19.太陽とクランド・トリオ
クリスマスの翌日、まだ早朝と呼べる時間帯。オレは陸と共に隣県にある遊園地の最寄り駅にいた。アトラクションを中心とした方は猫の国、大人向けのアトラクションが多い方は猫の海とか呼ばれているんだが、オレたちがいるのは猫の国の方の入り口だ。
開園時間を過ぎているのと、メインイベントが昨日だったからか、ゲートをくぐってすぐの広場の人影はまばらだ。そんな中、目の前で陸をじっと見ている莉音たちに向かって言った。
「えーと、LIMEでも伝えたと思うが、コイツは月島 陸。オレと同じ医学部に通う同級生で高校からの友人」
「初めまして、月島 陸です。類とは高校からの付き合いの親友です、二人ともよろしくね」
サラッとオレの紹介を上書きする単語を交えながら、明るい調子の陸の台詞と芝居がかった仕草に空気が少し明るくなる。そんな陸を見た莉音が、目を瞬かせて呆気に取られた様子で呟いた。
「月島先輩って、類先生とはだいぶ違うタイプなんですね……」
「一人こういうヤツがいると違うかと思ってな」
「盛り上げ役なら、オレの方が得意だしね」
オレの肩に腕を回しながら明るく笑った陸が、自身を指さしてウインクを投げながら言う。
「あ、あと、オレのことは陸でいいよ。えーっと、キミが月村教授の娘さんの莉音ちゃん、であってるかな?」
ウインクをする必要性があるのかはさておき、陸の笑顔は人好きのするそれだ。その効果なのか、オレのときとは違い、初対面でも莉音がごく自然に微笑んで返す。
「あ、はい。月村 莉音です。今日はよろしくお願いします、陸先輩」
「そんな畏まらなくても大丈夫大丈夫。女の子のお誘いなら大歓迎だから」
オレがコミュ力と言わずにチャラ男力と言ったのは、陸のこういうところなんだが、果たして本人に自覚はあるのか否か……。
というか、別に莉音にまでそのチャラ男力を発揮する必要は全く以てないだろと、思わず睨めば苦笑が返ってきた。そのあと、莉音の斜め後ろに静かに立っている彼女――恵茉の前に移動すると、僅かに屈んで目線を合わせるように微笑んで言った。
「キミが恵茉ちゃん、でいいんだよね?」
「……はい。唐崎 恵茉、です。よろしく、お願いします」
「うん、よろしく」
そう言うと、陸は徐に恵茉の右手を取ると、その手の甲にキスをした。
前世ならともかく、今世でそれをするのはさすがに気障が過ぎやしないか……?
オレがそんなことを思う中、一拍遅れて、恵茉の顔が真っ赤に染まる。右手を抱きかかえるようにして、数歩大きく後ずさって陸から距離を取ると、彼女は耳まで真っ赤に染めて言った。
「なっ……ななななな、何するんですかっ!?」
「何って挨拶だよ」
「どこのですかっ!?」
「どこかの、だよ」
軽い口調で返しながら、屈んでいた身体を起こした陸を、キッと見上げて恵茉は言った。
「揶揄わないでくださいっ!」
「揶揄ったつもりじゃないんだけど、驚かせちゃってごめんね」
へらっと笑う陸に、恵茉は警戒心を露わにしたままだ。そんな彼女に陸は、表面的な笑顔から素の微笑みに変えて『でも』と続けた。
「恵茉ちゃんは俯いてるよりも、そうしてる方が似合うと思うよ」
「……え?」
向けられた言葉に、戸惑った様子で恵茉の目が瞬く。でも、陸は笑って返すだけで、言及することなくくるりと向きを変えて、莉音と恵茉二人に向かって胸を張って言った。
「さーて、お嬢さん方。今日はオレと類がエスコートするから、乗りたいもの食べたいものがあったら遠慮なく言ってね」
「え、もしかして、二人の奢りってこと?」
「一応、オレたちは成人してる大人だしな。……さすがにチケット代までは持ってやれないが」
諭吉で釣りが来るとはいえ、ここのチケット代はさすがに金額がバカにならないというか。全部持つと言えたらいいんだが、そもそもそんな甲斐性があるならバイトなどしてないわけで。せめて食事代くらいは陸と折半で頑張ろうという話になった。
恵茉の気晴らしを兼ねてるから、そこで気を遣わせるわけにもいかないし。片方だけにするには不公平だからという理由だ。それを知らない莉音が気まずそうに問いかけた。
「でも、月……陸先輩は今日知り合ったばかりなのに……」
「まーまー気にしない気にしない。類からいつも話聞いてる分、オレからすれば知らない子って感じしないしね」
陸の言葉に、『そうなのか?』とばかりに視線を向けられる。
「前に話した東洋医学の研究サークルにいる知り合いっていうのがコイツだから、何かとな」
「あ、やっぱりそうだったんだ……」
「やっぱり?」
多少驚くかと予想したのに反し、返ってきた返事に首を傾ける。そんなオレを見た莉音は、ハッとした様子で誤魔化すように言った。
「なな、なんでもないっ! えっと、その……陸先輩もいろいろありがとうござ……んっ?」
感謝の言葉を止めたのは、莉音の唇に触れるか否かの距離に伸ばされた陸の人さし指だ。戸惑い見上げる莉音に、彼は片目を閉じてニッと笑って言った。
「そういうのは、今日一日楽しんだあと、最後でいいから。細かいことは気にせず楽しもう?」
「は、はい……」
これをチャラ男と言わずして何と言えと言うのか……。気障男か?
陸の対人スキルに対しそんな感想を覚える反面、薄ら頬を染める莉音の様子に、モヤモヤする。女子はやっぱりああいうものに憧れるものなんだろうか。そんなオレを余所に、陸が園内マップを広げて口を開く。
「というわけで、気を取り直して、お嬢さん方、どこに行きたい?」
その問いかけに、莉音と恵茉がマップを覗き込む。ただ、仕方ないとは言え、恵茉の目に生気はあまりなく、ぼんやりしている。そんな彼女の様子を見た莉音が、勢いよく右手を挙げて言った。
「えと、とりあえず、私メリーゴーランドに行きたいです!」
「よし、じゃあ、まずはそこに行こうか。というわけで、類、案内よろしく!」
「って、そこでオレに振るのか!?」
唐突に振られて思わずツッコむ。とはいえ、目を合わせれば、何を求められてるのか察せてしまい、オレは軽く息をついて自分のマップを広げた。そして、莉音に希望のアトラクションの確認とルートを確認しながら歩き出す。
その一方、目の端でチラリと背後を見れば、陸が恵茉に近付いていく。
「ほら、恵茉ちゃんも行こう?」
差し出された手と笑顔を交互に見て、恵茉はどこか疑わしげに見つめる。差し出されたまま戻らない左手をしばし見つめたあと、難しい顔をしつつ、彼女がそっと右手を伸ばす。そうして二人の手が触れるか否かのところまで来ると、陸が少々強引とも思われる動きで彼女の手を掴んで引っ張る。
虚を突かれた様子で小さく悲鳴をあげた彼女は、たたらを踏んだあと、非難混じりに陸を見上げる。しかし、そんな視線をものともせず、陸はにっこり微笑んで言った。
「急がないと二人とはぐれちゃうから、ね?」
「だったら、引っ張る前に言ってくださいっ!」
「ごめんごめん」
怒らせてばかりというか、驚かせてばかりではあるものの、それでもその瞬間だけは恵茉の顔から陰鬱とした空気が消える。その手腕はさすがというか、オレには真似できそうにない。
そんなことを思っていたら、オレと同じように二人を窺い見ていた莉音が呆気に取られた様子で呟いた。
「陸先輩すごい……」
「アイツは女心とかそういうの、オレとは違ってよくわかってるからな」
「そうなんだ……」
もう少しオレがその辺の機微に察せられたら、また違ったのかもしれない。そう思うからこそ、陸がいてくれてよかったと本当に思う。
そんな中、莉音がポツリと言った。
「陸先輩のやり方はすごいと思うけど、類先生は今のままがいいなぁ」
「え?」
思わぬ言葉に振り返れば、彼女は陸たちを見たまま、何てことない様子で続けた。
「だって、類先生が陸先輩みたいなことしてる姿想像つかないもん」
「……あんなのオレに求められても困る」
一瞬だけ想像はした。したけど、無理だ。相手が例え莉音だったとしても、途中で恥ずかしさに耐えきれなくなる予感しかしない。というか、変な想像をしたせいで顔が熱いし、心なしか莉音の顔も赤い。
気付けば立ち止まっていたオレたちに追いつくと、陸がキョトンとした様子で尋ねた。
「どうかした?」
「……いや何でもない」
この悔しさや恥ずかしさを陸に知られるのは癪で。適当に誤魔化して手元のマップを見ながら、オレは最初の目的地であるアトラクションに向かい歩き出したのだった。
※ クランド:揺りかごで揺らすようにの意
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