大抜擢

 鉱山ギルド本部は、やや古びた建物ではあるが、テセウス達が住む宿舎に比べると立派で大きな建物だった。

 扉を開けて中に入ると、そこには大きな広間がある。

 普段はここに多数のテーブルと椅子が並べられて、テセウス達が土まみれになりながら働いている間、ギルドの組合員達が昼間から酒を片手に談笑に耽っている場だ。

 しかし、そのテーブルと椅子は全て広間の脇に片付けられており、テセウスの視界には何もない広々とした空間が広がっている。


 そしてその広間の中央には、小太りで禿頭をしたギルドマスターと先ほどテセウスの頭上を通り過ぎた修道騎士の二人の姿があった。


 その修道騎士は、年頃は自身より少し上の十七歳くらい少年という印象をテセウスは受けた。

 顔の輪郭は丸みがあって騎士としての威厳はあまり感じられず、むしろ少年の幼さが残っている。

 額に軽く掛かる茶髪。左右の揉み上げは三つ編みになっていて肩には掛からないくらいの位置まで垂れている。

 温厚な雰囲気を感じさせる緑色の瞳が、テセウスの姿を捉えた。


「やあ、君がテセウス君かな?」


 その見た目通り優しい口調と笑みで問い掛ける。


「は、はい! そうです!」

 初めて対面する、憧れの騎士を相手に胸の高鳴りが収まらないテセウスは、変に大きな声を出してしまう。


 アテナの子供なら誰でも読む昔話の挿絵に描かれていた白銀の鎧とまったく同じデザインをした、美麗な装飾を施した白銀に輝く甲冑を身に付けて、背中には白色のマントを纏っていた。


 その姿を目にしただけでテセウスは感激のあまり興奮せずにはいられなかった。


 すると茶髪の騎士は、ニッコリと笑う。

「ふふ。そんなに緊張しなくても良いよ。僕の名はラファエル。第十一騎士ナイト・オブ・イレヴンラファエル・モナステリーだよ」


第十一騎士ナイト・オブ・イレヴン

 その称号を耳にしたテセウスは目を見開いた。

 それは一騎当千の修道騎士団の中でも最精鋭と呼ばれる十二人の騎士に与えられる称号の一つだったからだ。


「そ、それで修道騎士様。このような薄汚れた小僧に一体何の御用でしょうか?」


 いつも偉そうにテセウス達をこき使っているギルドマスターも、相手が修道騎士となると流石に腰が低かった。

 しかし、ラファエルはギルドマスターには目もくれずにテセウスに声を掛ける。


「テセウス君、君は修道騎士になる気はないかい?」


「「え?」」

 テセウスとギルドマスターが同時に声を上げた。


「最高司祭猊下のご慧眼により、テセウス君には修道騎士の素養があると認定されたんだ。だからこうして僕が勧誘に派遣されてきたってわけなのさ」


 テセウスが動揺して声もろくに出せずにいると、代わりにギルドマスターが達者に喋り始めた。

「いやいやいや。それは何かの間違いでしょう騎士様! こいつは卑しい溝鼠。薄汚い罪人ですぞ!」


「修道騎士団は出自や経歴は一切問いません。実力と才能のみを評価します」


「……で、ですが」

 銀山はただでさえ人手が不足しており、ここで一人でも労働力が欠けるのはギルドマスターとしては喜ばしくない。

 ましてあの誉ある修道騎士団に、奴隷同然のテセウスが迎えられようとしている事が個人的に腹立たしく思えてならなかった。


「因みに修道騎士を輩出した家には、教会より三百万ドラクマが支給される事になっています。テセウス君は両親から勘当されて天涯孤独の身という事なので、この三百万ドラクマは彼の主人であるこの鉱山ギルドに支払う形になるでしょうね」


 ラファエルの言葉を聞いた途端、ギルドマスターの目の色がガラッと変わった。

「い、いや~! テセウス君、君はいずれ何かをやってくれると信じていたよ! 一時でも君のような者の主人になれて私は幸せ者だ!」


 そう言ってギルドマスターは、笑いが止まらないという様子で大口を開けて笑いながら、テセウスの背中をバンバン叩く。


「い、痛い! 痛いですッ!」


「テセウス君、君の人生を左右する大事な事だ。今すぐに答えをくれとは言わない。一週間後にまた来るからその時に返事が欲しい」


「あ。いえ。受けます! 是非お願いします!」

 あまりにも突然の話だが、こんなチャンスはもう二度とない。これを逃してはならない。テセウスの直感がそう告げた。

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