お家のことなら

増田朋美

お家のことなら

寒い冬、雨が降るというのは、少ないものである。でも、寒い時期に雨が降ると、なにか風情が出てくるというか、ちょっと感慨深いのはなぜなんだろうか。何故か知らないけれど、人間そうなってしまうらしい。

ある日、杉ちゃんが、いつもどおり買い物にいこうぜと言って、蘭の家に行ったところ、蘭は部屋の中にいないで、家の外で腕組みをしてなにか考えていた。

「どうしたんだよ。庭に出て、なにか考え事をしているようだけど?」

杉ちゃんは蘭に聞くと、

「あ、もうそんな時間か。うちの家の、壁がさ、はげちょろけになってしまっているので、塗り直してもらおうかなと思っているんだけど、業者が見つからないんだよね。」

と、答えるのだった。確かに、蘭の家は、空き家だったのを購入した一戸建ての家であるが、買ったときに、すでに築何年か経っているので、多少外壁などが禿げてしまっても、おかしくない家だった。

「もう外壁は、家を他の人に見せるに当たって、あんまり汚いと恥ずかしいよね。塗りなおしてくれる業者を探したいんだけど、どこにも見つからないんだよね。ほんと、困るよな。」

「はあ、そういうことなら、インターネットで探せばいいじゃないか。口コミサイトとか、結構当たるみたいだよ。」

杉ちゃんは簡単に答えを出した。

「まあ、それはそうなんだけどね。僕もそれで頼もうかとおもってさ、インターネットで調べて見たんだけどね。いわゆるAIが選ぶってやつで、一度家に来てもらったんだけど、なんだか威圧的で、あんまり良さそうな業者じゃなかったよ。」

蘭はすぐそういった。たしかに、人間が選ぶわけではないから、そういう変なところに当たる可能性もないわけではなかった。やっぱり人工知能は、所詮そんなものなのだ。適当にランダムに選び出してしまう。だから、当たり外れがあるのである。

「まあ確かに、嫌なこともあるけどさ、家の外壁は塗装してもらわないと困るでしょ?」

と、杉ちゃんはいう。蘭はうん、困ると頷いた。

「それじゃあ、誰かにやってもらわないと困るなあ。本当に何もツテはないの?アリスさんの、お客さんなんかに、やってるやつはいない?」

「いやあ、それがいないんだよ。こういうときに限って、人材を探すのは難しいよね。」

確かにそのとおりだった。いざと言うときになって、人を探すとだいたいろくな業者に当たらないのが常である。そして、隣の家は、あんなにうまく塗れているとか、そういう気持ちがわいてくる。

「それで、その礼儀悪い業者には、契約しちゃったの?」

杉ちゃんが聞くと、

「いや、まだだ。まだ契約は保留にしてある。別の業者と比べて考えたいといったら、すごく嫌そうな顔していたけどね。」

と、蘭は答えた。

「そうなんだね。そういうことなら、別の業者を取っちゃってさ、それでやればいいじゃないか。もう、あてにしないってはっきりいえばいいさ。」

「そうだねえ。杉ちゃんみたいになんでもいえたら良いんだよなあ。ほんと、そういうことはできないからさ。」

蘭は大きなため息を付いた。

「まあ、杉ちゃんみたいに何でも、明るい方へ片付けたら、ストレスなんか感じないで過ごせるんだろうね。」

「よし、決着が付いたんだ。じゃあ、買い物に行こう。」

本当に頭の回転の早い杉ちゃんである。そういう事を平気で言えるのだから。

「そうだねえ。行ってくるか。」

と、蘭は、杉ちゃんにいわれて、出かける支度をした。二人揃って介護タクシーに乗り込み、ショッピングモールに行く。ショッピングモールに着いてタクシーから運転手におろしてもらうと、ショッピングモールは人でごった返していた。営業はしているが、建物の周りに足場を組まれていた。

「はあ、ショッピングモールも塗り直しか。いわゆる若返り工事かな。」

「そうだねえ。ああいう企業は、ちゃんと塗装してくれるのに、個人の家は、必ず手を抜くんだよねえ。」

杉ちゃんと蘭は、そう言い合って、ショッピングモールの中に入った。ショッピングモールは人が大量にいた。食品売場にも、洋服売り場にも。まあ洋服に縁のない杉ちゃんと蘭は、あまり洋服売り場には興味を示さなかったが。

「じゃあ、食品売り場にいこうか。」

杉ちゃんと蘭は、食品売り場に行った。野菜や、肉などを、杉ちゃんは、どんどん買いものかごに入れる。いわゆる爆買であった。そんな事を平気でしてしまう、杉ちゃんの精神構造が、蘭は気になった。

突然、杉ちゃんが爆買の手を止めた。

「おい。あそこに居るのさ、河太郎先生じゃないのか?」

と、杉ちゃんがいう。確かにその容姿は、河太郎、いわゆるかっぱのお皿みたいに頭が禿げていて、とても個性的だった。それで、すぐに木島先生だとわかるのであった。

「おい、河太郎先生。こんにちは。」

と、杉ちゃんがでかい声でそう言うと、河太郎先生こと、木島先生は、語勢が出ますねといった。

「買い物ですか?おふたりとも。」

河太郎先生は聞いた。

「ああ。いつも通りの買い物だ。買い物は、何を買っても楽しいねえ。」

と、杉ちゃんが答える。

「そうですか。杉ちゃん、お買い物が好きですものね。今日は、大売り出しだし、買い物をするのもいいでしょう。」

と河太郎先生がそう言うと、

「買い物ができるだけで幸せだなあ。」

杉ちゃんは、嬉しそうに言った。

そのまま、三人は、レジへ向かった。レジ近くのお酒販売コーナーに行ったところ、そこに一人の女性がいた。何をしているのかなと思ったら、彼女は、ビールを一缶売りだなから取って、カバンの中に入れてしまった。そして、そのままレジへ行かないで、別の方向にあるき出したので、杉ちゃんはすぐに、

「おい!お前さんちょっと待て!」

と、でかい声で言った。

「お酒を持っていく前にすることがあるよなあ?」

彼女はそういわれても逃げようとしなかった。杉ちゃんも蘭も、河太郎先生も彼女が、お酒を万引きしようとしたのを目撃してしまったので、彼女は逃げようと思わなかったのだろう。杉ちゃんのでかい声を聞いて、ショッピングモールの警備員だろうか、制服を着た男性が、やってきて

「ちょっと事務所に来てもらいましょうか。」

と、彼女に言った。彼女は、静かに警備員に従って、事務所へ言った。

「変なやつ。なんか、捕まえてもらうのを待っているような女だったね。」

杉ちゃんがそう言うと、

「はい。確かに、もう捕まるのはなれているようにも見えましたねえ。なんだか、そういう人は困るというけれど、ちゃんと理由があるんですよねえ。」

と、河太郎先生も、腕組みをしていった。

「もしかしたら、精神疾患とか、そういうものがある女性なのかもしれないな。ほら、アルコール依存症とか。」

と、蘭は思わず呟いた。

その後、杉ちゃんたちは、ちゃんとレジへ行って精算を済ませたのであるが、なんだかあの女性が気になって、すぐにショッピングモールを出れずにいた。多分、店の人が通報したんだと思う。パトカーが、ショッピングモールの玄関先にやってくる。彼女が逮捕されていくのだろう。

「ああ、あの彼女が捕まっていくのかな。」

と、蘭は、思わず言った。確かに、そういうことだと思う。警察の人が、女性を連れて行くのだろう。

それから、数日後のことであった。杉ちゃんと蘭は、たまたま用事があって、富士警察署の近くの文房具屋へ行った。ショッピングモールではなく、こういうところでなければ、手に入らない商品もあるからだ。杉ちゃんと蘭は、店で商品を買い求め、帰りのタクシーを呼ぼうと、店の外へ出たところ。何故か、河太郎先生が、警察署から出てきたのが見えた。

「あれ、河太郎先生一体どうしたの?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ああ、杉ちゃんまたお会いしましたね。実は、あの時逮捕された女性の診察を頼まれましてね。それで、警察署を来訪しました。」

と、河太郎先生は言った。

「やっぱり、ただのお酒を万引きしたというわけではなかったんですか?」

と、蘭が聞くと、

「ええ、多分、相当アルコールで参ってますね。床の上に虫がはっているという幻覚が見えると訴えていたので、それで診察を頼まれました。取り調べにならないからって。」

河太郎先生は答えた。

「つまり、アルコール精神病というわけか。それでお酒を万引きしたんだね。虫が見えるという幻覚があるんじゃ、たしかに重症だわ。」

杉ちゃんは腕組みをした。

「しかし、それくらい重度の幻覚が見えて、なぜお酒を飲むのでしょうか。そういうものが見えて苦しいのであれば、酒を辞める努力をするのではないですか?」

と、蘭はそういうのであるが、

「いやあお酒を辞めるというのは、非常に難しいですよ。酒は百薬の長なんて大嘘です。まあ、言ってみれば、人の頭をおかしくさせるだけですよ。そんなものがなんであるんだと思うくらい、彼女の症状は、深刻だと思いました。」

河太郎先生は、そういう事を言った。

「確かに、万引きまでして手に入れようとするんだもんね。普通、酒をかうのは、お金を払ってから買うもんだが、それを忘れちまうんだからね。」

杉ちゃんも河太郎先生の意見に合わせた。

「あの、その女性ですけど、この先どうなるんでしょうか。普通の犯罪者みたいに、これから裁判されて、また刑務所に行くのかな。そうなったら、なんか、ちょっと可哀想な気もするんですが。」

蘭は、そう河太郎先生に聞いてみる。

「いやどうですかね。虫が見えるくらい禁断症状が出ているくらいであれば、もしかしたら、精神病院に送られるかもしれません。どうなるかは不明ですが、彼女を支えてくれる人はだれもいなんですかね。」

「そうですか。なんか、僕達もお手伝いができたら良いのになと思ったんですが、それは無理なのかな。」

蘭は、ちょっと悲しくなった。そういう障害のある人に対して、放置しておけなくなるのが蘭である。何故か知らないけど、そうなってしまうらしい。

「まあ良いじゃないか。バカにしないで、傷つけなければそれで良いのさ。」

と、杉ちゃんが平気な顔をしているのがちょっと恨めしかった。

ちょうどこの時。一人の学ランを着た若い男性が、警察署に走ってやってきた。彼は、警察署の入り口に飛び込み、

「すみません、佐藤です。佐藤美保の息子です。あの、母が万引きで捕まったと聞いたから。」

と、受付に言うのだった。まだ純粋なんだな、と杉ちゃんが呟いた。

「ええ、お母さんは、こちらです。来ていただけますか?」

受付は、彼を署内へ案内していった。息子さんと名乗った若者は、もうなんでこんなに何回も捕まるんだろうという顔をしながら、

「本当に、なんで母はアルコールに走ったんですかね。この間、家を建て直して、もう絶対酒はやめると言ったばかりなんですよ。それなのに朝から晩まで浴びるように飲んでいる。ほんと、どうしてなのか、わからないですよ。」

と、正直な感想を言った。

「何か、家を修理でもしたんですが?」

思わず蘭は、その若者にいってしまった。若者は思わず足を止める。

「ええ。雨漏りを修理してもらったんですが、母が、それからお酒を飲み始めるようになったんです。」

若者は、むちゃくちゃを誰かに喋りたかったのか、そういう事を言った。

「はあ、誰かにひどいことでもいわれたの?」

杉ちゃんが聞くと、

「僕は学校に行っていたのでわかりませんが、業者がひどい人で、母の事を、ひどく馬鹿にしたりしていたそうです。」

若者は、よくわからないという答えを出した。

「そうなんだね。僕達も、実は、屋根の修理をしてもらって、ひどい目に会っただよ。だから、お前さんは一人ではないとお母さんに伝えてやりや。」

杉ちゃんがそういった。

若者は嬉しそうにハイと言った。そして、お母さんに会うため、警察署の中へはいっていった。



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お家のことなら 増田朋美 @masubuchi4996

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