第19話 夢ノ中睡①


「いい湯だね~」

「ん...」

「温泉なんていつ以来かしら?」


 円形の湯船にピンク・赤・白と色とりどりのガーベラが浮かぶ湯に肩まで浸かりその香りを胸いっぱいに吸い込むと、そのほのかな甘い匂いが心を癒し、温かい湯が疲れた体を優しく包み込む。


(気持ちいい...)


 きっとこういうのを夢見心地っていうのね。

 ほうっと息を溢し目を瞑る。


「う~ん...」

「どうかしたの?」

「いや、やっぱり睡の肌綺麗だなぁ~って」

「私?急にどうしたのよ」


 随分唐突ね。褒められてるのかしら? 確かに手入れは怠ったことは無いけれど、そういう和歌奈だって綺麗な肌してるじゃない。


「確かに...」

「しっとり滑らか。お風呂のCMとか出て見たらどう?人気でるわよきっと」


 しかし話題に上がったせいか他の二人も私を見つめてきたので私は少し身を縮こませた。


「ねぇ睡...」

「な、何かしら...?」


 不穏な気配を感じ和歌奈から身を隠す。


「触っていい?」

「・・・嫌よ」

「え~~!いいじゃん、女の子同士なんだし!!」

「今の和歌奈から身の危険を感じるの。だからダメ」


 普段の和歌奈なら、少し恥ずかしいけれど断らなかったと思う。けれど今の彼女のじっとりとした視線には思わずそう答えてしまう何かを感じるの。だからごめんなさい。


「ちょっとだけ!ほんのちょっとだけだから!先っぽだけ!」

「何故かしら、益々嫌になっていくのだけれど」


 湯船に浮かぶ花を掻き分けゆっくりと近づいてくる和歌奈から逃げるように遠ざかる。しかしここは湯船の中。逃げるには狭すぎた。


「・・あっちのお風呂に行ってくるわ」

「あ、ちょっと待ってごめん!私も一緒に~!」

「ここでゆっくりしていいのよ?」

「ごめんなさぁ~い!」

「極楽...」

「いいわね~。青春って感じで」


 我関せずの翆に楽し気な佐那さんが憎らしいわ。




 次に選んだのはシュワシュワと泡が沸き立つ炭酸風呂。縁に屈み手を入れて温度を確認する。


(少しぬるめなのかしら?)


 表記を見ると36℃とやはり少しぬるめのお湯となっているようだった。


「入んないの?」

「いえ。入るわ。ちょっとお湯の温度をね。私熱いお風呂だと直ぐにのぼせちゃうから」

「あ、そうなんだ!でも大丈夫! 炭酸温泉って炭酸が抜けちゃうから温度は低くしてあるんだよ!」

「・・カンニング」

「てへ?」


 お風呂の説明欄に書いてあったことを、さも知っていたかのように語る和歌奈に翆から指摘が飛ぶ。和歌奈はちょろっと舌を出し苦笑いを浮かべると私の手を取りお風呂に入っていく。


「ほらほら、湯冷めしちゃうよ。入ろ?」

「そうね。でも手をつなぐ必要はあったのかしら?」


 薄っすらと濁った湯に浸かると無数の極小泡が体に張り付いては離れていく。手で撫でるとその銀色の気泡が剥がれ少し面白い。


「ふふ~ん。隙あり~」


 はぁ。手を取ったのはこれが目的だったのね。私の腕を抱きしめだらしない笑みを浮かべた和歌奈はご満悦といった様子だった。そこでやめていればもう何も言うつもりは無かったのだけれど・・


「すべすべ~」

「和歌奈?」


 スリスリと頬ずりまで始めた彼女にジト目を向けた。


「えへへ。これ以上やったらほんとに嫌われそうだからやめま~す」


 そう言ってパッと離れる和歌奈。調子がいいんだからまったく...。


「百合?」

「翆?」

「ごめん」

「はぁ。私なんかより佐那さんの方が綺麗でしょ?和歌奈、行ってきなさい」


 そう言って腰くらいまでしか浸かっていなかった佐那さんの方へ和歌奈を押しやる。

 

「ん?あたし?いいわよ、お姉さんがちょっとだけ可愛がってあげるわ」

「うええっ!? いや、え~っと...」


 軽い冗談のつもりだったのだけれど、佐那さんは流石と言うべきか恥ずかしがることなく両手を広げて受け入れ準備万端と笑みを浮かべた。


「う、えと、そのぉ...」


 しかしその笑みはどこか蠱惑的な微笑み。同姓である和歌奈もたじろいでしまっていた。


 惜しげも無く晒されるプルンとした胸。大きいサイズとは言わないがしっかりと女性の象徴を主張し自重で垂れているなんてことはない。そしてキュッと引き締まった腰に余分な脂肪が付いていない薄く割れたお腹。正に世の女性が憧れる理想的な体系の佐那さんが放つその色気は、先にお湯に浸かっていた女性客が当てられて出て行ってしまうほど。


「ほら。遠慮しなくていいわよ?」

「う、あう...」


 固まる和歌奈に追撃を仕掛ける佐那さん。今度はまるで母親のような慈愛の籠った表情で小さく手招きをした。しかし先ほどの印象が頭にちらつき、その誘いすら怪しく見えてしまう。


 佐那さんの懐に入ってしまえば、その伸ばされた両の手に抱かれてしまえば、あとはもう堕ちるだけ。ただただその愛を注がれ堕落してしまう甘いあまい魅惑の罠。


「う、うぅ...」


 遂にぬるめのお湯だと言うのにのぼせたように顔を真っ赤に染め上げた和歌奈は、ブクブクと顔の半分を沈め膝を抱えてしまった。

 すーっと佐那さんの元に行きかけた翠の腕をつかみ引き留める。あれはダメ。戻れなくなるわ。


「ふふっ。可~愛い」

「っ!?」


 佐那さんの止めの一言で完全に出来上がってしまった和歌奈は勢いよく顔を背ける。かくいう私も佐那さんの色気に中てられ顔が火照ってしまった一人。巡らされた視線には揶揄いの意が多分に含まれているものの、それすら佐那さんという女性を引き立てる魅力の一つとなっていた。


「反則...」


 翠も佐那さんが放つ大人の魅力には抗えず赤くなった頬でジト目を向けていた。


「はぁ。降参です佐那さん。押さえて下さい」

「は~い。まだまだあなた達には早かったみたいね♪」

「はぁ...」

『ブクブク...』


 白旗を振った私たちに佐那さんは満足そうに笑っていた。


(せっかくのお風呂なのに何だか疲れたわ...)


 軽い気持ちで話を振ってしまった先ほどの自分を恨みたくなった。




―――――


~男子は会話だけ~


「ええ湯やな~」

「そうだな~」

「太郎、今回のキャンプ誘ってくれてありがとうな。佐那と一緒にいい思い出が出来たよ」

「いえいえそんな。こちらこそ勝重さんらに来て貰って助かってますから。お相子ですよ~」

「といっても僕らはほんと何もしてないけどね」

「十分ですって」


「田中、露天風呂いくで!」

「ん、了解。覗き穴は探すなよ?」

「こない立派な温泉施設にそんな無粋なもんあるとは思えんし止めとくわ」

「そもそも、西側と東側で離れてるからどうあがいてもここから覗きなんて出来ねぇけどな」

「これやからリゾートっちゅうもんわ」

「景色は結構評判いいらしいぞ?」

「ほうか。今回はそっちで我慢や」


「......」

「......」

「......」

「......」

「・・・そろそろみんなしんどいんちゃう?」

「まだまだ余裕だろ」

「僕もですね。もうちょっと高くてもいいくらいです」

「太郎はどうなんだい?」

「.....」

「・・太郎?」

「おい、まさかこいつ...」

「た、田中君?」

「...」パタン

「やっぱりか!倒れよったぞこいつ!?」

「は、は、早く外にっ!!」

「ちっ、世話の焼ける!」

「いや~これも青春だね。っと西郷君、反対側の肩よろしく頼むよ」

「は、はい!」

「水ぶっかけたれ!!」



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