第17話 七貴奈木④
「バウスちゃ~ん。どこ行っ――ちょっとあなた!!!うちのバウスちゃんをどうする気!!?放しなさい!!」
「なっ、おい貴様!そこを動くなよ!」
夢ノ中を襲おう(?)とした犬を宥め、職員にリードを渡そうとしたところに犬の飼い主らしき二人が怒り心頭な様子で向かってきた。
女の方はゴテゴテに宝石の付いた指輪やネックレスを付け、場にそぐわないピンクのドレスを着ている。そして恐らく息子だと思われる男はオールバックの茶髪に派手な色が目に毒な服装をしていた。
「ああぁ、バウスちゃんよかった無事で。ちょっと放しなさい! 怪我は無ぁい? 怖かったでしょう~?こんな不良に誘拐されるなんて。もう大丈夫よ~」
「ふん。大人しく逃げず観念したことは褒めてやる。おい、そこの君。警察は呼んであるんだろうな?さっさとこいつを連れていけ」
「えっ?いやこの方は...」
「何だまだなのか。鈍間め」
俺の手からリードを引っ手繰り犬の頭や体を撫でまわす女。そして年の近そうな男は顔を近づけ睨みつけてきやがったが睨み返すと顔を逸らした。
「この犬の飼い主か?」
「み、見ればわかるだろう!これだから不良は嫌なんだ。全く。そうさ、このバウスは僕たちが飼っている犬。犬種はエジプシャン・ファラオ・ハウンド!とっても賢い自慢の犬さ!!」
犬種なんざ聞いてねぇよ。
「一目見て飼い主かどうかなんざ分かる訳ねぇだろ。俺はそこの犬が人を吠え立ててたから止めただけだ。大体ここは――」
「バウスが人に吠えるだって? ぷふっ...はぁっはっは! 嘘ならもう少しマシな嘘を吐くんだね。バウスは子犬の頃に名のある調教師にしっかり調教されているんだ。訳も無く人に吠えるなんてまずあり得ないね。言い逃れしようともそうはいかないぞ!」
「そうよ!不良の言うことなんて信じるわけないでしょう!? ちょっとそこのあなた!ここの職員ならさっさと警察を呼びなさい!!」
「で、ですからこの方は――」
人の話を信じず警察を呼べだと騒ぎ始めた二人。
「何?まさかただの職員が私に歯向かう気なの? ここ【アドレスタリゾート】を解雇されてもいいのかしら?」
「そ、それは...」
「困るわよねぇ。私の夫はここの重要責任者の一人。私がちょっと口添えすればあなたの処遇なんてどうとにでもなるもの。――分かったのなら早く警察を呼びなさい!!」
「・・っ」
顔の血管がはち切れんじゃねーかってくらい顔を赤くする女の勢いに職員はタジタジになってしまう。どうやらこいつらは犬が勝手に逃げたとは考えもしていない上に、俺が盗んだと信じて疑わないらしい。
(困るのはてめえらだってのに)
「ちょっと待ってもらっていいかしら?」
親子はどうしても俺を警察に突き出したいのかピリピリとした空気が漂う中、凛とした声が放たれた。
こうも立て続けに訪れた厄介ごとに辟易としていた俺をかばうように厄介その1が前に出る。
「何なのあなた。関係のない小娘は引っ込んでなさい」
「関係があるから口を挟んだのです。貴方たちの飼い犬に襲われそうになったのは他でもない私なのだから」
「!?」
そこに犬に怯えていた姿は無く、堂々としたいつもの夢ノ中があった。
「まず経緯を説明させて戴きます。私は逸れた彼を呼び、友人たちの元に戻ろうと歩いていました。」
(迷子みたいに言うな)
「そこに何があったのかは分かりませんが、突然興奮した様子のバウスちゃんが走ってきて私を吠え立てたのです。どうすることも出来なかった私を助けてくれたのが彼なの」
「嘘よ!」
「嘘ではありません。そのことについては周りにいた他の方たちが証人になってくれるでしょう」
そこで言葉を区切った夢ノ中は語気を強めて続ける。
「さてここでお二人に聞きたいのですが、どうしてしっかりと調教されている筈のバウスちゃんが、リードの離された状態でここに走って来たのでしょうか?飼い主であるあなた達は一体どこで何をしていたのですか?」
「そ、それは・・っ」
「さらに言えばこの付近のエリアはペット同伴不可となっているはず。ここの責任者に関係のある貴方が、もしやご存じないのですか?」
『―――ッッ!!』
後ろからではその顔を伺うことは出来ないが、身も凍るような目をしてるんだろうな。喉を詰まらせた母親とその息子が後ずさる。
「で、出鱈目よ!うちのバウスちゃんがそんなことする筈無いわ!!・・そうか分かったわよ。貴女そこの不良の彼女なのね!!!だからありもしない嘘を並べて庇っているのよ!!」
「・・何を勘違いしているのかしら?彼は私のクラスメイト。他に何人かの友達と遊びに来ているだけです」
「ふんっ、庇い立てしようったってそうはいかないわ。それにどこにそんな証拠があるのかしら?監視カメラの映像に映っているとでも?」
「・・」チラッ
「・・・申し訳ありません。店内には設置されていますが、この広場の様子を映すカメラは...」
(ない、か...)
申し訳なさそうに首を振る職員。さっと見渡したところ確かにカメラは見当たらず、店内のカメラに映っているかは微妙な所だ。
風向きが変わったのを感じたのか俺を泥棒にしたい二人はニヤニヤと嘲笑を浮かべ始める。
「そら御覧なさい。・・ふぅ、まあいいわ。あんまりここで時間を取るのも勿体ないわね。―――そこのあなた」
「あ?俺か?」
突然女が俺を指さす。
「そうねぇ。今日のところは警察に突き出すのは勘弁してあげるから今ここで土下座しなさい?」
「は?」
「献身的な彼女を持てて良かったわねぇ。そんな彼女に免じて土下座で許してあげるって言ってるの。さあ早く」
「意味がわからん。夢ノ中は彼女でもねぇし、何で土下座なんか――」
「うだうだ言ってないでさっさと――「ちょっと待ってくださいお母様!!」――ッ、
黒板を引っ掻いたような声でキレかかった母親を何やら慌てた様子の息子が遮った。
「君。名前を教えてくれないかい?」
「相手に名を訪ねるときは先ず自分からが常識なのではないかしら?」
「っ、そうだね。失礼。僕の名前は秋元勉。ここアドレスタリゾートの開発部門代表の息子さ。それで改めて貴女のお名前をお聞きしていいかな?」
「あら、秋元
「な、何ですって。まさかあの【夢心地】のっ!!?」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか。急に慌てだした二人。確かに夢心地と言えばその道に興味のない俺でも耳にする化粧品ブランドだ。水樹がやたらと熱く語ってたのを覚えている。ハリウッド女優も愛用するほどだとか。
(でもこいつらには関係ないだろ?どっかで繋がってんのか?)
一役員の息子と社長令嬢。立場で言えば夢ノ中の方が上になる。
「どうするお母様...」
どうやら相手が悪いと見て息子の方は弱気になっている様子。母親もどう切り出すか悩んでいる。
「どうする、ではないでしょう?あなた達の飼い犬の不始末、そして今に至るまでの数々の暴言。きちんとした謝罪をして下さい。それともまだ彼が盗んだと言い張るのでしたらご希望通り警察を交えて話し合いましょうか? 証拠となる証言は得られるでしょうね。随分と注目を集めたようですし」
「くっ...」
見渡せば事の成り行きを見守るギャラリーが増えていた。馬鹿でかい声で叫ぶもんだから話の内容は聞こえているだろう。
「お母さま...」
「お黙り!元はと言えば貴方がバウスちゃんを見てないからこうなったんでしょう!!」
「そんなっ!?お手洗いに行くからってリードを手すりに結んだのはお母様ではないですか!」
(おーおー、ボロボロと白状すんな~)
完全な相手側の過失。怪我とかしてたらそれこそ裁判沙汰になってもおかしくなかっただろうな。
「そのぐらいにして貰っていいかしら?あなた達親子の喧嘩を見る程私たちは暇では無いので。それで、いつ謝罪の言葉を貰えるのかしら?」
ぴしゃりと言い放つ夢ノ中は相当ご立腹なのが分かる。
「うぅ、・・こ、この度は申し訳ございませんでした」
「何に対しての謝罪かをはっきりと明言してください」
「くっ、この度は私共の飼い犬が貴女様に危害を加えたこと心よりお詫び申し上げます」
「・・私に対してだけなのかしら?」
よ、容赦ねぇ・・・
「っ!そして――・・・」
どんどんと小さくなっていく二人を前に腕を組む夢ノ中。俺にもきちんとした謝罪をした親子はすごすごとこの場を去って行った。
「はぁ、やっと終わった...」
「そうね...」
どっと疲れが込み上げてきた俺は残ったお茶を飲み干しゴミ箱に投げ入れる。
「・・ごめんなさい」
「あん?」
「私のせいで貴方を巻き込んだ...。だから――」
「気持ちわりぃ」
「なっ!! き、気持ち悪いって――っ」
「巻き込まれたと思ってねぇし、お前のせいでもない。首を突っ込んだのは俺の意思だ。だから謝る必要も無い」
「・・っ」
何だこいつ。急にしおらしくなりやがって。どう考えても俺らは悪くないのに何をそんな思いつめた表情をしているのやら。
「お~い!七貴~~!何やってんだ~~?」
そんな時、あの親子とすれ違う形で田中と勝重さんがやって来た。
「何でもねぇよ。戻るぞ」
「戻るぞってお前、お前が言うか!?なかなか来ないから呼びに来てやったのにありがとうも言えんのかこの口は??」
「・・・」イラッ
ゴッ!!
「まあ、何もないようで良かったよ。みんなあっちにいるから戻ろうか」
「そうっすね」
わざわざ来てくれた勝重さんに軽く頭を下げる。
「いたい...」
「夢ノ中さんも行くよ?」
「・・はい」
「ん?どうした夢ノ中さん。気分でも悪いのか?」
「えっと、実はさっき――」
「自販で抽選に外れて落ち込んでんだとよ」
「っ!」
まだ何か気にしている夢ノ中が何か言う前に言葉を遮る。
「自販の?あ~分かるよ。当たるとは思わないんだけど、どこか期待して結局あぁ~ってなるんだよね」
「そ、そうですね...」
ド真面目な奴だな。あんなどうでもいいこと伝える必要無えだろうに。
「なぜ黙っているの?問題があったのなら報告は――」
「はっ、犬と少しじゃれたくらい態々言う必要ねぇよ」
前を歩く田中と勝重さんに気づかれないよう寄って来た夢ノ中だったが、俺の言葉に目を丸くした。
「犬って、貴方...。はぁ、いいのね?」
「さっきからそう言ってる」
呆れたようにため息を吐いた夢ノ中だったが小さく笑みを浮かべた。
「そう。ならそういうことにしておきましょう」
「ふん」
俺の返事をどう捉えたのか隣を歩く夢ノ中はいつもの様子に戻っていた。
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