第21話 田中太郎⑩
カチャカチャ・・
「はい」
「ん」
ゴシゴシ・・
「はい」
「...」
シャー・・
「はい」
「...」
キュッキュ
「はいはいっとこれで終わり。水原さんありがとうね。助かったよ」
「ん」
夕食後、俺は使った食器や道具類を洗いに水原さんと二人で炊事棟にやってきていた。当然のように夢ノ中さんや愛音さんも手伝うと申し出てくれたが、少し水原さんと二人っきりで話しておきたかったからやんわりと断らせてもらった。
更科とかは何やら訳知り顔でニヤリと笑いつつ彼女たちの気を逸らしてくれたんだが・・
(違うんだよな~)
そうとも。今回のキャンプ企画、元々は水原さんと仲良くなろう計画だったんだが少々事情が変わっちゃったんだよね。
「......」
水原さんは言葉数少なく淡々と俺が洗った道具をタオルで拭いていく。お手伝いをお願いした時もそうだったけど、その人形のような可愛らしい顔からは何を考えているのか読み取れない。
「それでさ。調子はどう?」
「......」
「その様子だと、そんなに・・かな?」
「・・うるさい」
ぴくりと一瞬だけ作業する手を止めた水原さんは気まずそうに手元から視線を逸らす。
「でも素直に着いて来てくれたところを見ると少しは話してくれるつもりだったんでしょ?」
「そんなつもりじゃない。ただ田中君には借りがあるから」
「借り、ねぇ...」
『借り』と水原さんは言うけども実際のところ協力関係だと思うんだよね。そもそも今回のキャンプ企画がこんなにも早く実行できたのは彼女の協力が無くてはならなかったのだから。
―――――――
「何で盗み聞きしてたの?」
「・・っ!?」
あの日。屋上で俺が更科たちを集め高校での目標を発表した日の放課後。俺は下足室前で水原さんを待ち伏せていた。
「き、気付いてたの?」
「俺結構人の気配に敏感なのよ。屋上出入り口に背中向けてた三人は気付いてないかもだけど」
「......」
まさか気付かれているとは思っていなかったのか水原さんは気まずそうに視線を彷徨わし、やがて観念したのかほんの小さくため息を溢す。
そんな様子の彼女に俺も少し困る。
(あらら。ちょっと気になったから聞いただけなんだけど不味ったか?・・・ん?待てよ。もしかして今のこの状況、絵面ヤバい?)
放課後。
「い、いや。聞かれて困る話って訳じゃないんだ。うん。恥ずかしい話ではあるが...(ボソッ)」
「?」
慌ててよくわからないフォローを入れる俺とは裏腹に、水原さんは特に気にしているわけではないようだ。
「ん゛ん。え~っとそれでちょっと気になっちゃってさ。何か用事だった?水原さんこの前も俺に何か言いたげだったし...」
「あれは、その...」
瀬之口姉妹と一緒に俺を睨んで(?)いたのは記憶に新しい。てっきりそのことかと思ったんだが、彼女の反応からしてそうでもない模様。
何か口にすべきかどうかを悩み口をもごもごさせている姿は大変可愛らしく守ってあげたくなる
「貴方は...」
「悶・悶♡」
「・・・」
「・・・」
「ゴホン。いや何でもない。うん続けて」
俺が脳内でモンモン先生の授業を受けていたら、決心がついたのか水原さんの口が開いた。
「貴方は、西郷君と仲、いいの・・?」
「西郷君と?」
「...」(コクン)
俺と西郷君は友達だけども、そんなこと聞きたかったのか?そんな気になること?
「まあ友達だな。うん。西郷君はここに来て初めてできた友達だ」
「・・そう」
「???」
目の前の少女の意図がよくわからない。俺と西郷君の仲を気にする理由。困ったような恥ずかしそうな・・え?もしかして、
「気がある、とか・・?いやでも―――」
「何で分かったの!?」
「――まさか・・と言いたいけど答え言っちゃったね」
「っ!!??」
「あ~うん。なんかごめん」
「うぅ」
思いのほか大きな声を出した水原さん。幸い近くに他の生徒は居らず、彼女の声が聞こえた人は恐らくいない。のだが、水原さんはどうやらそれどころじゃないようで、俯いて表情は見えないが耳は薄ら赤く染まり、プルプルと小さく震えている。
(まいったな。カマかけしたつもりは無いんだが...)
でもそうか~。水原さんが西郷君をね~。普段物静かって感じの子がここまで取り乱しているから嘘じゃなくて本気の想いなんだろうけど。さて、どうしよう。
「このことは、その...」
「勿論誰にも言わないよ」
「...」
上目で見つめられると照れるからやめて。
「え?まさがじゃあこの前も西郷君と仲良いか聞きに来ただけだったの?」
「そう。でも思い直した」
「確かに直ぐ近くに西郷君いたしね...。う~ん、なら他に西郷君について聞きたいこととかある?」
「うん。でもいい」
あらそうなの?もっと聞いてくるかと。
「じゃあね」
「あ~、ちょっとまって貰っていい?」
そういってそのまま帰ろうとする水原さんを見て俺は声を掛けた。
「何?」
「西郷君とどうしたい?」
「?」
ごめん。言い方が悪かった。ああ、もう!コテンと首を傾げる姿可愛いな!!じゃない!
「友達になりたいとか、恋人とかさ。あんまり口出しするのもお節介以外の何物でもないから、と言うか既にお節介気味だけども...。何か手伝おうか?」
「...」
「別に何もいらないんだったら俺はもう何もしない。精々内心でワクワクしとくだけにする」
「なにそれ」
「知っちゃったんだからしょうがない。邪魔だけはしないから。それで、どうなりたい?」
ジト目頂戴いたしました。でもしょうがないじゃん。流石に今日の事を忘れるなんて出来ないって。二人が話してたりするたびに絶対思い出す自信があるね。学園ラブストーリー(リアル)とかキュンキュンするよね絶対!
俺の申し出を理解した水原さんはまた少し頬を赤く染めて言う。
「・・別に」
「いらない?」
「べ、別に今は恋人になりたいとか、そういうのはない・・けど――」
「うん」
「もうちょっと話とか、してみ、たい...かも」ボソボソ
「・・そっか」
え~っと。
可
愛
い
!
!
何それ!夕焼けのせいじゃない理由で頬染めて!スカート握って!俯き気味にそんなセリフを言われた日にはもうたはぁ~~!!!っと危ない危ない。男子高出身としては危険レベルの『Kawaii』だった。他の奴らなら昇天してただろう。
にやけなかった俺を誉めて欲しい。そのせいで返事が淡白になったことを許してほしい。うん。
「ゴホン。そ、それじゃあ今計画してることがあるんだけど話だけでも聞いてみる?」
「計画・・?」
「そそ。実は近々とあるリゾートキャンプ場に―――」
と、俺は水原さんに更科たちをキャンプに誘う予定を話してみた。
「――ってお誘いだけど、どう?」
その後水原さんを経由することでスムーズに夢ノ中さんと愛音さんをメンバーに誘うことが出来たのだ。
―――――――
そう、だから今日このキャンプに来られたのも水原さんのお陰とも言えるのだ。
「貸したつもりは無いんだけどもそれはいいや。深く探られるのも嫌だろうし確認だけさせて。まだ手伝った方がいい?」
「・・いいの?」
「女の子の頼みは基本断らない主義なんで」パチンコン
「気持ち悪い」
「うはっ、辛辣ぅ~」
パチンとウインクを決めたらごみを見るような目で返された。
(ああっ!俺の中のMの部分が顔を――っ)
出さねえや。ただ悲しくそして虚しくなっただけだった。どうやら俺はそんな趣味を持って生まれてこなかったらしい。
「今日は上手く話せた?」
「・・あんまり」
「そっか~。西郷君は余り自分に自信がないタイプだから水原さんみたいな可愛い女子と話すの緊張したのかね?」
いや、西郷君の場合は人見知りみたいなものか。
「けど...」
「ん?」
「田中君の話なら結構聞いた」
「俺の?」
「うん」
「どして?」
「知らない」
確かに西郷君と水原さんを繋ぐ話題と言えば今回のキャンプか俺、もしくは学校とかか。西郷君とは初日からほぼずっと一緒にいるから必然的に俺の話題が多くなったのかな?
「例えば?」
「田中君は凄いって感じの話」
「何故そんな話を? ・・あっ、そうか」
「?」
さては西郷君、俺の彼女作るぜ計画で水原さんをターゲットにしたから俺の印象をよくするために持ち上げてくれたのか? 嘘だろめっちゃいい奴じゃん。知ってたけども。あ~そっか~、そこからかー。
「う~ん」
「何?」
「あぁ、ごめん。それ俺の所為だ」
「?」
こうなってくると水原さんには話すしかないか。
観念した俺は水原さんに彼女計画のことを説明した。
「馬鹿なの?」
「男子中出身者としては切実な願いなんです」
何とも呆れた視線を向けてくる水原さん。そんで俺はというと表面上では苦笑いを浮かべながら内心で羞恥のあまり転がり回っていた。
そらそうでしょ!同級生の女の子に実は貴方を狙ってましたって白状するとか悶絶ものだから!!しかも脈なんて最初から無し!!手伝ってもらってる手前、真剣に頑張ろうって考えてたけど仕掛ける前に終わるってそりゃないだろ!?
そのことを伝えても何とも思ってなさそうな、寧ろ迷惑そうな水原さんに全俺が泣いた。
「・・今回はあくまで仲良くなるためのキャンプだから上手く水原さんが西郷君と話せるように立ち回ってみるよ。もしそこで俺の話が出てもスルーしといてくれたらいいや」
「諦めたってことにすれば?」
「いきなりだと不自然じゃない?」
「知らない」
私の知ったことじゃないってことね。そりゃそうだ。
「こっちは何とかしてみるよ」
「そう」
あ~どう説明しよっかなぁぁ~~。水原さんは実は西郷君に気があるとか馬鹿正直に言えるわけ無いし、コロコロと対象を変えるってのも不純って失望されたくないし、ア゛ァァ~。・・そうだ!
「そうだよ。いきなりだったら不自然なだけで、俺が諦める理由がちゃんとあればいいんだから...、水原さん」
「?」
「俺のこと適当にあしらってくれ」
「・・ん。了解」
「理解が早くて助かる」
俺が話しかけようが何しようが水原さんの方に脈がないと更科たちに知らせ、俺もそれで諦めたと言う風にすれば波風断たずこの話は終わる・・はず。
「そうと決まれば戻ろうか。トランプ大会で商品は高級デザートだぜ?」
「ん」
話も出来たし俺の要件は終わった。デザートがあると聞いて水原さんも心なしか声のトーンが良くなったし早く戻ろうか。
「夢ノ中さんと七貴の勝負も楽しみだ」
俺は食器を持って水原さんの後に続く。ちょっぴり早足になってるの可愛い。
その時だった。
「きゃあ!!」
「!!?」
ガラン、ガランッ!!
突然小さな叫び声と共に前を行く水原さんが反転して俺に飛び込んできた。
「おっとと、どうしたの?」
片手で彼女の肩を支えつつ洗った食器を落とさないようバランスを取る。
「・・モ」
「え?」
「クモ!!」
そう言って水原さんは震える手で指を指す。見れば天井から黄色と黒の特徴的な蜘蛛が糸を伝いスゥーっと下りてきていた。
「うわっ、でかっ」
「無理!早く!」
「任せて」
見るのも嫌と強く俺のお腹に顔を押し付けてくる水原さんを極力意識しないように、一先ず食器を置く場所を探す。が、そんなことしている間に蜘蛛は地面に降り立ちそのまま水面台の下に潜り込んでいった。
「水原さん。大丈夫。もうどっか行ったから」
「ほんと・・?」
「うん。ほんとほんと」
恐る恐ると水原さんは振り返り、確認するとホッと安堵の息を溢した。
「あ、田中君!丁度良かった。一緒に戻り・・あっ」
「へ?」
「!」
は!?嘘だろ!?何で西郷君がここに!!?あ、トイレか!!いやそんな事よりも!!
「いやこれは・・っ!」
「っ!!」バッ
「えっといやその、お邪魔しました!!ごめんなさい!!」
「ちょ、待っ!!!?」
水原さんが慌てて離れたが時すでに遅し。衝撃シーンを目撃した西郷君は酷く狼狽え脱兎の勢いで走って行ってしまった。
「・・・」
「・・・」
流れる沈黙。遠目にこちらを見守る他のお客さん。俯く水原さんはプルプルと震えて――。
(これは、殴られるやつか!?)
お約束か!?お約束なのか!? よろしい!グーでもパーでもなんでも来い。覚悟は既に出来ている!
「はやく...」
「え?」
「早く洗い直す」
「そ、そうだね」
どうやら水原さんは暴力系ヒロインでは無かったようで、淡々と落としてしまった道具類を拾っていく。ただやっぱり恥ずかしかったようでその耳は真っ赤だった。
(戻ったら早急に説明しないとだなぁ)
このまま話がややこしくなるのを避けるため、西郷君にどう説明しようか悩む俺だった。
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