第25話 水原翆①


「僕バギーに乗るのなんて初めてですよ!楽しみだな~」

「今回乗るところはかなり本格的だから期待していいと思うぞ?」

「ほんとですか!今もワクワクしてます!」


 目の前を談笑して歩くのは田中と西郷君。昨日あんな場面を見られてるからいつにも増して話し掛けづらい...。田中ちゃんと誤解を解いているのだろうか?

 それにまだうまく喋れない私の前で西郷君と楽しそうなのもムカつく。


「ちょっと怖いけど楽しみだね、翆ちゃん!」

「ん、余裕」


 今日も元気に隣を歩くのは和歌奈だ。睡も楽しみなのか雰囲気が柔らかい。


 段々と増えていく木々の間を縫って行くように小道を歩いて暫く。一軒の山小屋風の建物が見えてきた。このリゾートキャンプ場が出来てまだそんなに年が経っていないのに少し古びて見えるのは演出なのかな?


「ようこそ!君たちは『ネイチャー・バギー』の体験ってことでいいよね?ここの係りの杉山とこちらは日野です。どうぞよろしく。人数が少し多いから二手に分かれて欲しいんだけど、お願いできるかな?」


 國枝夫妻は二人乗りのバギーを乗るとのことで外れてもらいグーとパーで別れることに。結果―――、


グーが田中、睡、私、更科君

パーが西郷君、和歌奈、七貴君


 ちょっと田中!離れてしまったじゃないか!やり直しかメンバー変更を希望する!! しかし私の怨念籠る視線に気付いた田中だったが、凄く気まずそうに頬を掻いて明後日の方向を向いた。


(ちょっと!話が違う!!)


 私と西郷君の仲を取り持ってくれるのではなかったのか。


「はい。決まったようなので皆さんこっちに着いて来てください。あ、それとここ結構泥とかで汚れちゃいますけど皆さん服装は・・大丈夫ですか?」

「えっ、あ、ああはい。今着ている服は汚れていい服にしてもらっているんで大丈夫です。着替えも別に用意してるんで」

「おお、それは用意周到ですね。ではこちらへどうぞ」

「はい」


 ねえ、待って。ねえってば...。杉山さんの案内に従いぞろぞろと移動していく皆に私の想いは届かず。


 若干どころかかなり気落ちしたまま渡された書類に必要事項を記入していく。室内には訪れた家族や友達、恋人の写真が壁に飾られていた。


「ちょっと」

「っ、・・はい。何でございましょうか」


 数名が先にお手洗いを済ませている間に私は田中の後ろを取る。肩を跳ねさせた田中は渋々と言った様子で振り返る。


「どうにかして」

「えぇ...。そんな無茶な。もう決まっちゃったし流石に無理だよ・・」

「むぅ」


 確かにあの場合でグーパーで別れるのは自然だし運の問題だからしょうがない。でも!いや、むむむ...っ!!


「・・・」

「大丈夫大丈夫。まだまだチャンスはあるって。ね?」

「田中君、翆、どうしたの?もうみんな揃ったわよ?」

「っと、ごめんごめん。今行くよ。ほら」

「・・・・・・ん」

「水原さんのそんな渋い顔、初めて見たよ」


 睡に呼ばれ田中が落ち込む私の肩をポンと叩く。セクハラ。でもこれ以上田中を困らせるのは流石に悪いと思い、私は渋々後ろを着いていくのだった。





「じゃあ初めにプロテクターを装備してもらいますね」

「女の子はこっちでお願いね~」

「もう佐那さんは女の子って年じゃないよな」ボソ

「何か言った、太郎...?」

「いえ!何も問題ありません!お約束かと!!」

「そんな約束はその辺に捨てておきなさい」

「サー、イエッサー!!」

「仲いいんですね~。親戚か何かで?」

「いえいえ。ちょっとした縁で―――・・」


 田中は日野さんと佐那さん二人と話しながらササっとプロテクターを装着する。今回の事で薄々分かって来たけど彼はこういったアクティビティにかなり慣れている。他のメンバーは向きや取り付け方を確かめながらなのに対し、彼は誰よりも早く装備を身に着けていた。様になって見えるのがなんか悔しい。


「あ、あれ?なかなか嵌らないですね。これ...」

(ん?)


 そんな中、西郷君がヘルメットのバックルがうまくかみ合わず悪戦苦闘していた。


(手伝ってあげた方が、いいよね?)

「手伝う」

「え?えっと・・」


 戸惑う西郷君をじっと見つめると彼は恐る恐る体を屈めてくれた。


「んと・・」

「・・・ッッ!!!あ、あのぉ!」

「動かないで」

「は、はいぃぃ...」


 どうやらベルトの長さが少し短かったようで調節してみる。 うん。これくらいなら丁度いい筈。


「ん、はまった」

「っっ、ぷはぁ!あ、ありがとうございます!」

「ん」


 残像が生まれるかのように素早く立ち上がった西郷君はすぐに離れちゃったけど、彼の役に立てたことに満足していた私は大して気にしないのだった。




「はい、それでは早速説明していきますね~」


 杉山さんのレクチャーの元、バギーの乗り方を学んでいく。既に汚れているシートに跨りハンドルに手を乗せる。バイクのグリップって初めて触ったかも。ちょっと感動。


(ここを回すんだよね?)


 よくテレビでもやっているように、クリクリとグリップを回そうとするも回らない。あれ?故障?


「そうそう。このバギーは一般的なバイクと違ってアクセルはグリップ近くにあるレバーを押し込むことでタイヤが回ります。ブレーキは右が前タイヤ、左が後ろタイヤとなっています。といっても基本は後ろブレーキ、つまりは左のレバーを使ってもらえたら十分です」


 ちらっと私を見て説明する杉山さん。私がグリップを回そうとしていたのを見ていたのだろうか。ちょっと恥ずかしい...。


「―――っと簡単な説明は以上となります。今から私たちスタッフがエンジンをかけて回りますのでハンドルから手を放してお待ちください」


 説明はとても簡単なものだった。車間距離の注意点や、コース上でバギーが止まる不具合があってもバギーから降りないでください、等々。


「はい、かけますね~」


 ドゥルンッドゥルンッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ―――


 おおぅ。エンジンがかかると結構揺れる。排気ガスの匂いも強まりいよいよ始まるんだって感じが強まる。


「それじゃあ早速行きましょうか!私に着いて来てくださいね~」


 そういって同じようにバギーに跨った杉山さんが発進していく。


「じゃあ私たちのグループも行きましょうか」

「は~い!」

「は、はい!」


 西郷君たちは別のコースへと向かって行く。和歌奈、今からでも遅くない。代わって?ああぁ~...。


 未練がましい私の願い虚しく林の中に消えていった西郷君たちのグループ。うぅ、でもこれでふんきりが付いた。今はバギーを楽しもう。



 ブルルッ、ブルルロロロロッ!!


「――っ!」


 杉山さんに続き更科君・睡と走り出し、私もとアクセルを恐る恐る押し込む。しかしあまりに弱かったのかエンジン音が響くだけで全く動かず、焦った私は強く押し込んでしまった。


「ふわっ!?」


 驚き両方のブレーキをぎゅっと握り締めると車体ががっくんと前後に揺れる。


「大丈夫?」

「ん、全然、余裕」


 最後尾の田中が私の横に並び様子を窺ってくるけど、違うから。今のはそう、ちょっとした練習だから!もう一度よく見とけ田中!!


 ブロロロッ!!


「ふっ」

「お、いい感じ」

「当たり前」


 最初だからちょっと戸惑っただけであってこんなの簡単よ。


 すぐに睡の後ろに追いつき田中を振り返る余裕すら見せる。


「俺は風になる!っていう奴の気持ち少しわかるわ~。乗ってるのバギーやけど風が気持ちええ~」

「季節も丁度良かったのが尚更そう感じるわね。暑くなく寒くもない。絶好のドライブ日和ね」


 最初の方は緩やかで整った道を杉山さんのレクチャーを聞きながら進み、流れる風景を楽しんでいく。


「っと、うおっ。なんや段々道荒くなってきおったな!」

「ここからどんどん険しくなるんで頑張って下さいね~」

「ッ!?口に泥がっ!」

「んんッ!!?」

(これ、はッ!!)


 田中が本格的と言っていたのは間違いでは無かった。暫くすると段々道は凸凹の激しい道、急な坂道や下り坂へと移り変わっていき、車体が傾いて倒れてしまうんじゃないかって場面が何度もあった。頬には泥が跳ね、服も勿論汚れてしまった。坂下に水たまりは反則。避けれるわけない。


「おっ、見てみぃ!林抜けるで!!」

「皆さんお疲れ様!!最後はストレートの道です!!思いっきりスピードを出しちゃいましょう!!」

「よっしゃあ!田中勝負や!」

「乗った!っておい待て!そのハンデはずるい!」

「翆大丈夫だった?」

「・・余裕」

「あら、余裕という割には元気ないわよ?」

「気のせい」


 更科君と田中が馬鹿みたいにバギーで走り抜けていく。睡も私の様子を窺った後、気持ちよさそうに走って行った。


(バギーってこんなに疲れるんだ...)


 睡には強がったけど正直腕はプルプルしていた。バランスとか必死にとっていたら正直あっという間だった。走り抜けていった田中たちは既にゴールして止まっている。


(最後はのんびり走ろ...)


 バギーを止め一息入れる。これで終わっちゃうのかと少しの物足りなさを感じつつアクセルを「お~い!翆ちゃーん!ラストダーッシュ!」ん?あの声は和歌奈?ということは・・。


「ほら西郷君も手振ろうぜ。お~い!」

「え、あ、はい。水原さーん」




 私は風になった。


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