第11話 西郷敦盛①
ジュゥゥ~~~
「お、これなんかそろそろいい感じじゃないか? はい、夢ノ中さん」
「あら、ありがとう」
「いえいえ、あれ?どうした七貴。食べないのか?お前の前にある肉焼けてるぞ?」
「あ!じゃあ私食べていい?七貴君!」
「あ、ああ...」
赤く紅く熱された炭火で焼かれたお肉が食欲そそる音を奏で匂いを散らす。僕と同様心此処に有らずだった七貴君の前で焼けていたお肉を愛音さんがトングで取り皿に乗せ、タレを付けて頬張り「んぅ~っ」と味わうその姿は素直に可愛いと思いました。
「?」
「え、ああ、いえありがとうございます」
お肉に手を付けない僕に不思議に思ったのでしょう。わざわざ水原さんが野菜とお肉の盛り付けられたお皿を差し出してくれました。食べないの?と、そう訴える視線に慌ててそのお皿を受け取ります。
「美味しいです」
場の雰囲気かはたまた焼いているお肉が良いのか、ただ焦げなく綺麗に焼かれたお肉と野菜はとても美味しいと感じました。
―――――
「なぁなぁ、来週の土日って空いてる?」
田中君が高校生活で掲げている目標【彼女を作る】。その手伝いをすると約束した週の金曜日。再び僕らを集めた田中君がこう切り出しました。
「来週ですか? 僕は特に大丈夫ですけど」
寮で暮らすようになり部活動に所属していない僕は基本土日にやることがない。精々勉強するか、買い物に出かけるか、です。無理に用事を作るとすれば実家に帰って畑仕事を手伝うくらいでしょうか。
僕の返事に頷いた田中君は残りの二人にも目線で問いかける。
「・・特には」
「俺もへ~きやで。どっか遊びに行くんか?」
二人も予定があるわけではなさそうで、そんな僕たちに田中君は満足そうに頷き言いました。
「キャンプ行くぞ!!」
「「「キャンプ?」」」
突然の提案に戸惑う僕たちを他所に田中君はゴソゴソと制服の内ポケットから二つ折りにされた紙を渡してきました。そこには日程と(空白)と時間、キャンプ場所に集合場所といった所謂旅のしおりの様なものでした。
(これって手作り・・?)
当日必要になる持ち物の他、キャンプ地の写真に恐らくキャンプ場サイトのQRコードも載せられ、どこか憎めないニヤリとした猫のイラストが諸注意を示していた。
「メンバーはこの4人なん?」
その手の込んだしおりに僕が感心していると田中君はにやりと笑みを浮かべ言いました。
「ふっふっふ。他にあと3人女子を誘ってある。と言うか了承は得ている!!」
「ホンマかいな!?」
「おう!そっちはあと日程を伝えるだけだ。あ、それと同伴をお願いした知り合いの大人二人な。ご夫婦でそっちはそっちで勝手に楽しむらしいから気にしなくていいぞ。一応の保護者枠ってことで」
「その3人ってのは?」
「当日のお楽しみ!―――って言いたいところだけど流石に困るだろうから言うけど、夢ノ中さんと愛音さん、そして水原さんの3人だ!!」
「嘘やろこいつ...。ほんまにやりおったで・・」
「その行動力は何なんだよ・・」
「あ、あはは・・」
むんっと胸を張る田中君に僕たちは驚きと呆れが混ざった視線を向けたのでした。
誰もこんなに早く行動を起こすなんて思いもしなかったのだから仕方ありません。
こうしてあっという間に時は過ぎキャンプ当日。朝に出発し電車―バスと乗り継いで昼前にキャンプ場に着いた僕たちは早速BBQの準備に取り掛かったのだった。
――――
「でもでもよく睡ちゃんちのお父さんOK出してくれたよね。結構厳しいんじゃないの?ほら外泊ってなると」
「そうでもなかったわよ?確かに中学では門限を決められていたけれど、もう寮暮らしをしているからなのかそこまで厳しく言われなくなったわ。適度に連絡は欲しいとは言われたけれど」
「へ~。じゃあもしかしたら今頃泣いてるかもしれないね!『ああ、これが親離れか・・』って!」
「お酒片手に?」
「あははっ!めっちゃ可愛いお父さんじゃん!」
野菜を切る愛音さんと夢ノ中さんの会話は何というか普通だった。はっきりとそう聞いたわけじゃないのですが夢ノ中さんは良い所のお嬢様です。だからもっとこう気難しい人だと思い込んでいました。
「言われなくなったってことは昔は厳しかった?」
「どうなのかしら?他のご家庭を知らないから比較のしようが無いのだけれど、特にきつく怒られた記憶は無いわね」
そしてその女子二人の会話に入っていける田中君は尊敬に値します。
「門限はあったわけでしょ?」
「そうね。でもそれは中学生の女の子なら普通じゃないのかしら?和歌奈の家ではどうだったの?」
「私んち?あったよ21時!」
「それもそうか。塾とかは?」
「塾には通ってないわ。その代わり家庭教師をお願いしていたの」
「oh...。何か、すんごい緊張しそうだな」
「うんうん。なんて言ったってあの夢ノ中家だもん」
「そこはプロだもの。頑張ってもらったわ」
話をしながらも手を止めず3人は準備を進めていく。因みに僕はやることが無く手持無沙汰です。初めはキャンプと聞いてテントなどを組み立てるところから始めると思っていたけれど、指定された場所にはすでにモンゴルで有名なゲルの様なテントが既に出来上がっていました。
中には椅子やベットもあり快適そうな空間が広がっていて聞いてみればお手軽にキャンプ気分を味わえるグランピングというものらしいです。
「なんや田中の奴、俺らが手伝わんでもええんちゃうか?」
「あいつは誰とでもすぐ仲良くなるからな」
「お? その言い方やと他にも心当たりあるんか?」
「・・手止まってんぞ。もっと扇げ」
「せやかて全っ然火ぃ付かへんやんこれ。手ぇ疲れたわ~~。不良品ちゃうか?」
「ちっ、貸せ」
七貴君と更科君は炭に火を付ける役で悪戦苦闘している。
(ど、どうしよう。何か手伝わないと・・!)
一人だけ何もしないなんて気まずくて仕方ありません。でもすることが無い・・・。
「―――ん?んん~...あ、そうだ西郷君!飲み物人数分買ってきてくれない?確かここ色々打ってる売店があったはずだから」
「え、あっはい!分かりました! ――っとと、これは?」
「? 財布だろ? そっから適当に頼むわ」
「頼むわってでもこれ・・っ」
何てことないように言いますけどそんな気軽に・・
「西郷君はそんな悪い奴じゃないだろ?」
「いやでも・・」
「早くしないとBBQ始めてるぞ~」
「・・・分かりました。行ってきます」
出会ってまだひと月も経ってないのに本当人が良いと言うのか何と言うか...。ニカっと気持ちのいい笑顔に何も言えなくなるじゃないですか。
でも信頼されてると思うと照れくさくて頬が緩んでしまいそうです。
――くいくい
「はい?あ、水原さん。どうしました?」
ふとここで袖が引っ張られそこには水原さんが僕を見上げていた。
「行く」
「何処へですか?」
「一緒に」
「? ああ、大丈夫ですよ。大して重くも無いでしょうし、態々着いて来て貰わなくても僕一人で――」
「・・・」
「――大丈夫・・、えっと・・」
一人で大変だと思ってくれたのでしょうか? といっても別段着いて来てもらうほどの事では無いと思った僕はその申し出をやんわり断ったのですが、僕を見上げていた顔がみるみるうちに下がってしまいました。
「えっと、じゃあ行ってきます、ね?」
何となく悪い事したかなと感じた僕はその場から逃げるように駆け足で売店へと向かいました。
「気を付けて」
そう小さく呟いた彼女の声は聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます