第16話 田中太郎⑦&西郷敦盛④
「ひゃぁぁ~っ、たっかいね~」
「おっおぅおっ」
「変な声出すなよ」
俺たちは小動物と思う存分触れ合ったあと乗馬体験を楽しんでいた。
早速俺と更科、愛音さんの三人で体験しているのだが、愛音さんはおっかなびっくりな様子ながらも素直に楽しんでおり、更科は跳ねる尻に四苦八苦している。
俺らあと西郷君と水原さん、夢ノ中さんと七貴が体験する予定なのだが、七貴のやつどこいった? 夢ノ中さんが探しに行ったみたいだけども。
ちなみに國枝夫妻は撮影係を買って出てくれた。
「せやかて、おっ、けつがっ、いたぁ!?」
「確かにバランス?が難しいね~。 え?田中君上手ーい!何で?」
「ハワイで親父に教わったからな」
「嘘!?」
「嘘でーす」
まさかメガネのガキンチョのセリフを言える日が来るとは。そんなことを考えながら二人のたどたどしい姿を見守る。今いるところは小さなサークルでクルクル回りながら基本となる所作を教わっている。
更科も愛音さんも馬から伝わる独特の揺れや振動に戸惑っているのだが、俺は中学の頃、親に連れられて何度か乗馬したことがあるから二人より上手い。・・・ちょっとだけ。
速足くらいなら出来る。久々だったから不安だったが体は覚えてるもんだな
「よっほ。お、コツ分かってきたで~」
「んっ、あっ、うん。確かに慣れてきたね」
「お二人とも上手ですね~」
乗り始めて10分かそこらで慣れた二人は、下でカメラを向けている佐那さんや、水原さんへピースする余裕も見せ始めていた。
「それじゃあ皆さんお上手なので、あっちの広い場所に挑戦してみましょうか!」
「いえ~い!」
「バッチコイやで!」
そうしてリード付きだが俺たちは広いグランドへ移動していった。
―――――
(みんな凄いですね~。僕もあそこまでうまく乗れるようになるでしょうか?)
順番待ちをしている僕と水原さんは馬上の三人を眺めていた。それぞれに係員が付いてレクチャーを受けていますが、田中君は経験者と言うこともあってかなり自由に馬と走っています。
(・・・ここは何か話した方がいいのでしょうか?)
それに気付いたのは田中君たち三人が移動して暫くしてからでした。より近くから撮影する為移動していった勝重さんたちを見送り、ふと隣を見れば水原さんただ一人。夢ノ中さんはまだ帰って来ておらず、七貴君もいない。
何が言いたいのかと言うと...、
(気まずい...)
僕も写真を撮る体で移動しようかと思いましたが、そうなると水原さんを一人にしてしまうので流石に駄目だと分かります。でもお互い無言なこの状況で何を話せばいいのか分かりません。僕にコミュニケーション能力を求めるのは間違っています!誰か助けてください!!
「乗馬」ポツリ
「え?」
あれこれグルグルと悩んでいると水原さんがチラリとこちらを見上げて呟く。
「できる?」
「えっと、ぼ、僕はやったことないので自信ないです、ね」
「そう...」
「・・」
終わり、ですか? いやっ!ここで会話を途切れさせるとまた気まずい沈黙が来てしまいます!頑張れ僕!!
「っ、み、水原さんは、えっと、どうですか?その、乗馬のご経験は?」
「私も、乗ったことない...」
「そ、そうですか!じゃあお互い初心者ってことですね!」
「ん」
「~~っと、なにか...、あ、見て下さい!田中君があんな早く走ってますよ!!」
「・・だね」
かつてない程脳を回転させ話題をひねり出そうとしていたら僕たちの目の前をカッポカッポと田中君が軽快なリズムで通り過ぎていきました。
(凄いなぁ。リード無しであんなに...)
更科君や愛音さんはリードを引かれながらですが、彼はすでに一人で走っています。そこに普段よく目にする明るい笑みは無く、凄く集中しているみたいです。
「カッコいいなぁ、田中君って。水原さんもそう思いませんか?」
「・・まあ、凄い」
「ですよね!あとで一緒にコツとか教わりましょうね」
「むぅ」
「? どうかしましたか?」
「何でも」
「そうですか?」
(そうだ。この流れで田中君の良い所とかさり気なく話しておけばあの計画も進めやすいんじゃ...)
そう考えた僕は水原さんと田中君について話を続け、何とか間を持たせることが出来たのでした。
―――――
(ん? 何か変な念が送られてきたような...? なんか水原さんに睨まれてるし...)
馬と一緒にスキップするような速度で乗馬を楽しんでいたが何故だろう。水原さんの視線が冷たい。西郷君と楽しそうに話していたと思ったんだが...。
――――ゥ――バゥ―――
(犬の吠え声?)
水原さんの視線の意図も気になったがそれよりも聞こえた犬の声の方が少し問題だ。
(ふれあい広場の方だな)
しかしおかしい。あそこはペット同伴は不可の筈。この乗馬体験ができるエリアは基本的に禁止されている。小動物に変なストレスを与えることになるし、馬なんかは基本臆病な動物だ。もし暴れでもしたら大変だ。
「佐々木さん。聞こえましたか?」
「ああ、申し訳ないけどちょっと中断して貰えるかい?」
「了解です」
駆け足で職員のお兄さんが寄って来たので手綱を引き馬を止めた。そんなに強く引かなくても止まってくれる馬。賢い。
更科たちも馬から降りて不思議そうにしていた。
「どうしたんや?中断っちゅうことらしいけど」
「何かトラブルかな?」
「いや、近くで犬が吠えてるみたいだから念のためって感じだと思う」
「犬やて?」
―――バウッ!―――バゥ!
「ほんとだ」
また聞こえてきた犬の声。ちらりと馬の様子を窺ったが怯えているようには見えず、リラックスしている。職員さんも付きっきりだし大丈夫だろう。
「お~い。もう終わりなのかい?折角いい感じに写真を撮れる場所見つけたのに」
「太郎ーかっこよかったぞ~」
するとそこに國枝夫妻と西郷君たちがやって来た。
「犬だって?でも確かここって――」
「はい。このエリアはペット同伴不可になっている筈です」
「マナー以前にルールすら守らない奴はどこにでもいるんだね。嘆かわしい限りだ」
「俺もそう思います。――すいません、勝重さん。ちょっと俺向こう見に行ってきます」
何だろうな。嫌な予感、では無いけど気になる。夢ノ中さんも七貴もまだ来ていないし。
「太郎がかい?そりゃまたどうして。わざわざ行く必要は無いと思うが」
「ちょっと気になって」
「ふむ。なら私も行こう。もしトラブルなら警察官もいた方が何かと便利だろう」
「すいません。休日に...」
「なに、よくあることさ。そういう訳だから佐那、この子達を頼んだよ」
「ええ、任せて頂戴」
「田中、気ぃ付けてな」
「気を付けてね!」
「...」( ㆆ ㆆ)bグッ!
「気を付けてくださいね」
「おう」
と言うわけで俺と勝重さんは駆け足でふれあい広場へと向かったのだった。
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