第5話 七貴奈木②

「いや~、なんかすいませんね。お昼ご馳走になって」


 広いリビングに集まった面々。そしてテーブルに並べられた出来立ての料理の数々。それらを遠慮しているのかしていないのか、田中はバクバクと箸を進めていく。


「どうぞ召し上がって下さい。元はと言えばうちの子が早とちりしたせいなんですから」

「そうですよ!それでえっと、どう・・ですか?お料理、お口に合いました?」

「そりゃあもう!めっちゃ美味しいよ!!また食べたいくらいだ!」


 田中の横に座る水樹は不安そうな表情を一変させ花が咲いたように笑う。甲斐甲斐しくも飲み物を注ぐ姿に家族全員が驚きと好奇の眼差しを向けていた。


「水樹ねぇちゃん田中の兄ちゃんのこと好きなんだ~~!!」

「一目ぼれ・・っ!!」


 囃し立てる昌に普段は物静かな奏がキラキラと瞳を輝かせ、他のガキたちもキャーキャー騒がしくなる。


「ちっ、違うから!これは、そのっっ!!」

「「「ヒューヒュー!!」」」

「けッ」


 顔を真っ赤にして必死に否定しようとする水樹だが、言葉が出ないのか田中に助けを求め、視線に気づいた田中は軽く笑うと箸を置いた。


「こ~ら、お姉さんをあんまり困らせるなよ~?それに昌君だっけ。水樹ちゃんを怒らすとこの美味しい料理が大変なことになっちゃうぞ~?」

「へーん!そんなこと言って脅かしても俺怖くないもんね!」

「ほほ~う、そうか?――ところで水樹ちゃん。昌君や奏ちゃんたちの嫌いな食べ物ってある?」

「え゛!?」

「っ!?」

「あ、はい!勿論知ってます!昌はピーマンで奏はニンジンが大っ嫌いです!」

「そ、それはずるいぞ!!水樹ねぇちゃん!」

「・・条約違反っ!」

「揶揄ってきた方が悪いんです~!智弘も焼きナス、楽しみにしといてね?」

「俺も!?」

「何か文句ある?」

「「「ごめんなさい!」」」


 サーッと顔を青くした三人はすぐさま白旗を上げた。家の食卓を担う水樹に下のガキたちは逆らえない。その様子をケラケラと楽しそうに笑うこいつはホントいい性格してやがる。だがご立腹の水樹にもきちんとフォローをして仲を取り持つあたり悪い奴ではないのだろう。



「ご馳走様!!」



 ようやく落ち着きを取り戻した食卓でガタンと勢いよく立ち上がったのは食事中一言も話さなかった圭だった。眉間に皴を寄せた圭はそのまま食器を流しに置いてリビングから出て行った。


「何だ?圭兄ちゃん。普段はもっとゆっくり食べてるのに今日は随分早いんだな?」

「・・おこ?」

「??」

「あらあら」


 昌たちは頭上に疑問符を浮かべる中、母さんだけが困った子を見るように微笑んでいた。


「ごめんなさい太郎さん、普段はいい子なのに。 私ちょっと見てきますね」

「気にしなくて大丈夫。ごはん美味しかったよ」

「ありがとうございます!!」


 圭の後を水樹が追う。


「う~ん考えても分かんね!ごちそうさま!田中の兄ちゃん、外でサッカーしようぜ!サッカー!」

「お、いいね。先に行って準備しといてくれるか?あと少しで食べ終わるから」

「まだ食ってんのかよ~。早く来てくれよな!奏、智弘!一緒にやるぞ!」

「りょ」

「ふぐ、んぐ・・っ」


 バタバタとボールを取りに行った昌に着いていく奏。慌てて残りの飯をかき込む智弘もリビングを出ていき、残ったのは田中と母さんと俺だけになった。ガキどもがいなくなり静かになった部屋で母さんが田中に話しかけた。


「うちの子たちがごめんなさいね?」

「んぐ。いえいえ、子どもは元気が一番ですから」

「それに圭ちゃんのことも・・」

「ああ~、まああれは仕方ないと言うか僕からは何も言えないと言うか・・」


 ポリポリと頬をかく田中は気まずそうに視線を彷徨わす。


「気づいてたのか?」

「ん。まあ自己紹介の時から不機嫌でさっきみたいに睨まれてたからな~。大体の予想は付くよ流石に」

「水樹本人は全く気付いてないがな」

「あら、じゃあ気付いたうえで何も言わなかったの?貴方ならもっと上手く出来たと思うのだけど、もしかしてもしかするのかしら?」

「いやいや流石に会ったばかりですし、そう言った感情はありませんよ。ただ、だからといって水樹ちゃんの好意を無下にするのもおかしな話でしょう?お礼はちゃんと受け取る主義なんで。 圭君のことは、まあ所詮部外者な僕はあの時点では何も言うことは無いですよ」


 と静かに田中は笑った。


 実際田中の言う通りだ。水樹のやつがこいつのことをどう思っているのかは知らないが、少なくともこの食事は俺のやらかしに対する謝罪と水樹をナンパから助けてもらった恩返しだ。いわばこいつは客人。圭の奴がそれを気に食わないにしても関係のない話だ。何ならそんな態度を取ったこと、そして取らせたこちら側が失礼になっちまう。

 圭も我慢はしたが堪らずといったところだろう。


「それに彼はちゃんと我慢したでしょう? 最後は堪らずと言った感じでしたけど・・」


 こいつも同じ考えだったみたいだ。それにしても――


「ふざけた奴のくせに、意外と見てんだな」(ボソ)

「聞こえてるからな?」

「何のことだ?」

「この野郎っ」


 素知らぬ顔で昼飯の残りを食べ食器を片付ける。うちのルールとして最後に食べ終えたやつが洗うことにしている。だからかガキどもの食べるペースは速い。


 カチャカチャと食器を洗っていると、二言三言母さんと話していた田中が自分の食器を持ってきた。


「そこら辺に置いとけ」

「はいよ」

「何話してたんだ?」

「ん?」


 「ポフゥ」と腹をさすりながら意味の分からない声を出した田中に問いかける。


「これからも遊びに来てくださいねって話」

「冗談だろ」

「気にすんな」

「は?意味が分からん」


 ちらりと肩越しにあいつを見ればぐっとサムズアップしニカっと笑みを浮かべた。


「よぅし!食後の運動と行きますか!!」

「田中の兄ぃぃぃーーーちゃ~~~ん!!まだ飯食ってんのかぁぁーー!!!」

「おう!今行く!」


 待ちきれず外で騒ぐ昌に負けじと田中はリビングを飛び出していった。



「これお願いね」


 食器を置いた母さんは洗い終わった食器の水気を綺麗な白い布でふき取っていく。


「いい子ね。田中君」


 暫く無言の時間が流れていたがポツリと母さんが呟く。


「まあ、悪い奴ではない」

「ふふっ、素直じゃないのね」


 顔を見なくても母さんがどんな表情をしているのか分かった。


(不思議な奴だ・・)


 そう感じずにはいられなかった。


 ここのガキどもは何らかの理由で親と離れここで暮らしている。そのせいか人見知りが多い・・はずだが田中には直ぐに懐いた。水樹なんかは特に男に対して苦手意識を持っていたはずで、あいつ自身の口から男友達の話を聞いたことも無ければクラスの男子の話もほとんどしない。

 俺も人のことは言えないくらい荒れていた時期があった。だからか人と接するのは苦手ではある。だが田中はそんなこちらの心の壁をするりと抜けてくる。あいつの雰囲気がそうさせるのか気付けば隣にいるのだ。


「奈木ちゃん」

「っ」


 ぼうっとして止まっていた手が動き出す。


「友達、大切にね?」

(友達・・)


 親を、人を信じれなかった俺を救ってくれたこの人の言葉はすんなりと心に沁み込む。


(そうか、これが・・って何考えてんだ俺は!!)


「はっ、そんなんじゃねーよ」

「あらそう?」


 ころころと笑う母さんから目を逸らし少し乱暴に食器を洗った。


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