよね。あ、私の職業が警察だからかな?」
「いや、それはあまり...」
ぐいぐい来るなこの人。田中のやつも大概だがこの人もこの人だ。
「あ~、そろそろ戻りましょうか。集まってるみたいですし」
「あ、ちょっと~」
田中の周りに他が集まりだしているのを見てこれ幸いと俺は佐那さんから離れた。後ろから聞こえる非難の声は聞こえないふりをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます