第7話 神崎郁人②


「郁人」

「雪...」


 他の従業員やちらほらといるお客が何事かと注目する中、雪は息を整えながらこちらに歩いてきた。

 相当急いで走ってきてくれたのか額には薄っすらと汗が浮かんでいた。


「郁人が何かしたのか?」

「はい?」


 田中から俺を守るようにすぐ横まで来た雪は田中を睨みつけた。


「何って注文をしただけだけど...?」

「注文?」


 チラリとテーブルの上にある美味しそうなチャーハンを見た雪は俺にジト目を向けた。


「どういうことか説明してくれる?」

「お、おう...」


 有無を言わせぬ雪の雰囲気に俺は頷くしかなかった。






~説明中~






「はぁ~~~。何だ。唯の郁人の早とちりか...」

「くっくっく、って~と何か?俺が七貴や西郷君を従えた恐ろしい奴って噂が流れてて、それを信じた神崎がバイト中の俺と遭遇。何かされると思って慌てて助けを呼んだってことか」

「そして僕も巻き込まれた・・と」


 き、気まずい...。田中は何がツボに嵌ったのか目に涙を浮かべつつ声を押し殺して笑い、対面に座った雪はサービスとして田中が持ってきたウーロン茶を前に凄く冷たい眼を向けてくる。若干顔が赤いのは柄にもなく必死になったことの羞恥だと思う。大変申し訳ないです。


「郁人。何か僕に言うことは無いのか?」

「心配かけてごめんなさい」

「はぁ。田中君、この度は郁人の馬鹿が下らない噂を信じてお店に迷惑をかけたこと、どうもすみませんでした」

「すみませんでした」

「かたい硬い。迷惑なんて掛かってないし、誤解が解けたならそれでいいだろ?」


 ケラケラと笑みを浮かべ手を振る田中はそう言ったが、夕方の落ち着いている喫茶店の雰囲気を壊してしまったのは事実。ちょっとしたことで店の風評に響く世の中、罪悪感が半端ない。


「ですが――」

「なら、また今度店に来て売り上げに貢献してくれ、な?」


 雪の言葉を遮りウインク一つ田中はそう言った。


「ふ、...分かりました。今度友達を連れて来ます」

「ん~まだ硬い!素でそれか?ま、そういうことで俺もそろそろバイトとして働かないとだからここで」

「すいません。気が付かなくて。もう大丈夫ですから、お仕事頑張ってください」

「おう、また学校でな!」

「ええ」





「はぁ~」


 片手を上げて仕事に戻っていった田中の後ろ姿を見て安堵の息を溢した。

 

「ため息を吐きたいのは僕の方なんだけど分かってる?」

「うっ、ほんとごめん...。それとありがとう」

「全く...。そのチャーハン食べないの?」

「ああ、そうだ忘れてた」


 田中が持ってきて大して時間は経っていないが折角の料理だ。冷めてしまうのは勿体ない。蓮華を持ちひと掬い。


「おお!パラパラだ」


 具材はサイコロ状に切られたベーコンに細かく刻まれた玉ねぎと人参、そしてキャベツと上に散りばめられた青ネギでいたってシンプルだった。米一粒一粒が卵でコーティングされているのは見事だけど、一見何故密かに話題になっているのか不思議だった。が、すぅ~っと鼻の奥まで満たすごま油の香りに考えるのが馬鹿らしくなった。兎に角さっさと口に入れたい。


「あむっ」


(・ ・ ・)


「どうしたの?」


 一口頬張り固まった俺に雪が怪訝そうな顔をした。


「...美味い」

「? 良かったね」


 ポツリとこぼれた感想を他所に雪はカバンから本を取り出そうとした。


「はぐぅっっんぐっ、んまっ!ほふっ・・!」

「い、郁人。急にどうしたってそんなに一気に食べたら――」

「んぐぅっ!?」

「全く、言った傍から」


 雪からウーロン茶を受け取ろうとした手を止める。そしていつの間にか置いてあった水に切り替えて流し込む。別にウーロン茶が嫌いなわけじゃない。ただ今口の中の味を出来るだけ変えたくなかった。


 これはちょっとした俺のポリシーみたいなモノ。出された料理はそのまま食べる。塩などテーブルに置いてある薬味や調味料で味を変えたりしたくないのだ。


 今回はその思いが強く出た。普段はそこまでじゃないがこのチャーハンは今まで食べてきた中で間違いなくトップの美味しさだった。



カランッ



「ふぅぅ~~、ご馳走様でした」


 空になった皿に蓮華が置かれる。


 ただただ満足。量は食べ盛りの男子高校生としては若干物足りないが、今はこの美味しいチャーハンの余韻に浸りたかった。


「そんなに美味しかったの?」


 目の前で幸せそうにしている俺を見ていつもは本以外のことに興味が薄い雪も流石に気になった様子。


「ああ、何だろう味もそうなんだけど、食べ出したら止まらないって言うか、それしか考えられないくらい美味かった!!」

「そ、それは良かったね。食べたいって言ってたしね。今度来るときは僕も食べてみようかな?二人もつれて」

「ああ!絶対そうした方がいいって!」


 田中もまた来いって言ってたしな。今回のお詫びって訳じゃないけど、これからはちょくちょく通うことになりそうだ。静かな雰囲気も雪の奴気に入ったみたいで、本の世界に入っていった。俺もついでに今日出された宿題を始める。


(ん?何か忘れているような...?)


 ふとそんなことが頭を過ぎり、悩ませること数秒。結局思い出せず、暫くして雪と共に喫茶店を後にした。


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