異端審問
テセウスが目を覚ました時。
視界に広がったのは、教会の礼拝堂の天井だった。
「大丈夫かね、テセウス?」
聞き慣れた声がテセウスの耳に届く。この教会を運営するクレオ司祭だ。
「は、はい。大丈夫です。それよりも皆は!?」
聖力の使い過ぎもあって、身体の節々が痛むテセウスだが、今の彼にとってそんな痛みは問題にもならない。
しかし、クレオ司祭の重苦しい表情から、テセウスは子供ながらに最悪のケースを予感せずにはいられない。
「君以外、生存者はいない」
「そ、そんな!」
テセウスとクレオが話している最中、二人の前に豪華な法服に身を包んだ、この村では見慣れない聖職者が現れた。
「私は、コリンティアより派遣された
三十代半ばくらいの温厚そうな顔立ちをした彼は、自らを“異端審問官”と名乗った。
異端審問官とは、聖王神ゼルスの教えに背き、魔導神ルシフェルを崇め、かつての魔導帝国復活を密かに目論む者を見つけ出して裁く、という世界の秩序を守る役目を負った聖職者である。
しかし、帝国崩壊から五百年経った今はその役割も変質し、法に背いた者などを裁く裁判官的な性格が強くなりつつあった。
「テセウス君。君は見習いの身でありながら聖霊術を教会外で行使した罪、少年少女の大量殺人犯の罪で異端審問に掛けさせてもらう」
「え?」
聖霊術師見習いは、法の決まりによって教会での修練以外では術の行使を禁じられている。術の暴発や悪用の危険があるためだ。
その件で処罰を受ける覚悟はできている。皆を守るためなら、そのくらいお安い御用だ。
だがしかし、少年少女の大量殺人犯というのは一体どういう事か。テセウスは異端審問官の言っている意味がよく分からなかった。
事情を把握する間もなく、テセウスは教会前の広場に即席で用意された異端審問所で裁かれる事となった。
「被告、テセウスは聖霊術師見習いの身でありながら、術を行使して共に入り江に出かけていた少年少女を計十二人を殺害した。以上の事に間違いないかね?」
コルベールの問いにテセウスは当然、異議を申し立てる。
「違います! 皆を殺したのはゴブリンです! 僕は皆を守ろうと術を使ったんです!」
「ゴブリンだと? フハハハ。何を馬鹿な。ゴブリンが一体どうやって海を越えてこの村へやって来たというのだね?」
コルベールはテセウスを嘲笑う。
「船です! 軍船のような大きな船に乗って、ゴブリンがやって来たんです!」
「軍船? そんなもの誰も見ていないというぞ。それにゴブリンから皆を守ろうとしたというのなら、ゴブリンと戦った跡くらい残っていても良いはずではないか。だが、入り江にはそんな物は何一つ残っていなかったぞ」
「そんなはずありません! 僕が倒したゴブリンの死体や船が浜辺に乗り入れた跡は有るはずです!」
テセウスの叫びに答えたのは、コルベールではなく、トルジナ村の大人達だった。
「嘘をつくな! そんな跡、どこにも無かったぞ!」
「私の息子を返して!」
「せっかく皆、お前に期待していたのに!」
よく知る村の大人達すらも信じてもらえずに罵声を浴びせられるテセウスは、絶望のあまり泣き出してしまう。
「あんまりだよ。……そうだ! 父さんと母さんは!?」
テセウスは藁にも縋る思いで周囲を見渡し、両親を探す。
「君の両親なら、君と親との縁を切ると言って、ここには来ていないよ」
「そ、そんな……。何で、こんな事に……」
「テセウス君、君への判決を告げる。君の市民権を剥奪。そして鉱山での終身労働の刑に処す」
市民権。それは人が極々あまり前に持っている権利。これを剥奪されるという事はもはや人間である事を社会的に認められない。
つまりは奴隷となる事を意味する。
そして鉱山での終身労働とは、いつ死ぬかも分からないほど劣悪な環境の鉱山で、死ぬまで働くという事。
下手をすれば死ぬよりも辛い処罰と言える。
テセウスに当然、拒否権は無い。
村一番の神童はある日突然、村一番の大罪人になってしまったのだ。
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