第5話 いつもの談義と微かな心配
新入生歓迎会から一か月ほどが経ったある日の朝。大学内の食堂で式部さんが友達と一緒にいるのを見かけた。
姿は見えるが声は聞こえない程度には席が離れているため、声は聞こえないが、様子から察するに談笑しているのだろう。
しかし、改めて遠目から見てみると、式部さんのグループは本当に陽キャ集団のそれだ。
式部さんの振る舞いから考えても、式部さんが周りから二次元オタクだとばれている様子もないし(バレていればあんな陽キャ集団には入れない)式部さんを二次元オタクだと推測するものはいないだろう。推測できるのは式部さんがポカをやらかした時くらいであるが、遠目から見ている限りではあるがポカをやらかしている様子もない。
どうやら自分を二次元オタクだと知っているものの前以外ではガードが硬いという式部さんの言葉に嘘はなかったのだろう。
だが、式部さんの言葉に嘘がないとするならば、式部さんは相当窮屈な思いをしているのではないかと思ってしまう。
それくらい、オタクにとって自身の好きなものを語れないというのは地獄なのだ。
まあ、これも全部式部さんにとっては余計なお節介でしかないのだろう。
そう考えた僕は式部さんについて考えるのをやめ、目の前のラーメンを啜った。
午後の講義を終え、サークル室でサークル活動をする。
因みに今日は急用が入ったらしく筒谷はサークルには不参加だ。
そう言うわけで、僕は式部さんと二人でいつも通りサークル活動を進めていく。
僕達のサークル活動は基本的に自分の好きなものについて話していくという形で特にこれといった決まりはない。
このような方法では話のネタが尽きてしまうのではないかと考える人もいるかもしれないがそんなことはない。
二次元オタク、特にライトなオタクというのは広く浅く色々なものを見ているがために話したいことが沢山あるのだ。
だからこそ、今日もいつもとは違う話を始めていく。
「最近さ、アニメ見てて思うことがあってさ」
「思うこと……ですか?」
「うん、そう。僕ね、思ったんだよ。オタクの中で神アニメって言われてるものは作画とかキャラデザとか声優の演技もそうだけど、やっぱり音楽とか演出がいいアニメがいいんじゃないかなって」
「演出や音楽ですか?」
疑問を浮かべる式部さんに、僕は何故アニメにおいて演出や音楽が重要であると思うようになったのかという経緯を説明していく。
今期のアニメの話になるのだが、今期、僕が読んでいた漫画がアニメ化した。
漫画は勿論面白いし、アニメ化するとなって当然と言っていいのかはわからないが、僕は喜びまくり、アニメ一話が配信サービスで配信された時には期待値マックスで画面を見ていた。
だが、蓋を開けてみれば、そのアニメは原作の雰囲気などみじんもとらえてはおらず、BGMも殆どが使いまわし。同じようなシーンでずっと同じBGMを掛けられ続け、最終的には一話を見終わる前に一度視聴をやめてしまったほどだ。
そうして、そのまま口直しと言わんばかりに配信サービスにあった神アニメと言われているものを見て、その時に僕は実感した。
アニメは、原作があるものは勿論、原作がないものでも雰囲気を盛り上げるための演出と音楽がいるのだと。
そうして、僕がアニメには演出や音楽が大事だと思うようになった経緯を話し終えると、式部さんは
「……私も先輩が見ていたアニメの一話見たんですけど、始まってから十分で見るのやめちゃったんですよね。その時は何か合わなかったなーっていうくらいにしか思ってなかったんですけど、確かに言われてみたらそんな感じがします」
と言った。
僕はそんな式部さんの言葉にウンウンと頷きながら
「そっか、わかってくれて嬉しいよ」
と謎に上から目線で言った。
因みに、今は五月であり、どのアニメも四~五話は配信されている時期なのだが、そんな中で一話を見て合わなかったという愚痴を吐いたのは、僕が今もそのアニメを見続けているからだ。
理由はただ一つ。原作が面白く、このまま見ていたらアニメも面白くなるのではないかと期待しているからである。
いや、期待してもいいでしょ。だって原作面白いし。原作大好きだし!
と、そんな主張を心中で叫んでいると式部さんから「先輩? 大丈夫ですか?」と声を掛けられた。
どうやら、心ここにあらずの状態だったらしい。
話している最中に意識を別の方向に向けてしまったことを反省しつつ、話を続ける。
そうして、話を続けていき、一区切りついたところで
「式部さんと話していると楽しいな」
と呟く。
「そうですか?」
「うん、そうだね。僕の場合、大学に入ってからオタ友って呼べるような関係になれたのが筒谷くらいしかいなかったから。今こうして、式部さんと趣味を共有できるオタ友になって、自分の大っぴらには公開できない趣味の話をできて楽しいし、嬉しいよ」
僕の言葉に式部さんが疑問を浮かべたので僕は自分の思いを正直に答える。
すると式部さんは「私もです」と言ってから続けて
「私も、先輩たちとオタ友になって、こうして少しの時間だけでも自分の趣味の話を人の目とかを気にしないで満足いくまでできて楽しいし、嬉しいです」
と言った。
直接言っているわけではないが、今の式部さんの発言から式部さんの友達が二次元オタクに対して持っているイメージは決していいものではないということや、式部さんが窮屈な思いこそしていないのだろうがもどかしい思いを抱えていることは何となくわかる。
しかし、僕みたいな陰キャ二次元オタクには、式部さんの友達の二次元オタクに対するイメージを変えることはできそうにないし、仮に式部さんが、自身が二次元オタクであると友達に打ち明けたとして白い目で見られ、関係が壊れてしまう可能性も十分にある。
であるならば、僕にできることは
「なら、これからももっと話していこう。式部さんと僕達は両方が楽しいと思えてるウィンウィンの関係なんだからさ」
これくらいしかない。
そんな考えの元での僕の発言に式部さんは「はい」と一言だけ返してきた。
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