第6話 神崎郁人①

 桜城高校1年1組。学校が始まりまだ一週間も経っていないのに一年生の間で俺たち1組の生徒を纏めてこう呼ばれ出していた。『殿上人』と。


 いや何だそれと思った人もいるだろう。


 大丈夫、俺もその一人だ。


 他にも『神のクラス』だの、『選ばれし者たち』だの、とにかく凄いクラスという風な認識が広がっているそうだ。


 ただそう呼ばれるのにも理由があって、一組は入試テストの上位者や経歴がすんごい奴が多い。


 俺なんかが一緒のクラスでいいのかと思うほど異才を放つ生徒が集まっているのは紛れもない事実だ。


 そんな栄えある1組に幼馴染3人と一緒に入れたのは奇跡としか言えないと思う。特に冬室雪ふゆむろ ゆきには本当に感謝している。中学では中の上程度の学力だった俺を合格まで鍛えてくれたのは紛れもなくあいつだ。

 あいつにそのことを伝えると「頑張ったのは君だ。僕はほんの少し手助けしただけ」とか言って本の世界に潜っていった。ほんとカッコいい奴だよ。


「へ~、あの双子と幼馴染な訳か。道理で仲が良いこと良いこと」

「あ、ああ。それともう一人雪ってやつと・・」


 そんなすげぇクラスで最近頭角を現してきた男を目の前に、俺は背中を伝う汗を感じていた。


 目の前でのんびりと話しかけてくるのは田中太郎。


 放課後、とある旅番組で紹介されていた喫茶店が目に留まり、入ってしまったのが運の尽きだった。着席しメニューに目を走らせていたらエプロンを付けたこの男が登場。さも当たり前のように(確認はしてきた)目の前に座りやがったのだ。


 田中太郎。入試成績は10位と凄いが他に変わったところの無い中肉中背の男子生徒。ただ最近クラスで、いや校内で密かに話題に上がっている生徒だ。

 登校初日に身内がヤクザなのでは? と噂される2m越えの強面男子西郷敦盛を従え、その次の日には人を殺しそうな鋭い目つきの金髪の不良、七貴奈木と仲良く登校する始末。廊下はモーゼの海割りのように2つに分かれ、3人が教室のドアを開けるとクラスが静まり返ったのも無理はない。


「あ~はいはい。確かメガネ掛けてずっと本読んでるやつな。ブックカバー付けてて何読んでんのか分からんから、後ろからチロッと見たら子ども向けに法律のことが書かれてるやつだったわ」

「あいつは興味が出た本は手当たり次第に読むから・・。と、ところでいいのか?バイト中だろ?」


 伝われこの想い!!さっきから緊張で口の中からっからなんだよ!


「ん?ああ、いいのいいの。流石に忙しくなったら離れるけど、いまくらいだったら他で回せるし。オーナーも文句は言わないよ。ほいオレンジジュース。俺の奢りだ」

「あ、ありがとう」

(違う!そっちじゃない!)


 そう言ってカウンター内にいるおじさんに手を振る田中。おじさんもにこやかに手を振り返してきたので問題ないらしい。俺にとっては問題しかないが。


「あ、でもそうだな。先に注文聞いておくか。何食べる?」

「え、あ、いや・・」


 促されるままメニューに目を走らせる。よくあるケーキセットやコーヒーなどの軽食の他にもカレーやスパゲッティといった腹が膨れるメニューも迷う程度には種類があり、旅番組のリポーターさんも驚いていた。


(あ、これ・・)


 だらだらと流れる汗を感じつつ探していると、とある項目で目が留まった。俺がその番組の内容を覚えていた理由ともいえる・・


「この時間限定チャーハンをお、お願いします・・・」

「おお?」


 値段は450円(税込み)とちょっと安目。だが番組でも紹介されていたがこの商品なんとバイトの子が作っているそうだ。

 店長曰く「いや~美味しかったんで面白半分でメニューの端っこに載せたんですよ。するとあっという間に人気メニューになっちゃいまして。まさかここまで人気になるなんて思ってませんでした。僕としては少しばかり悔しいですね~」と笑って答えていた。

 なんでもバイトの子が作った賄いのチャーハンが予想以上に美味しく、その子がいる時間限定で出される品だそうだ。生憎番組の最中にそのバイトの子がいなかったので限定チャーハンは作れずリポーターは残念がっていた。


「それかい」(ボソ)

「え?」

「いや、何でもない。他にご注文は?」

「いや、以上で」

「りょーかい」


 サラサラッと伝票に注文を書いた田中は席を立ちそのまま厨房に入っていった。っとそんな事よりも今がチャンス!!



―――


郁人『ヘルプ!この前話してた喫茶店に至急来られたし!』


雪『どうした?』


麻奈『急にどうしたの~?喫茶店ってこの前話してたとこ?』


瑠奈『今すぐには無理だよー。私たち今撮影中ー』


郁人『なら雪!お前だけでも!』


雪『落ち着け。何があった?』


郁人『田中に絡まれた!』


雪『・・喧嘩か?』


郁人『いやそういう訳じゃないけど・・』


雪『・・とにかく分かった。丁度近くにいるから5分くらいでそっち行く』



―――



(頼む雪!早く来てくれ!)


 自身が最も頼りにする友達が直ぐに来てくれる。その安心感から少し落ち着いた俺はあることに思い至った。


(咄嗟に助けを求めたけどヤバイ・・。雪や麻奈たちに迷惑が・・)


 グループで助けを求めたのも悪手だったかもしれない。せめて麻奈と瑠奈の二人には心配を掛けるべきでは無かった。


(くっそ~~っ!俺の馬鹿!!)


 ガンと頭を抱えテーブルに打ち付ける。


(どうする?やっぱりさっきの無しって送るか?いや今更遅い。雪はこっちに向かってるだろうし、麻奈と瑠奈はどっちみち仕事で頻繁に携帯何て確認できない。ああ゛ぁぁ~~~っ)



コトッ



「はい。おまちどぉ!時間限定チャーハンね。って何頭抱えてんの?財布でも忘れたか?」


 ゆっくりと顔を上げるとそこにはホカホカと温かい湯気を立てるチャーハンがあり――



チリン、チリンッ



「いらっしゃいませ~」

「郁人!大丈夫か!?」


 やや乱暴にお客様を知らせるベルと共に軽く息を切らした雪が入店し、頭を抱える俺とそのテーブル横に立つ田中を見るや否や鋭い目つきで歩み寄って来た。

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