第15話 七貴奈木③


ガコンッ


「何をしているの?」

「あ?」


 ベンチが並ぶ施設の外。きゃいきゃいとはしゃぐあいつらから離れ、茶を買っていたところにめんどくさい奴がやって来やがった。


「見りゃ分かんだろ?」


 キャップを開けそのまま喉を潤す。


「そういうことを聞いたわけじゃないわ。みんなから離れて何をしているのと聞いているの」


 腕を組んだ夢ノ中はたいそう冷たい視線を向けてくる。


「お前は俺の保護者か何かか?どこに行こうといいだろうが別に。お前の方こそ何してんだよ?」

「貴方を探しに来たのよ。これから乗馬体験に向かうみたいだから。 七貴君、私たちはグループで来ているのだから個人行動は慎んでもらえないかしら。今みたいに探す手間が増えるの」

(携帯使えよ...)

「・・はぁ、めんどくせぇ。悪かった。戻りゃいいんだろ。戻りゃあ」


 ちらりと携帯を確認すれば田中から連絡が来ていた。


「・・・」 


 こいつと言い合うのも馬鹿らしいと横を通り過ぎ、田中たちが向かったらしい乗馬体験の方へ向かう。


「ーーなたは...」

「あ?」


 ぼそりと呟かれた言葉に振り返り立ち止まる。


「貴方は、何故桜城高校に来たのですか?」

「?」


 真っすぐにこちらを見つめる夢ノ中。その問いの意味が理解できなかった。俺が桜城高校に来た理由?


「んなこと聞いてどうするよ」

「私は・・」


 僅かな逡巡を見せた夢ノ中は続ける。


「私は貴方の考えが理解できない。お昼でも言ったように、なぜ名誉ある桜城高校に貴方のような世に反する精神、身形の人が合格出来たのですか。もっと他に優秀な方がいたはずなのに...」


 喧嘩売ってんのか?


「でもそれは私が口出しできることじゃない。そんなことは分かってます。だからせめて貴方のことを知りたいの。貴方はどうして桜城高校を選んだの?」

「教える必要が――」

「答えて」

「・・」


 めんどくさい。


(無視するか...? いや、だが...)


 いつの間にか詰め寄って来ていたこいつの目からは逃がさないと、そう強い想いが見て取れた。


「何となく」

「ふざけないでちゃんと答えてください」

「あこがれてた」

「嘘ですね」

「......」

「......」


 う、うぜぇ...。いつにも増してめんどくせぇぞ。


「はぁ。家が近かったからだよ」

「...それだけ、ですか?」

「悪いな。お前が期待しているような大層な理由なんて俺には無い。家から近いから受けて、合格した。ただそれだけだ」

「・・そうですか。やっぱり私は貴方が気に入らない」

「そうかよ」

「時間を取らせてしまいすいませんでした。私は戻ります」


 最後にキッと睨みつけ去って行った夢ノ中を他所に近くのベンチに座り再度茶を飲む。


(あ~、そういや水樹のやつに写メ撮ってこいって言われてたな...)


 無駄に疲れた頭に浮かんできたのはそんなどうでもいいことだった。


 一泊してくると母さんに伝えたら昌を筆頭にガキどもがずるいだの連れてけだの騒ぎに騒いでとんでもなくうるさかった。普段なら嗜める側の水樹も田中が行くと知ったら気になるのか一緒に聞いてきて兎に角疲れた。


 ガキどもには悪いと思うが家に全員で旅行に行く余裕なんてない。生活が厳しい訳では無いが、贅沢が許されることも無い。ただそれでも十分恵まれてはいるんだろうけどな。


(桜城高校を選んだ理由、か...)


 別に誰かに言うつもりのないしょうもない見栄。


あいつ田中は何か察してそうで腹立つな)


 急に現れていつの間にか隣にいた奴。へらへらと笑うその顔を思い出し、無性に殴りたくなってきた。――そんな時だった。


バウバウッ!!!


「きゃあっ!!」

「!」


 犬の吠え声と女性の小さな悲鳴が聞こえ否応なしに視線が吸い寄せられる。


「いやっ、いったいどこからっ!?」

「バウバウッ!!!バウワウ!!」


 そこにはだらりと持ち手のいないリードを引きずった大型犬が、夢ノ中の周りをけたたましく吠えながら尻尾を振っていた。

 見る人が見ればただ犬が遊ぼうと誘っているだけの光景だが、夢ノ中の表情は恐怖からか強張っている。


(飼い主は何やってんだよ...)


 近くにそれらしき人影は無く、遠巻きに様子を見守る奴ばかり。


「ハァ...」


 何がそんなに気に入ったのか。興奮している犬は夢ノ中にじゃれつこうとしている。


「誰かっ、助けてっ・・」

「バウッ!!」

「ーーっっ!!」



「落ち着けバカ犬」




 垂れたリードを掴み、今にも飛び掛かりそうだった犬を無理やり引き寄せる。ぐりんッと強制的に顔を向けられた犬はいきなり現れた俺に驚き逃げようとがむしゃらに暴れ出す。


「チッ、おい。お前は離れてろ」

「ーーっ」(コクコク)

「バウッ!!グルルッ」


 血の気の引いた様子の夢ノ中は無言で頷きゆっくりと離れていく。


「グルルッ」

「躾がなってねぇな」


 暫く犬との引っ張り合いは続いたが先に疲れたのは犬の方だった。というかさっさと飼い主出てこい!!


「ワウッ!」

「ったく...。落ち着け」


 徐々にリードを手繰りつつ隙を突いて犬の首輪を押さえる。途中噛まれそうになったが、首を押さえられたらこっちのもんだ。

 尚も逃げようとする犬。


「グルルッ、バウッ!」

「落ち着け」


 膝立ちになり目線はしっかりと犬から外さず、力づくで伏せの態勢を取らせる。どちらが上か、このバカ犬にも理解できるように。


「ウ゛ウッ」

「落ち着け」

「バウ」

「落ち着け」

「・・ワフッ」

「よし、いい子だ」


 努めて冷静に。ゆっくりと声をかけ続けること数回。漸く大人しくなった犬の首輪から手を放し頭を撫でる。

 少し弱腰ながらパタパタと尻尾を振る犬の頭をもう一撫でし俺は立ち上がった。


「バウ!」

「ふぅ。で?お前をほったらかしにする糞飼い主はどこだ?」


 パチ、パチ・・・


「ん?」


 パチパチパチパチッ!!!


「すげーな兄ちゃん!かっこよかったぞ!!」

「あんな興奮した大きいワンちゃんを、凄いわ!」

「お兄ちゃん凄い!!」


 いつの間にか増えていたギャラリーが拍手を送って来る。が、見世物になった気分でいい気はしない。


(くだらねぇ)


 ガリガリと頭を掻きため息をこぼす。何もせず傍観者決め込んでた奴らの称賛なんぞ糞くらえだ。


「あの、大丈夫でしたか?」

「まあなんとか。それよりこの犬は任せていいっすよね?」

「ええっと...そう、ですね。困ったな」


 夢ノ中が呼んできたのか施設職員はちらりと俺の隣で座っている犬を見下ろした。


いや、困ったなじゃねぇよ。お前らが何とかしろよ。


 夢ノ中は夢ノ中でチラチラと申し訳なさそうに地面と俺とを行ったり来たりで話しかけ辛い。


「バウスちゃん!!どこ行ったの~~??バウスちゃーん!」

「バウス!どこ行った!!」

「あ?」

「ワォフ...」


 さっさとこの場を後にするため無理やりにでも職員にリードを渡す。そう考えた俺の耳に甲高くキンキンとした女の声と偉そうな男の声が聞こえてきたのだった。


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