25.募る夢の恋心

「夢に出てくる騎士さまが、類さんだった……?」


 驚きを露に唖然とした様子でそう呟いたのは、恵茉ねえだ。


 いつものように屋上に続く階段でお弁当を食べてて、最近恒例になってたおかず交換をしようと言われて、話をする前に私が泣いてしまったのが事の発端。私自身、昨日知った出来事を端的に話した反応がそれだった。


 それから恵茉ねえは、少しだけ呆気に取られたあと、グズる私を真っ直ぐ覗き込んで言った。


「莉音。どういうことか一から説明してくれる?」


 そう言われて、鼻をすすりながら、どこが一なのかと考えを巡らせる。正直に言えば、昨日の夜にまた眠りに襲われたのもあって、全く気持ちの整理も何もかも追いついてないけど。


 未だに気を抜けば、涙と一緒に『どうして? なんで?』って言葉がグルグルと堂々巡りしそうになる。そんな頭でどうにかこうにか言葉を捻り出した。


「私が見てた夢、ただの夢じゃなくて、前世の夢……なんだって」

「前世って……そんなお伽噺みたいなこと、あるの?」

「わかんない」


 私だって、小説や漫画のような話が現実にあるわけないって思いたいし、今だって半分は思ってる。それでも、類先生の話を事実とするなら、またぶり返してきた眠りの原因をお父さんが特定できないのも頷ける気はした。最近落ち着いてたのに、今になってどうしてまた出てきたのかはわからないけれど。


 それでも確かなことが一つだけあった。


「だけど普段、あの眠りに入ったら数時間は起きないはずなのに、類先生がいた昨日は一時間も経ってなかったの。それにそれからハッキリ思い出せるようになったの、夢の中の『私』が好きな騎士の顔」


 夜に夢でみたルイスと、昨日別れた類先生。二人の顔がこれでもかってくらい重なる。


「類先生そのまんまだった」


 そう伝えたら、恵茉ねえの目が驚いたように見開かれた。そりゃそうだよね。何度も夢に見て、恵茉ねえや八剣先生のそっくりさん――いや、前世の二人のことは覚えてたのに、肝心の人の顔と名前だけ全然思い出せなくて。それに、ずっともだもだしてた私を恵茉ねえだけは知ってるから。


「全然思い出せなかったこれまでの夢で見た顔も、今なら思い出せるの。笑った顔も、呆れた顔も、怒った顔も、全部」


 瓜二つだからこそ、昨夜の夢は本当に辛かった。だって、夢の中の二人は泣いてても、再会した喜びですごく幸せそうだったから。


――リオンの傍にいる。リオンが望むなら、オレの命が尽きるその時までずっと。


 そんな言葉を投げかけて貰えた夢の『私』が羨ましかった。私と類先生とは真逆過ぎて、逃げられるなら早く目を覚ましたかったし、泣きたかったくらいだ。


 そして、その場に居合わせたもう一人の騎士――金髪碧眼の彼もまた、恵茉ねえの一件で知り合った類先生のお友達とほとんど同じ姿だったことを思い出して言った。


「あと、陸先輩も夢の騎士さまの一人で記憶もあるって言ってて……。恵茉ねえと八剣先生も、記憶がないだけでたぶんそうだって」

「私たちも、なの?」


 前世の二人がどういう関係だったかは、口が裂けても言えない。だけど、二人が私の夢に出てきていることは話していたから、それだけは伝えれば、恵茉ねえは戸惑った様子で目を瞬かせた。それから少しだけ考え込んだ恵茉ねえは、真剣な顔で問いかけた。


「でも、それでどうして類さんが家庭教師を辞めるって話になるわけ?」

「……私が眠るようになる直前にあった事故の相手、あれ、類先生だったみたいなの」

「えっ!?」


 恵茉ねえの反応を見て『ホント、そういう反応になるよね』と思う。偶然が重なり過ぎてて、何その出来すぎ話って思ったもん。


 だけど、私が自転車で人にぶつかったことを話したのは、お父さんとお母さん、そして恵茉ねえだけだ。お父さんが救急隊員の方に、通報者の話を聞いてはくれたみたいだけど、私を預けたあと、いつの間にかいなくなってたらしいとは聞いた。


 わかってるのは、若い男の人で、意識の確認とかも手慣れた様子で伝えてきたから、同業者か医療系の学生じゃないかということ。あと、電車を降りた時間や通報のあった時間を考えると、通報してくれた人が事故の相手だった可能性が高いってことくらい。


 そんなだから、あの事故は私たちの他に知ってる人がいるとしたら、事故の相手である可能性が濃厚で。類先生は医学生だから、通報者の条件には合致するし、何より、具体的な時間までは言ってなかったけど、おおよその時間と場所を言い当てたことを考えると、事実なんだと思う。


 次いで、そうだからこそ言われた言葉が頭を過る。


「私の眠りのきっかけがあの事故なら、きっと自分が原因だから傍にいない方がいいって……」


 泣いたら恵茉ねえを困らせるから泣きたくないのに、涙が抑えられない。


 ぶつかってしまった人に謝るために見つけたいとは思ってた。私にできる精一杯の償いをしようと思ってた。罰も受ける覚悟はしてた。


 だけど、思いがけずに知った事実の結果、謝ることすらできなかった上、これが罰なのだとしたらあんまりだ。


「ヤダって言ったけど、好きなんだって言ったけど……。でも『それは前世の自分の気持ちに引きずられてないって言い切れるか?』って言われて、私、何も答えられなかった……」

「莉音……」


 引きずられてなんかないって言いたかった。嘘でもそう言ってしまえばよかったのかもしれない。それでも、類先生の言わんとすることに全く思い当たる節がないわけじゃなくて、結局言えなかった。


「夢に出てきた騎士に――ルイスに、夢とはいえ憧れた気持ちは確かにあったよ。だけど、類先生を好きな気持ちが、ルイスを好きな夢の『私』の気持ちなのか、今の私の気持ちなのかなんて、どうやって判断したらいいの?」


 どっちも私で、どっちも彼なんだからいいじゃないって思う。その反面、夢の中の『私』に対して、自分を見ているというよりも他人を見てる感覚は正直あって。彼が言わんとすることも朧気には理解できてしまった。そのせいで、もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。


「今苦しいのも、夢の『私』の痛みで、私の痛みじゃないのかな……? 私自身の気持ちって何? そんなのどうやって証明したらいいの?」


 気持ちをそのまま言葉にして吐き出すと、人気のない階段はシンと静まり返る。遠くでは、みんないつもどおりワイワイしてるのに、自分だけ別の世界に放り込まれたような気分になって、唇を噛みしめた。


 そんな中、ギュッと握り締めてた私の手を、恵茉ねえの暖かい手がそっと開く。


「私は莉音の言う夢を見たことがないから、正直なんて言えばいいのかわからない」


 恵茉ねえのその言葉は当然で、そしてどうしようもないことなのに、無性に悲しくて視線を落とす。そんな私の顔を自分の方に振り向かせると、恵茉ねえは真っ直ぐ私の目を見て言った。


「だけど今、類先生がいなくなろうとして傷付いてるのは、夢の出来事じゃなくて、今起きてる現実でしょ? なら、それは今ここにいる、私の幼馴染の莉音の痛みじゃないの?」


 不意に投げかけられた言葉に、息を呑む。驚いて言葉が出ない私に、恵茉ねえが続けて問いかけた。


「ねぇ、莉音は類先生をどうして好きになったの? 夢を見たからなの? 今まで顔も名前も全然思い出せなかったのに? 似てることすら気付いてもいなかったのに?」


 しっちゃかめっちゃかだった糸がほぐれた先に、ほんの少しだけ希望が見えた気がして、身体が熱くなる。そんな私に、恵茉ねえはここぞとばかりに言った。


「違うでしょう? 警戒して冷たく当たったのに、それでも真っ直ぐ莉音のことを見て、莉音のために一生懸命考えて行動してくれた類先生を好きになったんじゃないの?」

「で、でも、それは類先生が私を通して前世の私を見てるからで……」

「それは類さんの事情でしょ? 理由はどうあれ、莉音のために動いていたことに違いはないし、それに惹かれた莉音の気持ちそのものには関係ないじゃない」


 返された言葉に戸惑って、思わず目を瞬かせたら、恵茉ねえは私の両肩を掴んで静かに問いかけた。


「現実にいる誰かが隣にいるからっていうならまだわかる。だけど、今ここに居ない前世の自分に類先生を取られたままでいいの? 今の自分を見てほしくないの?」


 類先生が言った事情だとか何だとか、複雑に絡まった奥に隠れたものに、恵茉ねえの言葉が響いた気がした。


 それと一緒に頭を過ったのは、夢の中で『私』が自分の無力さに絶望して泣いたときに、エマさんが言ってくれた言葉だ。


――今までリオンが頑張ってきたことに意味がなかったなんて、私は絶対思わない。


 全く違う言葉だけど、力強い口調と意図は同じに見えて、妙なところで『恵茉ねえは本当にエマさんなんだな』と、改めて実感してしまった。


 それでも、恵茉ねえに対する好きは変わらない。それは侍女で親友だったエマさんの生まれ代わりだからとかじゃない。小さい頃からずっと一緒に笑ったり泣いたり、喧嘩して仲直りしたりしてきた、私の大好きな幼馴染のお姉ちゃんだから。


 そう思った瞬間に、答えがほんの少しだけ見えた気がした。同時に、見つけた気持ちが口をついて出た。


「見て、ほしい……。莉音を好きになってほしい、よ……」


 リオン=レスターシャじゃなくて、月村 莉音として、類先生に見てほしい。


 混乱の中でも、ずっと胸の奥にあった本音が零れるのと一緒に、類先生の言葉が過る。


――お前をただの『月村 莉音』として見れないオレじゃダメなんだ。


 言われたときよりも言葉の重みがさらに増して、切なくて苦しくて涙が止まらなくなる。しゃくり上げる私をそっと抱きしめて、恵茉ねえは言った。


「私はね、莉音。そう思うのはきっと、莉音が夢の自分の気持ちだけを理由に類さんを好きなわけじゃないっていう、確かな証拠だと思う」


 そんな恵茉ねえの言葉に涙は増す一方で、私は声を抑えることもせずに泣きじゃくったのだった。

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