第3話 美少女。式部春の秘密
歓迎会から一週間。
僕は大学の講義を受けたり、バイトをしたりと日常を過ごしながらも、ある一つのことが気になっていた。
気になっていること、それは一週間前、創作研究会の歓迎会で出会った式部さんがアニメキャラのアクリルキーホルダーを鍵につけていたことだ。
考えられる説は二つある。
一つは誰かからもらって、それを外せないでいるという説で、もう一つは式部さんが僕や筒谷と同じような二次元のオタクであるという説だ。
一つ目の説は自分で考えておいてなんだが薄い。式部さんのしていたアクリルキーホルダーのキャラクターが出てくるアニメである『可哀想な先輩を今日も可愛がる』は、世間一般的な認識として萌えアニメであるからだ。そんな萌えアニメのキャラクターのアクリルキーホルダーを式部さんのような美少女に渡せるものはそうはいないだろう。
強いて言うならば家族や親戚であれば渡せるだろうが、自分の娘、あるいは親戚に萌えアニメのアクリルキーホルダーを渡すとは考えにくい。
というような消去法から、僕は二つ目の説通り式部さんが二次元オタクであると推測……というか、断定している。
だって、仮に式部がオタクではなく、かつ人から貰ったものを大事にするような優しい人であったとしてもあの萌えアニメの、しかもヒロインのアクリルキーホルダーを鍵と一緒の所には置いておかないだろう。そんなことをするのは二次元オタクくらいだ。
まあ、別に式部さんが二次元オタクだとしてそのことを暴こうという気はない。何故なら、二次元オタクという生き物は基本的に世間から白い目で見られるがために二次元オタクであることを隠して生きているからだ。
というか、それ以前に式部さんがこれからサークルに顔を出すとも限らないし、会えるとも限らないのだが……
そんなことを考えながら、サークルの部室的な扱いである部屋へと向かう。
昨日までは講義の課題やバイトに追われ、サークルに行く暇もなかったが、今日は暇だ。
廊下を歩き、階段を上って、四階にある部屋へと到着した僕はスライド式の扉を開き、辺りを見回す。
部屋にいたのは式部さんだけだった。
例年、大抵の生徒は歓迎会に参加するだけして活動には参加しない、という形をとるのだが、どうやら彼女はサークルに来ることにしたらしい。
しかし、参ったな。
僕は彼女のような人と二人きりで話せるほどコミュ力は高くない。
筒谷も用事を済ませてからサークルに来ると言っていたが、それもいつになるかわからないし……
そんな風に考えを巡らせていると突然、式部さんが俺の前に立ち、
「あの、ちょっと話したいことがあるんですけどいいですか?」
と聞いてきた。
断る理由もない俺は式部さんのその言葉に「うん、いいよ」と軽く返す。
すると式部さんは、わかりやすく呼吸を乱しながら、僕にしか聞こえないような小さな声で
「私、二次元オタクなんです……」
とそう言った。
「え?」
式部さんの突然の告白に、俺は思わず目を丸くしながら素っ頓狂な声をあげる。
「どうしたの? 突然?」
考えるよりも先に、疑問が出た。
式部さんが二次元オタクであることを隠そうとしていると思っていたが故の疑問だ。
そしてその疑問の答えはすぐに返ってきた。
「……突然どうしたって……だって、その、先輩はこのキーホルダーを見たじゃないですか……だから、その……私を二次元オタクだって疑ってるんじゃないかなって思って……それで、ずっとバレてるかバレてないかを考えてるのもさすがに心臓に悪いので……今日、聞いてみようって思ったんです……」
アクリルキーホルダーを俺に見せながら、たどたどしく式部さんが言う。
不安、なのだろう。
自分が二次元オタクであることを告白したことによって、僕から白い目で見られるかもしれないことが。
自分が二次元オタクであることを誰かに伝えたりしないかが。
僕だって、同じ状況になったら式部さんのように不安になる。
式部さんには、そんな不安を抱えた大学生活を送ってほしくはない。
だから、僕は彼女を少しでも安心させるために
「僕も二次元オタクなんだ」
とそう口にした。
「え?」
「そのキーホルダーのキャラクター、『可哀想な先輩を今日も可愛がる』のヒロインの美紀だよね」
「そうですけど……」
「僕、あのアニメ全話見たんだ。作画も話もキャラデザも全部よくって、なんて言うか言葉で言い表せないほど良かった。ほんと神アニメだった……なんと言っても八話の美紀と先輩のシーンが……」
「えっと、いったんストップしてもらってもいいですか?」
僕が『可哀想な先輩を今日も可愛がる』の名シーンを語ろうとしたところで、式部さんから静止をかけられた。
「先輩が二次元オタクだっていうことは今の先輩の様子で十分わかりました」
式部さんが先ほどとは打って変わった明るい声で言う。
どうやら安心してくれたらしい。
「えっと、それでその、私を安心させるために二次元オタクだってことを告白してくれてありがとうございます」
僕の思惑は見抜かれ、さらにはお礼まで言わせてしまった。
恥ずかしい事この上ないが最後の意地で顔には出さない。
まあ、それはそれとして、僕も式部さんも共に二次元オタクであることを打ち明けたわけだ。であるならば、やるべきことは一つしかない。
「いや、別にいいよ。式部さんが二次元オタクだってことを言ってくれてた分、こっちは言いやすかったし……それでさ、式部さん、もしよかったらなんだけど二次元オタクだってことを告白したものどうし、オタ友にならない?」
そう、これこそがやるべきことだ。
二次元オタク同士が互いにオタクであることを告白した場合にやることといえば、オタ友になること以外にない。何故なら、オタクというのは仲間が少ないにも関わらず、常に仲間を求めているからだ。
「オタ友……ですか?」
「うん、オタ友。とは言っても別に式部さんの時間を奪おうってわけじゃなくて、式部さんがサークルに来ている間だけでも一緒にアニメやラノベのことを話す程度の関係になれたらって感じ」
「そう言うことなら、よろしくお願いします」
僕の提案に式部さんは一切の迷いもなく即答する。
そうして、僕達はオタ友となった。
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