第26話 西郷敦盛⑤
「はい。皆さんお疲れ様でした。以上でここ『ネイチャー・バギー』体験が終了となります。ヘルメットやプロテクターは男女分けてこっちの箱の中に入れてください。それとシャワールームがございます。無料ですのでご利用の際はお気軽に係りの者にお声掛けください」
「だってさ。使わせてもらう?」
「ええ、そうしましょうか」
「OK。じゃあ杉山さん、お願いできますか?」
「分かりました。男女で部屋数が2つずつとなりますのでその点はご了承ください」
「了解です。じゃあ適当に順番で済まそうか」
楽しかったバギー体験もあっという間に終わっちゃいましたね。春先と言えど汗も掻きましたし皆服は勿論のこと大なり小なり顔や髪の毛に泥が跳ねちゃってますから、特に女性陣は気になるでしょうね。
「どうする?」
「私先で良い?」
「ええ、佐那さんもお先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えましょうか。行こ翆ちゃん」
「ん」
「俺らはどうしようか?」
「俺もうちょっと休んでから行くわ~」
ぐでぇっと更科君はフロントのソファーに身体を預け天を仰いでいる。
・・あの汚れてるのであまり座らない方がいいんじゃないでしょうか?きっと手入れとか大変ですよ?
「勝重さんはシャワー浴びます?」
「そうだね。そうするよ」
「ん~、それじゃあ西郷君どうぞー。俺は大して汚れてないし、七貴もいいだろ?」
「ああ」
「と、言うわけでゴー!」
「え、あ、直ぐに変わりますんで!」
各々がロッカーに預けていた荷物を取り出し、杉山さんの案内の元シャワー室へ向かって行く。
シャワーは頭上に固定されたノズルから浴びるタイプで、意外とすぐに丁度いい温水が出てきました。泥をササっと落としほんの10分くらいで戻る。シャンプーやボディソープも置いてあったのはリゾート施設だからでしょうか?
「シャワー貰いました。次の人どうぞです」
「ん、早いね。なら七貴行ってきたら?」
「おう」
入れ替わるように七貴君がシャワー室へ向かい、彼の座っていた場所に座る。
「何を見てるんですか?」
「ああ、これ?」
ふと目の前に座っている田中君が携帯の画面を見て何やら笑みを浮かべていたので、尋ねると彼はとても楽しそうに画面を見せてくれました。
「スタッフの人に撮って貰った写真と、佐那さん撮影の動画。後々編集をどうするか想像してたんだ」
「わ~!僕にも見せて下さい!」
「写真だけな。動画はお楽しみ」
そう言って田中君は僕のSNSに写真を送ってくれました。
係りの人にも撮影をってサービスが凄いですね。うわっ、この写真バギーが浮いてます!丁度坂を超える瞬間ですね。こっちは愛音さんが七貴君に何か話しかけている様子ですね。愛音さんの勢いに七貴君が少したじろいでいるのが申し訳ないですけど微笑ましいです。僕は・・、シンプルにバギーを運転している姿でしょうけど、自分で言うのも悲しいですが目つき鋭くグリップを握る姿はまるで誰かを突け狙っている悪役そのものでした。
「何見てるの?」
「うわっ!ってすいません水原さん、気が付かなくて...」
夢中になって写真を見ているといつの間にか隣に水原さんが座っていました。ふわっと香るのはフローラルなシャンプーの匂いです。――っじゃない!!
(女性の匂いを嗅ぐな敦盛!)
慌てる僕だったが水原さんは大して気にせず携帯の画面をちらっと見る。
「かっこいい」ボソ
「え?」
「頂戴」
「いや、そこまで詰めたんなら俺じゃなくて西郷君に頼めば――」
「早く」
「うす」
水原さんは田中君に写真を送ってもらいそのままスタスタと女性陣の方に戻っていきました。
(さ、流石田中君です。もう水原さんのIDを教えてもらっていたなんて...)
彼のコミュニケーション能力は僕も見習いたいところ。正直なぜ田中君に彼女が出来ないのか不思議なほどです。
「絶好のチャンスだったろうに...。もうちょっと頑張れないかな~」ボソ
「どうしました?」
「いんや。何でもないよ」
「??」
左手で頭を支えため息を吐く田中君。あ、もしかしておかしな動画か写真があったのでしょうか?
「よし。あとは帰ってじっくりと考えるとしよう。うん。 佐那さん!そっちのバギーはどうでした?楽しめました?」
「勿論よ~!久々にはしゃいだわ」
夢ノ中さんと入れ替わりやって来た佐那さんはカラカラと陽気に笑って言いました。
「佐那さんが・・はしゃいだ?勝重さんっ、大丈夫でしたか!!?」
「ちょっとそれどういう意味!?」
「太郎...。うん、あまり生きた心地はしなかったかな」
「あなたまで!?」
何故か心配する田中君に対して勝重さんは疲れたように笑った。
「佐那さんの運転がね。本気出すと極まりすぎて言葉が出なくなるんだよ」
「一体どんな運転なんですかそれ...」
「まあ、もし同車する機会があれば頼んでみればいいんじゃない?交通違反するとかじゃないから命の保証はするよ」
「え、遠慮しときます」
そもそも車の運転で命の保証をするとは一体...?
「太郎!西郷君に変なこと吹き込んでないでしょうね??」
「や、やだな~。俺がそんなことする訳ないじゃないですか~」
「ふ~ん? ま、今日のところは信じてあげるわ」
冷汗が凄いですよ田中君。
「ところでそっちはどうだったの?」
「いや~大変でしたね~。バギーが揺れるのなんの。横転するんじゃないかってくらいで」
「へ~、そっちも楽しそうね~」
「ですね。また来たいくらいです」
「うんうん。翆ちゃんもどうだった?楽しかった?」
「ん。また来たい」
ちらりこちらを見て直ぐに逸らされちゃいました。
「そう言えば水原さんバギー初心者なのに操作上手くてびっくりしたよ」
「そうなの?ちょっと意外だわ」
「最後とか結構飛ばしてたしね。な、西郷君!かっこよかったよな?」
「え?ええ。凄く速かったですね」
「・・それ程でも、ない」
確かに最後の直線は凄いスピードを出していましたね。正直僕は怖くてあそこまで速度出せませんでした。フイと明後日の方向を向いた水原さんをあまり見ないように気を付けて僕は称賛を送ります。
「田中上がったで~。お前で最後や」
「了解。パパっと浴びてくる」
話していると更科君と七貴君、愛音さんが一緒に戻ってきました。
「何の話?」
「バギーの話ですね。水原さんが最後凄かったって」
「確かに!翆ちゃん最後早かったよね!ぎゅーんって。私もあれくらい出せたら七貴君に勝てたのに~!!悔しい!!」
「お、そっちはどんなことしてたん?違うコース行ったみたいやけど。競争か?」
「うん!林間コースを軽く回って、カートコースのタイムを競ってたんだ。流石に危ないから同時には走ってないけどね」
「僕は全然でしたね。二人とも速すぎです」
「ふっふ~ん!」
いやホント二人は速かったです。七貴君は的確にコースを見極めてインを責めますし、愛音さんは直線でギリギリまで速度を落としませんでした。僕には真似できそうもないです。
「こっちもこっちで凄く楽しかったわよ?」
「せやで!まるで未開の地を乗り越えるアドベンチャー気分をやな―――・・」
その後田中君が戻って来るまで互いに自分たちのコースの感想を言い合いながら、次の場所へと向かって行きました。
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