18.月と連理の枝
月村父娘に恵茉を任せて店に戻れば、鼻を真っ赤にした蓮さんと
「類、唐崎はっ!?」
普段、すごく落ち着いていて、父さんに並んでオレが憧れる大人の一人の蓮さん。彼の取り乱す姿に、泣きじゃくっていた恵茉を思い出して、少しだけ目の奥がツンとした。
彼女のことになるとらしくない行動を取る姿は、前世とそう変わらない。それなのに、どうしてこうなったんだろう。そんなことを頭の片隅で思いながら口を開く。
「彼女の友人に預けてきた」
「友人?」
「一年の月村 莉音って知ってるか?」
敢えて聞かずにいたことを聞けば、僅かに目を見開いたあと、蓮さんは大きく長く息を吐き出した。
「そうか、月村が……」
その様子から、恵茉だけじゃなく、莉音も蓮さんと直に接していたらしいことを把握した。その事実をもっと早くに確認していたら違ったのかも、と思う。その反面、莉音と出会ってまだ一月ちょっとの中で何かできたとも思えなくて、いろんな感情が渦を巻く。
そんなオレに、蓮さんは恐る恐ると言った様子で問いかけた。
「唐崎は、何か言ってたか?」
「……さすがにそれは、オレが伝えていいことじゃないと思う」
内緒と言っていたのもあるが、大切な想いだからこそオレが軽率に伝えていいものじゃない。それでも、『そうか……』と意気消沈する蓮さんも見ていられなくて、余計なお世話かもしれないと思いつつ言った。
「オレから言えるのは、決して蓮さんと末菜さんのことが嫌いだからというわけじゃなく、受け止めるのに整理をする時間が必要なんだ思う」
片想いの相手が義理の父親になる。失恋と環境の変化を同時に受け止めるだけの時間が、今の恵茉にとって必要なものなんだろう。なんて思っていたら、末菜さんの口から、予想もしない言葉が飛び出した。
「そう、よね……。父親を亡くして一年半くらいしか経ってないのに、気持ちの整理なんて追いつかなくて当然よね」
「いや、オレも唐崎は部活でも、委員会でも慕ってくれているようだったから大丈夫だろうと、決めてかかっていた」
いやいや、ちょっと待て。思った以上に恵茉の事情重くないか!? 何をどうして、今日顔合わせするのが最善って判断になったんだよ!?
そう突っ込みたかったものの、何も知らないオレが軽率に口を挟む話でもない。いろいろ言いたいことと空腹を訴える腹の虫をぐっと抑え込んで、オレは言った。
「とりあえず、ここだと人目もあるし。彼女抜きでここで食事をするのもあれだと思うんで、蓮さんの家に移動しませんか?」
お店の人の計らいで、予約していた食事の一部をテイクアウトさせてもらい、八剣家の居間で二人と向き合って食べた。シンとした重い空気は、正直お通夜のようでしんどかったものの、腹が減っては何とやらだ。
そうして、オレを含むその場全員の腹を満たしたところで、少しばかり落ち着きを取り戻した様子の二人に問いかけた。
「オレが込み入ったことを聞くのは筋違いかもしれないけど、どうして二人は今日、あの席を設けたのか理由を聞いても?」
そう問いかければ、末菜さんと顔を見合わせたあと、蓮さんがポツリポツリと語った。
聞いた話を纏めるとこうだ。
元々恵茉は、蓮さんが顧問を務める剣道部に所属していて、そのときから知った仲だったらしい。そんな中、去年――恵茉が高二の夏、彼女の父親が不慮の事故で亡くなったのをきっかけに退部した。理由は、女手一つで生活を支えることになった末菜さんのため、恵茉が家事全般を担当することで支えようとしたから、らしい。
そうして、一度は疎遠になったものの、風紀委員の仕事でまた関わりを持つようになって以来、気に掛けていたのだとか。
そんな中、一年ほど前、部活中に怪我をした部員の付き添いで蓮さんが校医の元を訪れた際、そこで看護師として働く末菜さんと出会ったらしい。恵茉の母親であることを知り、互いに恵茉の状況を共有するなどして相談を重ねていくうちに、いつしか……ということだった。
正直、その話は聞いていたオレが少しばかりしんどかった。あの場で恵茉が飛び出していったのは正解だったのかもしれない、と素で思うほどに。自分をきっかけに、母親と片想いの相手が結ばれた。そんなの失恋と同時に聞かされたら、たまったもんじゃないだろうし。
「恵茉が受験を控えた今にしたのは……?」
「同居をすれば、家事の大半をオレやお前で肩代わりすることもできるし。オレも末菜も仕事の関係で手が回らないようないざというときに、年の近いお前がいたら唐崎も何かと相談しやすいんじゃないかと思ったんだ。……結果は逆効果だったみたいだけどな」
逆の意味でクリティカルでした。
――とは、さすがに口が裂けても言えない。意気消沈している蓮さんに、何と返せばいいのかもわからなくなりつつある中、末菜さんが思い詰めた様子で悲しげに言った。
「恵茉からすれば、父親の一周忌を終えてまだ半年なのにって思ったのかもしれないわね……」
「だが、これ以上、放っておくわけにもいかなかっただろう? ここ数ヶ月、模試の成績も伸び悩んで、一人で思い詰めた表情をすることもあった。教師として支えるには限界があるし、キミが一人であの子を支えて共倒れするのも許容なんてできない」
「それは……。でも、私がもっと上手い伝え方ができていたら……」
そう言った末菜さんの姿が、記憶の中にあるエマの姿と重なる。それと同時に、蓮さんが末菜さんに惹かれた理由が朧気ながらわかった気がした。末菜さんとエマは、とてもよく似ているんだ。
もしも、末菜さんと出会っていなかったら。もしも、蓮さんが前世の――グレンの記憶を持っていたら。
そうしたら、恵茉の失恋はなかったのかもしれない。でも、そんなものは『もしも』でしかない。
蓮さんは、決して浮ついた気持ちだけで結婚前提の付き合いをするような人じゃない。それも自分の教え子かつ、年頃の娘を持つ未亡人相手になんて。中途半端な気持ちで踏み出すタイプじゃないから、きっと本気なんだろう。末菜さんも恵茉も守る覚悟を決めて、恵茉が万全の状態で受験に挑めるように支えるつもりで設けた席が、今日のそれだったんだと思う。
なんというか、例えるなら、ほんの少しボタンの掛け違いで起きた悲劇だ。誰が悪いわけじゃないのに、それでも起きてしまった悲劇。その全容が何となく見えてしまって、胸が苦しくなる。
思い悩む蓮さんと末菜さんを見つつ、『オレは恵茉に一体何をしてやれるんだろう?』と、そんなことを思いながら、その夜は更けていった。
***
予想外のクリスマスイブが明けた翌日。カップルがひしめく夕食時、オレは居酒屋の半個室で陸と向かい合い、前日にあったことを話した。
「え、蓮さんがエマの母親と結婚前提の付き合い……?」
唖然とした様子の彼を見て、内心ホッと息をつく。蓮さんに恋人ができたことに気付けなかったのは、オレが鈍かったせいじゃないらしい。
ただ、オレも昨日頭がパンクしかけた情報量に、陸は待ったをかけて考え込み唸る。テーブルに両肘をついて、組んだ両手で口元を隠し、難しい顔で視線を彷徨わせながら彼が問いかけた。
「それで、エマは……? リオンに預けたあとどうしたの?」
「今日の昼間、一度自宅には帰ってたみたいだが、オレのバイトが終わる前に月村家に戻ってきてたから、今日も泊まるんだと思う」
「そ、っか……」
そう呟いた陸の視線が下がり、手付かず状態のウーロンハイのグラスに注がれる。店内の賑やかさに反し、お互いシンと静まり返る中、陸は組んだ両手に額をあてて、深々とため息を吐き出して言った。
「前世のグレンさんとエマ、すごく仲よかったもんなぁ……」
「……ああ」
仲睦まじく笑い合う蓮さんと恵茉そっくりな二人の姿が脳裏を過る。ルイスは最初こそ『嘘だろ』と驚いたものの、それでもいつしか当たり前のように受け入れていた姿だ。もう二度と見ることはないそれに、切なさを覚えたときだった。
「蓮さん、本当にその末菜さんを好きなのかな?」
「陸」
ポツリと呟いた彼を窘めるように名前を呼ぶ。オレが言わんとしたこともわかってるんだろう。それでも陸はガバッと顔をあげて言った。
「お前だってそう思ったんじゃないの!? もしかしたら、本当はその人にエマを……」
「陸!」
遮るように強めに名前を呼べば、陸がやるせな気に唇を噛みしめ俯く。そんな親友にオレは静かに言った。
「リックが想ってた人も知ってるし、陸の言いたいことはわかる。オレだって同じ事を考えたし思った」
「なら……!」
「だけど、それは前世の記憶を持つオレたちだから思う憶測でしかないだろ?」
その言葉に、陸がハッとするのと同時に、オレもまたモヤモヤしていた理由がやっとわかった。
「オレたちは何の因果か前世の記憶も、それに関わってたと思われる人も傍にいる。だから錯覚しそうになるけど、記憶がない蓮さんたちには『今』が全てで、オレたちが確証もなく否定していいものじゃないと思うんだ」
前世で義母だったかもしれない恵茉が傷付いているのは悲しい、何とかしてやりたい。そうは思うものの、だからといって、蓮さんと末菜さんが積み重ねてきた想いを、オレたちの型にはめて否定していいものじゃない。
それなのに、無意識でそれをしようとしていたから、同じ所でぐるぐる回っていたんだなと、ようやく腑に落ちた。そして、陸を頼りたかった本当の理由も。
「だから、オレは蓮さんをどうするかじゃなく、恵茉をどう元気づけて、恵茉がこの先どうしたいかを見つける手伝いの方法をお前に相談したい」
恵茉が蓮さんに伝えようとしていた気持ちを伝えるのか否か。何を選択するかはわからないけど、それでも彼女が彼女らしい答えを見つける手伝いくらいなら、きっとまだできることがあるはずだ。
そう思って真っ直ぐ陸を見つめれば、彼は詰めていた息を吐き出して言った。
「……取り乱してごめん」
「いや。むしろお前が感情的になった分、オレも冷静になれたし、何を相談したかったのかやっとわかったから」
「何それ」
眉をハの字にして苦笑した陸は、気持ちを落ち着けるように深呼吸をすると、オレを真っ直ぐ見て問いかけた。
「でも、どうする? オレも一緒には考えるけどさ。オレ、その子と知り合ってすらいないんだけど、関わりようがなくない?」
「お前なら、いつものチャラ男力でどうとでもなるだろ」
「……さりげなくディスるのやめてくんない?」
ディスったつもりは全くなくて、思わず首を傾げた。
「別にディスってない。むしろ、お前の強みだろ」
「ならせめてコミュ力って言って!」
コミュ力と言ってもいいのかもしれないものの、そう言うには少し違和感があるんだよなと思う中、携帯が震える。陸に断って内容を確認したオレは、一瞬驚いたものの、前世と変わらないそれに少しばかり胸が熱くなり、思わず口が弛んだ。
「陸、知り合う機会に関しては何とかなるかもしれない」
「え?」
目を瞬かせる陸に、たった今届いたばかりのメッセージを開いて見せる。そこにはこう書かれていた。
――恵茉ねえを元気づけるために、明日一日付き合ってくれませんか?
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