過酷な労働環境

 異端審問から五年の歳月が流れた。


 ラウリオン銀山。

 世界最大の銀山で世に出回る銀の約七割を産出している山であると同時に、大勢の奴隷があまりに過酷な労働環境で多数の死者を毎年出している、この世の地獄とも評される所である。


 十六歳となったテセウスはそんな銀山で、鉱山ギルドの奴隷として五年にも渡って働き続けていた。


 休日は無し。労働時間は夜明けから日暮れまで。間に休憩は一切無し。

 寝床と食事は無償提供とはいえ、とても良心的な労働環境とは言えない。


 頼れる者は無く、周りからは大量殺人犯と後ろ指を差される日々。

 時には罵詈雑言を浴びせられたり、他の奴隷達が日頃の鬱憤晴らしも兼ねて石を投げてきたりするのにも耐えながら、テセウスは懸命に生きている。


 そして今日もテセウスは、大量の岩を詰め込み何十キロもある袋を担いで運んでいた。


 腰布を一枚巻いているだけのテセウスの身体は、ギラギラと輝く真夏の太陽に照らされ、日に焼けた肌は大量の汗を吹き出す。


 年齢の割には小柄で細身ではあるが、筋肉質な体格からはこの五年間の苦労が窺える。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 運んだ袋を集積場に置くと、テセウスは両手を膝について荒い息をしていた。

 額から汗が流れて頬を伝い、顎から雫となって地面へと落ちる。


 ここでは夜明けになると、日暮れまで休憩など存在しない。

 労働者たちはただひたすら働く事を要求される。


 そしてテセウスを更に追い詰めていたのが、両手に嵌められた鋼鉄の手枷である。

 これは罪人の証を生涯背負う事を義務付けるという異端審問の判決でもある。


 しかもこの手枷は世界で最も硬いとされる“抑聖石よくせいせき”が使用されている。両手首に嵌められている輪もその輪と輪を繋ぐ鎖も。

 抑聖石は硬いだけではなく、非常に重いという性質があり、テセウスの手枷だけでも裕に五十キロくらいの重量はあった。


 今でこそテセウスも慣れたものだが、五年前では手枷を持ち上げる事すらままならず、四つん這いになって手枷を引きずりながら歩いていたほどだった。


 おかげで毎日が筋トレのような状態となり、こうして身体を酷使する肉体労働の場にも比較的早く慣れるようになれた、とテセウスは前向きに考えるようにしている。

 ただ、その一方でこの枷さえ無ければもっと仕事が楽になるのに、と思わずにはいられなかった。


 更に、この抑聖石には触れた者の聖力を封じる能力がある。

 そのため、かつては聖霊術師の天才として将来を期待されたテセウスだが、この手枷のおかげでその将来は完全に断たれている。


 そして、ほんの少しでも休んでいる姿を兵士に見つかると、


「こらッ! 何をサボっていやがる!」


「運び終わったなら、すぐに次のを持って来い! 袋はまだまだあるんだからなッ!」

 そう言って鞭を手にしている兵士は、テセウスの色白の綺麗な肌をした背中に鞭を叩き込む。


 背中に走った痛みをテセウスは歯を食いしばって堪える。

「ッ! ……す、すみません」


 まだ昼過ぎだというのに、テセウスは既にクタクタだった。

 時間にして十秒程度、足を止めていただけでもこの仕打ち。いくら何でも理不尽過ぎる。

 そう思いつつも、テセウスは疲れ切った重たい足を、気合だけで持ち上げて仕事へと戻ろうとした。


「いや、待て」

 兵士はテセウス肩を掴んで止める。


「な、何でしょうか?」

 怯えた様子で恐る恐る振り返り、兵士の顔に視線を向けた。

 血に飢えた野獣のような兵士の口から一体何が飛び出すのか、とテセウスは不安に感じずにはいられない。


「お前の行動次第では、五分だけ休憩をさせてやらんでもないぞ」


「え? ほ、本当ですか?」


「ああ。本当だとも。……お前はのろまだが、顔立ちだけは逸品だからな。今夜、俺の部屋へ来い。その汚い身体をきちんと洗ってだ。そして俺を満足させろ。こんな石ころと土だけで何も無い山。せめてお前みたいな奴が相手をしてくれるなら、俺も欲求不満を解消させられるぜ」


「……」

 テセウスは複雑そうな顔を浮かべる。

 テセウスは不本意ながら、昔から初対面の人からは女性とと勘違いされる事が多く、よく女顔だと言われた。


 後ろで一本に纏められた肩に掛かる長さをした綺麗な金髪。蒼い瞳をした目は大きく、どこか幼さを感じさせる。

 五年間の労働で、身体は筋肉質な体つきになっているものの、可愛らしい美貌は今も健在だった。


「で、どうする?」


 テセウスは顔を真っ赤に染めて、視線を下に落としながら答える。

「……そ、それは、その、すみません。僕には無理です」


「何だと!? 貴様、せっかくの私の提案を無下にする気か!?」

 兵士は怒りを露わにして、今にも殴り掛かろうという勢いでテセウスに詰め寄る。


「おい! 一体何を騒いでいる!?」


 兵士の叫び声を聞きつけて、彼よりもずっと年上の先輩兵士が駆け寄ってくる。


「あ! す、すみません。こいつが仕事をサボって勝手に休んでいたもので注意をしたのですが、中々言う事を聞かないもので」


「なッ!」

 自分が呼び止めたくせに。テセウスはそう心の中で叫んだ。


「テセウスか。兵士に逆らうとは馬鹿な事をしたものだ。お前の今日の晩飯は抜きだ」


「そんな!」


「当然だろう。サボってた分の穴は、お前の食費で埋めておく。嫌なら、もう二度とサボらない事だな。それとも懲罰房にぶちこまれたいのか?」


「……分かりました。すみませんでした」

 テセウスは涙を堪えて謝罪した。

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