第4話 二次元オタク達の会話

 式部さんとオタ友になってから三週間が経過した日のバイトの休憩時間中。休憩室にて僕は、これまでのことを思い返していた。

 式部さんとオタ友になってから最初にやったことは式部さんが二次元オタクであるということを筒谷に伝えることだった。

 理由は単純にサークル中にのみ式部さんと二次元の話をする場合、筒谷に式部さんが二次元オタクであることを隠しておくのが難しいだろうと判断したからである。

 そうして、三週間。僕・式部さん・筒谷の三人がそろってサークルに参加する日に限り、二次元に関する話をしてきたのだが、話をしていく中でわかったことがある。

それは、式部さんが僕に近い二次元オタクである、ということである。

 二次元オタクと一概に言っても、二次元オタクの中にもいくつかの種類がある。

 ライトノベルや漫画などは買うが、グッズは買わず、アニメ視聴は配信サービスや録画で済ませてしまうようなライトなオタク。

ライトノベルや漫画だけでなくグッズも買い、尚且つアニメの円盤も買うようなヘビーなオタク。

ある一種類のコンテンツにのみ焦点を絞っている一点特化型のオタクなどといったようなものだ。

 その中で式部さんは、気になるグッズこそ買いはするが、基本的にはライトなオタクであるらしく、式部さんが二次元オタクと告白することになった原因の一つであるアクリルキーホルダーも気になったから買ったものであるらしい。

 今までは僕がライトなオタクで筒谷がヘビーなオタクであったため、話が合わないこともあったが、ライトなオタクである式部さんとは話が合うことも多い。それに、最初はたどたどしく話していた式部さんも、最近は遠慮なく話してくれるようになったし、互いに二次元オタクであると告白してからいい事づくめである。

 と、そんなことを考えている間に十分程経過している。

 休憩時間は一時間あり、休憩時間の終わりまでは後五十分ある。

 その間、休憩室でやることも特に思いつかない。

 こんな時は、いつものやつしかないだろう。

 そう考え、休憩室から売り場へと出る。

 ちなみに言い忘れていたが、僕のバイト先は大学近くの書店だ。

 バイト先に書店を選んだのは、ラノベの新刊の情報をいち早く仕入れ、すぐに買うことができるようになると考えてだ。実際はラノベの新刊情報はSNSを見た方が早くに手に入るし、他の店員に自身がオタクと知られたくないがためにラノベを買いに来づらいということになってしまったのだが……

 バイト先を書店に決めた理由をふんわりと思い返しながら売り場を歩き、ライトノベルのコーナーへと向かう。

 いつものやつ、というのは簡単に言えば物色だ。

 確かに、ここではラノベを買いづらくはなったが別に買わないわけではない。

 今からやろうとしているように、バイトの日に休憩時間を利用し物色して面白そうな物があればそれを休憩時間の終わりにシレっとレジまでもっていき、コッソリと買ったりはしている。

 それでも結局他の書店で買うラノベの数の方が多いのだが……

 そんな風に考えているうちにラノベのコーナーに着いたので、物色を始めようと適当な本に手を伸ばしたところで

「泉先輩?」

 と声を掛けられた。

 伸ばしていた手を引っ込め、声のした方へと振り返る。

 そこには大学にいる時とは違うラフな格好をした式部さんがいた。

「泉先輩もライトノベルを買いに来たんですか?」

「うんん、バイトの休憩中。僕、ここでバイトしてるんだ」

 下を指さしながら式部さんの質問に答えると式部さんからそうだったんですねと適当に返される。

「式部さんはラノベを買いに来たの?」

「はい。今日発売の新刊を買いに来たんです」

 言って、式部さんが表紙を見せてくる。

 表紙には『家の両隣に引っ越してきたタイプ違いの美女に振り回されて今日も辛い』というタイトルと、二次元特有の目の大きな可愛い女の子二人が笑っている絵が描かれている。

 僕は読んだことはないが、表紙とタイトルから察するにおそらくラブコメだろう。

「それってラブコメ?」

「はい」

「式部さん、結構ラブコメ好きだよね? 僕達にオススメしてくれる作品もラブコメが多いし」

「まあ、そうですね。ラブコメって見ててじれったくなるんですけど、それがクセになるっていうか……それに、やっぱりラブコメのヒロインって可愛いですし」

「まあ、そうだね」

 確かにラブコメのヒロインは可愛い。

 僕自身もラブコメは何作か読んでいるがやっぱり面白い作品はヒロインが可愛い。例えば……

「ラブコメのヒロインのどこが可愛いかって、主人公と一緒にいる時に主人公に見せる顔が可愛いんですよね。ラブコメのヒロインってツンデレだったりポンコツだったり寡黙だったりするんですけど、主人公と一緒にいる時だけは主人公に対してデレデレだったり、優しく微笑んでくれたりとか……後は主人公と一緒にいる時に主人公を振り向かせるためにいつもとは違う大胆な行動をとったりとか……」

「ラブコメヒロインの可愛いところはわかったからいったんストップしようか……」

 僕が頭の中でラブコメヒロインの可愛いところをあげようとした瞬間、式部さんが猛烈な勢いで呪詛のようにラブコメヒロインの可愛いところをあげていったので僕は静止をかけた。

 ラノベが展開されている棚は専門書の手前だ。

 もし、専門書を買いに来た人が呪詛のようにラブコメヒロインの可愛いところをあげている式部さんを見たら、見られた式部さんは勿論のこと、見た方もたまったものではないだろう。

 まあ、僕自身式部さんの話をウンウンと頷きながら聞いていたために静止をかけるのが遅れてしまったのだが……

「すいません。私、つい夢中になってしまって……」

「いや、僕は別にいいんだけど、ほら……ね……」

 視線を通路側に見やり、それとなく式部さんに訴えかけると、式部さんは僕が伝えたいことに気づいたのか

「すいません。ありがとうございます」

 とお礼を言ってきた。

「別に大したことじゃないからいいよ。それより式部さん、ちょっといいかな?」

「はい。なんですか?」

「ちゃんと友達に自分が二次元オタクだって隠せてる?」

 こんなことを知り合って一か月程度の僕が心配するのはお節介以外の何物でもない。

 だが、どうにも式部さんには隙が多くて心配なのだ。

 だからこそ、心配の意を込めてバレていないかと聞いたら

「大丈夫ですよ。私友達の前ではガード硬いので」

 と言ってきた。

 本当だろうか? と訝しんでいると式部さんから

「私のガードが緩いのは泉先輩とか筒谷先輩みたいに私のことを二次元オタクだって知っている人の前でだけです。だから、大丈夫ですよ」

 と言われてしまった。

 ここまで言われてしまったのならば、真実がどうであれこの話をこれ以上深堀するのは野暮というやつだろう。

 そう考え、僕は別の話をすることにする。

「式部さんは、よくここに来るの?」

「たまには来ますけど、よくは来ないですね」

 僕がシフトに入っていないときにちょくちょく来ているのかとも思ったがそう言うわけでもないらしい。

「それはやっぱりラノベとか漫画を買いに?」

「まあ、それもありますけど、それ以外にも友達と雑誌を見に来たりもしますね」

「友達と?」

「はい。ここ、大学から近いからたまにみんなで来るんですよ」

「そうなんだ……」

 友達と来ている書店でラノベを買おうとするなんてここに友達が来る可能性も考えれば、やはりガードが緩い気がするが、そのことに関してはもう深堀しないと決めたばかりなので、突っ込まないでおく。

「先輩、バイトの休憩中でしたよね。時間大丈夫ですか?」

 式部さんに尋ねられ、腕時計で時間を確認する。

 休憩時間はまだ三十分程度残っている。

「大丈夫だよ。まだ三十分くらいある」

「なら、先輩の好きな作品教えてください。私も好きな作品教えるので」

「いいよ。それくらいなら」

 言って、僕達は互いに好きな作品をオススメしあった。

 因みに、作品をオススメするのに夢中になりすぎて休憩時間を超えそうになってしまったのは秘密である。



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